Neetel Inside 文芸新都
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エスケープ フロム 釧路
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8月21日 午前2時 北海道某所

一台のタクシーが国道243号線を西へと向かっていた。
午前二時ともなれば、そもそも車どおりの少ない北海道、加えて山奥であれば、このタクシー以外に車など見当たる道理がなかった。
タクシーは釧路の営業所のものであったが、別海町まで客を乗せていたため、その帰りであったのだった。
243号線は、釧路へと向かう272号線と、とうとう交わる。
運転手は慣れたハンドル捌きで進路をいままでのそれとは違う方向へと取った。カーラジオからは、流行の音楽が軽快なリズムで流れている。車の速度も自然と上がった。
「ふう、あとはしばらく道なりだな・・・」
深夜、加えて長距離との運転ともなれば、運転手の口からたわいのない一言や二言が漏れるのも仕方のないことだった。
運転手は、まだまだ若い、とはいってもこの職からすれば、と言う意味であって、世間からすればすでに『いい年』の程だ。
 どれほど車を走らせただろうか、周囲の風景は背の低い緑から、長身の、つまり針葉樹林を主とした木々の覆い茂る山道へと差し掛かっていた。
街頭はなく、頼りになるのは車から放たれるヘッドライトのみであった。
片側一車線の道だが、田舎であるために、その道幅は都会のそれと比べると相当に広い。
「・・・ん?」
運転手が不意に声を漏らす。
ハンドルに上体を乗せ、身を乗り出し、目を凝らした。
フロントガラス越しには、ヘッドライトに照らされている人がいた。
運転手は徐々に速度を落とし、男と思われる人の数メートル手前で停車する。
しばらくこう着状態が続いたが、一向に男から動く気配が見られないとわかると、運転手はシートベルトをはずし、車から降りた。
相変わらずヘッドライトは男を照らし続けている。
「すみませーん。どうかしましたかー」
運転手は、言いつつ近寄った。
そして、手を伸ばせばもう届くであろう位置にまで近づいたとき、男は不意に顔を上げた。
「え?」
その容姿に、運転手は絶句せざるを得なかった。
充血しきった目。浮き上がった血管。その所々からは破裂のための出血なども垣間見られた。
男は運転手をにらみつけると、全身を痙攣させ、痰とも血液ともしれない粘着質の液体をのどにからめ、かすれた絶叫を上げ始めた。
運転手は恐怖のあまり、踵を返すやいなや、車へと駆け出した。
シートに身を沈めると、即座に車をバックさせるためにギアを「R」に入れ、アクセルを踏み込む。車は前のめりになり、後退をはじめた。
運転手がバックミラーから視線を不意に前へと戻すと、例の血まみれ男はかすれた絶叫とともに車めがけ全力疾走をしてきたではないか。
そして次の瞬間には、男はフロントガラスを轟音と共にかち割っていたのだった。
男は体を無理やり車内へと押し込もうとし、そのたびに割れたガラスが男の体を引き裂いた。
運転手は恐怖のあまり、ハンドルの操作を誤り、後退しながら道路からはずれ、木々の間へと落下してしまった。
妙な浮遊感を覚えると、数拍置いてから、打ち付けるような衝撃が運転手を襲った。
車は巨大な樹木に衝突したらしく、そこで自由落下をやめる。車は斜面と同じ角度で傾いていた。割れたフロントガラスからは自らがやぶったガードレールがかろうじて目視することができる。
運転手は、はっと思い出したように左右を確認する。
先ほどまでフロントガラスにへばりついていたあの血まみれの男がいないのだ。
不意に運転手は、バックミラーを見上げた。
すると、そこには充血した目が、しっかりと運転手を見つめている。
先ほどの衝突と同時に、男は後部座席へと放り出されたのだ。
血まみれの男は、運転手を喰らった。
車内はしばらくの間絶叫に包まれたが、しばらくするとまた、軽快な音楽が車内をにぎわせた。

       

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