Neetel Inside 文芸新都
表紙

玉石混交のショートショート集
幽々自適(作:クロマメ)

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 昔、知り合いか友達か妹か誰かは忘れたがこんなことを言われたことがある。
「ねえ、幽霊になったらどうする?」
 当時まだ中学にも入学していなかった俺はそんなどうでもいい話題に本気で取り組み、そして答えを導き出した。
「まあ、取りあえず親しかった人たちを見に行くかな。悲しんでいたらなんだかちょっと嬉しいしな。いや、逆に悲しいのか? というかこんなこと聞いてどうするんだ?」
「別に」
 と、まあこんな感じである。
 ここでいう幽霊とはゴーストバスターズにでてくるようなバケモノじみた存在ではなく、あくまで日本的漫画的映画的なもので簡単に言うと意識はあるが存在が他者に気づいてもらえないという代物だ。
 そして俺は思ったね。『親しかった人たちを見に行く』なんてのは建前で本当は女湯や更衣室に忍び込もうと思ったのだ。卑しい考え方だったが、中学生の妄想力をナメてはいけない。
 しかし。
 実際にそんな状況に陥ったらそんなことをとてもじゃないが行えないと俺は気づいたんだ。
 それはなぜかって?
 
 それは、俺が幽霊になっていたからだ。




 さて、そんなふうに俺が某人気小説の主人公のように独白してから一ヶ月が経った。
 今、俺は自宅の自室にいる。六畳のフローリングでその一方の壁にある棚には俺の趣味である漫画や小説が綺麗に収められていて、二万円で買ったやけにどでかいテレビには心なしかホコリが積もっているように見える。
 なにげなく俺は夢遊病患者みたいにそのテレビに近寄る。俺は家族の中では一番の綺麗好きで、通っている高校のクラスメートの中で綺麗好き選手権を開いても一番になる自信がある。
 だからいつものようにホコリを拭ってやろうと思ったのだが……。
 そう、触れないんだ。物理的に。
 どこかでみた漫画みたいにするりと手が透き通ってしまう。まるで自分自身が空気みたいに。
「あまり前か。俺は死んだんだ」
 幽霊になったのに精神的疲労は溜まるようで、フラフラと中学生の頃から愛用しているベッドになだれ込む。
 なんでこんなことになったんだ。
 毎日見ていた木目の天井をボーッと眺めて、俺はあの時のことを思い出す。
 いつもの様に朝ギリギリの時間で家を出て、自転車を全速力で漕いで、高校まであとちょっと……というところで、俺は、俺は。
「……やれやれ」
 痛くは、なかった。一瞬だった。トラックにギャグ漫画みたいにふっとばされ、気づいたときは目の前に頭から血を流している俺がいた。
 すぐに俺はわかったね。ああ、俺は死んだんだって。
 それは漫画や小説を普段よく見ていたからかもしれないし、少し前に幽々白書を全巻読破したからかもしれない。だからこそ、俺は冷静だった。
 さて、どうするか。
 血を流している俺が、事故現場を目撃していた女生徒に必死で声をかけられているのを見ながら思う。
 その女生徒は涙を流しながら必死に俺の名前を呼びかけていてしきりに体をゆすっていた。おい、そんなにゆすると死ぬじゃないか――って死んでいるんだったか。
「おい! 目を覚ませ! いやだいやだいやだいやだ。いつもみたいに冗談を言ってくれ! いつもみたいに……私をっ!」
 おいおい、いくらなんでもそれはないぜ。頭から血を流している人間が唐突に「教会は今日かい?」なんてことを言ったらそれこそギャグ漫画だ。
 しかしそんな冷静な俺と対極に位置しているその女生徒は本気で俺が目を覚ますと思っているらしく、頬をペチペチと叩いている。
 背中の中頃まで伸びたストレートロングの黒髪に田舎にはもったいないくらいの整った顔立ち。強気な瞳は、涙で溢れていた。
 その女生徒、俺には見覚えがあった。
 いや、見覚えどころじゃない。そいつとは同じ部活であり、クラスでもよく話す存在で、ようするに友達だったからだ。
 名前は香椎響子。
 入学したての頃囲碁部に勢い勇んで入部しに行ったら、部室には香椎響子一人しかいなく、俺は途方に暮れたのを思い出す。つまりは俺を入れて二人だけの弱小部活だったのだ。だからこそ俺と香椎は面識があるのだが――
「いやだ! いやだいやだ!」
 香椎が泣き叫ぶ。いまや血の水溜りを作っている俺。一定の間隔を置いて集まる人々。遠くから徐々に近づいてくるサイレン。
 すると急に俺が死んだという現実感が襲ってきた。倒れている俺の顔色は血の気がうせたというより血の気がなくなったような様相で、その様相は死んだばあちゃんの顔色を思い出させた。
 そうして俺は救急車に乗せられ、病院へ。幽霊とは不便なものでワープなんかできるはずもなく、走って俺も病院へ向かった。疲れないのはいいかもしれない。
 ――これからが長かった。だから割愛するがそのあと俺は心停止し、死んだ。出血多量で死んだようだ。
 その後葬式が行われ、友達だったやつ、そこまで仲のよくなかったクラスメート、見たこともない遠い親戚などなど色々な人が来た。そういえばこんなやつもいたっけか、なんて思ったりしたが全く俺を知らない人間に葬式に来られても死んだ方は甚だ迷惑だ。だって自分が死んでも悲しんでない人間を見るのは面白くないだろ?
 だが、悲しんでいない人間だけではなかった。母や妹なんかは涙を流していたし父も悲痛な表情で、友達だったやつも泣いている。俺の人生もそこまで悪くなかったようだと感じる。
 そして、あの香椎響子だが……。
 泣いてはいなかった。しかし、目は気持ち悪いほど虚ろで、生気の生の字もない。俺より香椎の方がよっぽど幽霊のように見える。
 試しに近づいて声をかけてみた。「俺は大丈夫だ。いや、大丈夫じゃないかもしれないが意外と幽霊生活も悪くは無い。だって腹も減らないし、映画も見放題だし、病気にもならない。楽なもんだぜ。だから、泣くなよ」
 もちろん声は届かない。長い睫毛は伏せられたままでいつも俺に見せていた満面の笑みもかけらすらない。
 だからと行っては何なんだが、そっと、抱いてみた。もちろん感覚はないし、俺の右腕は半分香椎の体にめり込んでいる。だけど、そっと抱くのだ。そしてもう一度呟く。
「大丈夫だ」
「……あ」
 突然、香椎が何かに気づいたように目をまん丸に見開く。口もぽかんと開いて、一体その行動が何を意味しているのかと考えていると――
「もしかして、そこにいるのか?」
 小さな声だったが、香椎の周りにいる女のクラスメート達はその声に気づいたようで、まるで壊れ物に対して憐憫の情を向けるように、
「香椎……」
 しかし香椎は見えない存在に対してのコミュニケートを忘れない。
「そこにいるんだな! まっててくれ、わたしはすぐ――」
 今度は大きな声だった。静かな葬式会場に香椎の声が木霊する。香椎がクラスメートに無理やり外に連れて行かれる。会場にはざわめきが満ちて、
「ほら、あの女の子、死んだ男の子ととっても親しかったらしいわよ」
 どっかの知らない親戚がそんなことを言った。名前くらい覚えて欲しいね。
「ほら、香椎ってあいつのこと好きだったから。でも、ついにそのことを言えなかったね。
 名前も知らない女生徒がそんなことを言う。勝手なことを言わないで欲しいね。
 ――木魚が鳴る。親が泣く。葬式が終わり、最後まで香椎は戻ってこなかった。



 回想終わり。
 つまり、そういうことだった。
 最後まで俺は香椎を慰めることが出来なかった。香椎の太陽みたいな笑顔もついには取り戻すことが出来なかった。
 だけど、それもいいのかもしれない。
 なぜならば――
「これからどうするんだ? 真二」
 真二とは、俺の名前だ。
 さて、なんで幽霊の俺が誰かに名前を呼ばれているのだろうね?
「まあ、どうにでもなるさ。そうだ、映画館にでも行こうか」
「そうだな、わたしも真二と映画館に行ってみたかったんだ」
 ベッドで仰向きになっている俺をそのすぐ隣で見つめている少女。その少女が嬉しそうに呟く。
「真二とまた会えて、ほんとによかった……」
 そう――

 なぜならば香椎も、同じく幽霊になっていたからだ。

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「幽々自適」

1.文章力 50
2.発想力 30
3. 推薦度 30
4.寸評
 率直な感想を言えば、ショートショート向きではない。
 何が。まず人物設定。次にストーリー、オチ。
 長編の出だしと云うに近いだろう。
 ラストを先延ばしにして連載した方が良い作品。
 今回における文章力はあくまで好みの判断です。

     





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「幽々自適」採点・寸評
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1.文章力
 85点

2.発想力
 90点

3. 推薦度
 90点

4.寸評
 オチは好みが分かれるところでしょうが、秀逸でした。
 それまでに真二と香椎の関係が十分に描写されていましたので、「ちょっとそれはあんまりだろう」となりそうなオチにも、自分は納得いきました。それほど好きだった――ってことですね。幽霊ネタはこの世に山ほど溢れてますが、基本的に人間がキチンと描写されていればそんなことは些細な問題です。
 ただ、死ぬのはもったいないんじゃないかなぁ……とも思いますけどね。
 文章は上手で、特に破綻は見えませんでした。書き慣れている感じがしますねえ。面白かったです。

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1.文章力
 70点

2.発想力
 70点

3. 推薦度
 60点

4.寸評
 途中までは面白かったです。文学的な文章力は決して高いとは思いませんが、独特の言い回しやギャグが個性的で「楽しく読める文章力」を感じさせます。
 ただオチは個人的には残念です。安易ですね。他にも選択肢があったはずですが、最もどうでもいいものを選んだ気がしなくもありません。ここまで来たなら誰が読んでも良い方向で終わらすか、さらに驚かすかしてほしかったですね。

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1.文章力 90点
2.発想力 70点
3.推薦度 90点
4.寸評
 一人称の口語体という事もあり、非常に読みやすい。起承転結もオチ付けもしっかりと為されていて手本のような構成。悪く言えばシンプル、特に話はオチが容易に想像出来てしまう程です。しかし、作品を通しての完成度が高いので個人的にオチはこれくらいの味付けでも良いと思います。
 活字苦手の人に是非読んでもらいたい作品です。

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1.文章力 40点
2.発想力 30点
3.推薦度 25点
4.寸評

 まず一度読んで、オチに悪い意味で驚かされた。そのオチの要である(ネタバレになってしまうが)主人公の友人であった香椎が幽霊になってしまう原因が、ほとんど描かれていないのだ。
起承転結の転の部分がないがしろにされすぎていて、最後の流れに置いてけぼりをされたような印象を受けた。
 また、文章は読点が少ないせいか読んでいて息苦しく、主人公の一人語りがわざとらしい部分も気になった。一度自分の文章を声に出して読んでみてはどうだろうか。
 主人公が幽霊になってしまったという設定はありがちで、親しかった誰かが後を追うように同じ立場になるというオチへの流れも意外性に富むものではなく、作者がどんな作品にしたかったかが不明瞭だ。
 作中の重要人物であるところの香椎にしても、外見や部活動が描写されているのに彼女の発言自体はとても少なく、どんな人物なのか分かりづらいために感情移入がしづらい。
 主人公に対しても同じことが言える。主人公が香椎を抱きしめた理由については描写されておらず、彼女が外へ連れ出されたのを呆然と眺めるだけの主人公が彼女を心配していたとはとても思えない。あまりにもドライ過ぎるのだ。文中の言葉を借りるなら、「試しに」程度の動機だったのではと勘ぐってしまった。
 様々な箇所で省略するような描写があり、短編という形式に対して不慣れな面が垣間見えた。もう少し話を練り込み、しっかりと作って欲しい。

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1.文章力 50
2.発想力 30
3. 推薦度 30
4.寸評
 率直な感想を言えば、ショートショート向きではない。
 何が。まず人物設定。次にストーリー、オチ。
 長編の出だしと云うに近いだろう。
 ラストを先延ばしにして連載した方が良い作品。

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1.文章力 (60点)

2.発想力 (70点)

3. 推薦度 (70点)

4.寸評 
文体は柔らかくとても読みやすいが、場面ごとの繋がりや、場面転換が急な印象を受けます。そのせいで、繋がりがイマイチ把握できなかったりしますが、勢いのある文章なのでそれほどは気にならないです。
オチは中々衝撃的だったと思います。

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各平均点
1.文章力 67点

2.発想力 58点

3. 推薦度 59点

合計平均点 184点

       

表紙

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Neetsha