8月23日 12時 北海道 根釧国道
澤山らのいる国道から、釧路市街まではおよそ10キロの道のりである。
その間、あたりの風景は木々だけとなる。
しかしそれらの景色も、窓にへばりつく血痕がフィルターとなり、美しくは写らない。
「澤山さん・・・一体さっきのは・・・」
嘉田の問いに、澤山は低くうなるだけだった。
車内は、道警本部からもたらされる事件の無線のみだ。そしてそのすべてが先ほどのなぞめいた暴動のものである。
「わからん。わからんが、情報が錯綜しているし、こちらの応答に本部もいちいち答えている暇もないだろう。それにこの状況だ、署に戻ったところで有力な情報を得ることはできない。だったら直接本部にいくのが、今できる最善のことだ。われわれの行動はそれから決めるのが妥当じゃないか」
本部に戻る途中、釧路市街からきたと思われる、警察バスとすれ違った。中には完全武装した機動隊員たちが神妙な面持ちで座っていた。
そうこうしているうちに、プラッツは釧路市街へと戻ってくる。
市はいつもどおりの午後であった。
人々が行きかい、それぞれの生活をする。さきほどまで、あのような地獄にいたのがうそのようであった。
本部は、市街南西に位置する、黒金町にある。南西、とは言うものの、周辺には病院や市の合同庁舎、新聞社やホテルなどがそびえており、釧路の中心街でもあった。
澤山らがその本部についたのは、時計の長針が『6』と合わさるかそうでないか程の時だった。
駐車スペースにあった警察車両は、そのほとんどが出払っていた。プラッツの駐車もそこそこに、二人は署の中に飛び込んだ。
入るなり、5階建ての署、そのすべてがざわめいているような感覚に、二人は襲われた。
事務職員が右往左往し、電話の応対に追われている。
奥のスペースではオペレーターが各PCに指示を出していた。
「こんなこと、今までありませんでしたよ」
嘉田が不意に漏らす。
不安げな嘉田を横目に、澤山は事務職員の一人の腕をつかんだ。
「おい、何がどうなってるんだ。現場に急行したが、警官に襲われたぞ」
事務職員はすべきことがあるのだろう、きょろきょろと視線を泳がせている。
「わかりません。わかっていることは、『やつら』に襲われた者は『やつら』の仲間になってしまうということだけです」
澤山はその返答に納得がいかなかったのか、しかめっ面をした。
「なんだ、『やつら』とは」
「現時点では『感染者』としか言いようがありません」
「感染?なににだ」
「わかりません」
事務職員は、言うと同時に澤山の腕を振り払い、捨て台詞を吐く。
「とにかく今は人手が足りません。感染者の取り締まりに協力してください」
そして事務職員はそそくさとその場をあとにしてしまった。
「そんなこと言われたって何すりゃいいかわからないじゃないですか、ねえ?澤山さん」
「あ、ああ」
二人は職員行きかうロビーにて、ただ呆然と立ち尽くしていた。
と、そこへ署内放送がかかった。
『根室本線武佐駅構内にて感染者を確認!付近の警官はただちに現場へ急行せよ!』
署内は、その放送にていっそうにざわめきを増す。その様子は、まさに蜂の巣をつついたかのような騒ぎであった。
「嘉田、出るぞ」
言われ、嘉田は思い出したように顔を上げた。
「え、えっ?は、はい!」
本部を出、二人はそのままプラッツへと向かい、乗り込む。
「今から現場に急行するぞ」
エンジンをかけながら、澤山が言った。
嘉田は唾をごくりと飲み込んだ。
返事はない。
車内にはいやな沈黙が流れている。
プラッツは速度を上げ、現場へと急いだ。