Neetel Inside 文芸新都
表紙

リレー小説 「K」
5: 犬野郎/Face to Fake・僕たちは恋してない

見開き   最大化      

 考え直せという心の声など、押し潰すようにそのセリフを絞り出した。
 理不尽に、不条理に自分の体を犯された俺が、この女に同じことをして何が悪いというのか。そう、これは当然の権利。報復であり断罪なのだ。こんな身体にされた俺の気持ちさえ、金の力でどうにかなると思っていた愚かな少女への。
 弄り倒してやればいい。ここに連れてこられる前にされたことを、そのまま返してやればいい。その結果この女が死のうが知ったことか。どうせもう、俺には失うものなんて何もないのだから。
 瀕死の少女をさらに吊り上げると、全身の拘束を緩めて触手を手足へと移動させる。未熟で華奢な少女の身体は、その見た目から想像できる年齢に違うことなく貧相だった。
「……かっはっ! うげっ……ゲホッ、ゲッ……!」
 首と胸を締め付ける触手がなくなったせいで息ができるようになったのだろう。少女は苦しそうに顔を歪めながら息を吐く。よだれを口の端から垂らしてもがく姿が酷く無様だ。
 普通の人間なら、この光景にそれなりに同情をするのだろう。外見は決して悪くない、むしろいい方に入る少女が全裸で宙吊りにされているのだから。だというのに、俺の心に広がる黒い感情は収まるどころか、むしろ大きくなっていくばかりだ。そう、自分でさえ抑えが利かないほどに。
 心さえバケモノになりかけている。全ては体内に注入されたアメーバのせいで。そう考えると、泥沼のようなその感情はさらにその大きさを増す。
「こんなもんじゃない……。俺が受けた痛みは、俺の怒りは……こんなもんじゃないんだ!」
 俺の怒りに呼応するように、触手が少女の手足を絞める力を増す。それと同時に、妙な手ごたえが触手から伝わってきた。
「いやああああああああああああああ!」
 それが少女を溶かしている感触だと気づいたのは、彼女の膝から下が両方同時に落ちたのを見てからだった。その落ちた足も、アメーバの影響かすぐに跡形もなく溶けてなくなる。
「いや……イヤッ! 助けて! 誰か助けて!」
 自分の足が消えてなくなるのを見て、涙を流しながら動転する少女。
「金で何でも買えるんだろう? この状況を、金でどうにかしてみたらどうだ?」
「お、お金? お金が欲しいんならいくらでもあげるから、だから助けて! お願い!」
 あまりにも無様に叫ぶ少女を見ても、俺は冷静だった。つい数時間前までは俺のことを好き勝手に踏み、蹴り、弄んでいたと女が今は俺に助けを懇願している。
 だが、もっと……もっとだ。
「それなら俺の身体を元に戻せっ!」
 再び張り上げられた声に、両腕だけで吊り下げられた少女がびくっと体をすくませる。だが、彼女が漏らした言葉は俺が求めたものとは正反対のものだった。
「……それは……できないわ」
「なんでだ、命が惜しくないのか!?」
 脅すように首に緩く触手を巻き付けてみても、怯えを見せたのは一瞬だけ。むしろ瞳に理性的な光を取り戻して、少女は言った。
「貴方みたいな一般人には分からないでしょうけど、今、世界はもの凄く危険な状態にあるの! 貴方の体に注入されたのと同じ、特殊なアメーバのせいよ。それに対抗できるのは貴方だけなの!」
 未だ上から目線な言葉ではあったが、少女のセリフにはその突拍子もない内容を信じさせるだけの切実さがあった。
 だが、俺にしてみればそんなことはどうでもいいこと。
「お願い! お金でもなんでも、貴方が欲しいというものなら何でもあげるわ。力を貸しなさい!」
「……俺が知りたいのは、一つだけだ」
「なに?」
「お前たちに協力して、お前たちの思い通りになったとして。その後、この身体は本当に元に戻るのか?」
 腕を巻く触手に込める力を込めた。嘘の返答など許さないと。
 気が付けば、俺はこの触手を自分の思い通りに使えるようになっていることに気付く。俺は本当にバケモノになってしまうのか。それとも、まだ……。
 しばらくの沈黙の後、俺の視線に負けたように少女はしぶしぶと口を開いた。
「その可能性は……ほとんどゼロに近い、と思う」
 その瞬間、ふっと。俺の中の何かが切れた。
「で、でもっ! 貴方が私たちの言う通りにすることが一番人類の――」
 ため、と。
 言葉が口から零れるよりも早く、少女の左手首が彼女の体から離れて落ちる。
 不思議なもので、触手によって溶かされた傷口からは一滴の血液も出ていない。そうでなければ、少女はとっくの昔に失血死していただろう。
「あああああああああああああああ!!」
 痛みか、それとも絶望のためだろうか。彼女の絶叫を無感動に聞き流しつつ、俺は彼女の拘束を解いた。約二メートルの高さから無造作に投げ出された彼女の体は、壊れた人形のようにあっけなく地面に這いつくばる。
「今、決めた。お前は、『最後の一人』にする」
 俺はそう吐き捨て、少女に背を向けて歩き始めた。
「……許さない……アンタのこと、絶対に許さないから! 全身ぐちゃぐちゃにして、生まれてこなかった方が良かったってくらい、めちゃくちゃに壊してやるんだから!」
 後ろから浴びせられる呪詛が、心の中に沁みわたる。なぜだろう。ひどく心地よかった。
 これだ……これなのだ。不条理に自分の体を変質させられる不快感、苦痛、そして怒り。俺が味わったのと同じ思いを、のうのうと生きて居やがる他の人間たちに思い知らせてやろう。
 そのために、俺はもっと力を手に入れる。
 この力の源であるアメーバ。いや……俺の『お仲間』を、人間の手から救い出すのだ。

       

表紙

みんな 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha