Neetel Inside ニートノベル
表紙

〜Pandora Box〜
記憶の断片

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「見ろ愁夜。ペットがあんなにいるぞ」
「ええ、そうですね。ちなみにペットショップで犬や猫を売っているのは日本くらいなんですよ?」
「ほ~。では、どうやってペットを飼うんだ?」
「それはですね。まずは専門のブリーダーなどに話をして……」
 こんなくだらない話をしているのだけどまったくといっていいほどボクの記憶に関する進展がない。
 すでに周りは夕暮れ、太陽は茜色に町を照らしていた。
「会長ぉ~。そろそろ帰らないと門が閉まっちゃいますよ?」
「ふむ。もうそんな時間か…………そうだ! 最後に行きたいところがあるんだ。どうだい?」
 最後、それを聞けばやっと帰る保障が出来た。
 ボクはうなずき会長について行った。
「お~ここだ。ここ」
「…………よりによってボクの家ですか……」
 効果音でもボロ~ンとつけたしそうなほどのボロ家。
 雰囲気が違う。いまにも幽霊が出てきそうな勢いだ。

 ドクン

「!?」
 ―――そんな……いままでなんともなかったのに……!? 持病……よりもっと酷い……
 
 針が心臓と脳を同時に貫いたような鋭い痛み。
 
 膝が笑う。カクンと音もなくボクは夏の日光を存分に受けた熱いアスファルトに崩れ落ちた。
 息が出来ない。
 どんどん鼓動が早くなる。
 意識が……遠のいていく。

「おい! 愁夜! 愁夜!!」


 声が聞こえる。必死なその声に対してボクは大丈夫だと笑えたのだろうか…………

     

 ボクは一人ぼっちだった。
 夕日が傾くころにはボクの友達は帰っていった。
 ボクも早く帰らなきゃいけないのになぜだか帰りたくない感じだった。
 今日も一人でボール遊びをしていた。

『なにをしているんだい? 愁夜?』
 ボクを呼ぶ声。
 振り返る。

 だけどその振り返った人物の顔は微笑みながらも奇妙に歪んでいた。
 不気味だと思った。

『お父さん!』
 ボクの思いとは裏腹に駆け足でその男に近づいていく。
 嫌なのに。近づきたくもないのに。

『さぁ、家に帰ろう』
 おんぶされていままで見た風景が急に小さくみえた。
 前を見ると黒く拾い男の背中があった。
 男の背中はどこまでも吸い込まれそうな、ブラックホールのように広がっていた。
 家に帰る。父は冷蔵庫にあった酒を飲む。
 ここで初めてボクがなぜ家に帰りたくなかったのかわかった。
 いままで笑っていたのが嘘のようにボクを蹴ってきた。

『オマエは! なんで! 生まれてきたんだ!』
 容赦のない蹴り。
 大声で泣いていた。

『うるさい! さっさと黙れ!』
 蹴っているのに泣き止むわけないだろう。

『ちょっと! なにしてるの!!』
 そこで女の声が家に響いた。
 そう、どこかで見覚えのある顔……
 聞き覚えのある声。

 もっと見ていたい。もっと確かめたい。
 そう思えば思うほど記憶はテレビの画面のようにブッツリと消えてしまった。

     

「しゅ……や!! 愁夜!!」
 声がする。
 眼を開けると会長が泣いていた。
「よかった! 気づいてくれたか!」
 よほど嬉しかったのかボクの体を起こし強く抱きしめた。
「だい……じょ……ぶです、から」
 安堵に打ちひしがれているのはいいのだが、ボクは頭が痛くて吐き気もまだある。
 一刻も早くここから離れたくてフラフラしながらも駅に行こうと歩き出す。
「おい! いまから救急車を呼ぶからじっとしてろ!」
「大丈夫、ですから……早く行きましょう……」
「ダメ……!!」
「いいから!!」
 止める荒々しい声よりも大きく声を出してしまう。
 会長はいままでそんな声を聞いたことが無いような顔をしていて少しボクの心が痛んだ。痛んだのだが、いまのボクにはそんな事を気に止めるくらいの余裕が無い。
「……行きましょう」
「あ、あぁ……」
 スタスタと先に歩く。いや、もしかして空気を読んで後からついてきてくれているのかもしれない。
 屋憧学園へとつく電車に乗るまで一切話さなかった。

タタンタタン

 電車の中では座る席はかなり空いていたので別に気負いすることなく二人とも座れたことは幸運だった。
 ボーっとしているといつの間にかトンネルに入った。
 ゴォーという音。そして向かいには眼が死んでいる自分が座っていた。
 ボクがいる。一瞬自分が自分じゃないような気がした。
「なあ……」
 トンネルを抜けて長い長い沈黙を破ったのはボクではなく会長からだった。
「なんです?」
 少しぶっきら棒な言い方になったが会長は話を続けた。
「記憶、戻ったのか?」
「……」
 ――言っていいのか? ボクの曖昧な記憶。記憶ではなく単なる夢みたいなものだとしたら…………
 はっきりいって不安だった。
「…………なんとなくでしたけど……」
 ボクは話した。
 話すことで何かわかるかもしれないと思った。
 だって会長は初めてきた柳原町をまるで何十年も慣れ親しんだ町のように知っていたからだ。
 ずっと遅くまで家に帰らなかったこと。
 小さいボクがお父さんと言っていた人に虐待を受けていたこと。
「まぁ、このくらいですね」
「……すまない」
 彼女は嫌な記憶を呼び覚ましてしまって申し訳なく思ったのだろうか。
「違いますよ。謝らなくていいですよ。ボクもなるべく早く記憶を戻さなきゃいけないと思っていたのでいい機会でした」
 ありがとうございました、と最後にいって少し頭を下げる。



だけど…………会長にはいっていないけれど、これだけは自身がある…………記憶の最後に出てきた女性。


それは、今隣で普通に座っている霧梓 燕南本人だった。

       

表紙

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