NOT シー LOVE!
プロローグ 「目が見えなくても恋はするんです!」(2010,0223 改稿)
最初のひと目で恋を感じないなら、恋というものはないだろう。
マーロー
昼下がりの人も疎らなファミレス。そこで私は本日2杯目のコーヒーを啜りながら親友の慧が来るのを待っていた。
手持ち無沙汰にスプーンをコーヒーカップの中で動かしていると、私が座っている席の前で立ち止まる人の気配を感じた。
「あ、慧……だよね? ……うん、慧みたいだね。あ~よかったぁ。また、人違いだったらどうしようかと思ったよ。今日は来てくれてありがとう。まぁ、座りなよ」
私は、慧の気配がする方に向かって手を振りながらそう言った。やっと慧が待ち合わせ場所に来たのだ。
「言われなくても、もう座ってる」
いつの間にか、慧は私に促される前から椅子に腰を下ろしていたようだった。キツネにつままれたような気分になりつつ、私は何か適当な飲み物と慧の好きな若鶏の唐揚げを振舞うために元気な声でウェイトレスのお姉さんを呼んだ。そして自分用のパフェもちゃっかりとウェイトレスのお姉さんにオーダーしつつ、私はおもむろに話を始めた。
今日は慧にどうしても聞きたい事があるのだ。
「慧さ、最近、新しくまた彼氏ができたんだって?」
「さっきのウェイトレス……。若作りしてるけど、ありゃ、歳30は越えてるな」
「え、そうなの? 声が可愛かったから、てっきり私と同年代のお姉さんかと……。って話を逸らすなあ~」
「……もう、誰から聞いたのさ。あんまり皆には知られたくなかったのに」
消え入るような声を出している慧に、私は思わず口元を緩めてしまった。頬を控え目に染めて、花も恥じらう乙女という言葉が似つかわしい、はにかんだ表情をみせる慧がありありと私の頭の中に浮かぶ。
照れながら手をモジモジとさせている慧の姿を想像しながら私はさらに話を続けた。
「てか、その人はどんな人なの? やっぱり優しかったりするの?」
「いやぁ、どんな人って言われてもなぁ……。普通だよ、普通。まぁ、優しいっちゃ優しい。それに、しっかりと私の事を受け入れてくれる。すごく大切にしてもらってるよ」
「そっか。いい人なんだね! 慧の前の彼氏はひどかったもんね。慧のこと、ちっともわかってくれなかったっていうか……」
私が慧にそう言った瞬間、カツンとわざと聞こえるように乱暴にガラスコップの置かれる音が私の耳に響いた。慧の機嫌を損ねてしまったんだろうか。ともかく私の発言が慧の琴線に触れた事に間違いはないみたいだ。
不意に私たち二人の間に沈黙の時間が流れた。
「お待たせ致しました。若鶏の唐揚げとメロンソーダ、スペシャルチョコバナナパフェでございます!」
その沈黙を破ったのは、先ほどの可愛い声で若作りしているアラサー・ウェイトレスさんだった。タイミングが悪いと言えば悪いし、良いと言えば良い。
「あっ、ありがとうございます。あの~お姉さん、申し訳ないんですけど、そのパフェ私の手元においてくれませんか? あっ……。そうそう……。ご丁寧にありがとうございました」
アラサ―・ウェイトレスさんは恭しく「ご注文は以上でよろしいですか?」と私たちに確認してから「ごゆっくりどうぞ」と今の私たちの現状も知らずに平気でそう言って踵を返した。この気まずい雰囲気の中を「ごゆっくり」過ごせるわけないじゃない。
「いやぁ、ここのパフェは格別だよね! も~う、やめられない! 慧も一口どう?」
私は自ら場の空気を良くしようとして、とりあえず慧のご機嫌取りに尽力した。このままじゃ、話が進まない。
「いや、唐揚げ食ってるのに、パフェは勧めないでしょう? ふつー」
「え~美味しいのになぁ。ねぇ、慧だったらわかるでしょ? この、一番上に乗っかってるチョコブラウニーがたまらないんだよ!」
私はそう言いながら器に盛られたアイスの上で堂々とした存在感を放つ、芳しい香りのチョコブラウニーにそっと自分の鼻先を近付けた。
すると鼻穴に何かが突き刺さった。びっくりして思わず仰け反ってしまった。
「大丈夫? なにやってんだよ、あんたは……。てか、ものの見事にポッキーが鼻の穴にジャストミートしたね」
ポ、ポッキー? いつからそんなモノがパフェに付くようになったんだろう。この前、同じパフェを食べた時はポッキーなんて付いてなかったのに。
私は訝しげに右手で頭を掻きながらデザートスプーンを口で咥えた。滑稽な私のその姿を見たからなのか、慧はクスクスと笑いを堪えているみたいだ。
何とか慧の機嫌は直ったようなので、私はホッと胸を撫で下ろした。
「そう言えば、聞きたいことって何さ?」
「あ! そうだったよ~忘れるところだった。あ、あのさ、慧は今の彼氏さんのどこに惹かれたの?」
「は? 何それ? あんた私に惚気話でもさせたいの?」
「ご、ごめんね。変なこと聞いちゃって……。でも、私、真剣なの。真面目に答えて!」
「いや、どこに惹かれたって聞かれてもね~……。何々? あんたひょっとして好きな人でも出来たの?」
慧はからかう様に悪戯な笑い声を出しながら私のおでこを指で突いた。図星だった。‘好きな人’。私はその言葉を聞いて急に自分の顔が熱くなってくるのを感じた。
私は‘好きな人’が出来たという事実を強く主張するかのごとく、無言で大きく頭を縦に振った。そしてその拍子におでこが私の目の前にあるパフェグラスに直撃した。
「ちょ~い! パフェが零れたっての……。床までアイスが垂れてるし。って、わぁ~! 私の唐揚げがアイス塗れに~!」
目の前で何が起こっているのかは大方予想がつく。慧の慌てふためく声がそれを物語っている。
パフェが私の頭に直撃した時に慧の唐揚げだけでなく、序に私の前髪も含めたおでこにも溶けかかったアイスがへばりついていた。
「もう~何やってんのよ!」と慧は取り乱しながらも私のおでこと前髪に付着したアイスを洗濯したばかりのいい匂いがするタオルハンカチで拭いてくれいる。
そんな慧の気苦労も知らないで、私はぼんやりと「好きな人」の事を考えていた。
こんな、お馬鹿な私の名前は、野尻明(のしり あかり)。こう見えても歴とした大学生なのだ。毎日、陽気に元気に青春を謳歌している。
でも、そんな私には普通の人と違う点が一つだけある。
それは目が全く見ないという事だ。
私には今「恋する人」がいる。