あの日から・・・
2
あれから・・・
60年の月日が流れた・・・
上谷は変ってしまった。
頭は白髪、顔中にはしわがある。年齢はもう90に近い。
歩くのも精一杯だった。
こつこつとためていた貯蓄があるため、家族からの援助はいらずして老人ホームに入ることが出来た。
と、言うより援助してくれる家族がいなかったのだ。
上谷はソファーに腰をかけ、テレビを眺める。
「阿武隈さんですねー、少々お待ちください」
看護婦の声が上谷の耳に届いた。
年は食っても、耳だけは若い人間に負けず劣らずいいものだった。
阿武隈という名前に、上谷は身震いした。
曲がりきった腰を精一杯ぴんと張る。
杖をつきながら受付にたつ老婆のもと駆け寄る。
「し、白瀬さんかい・・・?」
かすれた声で老婆に話しかける。
「どなたさまです・・・?」
老婆はしわくちゃの目をさらに細めた。まるで目がなくなったように見える。
老婆は、はっと思い出したかのように言う。
「上谷さんかい・・・?」
「ふぉっふぉっふぉ・・・。そうじゃよ!わしじゃよ!」
上谷は幸せの絶頂にいた。
ウィーン、と自動ドアが開く。
「おばーちゃーん!!」
中学生だろうか、かわいらしい制服を着ている女の子がこちらに駆け寄ってくる。
「おやまぁ、真理ちゃんかい?よくきたねぇー」
(まさか・・・)
「お母さんたちと今日田舎に戻ってきたの」
(そんな・・・)
「なんてことじゃああああああああ!!」
上谷は老人ホーム中に響き渡るような大声を出した。
「ま・・・孫なのか・・・」
上谷は声を漏らした。
周囲の人たちは上谷をにらんでいた。
「え、えぇ・・・わたしの孫ですよ・・・急に大声ださんといて下さいな・・・孫がびっくりしてるじゃないですか・・・」
知らせが迷惑そうに言う。
上谷は緊張、一目惚れ、それらとはまるで違う胸の痛みを感じた。
「ウッ・・・」
上谷は苦痛のあまり、声を出してしまう。
徐々に痛みは膨らんでゆく。
「ウッ・・・うぅ・・・」
(ほ・・・発作か・・・!)
上谷は気がついた。
これは
ショック死の
前兆だということを。
気がついたときにはもう遅かった。
上谷は床にもんどりうつように倒れこんだ。
看護婦たちが駆け寄ってくる。
だが、上谷はもう気がついていた。
もうわしは駄目なんだ、と。
わしは・・・
なんのために・・・
何十年も・・・・
しかし・・・
我が人生に・・・
もう・・・
悔いはない・・・
完