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絶夢FN「続夢」/akinaka

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絶夢ふぁんのべる






「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」

 好きだったロック・スターの物真似。真偽の定かじゃないその作法に則って俺はドアノブに紐をか
け、首を。

 ちん太は嗤(わら)っている。その声は段々と大きく、野太く響いていく。







 あれから3年。俺(遣木ナシオ)は結局、死ぬ事も出来なかった。
 あの日、ちん太の嗤い声が最高潮に達したと思ったら、俺の目の前には白い天井が広がっていた。
 
 そこは病院の一室だった。

 あまりの嗤い声の騒がしさに隣人が怒鳴りこみに来たものの、反応が無い為管理会社に通報。家賃
を滞納していた事もあり、一度話をしたいと思っていた賃貸保険管理会社の中年社長は部屋のカギを
持って訪れると、中には俺が横たわっていた。ドアノブに掛けた紐は中途半端で解け、抜け落ちてい
た。
 そんな風に事の顛末を聞いた。

 目が覚めるとその中年社長に一頻(ひとしき)り怒られ、自分はこうだああだ、と説教を食らった
。だからなんなんだ。あんたがそうだったからって俺とは違う。一緒くたに考えないでくれ。死ぬ気
になればなんでも出来る。ってベタな事も言われた。死ぬ気になったから死のうとしたんだろ、と思
った。
 その社長は暫く俺の様子を観に来たが、出て行くのか、家賃の支払いはどうするか、それらの算段
が終わると来なくなった。

 あれから3年。あの煩かった隣人も今は居ない。
 賃貸保険管理会社からはたった3日程でも家賃の振込が遅れれば即電話がかかって来る様になった
。追い出したいのかも知れない。いや、そうなんだろう。

 ちん太は今も喋り続けている。あの頃から何も変わらない風景だ。
 いや、ひとつだけ変わった。

 初めて16ページの漫画を仕上げまで完成させた。

 内容は散々たるものだと思う。絵も酷いもんだ。何しろ完成するまで3年もかかっている。
 3年前、気付いてしまった俺は絶望的な自分の才能に夢も希望も全て失った。下を探して逃げ続け
、かろうじて保持していたアイデンティティーも自らの涙と共に崩壊し、ちん太もそれに追い打ちを
かけるように俺を嘲笑う。全てがつまらなく思え、どうでも良くなった。つまらない世界との断絶に
も失敗した。
 
 全てが中途半端だ。

 バイトにすら行かなくなり1か月ほど引き籠る。管理会社の社長は、俺に資金的に頼る人間が居な
い事を知ると生活保護の申請を薦めてきた。もう、何も考えたくない。

 久々にペンを持ってみる。重い。鉄アレイでも持っている様な感覚。昔、床屋で暇潰しに読んだ格
闘技かプロレスか……そんな雑誌に一流選手らしき人のインタビューが載っていたのを思い出す。
「今は何をやっても本当にスランプ……。受け身を取っても以前の3倍くらい効く。それぐらい痛い
。体も重い。自分の体かと疑う」

 スランプ。
 
 そんな事を言ったら俺は今までずっとスランプだ。けど、今はペンを握ることすらままならない。
右向きのハンコ顔さえ一つ描くのに1日かかってしまう。そして、次の一日は惰眠を貪(むさぼ)る

 今は時間だけは無駄にある。何も考えずにボーっとしていると、ちん太が煩く何かを言っていた。
言われるまま、以前出版社に持って行ったネームを読みなおしたりしているうち、これだけでも形に
してみようかと言う気にはなった。
 やる気は続かなかった。一か月ちん太に罵倒され続けて一コマしか描けない時もあった。参考にし
ようとネットを開けば、気がつけば72時間パソコンの前に座っていたり、一週間寝ているだけの時
があったり。
 妥協して妥協して、描くのが嫌で嫌で、面倒くさくて面倒くさくて、ドウシヨウモナカッタ。

 そうして気が付けば3年経っていた。それでも、漫画はなんとか完成していた。

 以前そうだった様に、俺はちん太に煽られ今出版社の前に来ている。昔のようにちん太に反論した
りする事も無く、2度目の持ち込みに来ていた。アポを取る電話をかけるのに逡巡して3日程かかっ
たものの。

 受付を通し、エレベーターから降りてくる人間を待つ。以前の編集者の顔を思い返すが、良く覚え
ていない。中々来ないのでどうしたものか、身の置き場を持て余していると、やや赤ら顔で短髪の人
間が声を掛けてきた。どうやらこの人が今回の俺をボロ糞に言う人間らしい。目を合わせず、俺も挨
拶を返した。
 小奇麗なロビーに案内され、原稿を渡す。
「じゃあ、拝見しますね」
 そう言うと彼は原稿を見開き状に並べて読みだした。どうせボロ糞なんだ。どうにでもしてくれと
言う気分になる。と、思っていたらもう読み終わっていた。そして彼は2度目、ゆっくりとまた読み
だした。
 それが終わると、
「そうですねえ……まず、絵については論外と言ってもいいくらいかな。漫画をやられてまだ間もな
い感じですか?」
「は、はぁ……まぁ…」……11年目だが。
「いろんな漫画を読むといいと思います。とりあえず、胸から上の描写ばかりで背景もほとんど無い
ので状況が非常に解りにくいです。あと面倒さが出てしまってて絵で説明せずに文字でやってしまっ
てるのでテンポが非常に悪いです。顔も同じ向きばかりなので位置関係が全然解りません。誰が誰な
のかも描き分けが出来てません」
「はぁ」……始まったか。もう止めてくれ、俺は褒められて伸びるタイプなんだ。
「まあ、でも絵は描く気になればすぐ上手くなりますし……失礼ですが、お幾つですか?」
「に……、29です」
「……もうちょっと頑張らないと難しいかも知れませんね。話の方は……映画とか良く見られますか
?」
「いや……あんまり……」
「短編の勉強になるんで観た方が良いですよ。うーん、そうですねぇ……」

「漫画、好きですか?」

「え?」
「正直伝わってくるものが無いと言うか。うーん、主人公もただたんに意味の無い試練を与えられて
るだけにしか見えませんし、本当にこれを描きたいのかなと」
「一応、漫画家になるのが夢で……」
「夢って、叶わないから夢なんですよね。上を見ると果てしない訳ですから、叶った時点で次の段階
が見えてるわけで。自分がどうなりたいか、そういうイメージをしっかり持って動くのが大事だと思
います」
「まあ……ちゃんと完成させて原稿持ってくる人って意外と少ないんですよ。道具だけ揃えて漫画家
気どりでね。ここは評価出来ると思います。第一歩、ってところですね。こんなところでどうでしょ
うか?」
「はい」
「頑張ってください」


 漫画が好き……か。多分前だったら、馬鹿じゃねえの。って感じだけど。


 ちん太が何か言っている。
「ゲラゲラゲラ。相変わらずボロクソだったな。3年かけてたった16ページの超大作が」
「散々人の努力を小馬鹿にして努力しなかったんだもんな」
「人の事を馬鹿にする事しか出来ないお前が全てを否定される気持ちはどうだ?」

 
「いや……全てじゃない」
「あ?」  
「完成させた」
「ゲラゲラゲラ。3年で16ページな」




「……まあ、お前にしちゃ良くやった方なんじゃねぇの」

       

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