Neetel Inside 文芸新都
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エスケープ フロム 釧路
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8月23日 1時30分 北海道 釧路駐屯地 第三中隊隊舎1F 会計室

12畳ほどの会計室には、向き合った二つの机があった。デスクの上にはPCがある。会計室は、各中隊の隊舎に存在し、いずれも建物の構造は同じであるため、会計室の位置もまた同じであり、これは隊舎の最西にある。
今、会計室の中には二人の隊員がいたが、どちらもお互いの存在は確認していはいない。二人とも陸自新型迷彩Ⅱ型に、戦闘靴、91式弾帯という井出達だ。双方ともに背丈、年齢は同等と見受けられたが、片一方は筋骨隆々、顔立ちも角ばっていて、厳しく、それとは打って変わって、もう一方は痩せ型で、容姿も比較的温和な印象を与える。
前者の隊員は、先ほどこの部屋に逃げ込んできたばかりのようで、ドアを背にもたれかかり、肩で息をしていた。後者の隊員はデスクの下でうずくまっていた。
しばらくして、ドアによりかかっていた隊員はおもむろに立ち上がり、部屋の奥のほうへと歩みを進める。
と、唐突に間の抜けた掛け声とともに、一人のやせた隊員がデスク下から飛び出してきたではないか。
両手には椅子がもたれており、それを大きくふりかぶり、もう一方の隊員へと振り下ろそうとしていた。
それを察知するや否や、隊員は右手にてボディーブローを相手にかまし、振りかぶっていた両腕が停止するのを見とめると、あいている左手にて相手の左腕の袖を掴み、右手で襟首を掴むと、右足を左斜め前方へと出し、そのまま相手を投げ出してしまった。
椅子を持っていた隊員は床に投げ出され、全身を強く打った。肺から全ての空気が無理やり押し出されるのがわかった。
「心配するな、俺は『あいつら』じゃない」
投げ飛ばしたほうの男は、しゃがみこみ、倒れている隊員を見下ろしながら冷静に言った、。
倒れこんでいる男はしばらくの間咳き込み続けており、返事をするどころではないようだ。
「あんた、名前は」
ここにきてようやく、倒れていた男は上体のみを起こし、目線をもう一方の隊員と同じくする。
「秋原、秋原 大・・・。三等陸尉です」
「なんだ、俺より階級が上じゃないか。立川 正人、階級は一曹だ」
返事を聞くなり、秋原のほうはあまりいい表情をしなかった。新任の三尉というのは、基本的には年配の上級曹に対してはあまり主張を強いることはできないのだ。仮にできたとしても、それに従う隊員は少ないのが現状だ。さらに、秋原のほうはと言えば、会計科の隊員で、立川のほうは普通科であるため、意見を通すことは望めなかった。
 しばらくの間、二人の間には沈鬱な雰囲気が漂う。
どれほどの時間が経っただろうか、いつしか部屋の外、隊舎の外からは喧騒、悲鳴が消え、静寂があたりを支配していた。
この静寂を最初にやぶったのは、立川だった。
「どうやら、ほとんどがやられたみたいだな。そろそろ潮時か、ここを出たほうがよさそうだな」
秋原ははっと顔を上げ、反対の声をあげた。
「外に出るなんて、死ぬだけじゃないか」
「武器を取る」
立川の即答。
「武器ったって、武器は4Fで、弾は5Fだぞ。そこまで生きていけると思うのか」
「いくしかないだろ」
「そ、それに俺たちは鍵も持ってないし、武器係幹部が誰かも知らない」
「心配するな、あいつらは仕事に使命感なんかもっちゃいない。机にしまってるさ」
立川は、「それに」、と言を続けた。
「この状況だ、助けがくると考えるのは絶望的だろう。立てこもるにしても食い物も飲み物もない、時間の問題だ。あんた、銃器の扱いは教育期間でやったよな?」
この問いに、秋原はしどろもどろする。
「ま、待ってくれ、俺はあんたと違って会計科だ。武器は扱えるが、自信がない」
「扱えるなら問題はない。まずは武器係幹部の持つ鍵をとりにいくぞ」
「ど、どうやって!」
立川はその問いに口では答えず、天井を指さす。その方向へと秋原が視線を投げかけた。
そこにあったのは、ダクトだ。
「こ、ここを通ってくのか?」
「幹部室はこの建物の一番東だ。まさか廊下を通ってくわけにゃいかんだろ」

       

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