Neetel Inside 文芸新都
表紙

NOT シー LOVE!
十余り五つ眼 「好き好き大好き超愛してるなんて、本人の前で言えるわけないです!」

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男と女の間に友情はあり得ない。情熱、敵意、崇拝、恋愛はある。しかし友情はない。


ワイルド









「あなた誰ね? あ、ひょっとして入会希望?」
「……違うっての」
 「はんけん」のサークル室のドアを開けた慧の声には何故か元気がなかった。でも、その語調には鬼気迫るものがあった。いつもふざけて私に絡む陽気な慧の姿はそこにはなかった。いや正確には屈託のない笑顔を浮かべている彼女の姿を私が想像できないと言った方が正しいかもしれない。
 普段、誰かとコミュニケーションをとる際私はその人の物腰を想像しながら会話などをしている。目が見えない私にとって人の態度を知る手掛かりは、会話している相手の声しかない。その時々で私は、今この人は怒っていて顔面蒼白しているなとか、悲しんでいて目尻に涙を溜めているなとか、勝手に想像しているのだ。
 今の慧の口調には温かみがなかった。いや感じられなかった。ただ、これだけは想像が出来る。今、慧は心の中にとても大きな何かを抱えている。それが何かまではさすがの私にもわからない。でも、慧の心中に芽生えたその何かが彼女の足をここまで運ばせたのは間違いないのだ。
「慧、今日はどうしたのよ! 授業にも顔を見せないで……」
「……ごめん」
 私は、感極まって慧に抱きつこうと立ち上がり、両手を前方にかざしながら慧の声がする方にヨロヨロと歩きだした。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、慧の方から私に抱きついてきた。小さい肩に胸元まで伸ばされたツインテール。そして、慧と一緒に買ったお揃いのエリザベスアーデンの香水の香り。間違いなくそれは慧だった。ほんの半日にも満たない私と慧の空白の時間が静かに埋まっていくのがわかった。
「あの~盛り上がっとるところ、申し訳なかとばってん……」
 杏ちゃん先輩の横槍を合図にして、慧の感触が私の身体からなくなっていく。そして、慧は私の頭を少し撫でてから、口を開いた。
「あんたが、久本杏子だよね?」
「そうだけど……何なん?」
 慧は、自分の目の前にいる人物が杏ちゃん先輩である事を確かめて、一呼吸置いてから今度は私の両肩に手を添えて私に何かを囁いた。
「あかりん、私、これから、あの人と大事な話をしなきゃいけない。でも、その話をあかりんには聞かれたくないんだ。だから、お願い。ちょっと席を外してくれないかな?」
「え……何それ? 私に聞かれたくないって、どういうこ……」
「お願い! ……お願いします」
 私の追及を遮るようにして、慧は、今度は力強く私にそう言い放った。
 実は、私は慧より一つ年上だ。いつも、慧は私と喋るときはタメ語で喋っているけど、いつも真剣な話になった時や真面目にお願いをする時は決まって、突然、敬語口調になるのだ。
 何の話を杏ちゃん先輩にしようとしているのか気にならないと言えば、それは嘘になってしまう。だけど、私は慧の意図を汲んで素直に彼女の要求を受け入れる事にした。きっと慧は、今、普段とは打って変わった真剣な表情を浮かべているに違いない。私は、自分の両肩に添えられた慧の手に優しく自分の手を重ねて「わかった」とだけ告げると、外に出るために私の席の傍で待機しているラブリーの元に歩み寄った。私は「Up!(立って!)」とラブリーに指示を出して部屋を出ようとした。
「あかりん! 帰ったらダメばい! ミーティング終わっとらんけんね!」
 私が部屋を出ようとした瞬間、私の後ろから、息の詰まるような雰囲気には場違い過ぎる声で杏ちゃん先輩が私に釘をさすのが聞こえた。私も杏ちゃん先輩に負けないくらいの勢いで、そして場の雰囲気をぶち壊すつもりで「は~い」と陽気に言ってドアを閉めた。ドアが閉まる瞬間、慧が微かに「ありがとう」と私に呟いた気がした。
 

 サークル棟から出た私は持て余した時間をどのように潰そうか考えあぐねていた。手頃なベンチがあればそこに座って、慧が出てくるのを待っていられるんだけど……
 とりあえず、私はサークル棟の入り口近くの壁に寄り添っていることにした。すると、誰かが私に話しかけてきた。
「あれ? 姉さん、そんなところに突っ立て何してんの?」
 その素っ頓狂な声の持ち主は小泉だった。ガラッとサークル棟の引き戸を引く音が聞こえる。小泉が「はんけん」のサークル室に行こうとしている。「駄目っ!」と言いながら、私はサークル棟内に入ろうとする小泉の腕を掴んだ。慧の邪魔をしてはいけないと、何の根拠もなくそう思ったからだ。そして、事の次第を小泉に適当に説明して小泉がサークル室に向かう事を何とか阻止する事に成功した。小泉は「はぁ?」と、若干、納得のいかない口ぶりだったけど素直に私の話を聞き入れて、私の隣に並んだ。
 しばしの沈黙。いつもの私なら小泉に対して他愛もない話を吹っかけているところだけど、その時は何故か小泉と話す事が頭に浮かんでこなかった。というより、小泉に「サークル室に行くな」と言ったものの、私自身サークル室で執り行われている慧と杏ちゃん先輩の話の内容が気になって、小泉との雑談のタネを探しているどころではなかったのだ。
 しばらくすると、だんまりを決め込んでいる私に小泉の方から話しかけてきた。
「姉さん」
「なに?」
「今日は、星さん来てた?」
「来て……ないよ……」
「……そっか」
 そう言えば、星さんに連絡がつかないと杏ちゃん先輩が言っていた。星さんの身に何かあったのだろうか。それは短絡的な発想かもしれない。でも、星さんに会えないという現実。そして、連絡も取れないという事実。この二つの事柄は星さんとの再会を心から願う私とって、胸を締め付けて、私を苦悩させるには十分すぎるほどの事なのだ。私は思わず自分の胸に手を当て、下唇を噛んだ。
「あ、ごめん……姉さん」
私は無言で小泉の頭を小突いた。悪戯をした弟をたしなめる様にして自称姉として小泉の頭を小突いた。
「あのさ、一つ聞いていい?」
「なにさ……」
「星さんのどこが好きなの?」
「え……」
 突然の小泉の質問に私は面喰ってしまった。星さんの好きな理由。それを私がここで今小泉に話す事は朝飯前のはずだ。でも、何故か私の心に「恥ずかしい」という感情が沸々と湧き上がってきて上手く小泉と話をする事が出来なくなっていた。どうしてだろう。同性と恋愛話をする時は普段の会話の一部として何の意識もする事無く話が出来るのに。異性とそんな話をすると途端に禁忌に触れてしまったように、言葉を言い淀んでしまう。なぜ素直になれないのだろう。いつの間にか私の顔に熱が帯びていく。今、すごく顔が熱い。私はこんな恥ずかしい状態を小泉に悟られまいと両手で自分の顔を覆い隠した。
「あ、赤くなってやんの」
 笑いながら私をからかう小泉。私の眼前で忙しなく小泉の気配が動き回っているのが何となくわかる。きっと、小泉は赤面した私の顔を覗き込もうと、上半身を私の目の前で揺らしているのだ。「小泉の馬鹿~」と呟きながら、私は前方に向かって前蹴りを喰らわした。でも、見事に私の右脚は綺麗な弧を描いた。その拍子に私はバランスを崩して倒れそうになった。そんな私を小泉が慌てて支える。
「おいおい、無理すんなよ姉さん」
「あんたのせいでしょう! も~!」
 ハハハと小泉が愉快そうに笑った。その笑い声は一向に止む気配がない。小泉はお腹を抱えて笑っているのだろうか。私の姿はそんなに滑稽でしたか! あ~もう失礼しちゃうな! 私は大げさに笑う小泉に非難を浴びせかける。「ごめんごめん」と言いながらも小泉は笑いを堪えるのに必死なようで、その口ぶりには笑いがまだ交じっていた。私は、これ以上言っても無駄だなと思い、とりあえずポーズだけでもと不満を露わにする為に、腕組をして頬を控えめに膨らませた。そして、やっと小泉は笑い終わったのか今度は呼吸を整えているようだった。
「姉さん、ホントに星さんの事好きなんだなぁ」
 私は少し間を置いてから自信たっぷりに小泉がいる方――右手を向いて、小泉に言った。頬にまだ熱を感じるけど、恥ずかしがる事は無い。これが私の素直な気持ちなのだ。
「うん、好き……大好き」
 小泉がハッと息を飲む音が聞こえた。堂々とした私の態度に目をパチクリとさせているのだろう。何故かまた私たちの間に沈黙の時間が流れた。あれ、私、変な事言ったかな? すると小泉がその沈黙を破るようにしてコツンと私の頭を小突いた。
「なんで、私が叩かれなきゃなんないのよ~」
「……自分で考えろよ」
 思い当たる節がまったくなかった。少し考えてみたけど、やっぱり思いつかなかった。私は小泉に小突かれる筋合いはない。ないんだからね! ……たぶん。

       

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Neetsha