Neetel Inside 文芸新都
表紙

玉石混交のショートショート集
探偵兼(作:まいたるく)

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 古びた館に三人の名探偵と、一人の若い探偵がいた。若い探偵は汗を流しながら、三人の顔を見比べている。 その三名ときたら、この世界ではその名を知らぬ者がいないほどの有名人なのだ。
 論理的な考察と、大胆な行動で有名なホフマン氏は、四名の内最年長だ。二十五年前には連続爆弾魔を、その構成物の販売ルートから捕らえた実績がある。自然科学、とりわけ化学に関しての知識が豊富で、研究員としての肩書きも持つほどだ。

「解ってきたな……。犯人は、白昼堂々と事を犯した。しかも部屋は密室と来たものだ」

 ホフマン氏が推理を発表した。

「私でなければ見過ごしていただろうね。犯人は、即効性の睡眠薬を使用して、被害者を眠らせたんだ。一般に、成人男性が昏睡状態に陥るに必要な睡眠薬の量は、バルビツール系で約十二グラム。体長により上下はあるだろうが、大きな鈍器でそのまま襲うよりも簡単に被害者を弱体化できるわけだ。この血を舐めると分かる、濃度が高い、バルビツール特有の金属の味がね」
 
 指に残った液状の血を、ハンカチで拭う。答えをもったいぶるかのように、ホフマン氏は周囲を見渡す。

「あの――」

 若い探偵がそう言いかけた。

「ん? 推理の途中だ。君は黙っていたまえ」

 氏の鋭い眼光に気圧されてか、若い探偵は口を閉じた。何事もなかったかのように、ホフマン氏を言い負かそうとするは、アレッサ女史。密室殺人事件を軽く100件は超えて解決してきたという、これまた探偵界の女王である。尚且つ、心理学者としても権威であり、普段はアカデミーで教鞭を振ることでも知られている。

「被害者を弱体化したのは、確かにその方法だったかもしれないわ。でもね、この事件で一番の奇妙なポイントは犯人が“いかにして密室から逃げ出した”ではなくって? ホフマン氏は睡眠薬を混入できた時点でのアリバイ崩しで容疑者絞りを始めるようですけども、それじゃあ――」
 
 女史は流し目でホフマン氏を見る。

「手間が掛かってしょうがないわ」

 優雅に手をうねらせて、彼女の推理は始まった。

「私の推察はこうよ。犯人は身長が百三十センチを越えず、かつ体重が三十五キログラム以下の人物――少年や少女もこの範疇だわ。この特徴を持つ人物だけが地下通路にある、あのワインの入った樽の中身と入れ替わることができる。横倒しにした樽に自らが入り、内部で体重移動して反対方向に脱出。あとで似たようなワインを注げば密室の完成ってわけ。血痕があちらこちらに散在していたのは、未成年の弱い力で何度も殴ったからという説明もつくわ。古典的だけど、樽の小ささが盲点を生み出していたようね、私以外の方の、ね」

 語尾を軽く上げて、フンっと鼻息をする女史。

「あ、あの、失礼ですが――」

 またも若い探偵がそういいかけると。

「あなたは黙っていなさいよ。推理が完結していないわ」

 ぴしゃりと言われてしまった。苦虫を噛み潰したような表情を見せる青年。
 ここで、しばらくの間沈黙し、持ち込んだパソコンに指をかけていた、ジャック少年探偵。洋館の主のものであろうか、勝手に座っている回転椅子を半回転させる。その振る舞いは、十歳とはいえ、コンピュータ関連のベンチャー企業の社長らしく、威厳ある風であった。いわゆる車椅子探偵としても有名な彼は、ネットを通じて事件を解決するケースも珍しくない。

「アレッサさん、“少年”って僕に対する皮肉も兼ねてですか?」

 口角をあげながら、そう議論の口火を切る。

「お二人の推理方法は古いんですよ。今や半導体の世紀です。データからのロジカルな判断、残された証拠群からのプロファイリングによって、机上の空論・状況証拠に頼らなくても、犯人像は炙り出せます。まず、残された鈍器を見ると、犯人はがさつな性格の持ち主だと分かります。何度も握りなおした指紋跡が見て取れる。さらに言えば、過去、その右手は大きな怪我を経験しているはずです。
そして――」

 少年探偵は、事件現場で拾ったであろう、長い髪の毛を抓んで皆に見せる。

「栗毛色でパーマがかった髪を持つ人物ですね」

 ホフマン氏が黙っていられるかとばかり両手を広げて質問する。

「それが机上の空論ではないという証拠は?」 

 にんまりとするジャック少年。

「重要なのはここからです。予想犯行時刻は、死後硬直により、“白昼”から七月の二十一日午前十一時四十分頃となります。結果、すでに丸一日経ってしまっているわけでして。二日間で移動できる距離にいた人間は、政府統計局より八千人。この街のほぼ全員が容疑者なわけですね。この中から、さっきの条件に見合う人物をピックアップすればおしまいです。ホフマン氏、法医学や統計学にはご興味薄いようですね」

「では、その統計には例外はないのかね? 犯行のためわざわざ洋館に来た人間がいないという証拠は!?」 とホフマン氏。

「八千人が容疑者? 誰が調べるっていうのよ! ちまちま調べてたら、犯人は世間にまぎれてしまうでしょう!?」 とはアッレサ女史。

「しかし、最も論理的に判断できるデータがそう示しているのも事実なのです。この方法が最速であるはずです!」 きっぱり言い切るジャック少年。

「申し訳ない。少し話を――」 若い探偵がそう言いかけた矢先。
 
「うん? あんたは黙っていてくれよ。世紀の推理合戦なんだよ、コレ」

 彼は少年にも相手にされなかった。“名”探偵でない青年を置いて、三人は、議論を繰り返す。どれも決め手を欠くためか、また聡明な名探偵とされる彼らがそれ自体を認識しているからか。三人の言葉一つひとつが戦場に飛び交う銃弾のように荒々しくなった。
 若い探偵は持っていた木製パイプを放った。一体なんのためかと、一瞬ではあるが三人の視線を集めるのに成功した。
 彼は意を決して言い放つ。弱々しい咆哮であった。




「“被害者”は、まだ、死んでいないのです……」



 
 一瞬の沈黙の後、三人は口をそろえて言った。





「今、推理してるんだから、あんたは黙ってろ!」

     




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「探偵兼」採点・寸評
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1.文章力
 75点

2.発想力
 55点

3. 推薦度
 45点

4.寸評
 スッキリしない話ですねえ……
 途中まではなかなか面白く読めたのですが、このオチは微妙すぎます。もう少しどうにかなったのではないか、と思います。情景を思い浮かべると、クスっとは来るのですけど。

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1.文章力
 80点

2.発想力
 80点

3. 推薦度
 80点

4.寸評
 面白い作品でした。文章からはイギリス探偵もの風の情景が思い浮かび、非常にテンポよく、かつ各々のトリックに説得力がありました。作品としての発想力は標準(70点)ですが、トリックの分と合わせて80点としています。今企画の「ハイレベル」のスタンダード作品だと思います。(「標準レベル」のスタンダードは個人的にハム子)

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1.文章力 50点
2.発想力 40点
3.推薦度 50点
4.寸評
 オチへの伏線が強すぎにもかかわらず、それ程強いオチでなかったのが残念です。ちょっと期待させすぎな構成でしょうか。というか、被害者が死んでいないのに探偵って招集されるものなんですかね。

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1.文章力 30点
2.発想力 40点
3.推薦度 35点
4.寸評

 正直言って、私はこの話のオチが良く分らなかった。
 コメントを見て、タイトルを見て、もう一度読み直し、「ああ、やっぱりそういうことだったのかな?」と思えたくらいである。実際、私が想像しているオチも本当に作者が意図したものかは分からない(作中に死後硬直により~などという箇所があるため)。
 やっぱり、と言っているのに分からないと言ったのは、読んでいて多少の予測は付くにしても、そのオチを本文中でキチンと説明されることがないからだ。
 若い探偵の最後の言葉は、さらっと読んで人にしてみれば言葉どおり以上のものとは受け取れないのではないだろうか。
 オチ狙いの作品であると見てとれるだけに、キッパリとした説明がないのは不親切としか言いようがなかった。
 また、名探偵とされている三人の推理が非常にお粗末で長ったらしく、しかもそれは伏線にすらなっていないときた。分量的には短い話であるにも関わらず、読んでいて疲れを感じる作品だった。
 間違っても、推理小説好きにはお勧めできない作品である。

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1.文章力 30
2.発想力 30
3. 推薦度 20
4.寸評
 少し弱かったかな。
 スタートからの引っ張りに期待したので、その分、裏切ってほしかったです。

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各平均点
1.文章力 53点

2.発想力 49点

3. 推薦度 46点

合計平均点 148点

       

表紙

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Neetsha