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エスケープ フロム 釧路
襲撃

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8月23日 1時 北海道 釧路駐屯地

ここ、釧路駐屯地には北海道東部を防衛するため、いくつかの部隊が駐屯している。
第27普通科連隊を軸とし、第342施設中隊、第377会計隊、そしてそれらを管理統括するための駐屯地業務隊である。
普通科連隊をのぞいてはその全てが連隊をサポートをするための部隊であるため、防衛を一手に担うのは27連隊だけだ。警区の関係上、27普連の3中隊のみは別海駐屯地にいるため、釧路方面を警備するのは27普連の中でも、本部管理中隊、1中隊、2中隊、4中隊のみとなっているが。
 駐屯地のつくりは、意外と単純で、正門を抜けると、向かって左側に隊員たちの寝泊りする隊舎などがあり、右側はまるまるグラウンドなどのある開けた敷地となっている。車庫等は隊舎と並列している。
現在は午後の課業をしている1中隊と2中隊がグラウンドにて集まっていた。
自衛隊の規則は、海外の軍隊と比べるとかなり厳格であるが、外に向かっての権利はそれとは反比例しているかのごとく、緩い。
駐屯地正門の警衛(門番のようなもの)は弾装を抜いた89式小銃とナイフだけであるし、肝心の弾装も本人は持たず、厳重に武器庫に保管されている。そしてその武器庫の管理は、中隊別でなされており(つまりここでは5中隊、合計5箇所に設置された武器庫)、その中隊の中にさらに武器係幹部、または陸曹が武器庫の鍵を所持することとなっており、担当となったものはこれを毎日点検、記録するよう定められている。戦後、2・26などの武器蜂起を過剰なまでに警戒した結果、このように稼動効率を犠牲にすることとなった。
が、彼ら自衛隊員たちとて実際にそのような、つまり武器を用いてまでの緊急事態に迫られるほどの状況に陥っていないのが実情で、彼らからすれば、『めんどうな規則』のひとつでしかなかった。
警衛に立つ山田三曹も同じく、弾装をもてぬことに不満を抱くことのない、『めんどうな規則』のひとつとしてそれを受け入れる一人なのであった。
ここ釧路駐屯地の正門は、片側一車線の車道があり、中央に警衛の立つ詰め所が建っている。正門向かって左側は、駐屯地の受付棟となっていて、これは二階建てのプレハブ小屋のようになっている。ここは関係者、または部隊の駐屯地外生活者の通過チェック場所だ。基本的には詰め所に一人、受付棟に当番の一個班ないしは一個分隊が詰めている。
 山田は、いわゆる『抱え銃』の状態で89式小銃を持っていた。右手を伸ばしたまま、手のひらに銃床をのせ、そのまま小銃を体に預けるような持ち方だ。
警衛の交代になるまではしばらく時間があった。が、このご時世に自衛隊を襲撃しようなどというやからはいるはずもなく、ただ立っているだけで給料が下りてくるのだから、『ぼろい仕事』以外のなにものではないと、大部分の自衛官が思っていることを、山田も抱懐していた。
 と、駐屯地へと続く一本道の真ん中に、足取りのおぼつかない中年とおぼしき男が一人いた。駐屯地への通り道、近くにあるものといったら駐屯地外隊舎しかなく、ここにくるものは自衛官か、少なくともここに用事のあるものだけである。が、その男は、自衛官の制服を着用しているわけでも、私服でいるわけでもなく、さながら原始人に近い、ぼろきれを身にまとっているだけであった。不振に思い、山田は小銃のサスペンダーを肩にかけ、男のほうへと歩み寄っていった。
男のほうも、山田に気がついたらしく、顔を上げると、近寄ってくる。
暫時ののち、突如として男は歩みのスピードをあげ、すぐあとには全速力になっていた。絶叫しながら駆け寄ってくる男に恐怖を覚えた山田は、声を荒げた。
「止まれ!ここより先は自衛隊の敷地だぞ!」
言いつつ、山田は後ずさりをし、先ほどまで門の外にいた身は、いつしか営門の中へと入っていた。
警告もむなしく、男は営門を超え、山田へと飛びついた。
二人は立ったまま、両手をつかみ合う。男は叫びながら、するどい歯をむき出しにし、山田に喰らいつこうとするため、山田の体は自然とのけぞる。
「だ、誰か助けてくれ!こいつをなんとかしてくれ!」
声に気がついたのであろう、受付棟から戦闘服に身を包んだ陸曹と士が、二人出てきた。
「何をしてる!すぐさま離れろ!」
陸曹が叫ぶ。が、相も変わらず二人は取っ組み合いを続けていた。
突然、男は顔を引っ込めると、なんと血を吐き出したではないか。
粘着質のそれは山田の顔にへばりつく。
その瞬間、思わず山田は手を離してしまう。
男はそれを見計らうかのようにして、その場をあとにし、またも絶叫をしながら駐屯地内へと突き進んでいった。進行方向は1中隊、2中隊とが訓練をするグラウンドであった。
「あいつを取り押さえろ!」
陸曹が士に命令をした。
士は男のあとを追い、駆け出し、陸曹は山田のもとへと駆け寄った。
一方の山田は、跪き、片手を地面につけ、片一方の手の袖にて、顔にへばりついている血をぬぐっていた。
陸曹が山田のもとへくると、しゃがみこみ、肩に手を回す。
「大丈夫か」
山田は何度か縦に頭を振るが、しばらくしてそれが痙攣に近いものとなり、数秒ののちに、その痙攣は全身に回っていた。
「おい、どうした」
声に反応し、山田は動物的な動きで、地面に落としていた視線を陸曹に向けた。
山田の目は真っ赤になっており、歯茎と歯をむき出しにしているその表情はとても人間とは思えぬものであった。
「どう・・・した?」
山田は絶叫するとともに陸曹に襲い掛かり、二人の悲鳴が営門にこだました。

       

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