Neetel Inside ニートノベル
表紙

駄作の集積所
こちら弱小新聞部!

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「なんでダメなんですか!?」
 彼は思わず叫んだ。
「彼と彼女は区別しろと何度も言ってるでしょう!」
 黒田も負けじと声を張り上げる。
「古典だって彼で両方指すでしょう」
「古典の話はしてないでしょうが」
「だいたい俺の勝手でしょう」
「勝手じゃないっ。オナニー小説書いてんじゃないんだからしっかりやりなさいよ」
 恥ずかしげもなくオナニーなんて言う女に少し呆れつつ、彼も同じ単語を口にする。
「オナニーみたいなもんでしょう、学校新聞なんて!」
 血管の切れる音がした。彼は禁句を思わずいってしまった。黒田鉄、彼女にとって新聞部のことをバカにされるのは我慢ならないものだった。
「ほう、貴様……。私の前でそんな口をきくとはな。その勇気に免じて全殺しでかんべんしてやろう」
「全殺しって殺してんじゃないかあ!」
 デスクを乗り越えてくる黒田、生命の危機を感じ逃げようとする彼、そしてうんざりしながら大声をあげる満天。
「いい加減にしてくださいよ、ふたりとも!」
 この新聞部の中で一番の年下である満天に怒られてシュンとなる二人。
「毎度、毎度おんなじことで喧嘩して、ねずみと猫っスか!?」
 この二人の喧嘩は今に始まったことではない。もう幾度となく同じ原因で言い争っていた。彼と彼女を一緒くたにするなと黒田は何度も口をすっぱくして言うのだが、まるできかないのだ。
 彼の方もこだわりというよりも、既に意地になっていた。
「先輩もいい加減にくろがね部長を困らせるのはやめてください」
 すると彼は冗談めいた調子で言う。
「好きな女の子の気をひきたいがための苦肉の策を邪魔しないでほしいな」
 顔を真赤にして叫んだのは黒田ではなく、満天のほうだった。
「部長は私のなんですからね! 先輩ごときがやめてください」
「しかし、部長は巨乳派なんだよ。小学生おっぱいは黙ってろ」
「私のどこが貧乳なんですか。満天は脱ぐとすごいんです! 脱ぐとすごいんです!」
 この新聞部に恥らいのある女子はどうやらいないようだった。
「ちょっと待て。確かに私は巨乳も好きだが、貧乳もいける! 満天、気にすることないぞ」
 黒田が自分の嗜好をさらけだすと、満天は半分嬉しそうに、半分悲しそうに複雑な表情を作った。
 黒田が貧乳も守備範囲だったことは喜ぶべきことではあるが、黒田に貧乳宣告を受けた自分が悲しかった。
「部長! 男の子はどうなんですか!? 守備範囲ですか? イケますか? イカす自信はありますよ」
 彼がまたふざける。黒田が口を開きかけたと同時に鐘がなった。部活動終了時間を告げる下校の鐘だった。鐘が鳴り終わり、黒田が発した言葉はお開きにしようという旨で、彼の質問に答えることは結局なかった。


 翌日の放課後の新聞部の部室には紅一点以外の姿はみられなかった。新聞部の紅一点である彼は微妙な商品名のパックジュース片手にB級ライトノベルをよんでいた。『なんとか探偵』とかいう推理要素無しのキャラクターが可愛いことだけが取り柄の一冊であった。
 キャラクターが可愛いだけとは言ったが、彼のこのラノベの好きなところは殺人描写であった。毎回、とんでもトリックで推理なんてできるものじゃあないが、殺人事件は起きるのだ。
 その殺人描写に力が入っていて、読んでいると背筋にくるものがある。ギャップでそう感じるだけなのかもしれないが。目がでかすぎるキャラが彼は嫌いなのでそこでけを目当てに購読していた。
 シリーズ九作目の『ネコネコ天国殺猫事件』はその名の通り、猫が次々と殺されてしまうストーリーであった。
 彼は読み終わったそれを机の上に置き、B級特有の読後感に浸る。部室からページをめくる音すら消え、彼のかすかな呼吸音のみが静寂を揺らしている。
 彼は目を閉じる。想像するのだ。よりリアルに。今作で猫以外で唯一殺されたのは小柄で元気を通り越して少し迷惑な女の子だった。
 その女の子のデザインが想像を難くするから、彼は置き換える。身近な人物に。ちょうど元木満天なんかがいい感じに当てはまる。小柄なところも、「うざい」ところも、そう彼は思った。
 配役も決まり、物語の中の殺人鬼をトレースする。
 突如。大きな音が静寂と想像の空間を粉々に砕き、破壊した。彼は振り返る。
「はは、先輩なんですか、その顔。まっぬけー! っスよ」
 驚いて変な顔になっていた。
「誰のせいだ? 誰の」
「そうですよね。変な顔なのは先輩のせいじゃなくて、そうつくった両親のせいですもんね」
 満面の笑顔で毒づく満天のこのスキルもこの新聞部に入らなければ身につくこともなかっただろう。
 満天は部室の中をきょろきょろと見渡して言う。
「あっれー? 早くきすぎましたかねー。部長の姿が見えないっスよ?」
 彼は息をつきつつ応える。
「高校生にもなって時計も読めないのか? とっくに部活は始まってんだよ」
「読めますよう。ほら、えーと……七時十分? やばいっスよ、先輩。門限がぁ」
 満天はもう何ヶ月も前から止まったままの時計をみて慌てている。彼は頭が痛くなってきた。
 次々とかわる満天の話に彼はめくるめく思いで、ついていくのがやっとだ。
「あっ、ところでなにしてたんですか? ひとりなのをいいことに私の机をあさったりしてませんよねえ」
 彼はひきつった顔を作る。たとえどんなに欲情してもそんなことをするほど愚かではなかった。
「……ちょうどお前を殺してたところだよ」
「部長をめぐる愛憎劇の末にストーカー∀は部長の愛するこの私を手にかけたのねえ!」
「誰がストーカーチャンプだ」
 彼の言葉をさえぎるように満天は大きな声、常に大きいのだがひときわ、をあげた。突拍子もなく話題が変わる。
「これ『なんとか探偵』じゃあないですかあ。先輩のですか?」
「他にだれかいるのか? ここに」
 彼がそう言うと満天は自分の顔を指さしたので、軽く小突いた。満天は頭をさすりながらもどこか嬉しそうだった。
「もう読み終わった友達にきいたんですけど猫が殺されるなんて信じられません! どうせころすなら犬にしやがれってんですヨ!」
 それもどうかと思いながらも、力説する満天をみて彼は苦笑する。
「あ、先輩。さては犬派ですか? そうなんですか? 軽蔑です! がっくりです! 先輩とは絶対結婚できません!」
「俺もお前とは結婚したくないな。エロマンガ島改めイロマンゴ島をもらっても嫌だね」
「そこまで言わなくてもいいじゃあないですか! 先輩の馬鹿っ」
 彼の表現が「どこまで」なのかはわからないが、自分が言い出したことなのにすごい剣幕の満天に困惑する彼。これいじょうは変な方向にいきそうなので彼は無理やり話を戻した。
「犬はダメなんだよね、俺。猫派でもないけど、も」
 満天はまだ何かいいたそうな表情をみせたが、何も言わずに車輪を線路にもどした。
「私は猫派なんです。生まれ変わったら猫になりたいくらいの猫派ですね」
「猿の次は猫か。動物がすきだな」
 満天は真っ赤な顔で彼に殴りかかる。彼はそれを笑いながらいなした。
「先輩はそういうところがあるから爪弾きに会うんっスよお」
 親が子供をしかるように満天は言う、が、それにも彼は軽口で返すのだった。
 満天はうつむき、ため息をついた。目の端に机の上の本がうつる。思い出したように彼に訊いた。
「これ、借りてもいいですか? 読みたいんで」
「だったら買え」
「いやあ、買うほどじゃあないっしょ?」
「……それもそうだな」
 二人は顔を見合わせてわらった。満天は礼を言って、本を鞄にしまった。
 それから二人は席についてなんでもない雑談をしながらそれぞれの仕事をはじめる。しばらくして満天が言う。
「喉がかわきました」
 彼は適当な相槌をうちながら、原稿を進める。
「……喉が渇いたなー」
 満天は彼のほうを見ながら、もう一度言った。彼はため息をつく、原稿から顔をあげて満天を馬鹿にした笑顔でみる。
「ぶちょーがいないと先輩は冷たいっスよ」
 満天は頬をふくらませて彼をじとっと見る。
「お前がもしブスだったら俺はお前を殺してるな」
 彼は呆れつつも立ち上がった。彼はドアノブに手をかけつつ、後ろを振り返り姫が何を所望しているのか訊く。すると元気よく姫こと満天は応える。
「もっちろんコーナーモノですよ」
 すると彼は眉をひそめた。
 コーナーモノ。それは玄関ホール脇にある生徒たちの談話室に居をかまえている。談話室には四台の自動販売機が設置されている。並べられた四台のうちの一番奥にそれはある。
 一見すると何の変哲もない自販機である。その上、その自販機の商品だけ缶もペットボトルも八十円という激安という特設コーナー。
 しかし、そのラインナップは奇々怪々。抹茶納豆からはじまり、どろり濃厚桃風味、イカスミ、まるごとレモンなどなど。普通に人は見たことも聞いたこともない商品名だけが並んでいる。安さにだまされて買ってみようものなら後悔すること必見。
 何も知らない新入生に親切な先輩たちが一度は飲ませるという伝統があるほど歴史がある自販機である。話によると数年前伝統の犠牲者になったある生徒はあかねスペシャルという匠の一本を飲んだのち一度も登校してこなかったとか。
 そういう逸話のあるコーナーモノは真っ当な人間の舌にはあわないのだ。言い換えるのならば常軌を逸した人間にしか飲むことが許さない、飲むものを選ぶ飲料水なのである。
 しかし、残念なことに満天はその素敵飲料水に選ばれし勇者ではないのだ。満天はふつうにそれらをマズイと感じるし、ふつうにおいしくないと思う。
 それなのに何故コーナーモノに挑むのか。それは明快、明白、明るすぎるし、白すぎる理由だ。
 部長こと黒田鉄がコーナーモノを愛してやまず、また彼らも鉄を愛してやまないからだ。
 一度、戦列をはなれた商品のほとんどは二度とその姿を拝むことのないほどの駄目商品たちを鉄は愛飲している。こういう生徒がいるのは、いろいろなところからの反対を押し切ってコーナーモノを入荷している理事長もうかばれることだろう。もっとも理事長のわがままというのは噂に過ぎないのだが。
 大好きな部長が飲んでいるから私も飲むという幼稚極めて突き抜けた満天は彼におごらせては吐き出していた。
 おごる方のとしてはあまり気分のいいもではない。苦い顔をするのもうなずける。
 満天はそんなことはまるで気にせず、笑顔を作り直してもう一度同じことを言った。
 彼はため息をついた。最近、ため息が多いことに気がつくと、またため息をついた。
 彼は部室をでる際に肩をすくめて小さくつぶやいた。
「わがままになったよな……」
 彼は入部してきたばかりのころの満天を思い出し、やっぱりため息をついた。
 当時の満天は先輩に囲まれて、とはいっても彼と鉄の二人だけだが、オドオドしていたというのに、今じゃあこの有様で。それはいいことなのだろう。うまく関係が築けているのは彼らにとって喜ばしいことだ。それでも、初々しかった頃を羨むのはいけないことだろうか。
「さて」
 彼は自販機の前で腕組みをしている。何を選ぶべきか悩んでいた。せっかくのコーナーモノなのだから面白いものがいい。しかし、吐き出されたくはなかった。
 そのふたつを両立するのはなかなか難しい。特に後者は。
 そもそも素敵飲料水しかないのだから前者は初めからクリアしているといってもいい。問題は後者だ。
 額に傷のある魔法少年が主人公の某小説にでてくるお菓子にゲロ味だの鼻くそ味だのがでてくるのだが、このコーナーモノもそれらと大差ない、いや、それ以上の味だと評判である。
 ゲロ味を食べたことのある人間がこの学校にいるのかどうかは甚だ疑問ではあるが。
 彼は新商品と書かれたシールを見つけ、それにしてみることにした。
 百円玉を投入口に入れると、ボタンのランプがひかる。彼がボタンを押そうと指を伸ばしたときだ。彼の視界は黒に包まれた。突然の出来事に彼は狼狽する。
 しかし、耳元に吹きかけられた息とともに聞こえてきた声で落ち着きを取り戻した。
 この状況で落ち着くのもどうかと思うが、人間と言うのは相手が「誰か」から「誰」に変わるとそれだけで安心するものである。
「私は誰でしょう?」
「あなたは部長でしょう」
 わざと同じ調子で言う。すると彼は黒色の世界から鮮やかな世界に引き戻された。
 簡単に当てられてしまって鉄はつまらなそうに口を尖らせた。しかし、声色も変えないのでは、付き合いの長さを考えれば仕方ないことだ。
 鉄は目から手をはなすかわりに、腕を首にまわして後ろから抱きつくかたちになった。
 彼は何するでもなく、淡々ともらした。
「部長、胸大きくなりました?」
「な!?」
「背中の感触が以前より気持いいもので」
 鉄の顔はすっかり朱色になってしまった。大げさな反応でもしてくれればそうもならないのに、素の反応を返されるとみるみる恥ずかしくなった。
 彼の方も鉄のそういうところを知っているからこその態度であったが、まさか首をしめられるものとは思いもよらなかった。照れ隠しならもっと可愛らしくしてほしいと思うのだった。
 彼の顔の色が鉄とは違う意味で赤くなってようやく鉄はあわてて手をはなした。
 彼は顔を伏せ、喉に手を当てて苦しそうに咳をした。鉄は目に涙を浮かべて申し訳なさそうに彼の顔を覗き込む。すると彼はにんまりと笑っているのだ。
 また彼にしてやられたのだけれど、鉄は苦しんでいるのが嘘だとわかって嬉しそうにした。
「記事を書いてる時もそういうんだと嬉しいですけどね」
 すると鉄は。
「きみは甘やかすとつけあがるから。ツンとデレは適宜調整しなくてわな」
 格好つけて言っても、いまさら感が否めなかった。鉄のツンデレは世間のそれとは少し解釈がずれているようだった。
「俺は厳しくされるとふらふらと歩いていっちゃいますけどいいですか?」
 鉄は少し言葉に詰まりながら「勝手にしろ」と言った。
 彼が何か言おうと口を開いたとき、軽快なメロディが流れ出した。彼の口からでかかった言葉はまた彼のお腹の中へ戻っていき、かわりにポケットから携帯電話がでてきた。
 二つ折りの携帯をひらいて浮かぶ上がった名前をみて何をしに来たのかを思い出した。
 彼は少しの間、携帯の画面を見つめたあと、着信を切った。
「いいのか? でなくて」
「ええ。今のあいてマゾなんででないほうが喜ぶんですよ」
 彼は笑顔ででたらめを言った。平然とそういうことができるのが彼のいいところでもあり、悪いところでもあった。
「奇異な人間もいたものだな」
 すっかり鉄は信じてしまっている。もし満天に知られでもしたら彼はひどいめにあうだろう。
 ただ彼はそういうことは鉄にだけは言われたくないだろうと思った。
「ところで部活来ないんですか?」
「私も行きたいのだけれど、そうもいかないくて。忙しいのだ、三年生は」
 言いながら鉄は自販機のボタンに手を伸ばした。彼が気がついたときにはすでに取り出し口に、あかねスペシャラムがでてきていた。生徒ひとりを不登校にせしめたあかねスペシャルの上位互換を普通に選ぶあたりが鉄である。
「きみがどうしてもと言うなら部活にでないこともないが?」
 何食わぬ顔でジュースを取ると、そのまま栓をあけ飲みだした鉄に少しイラついた彼ははっきりとお断りした。
 すると鉄は「うー」と唸り、捨て台詞を吐いて姿を消した。
 彼は大人気なかったかと思ったが、鉄よりは子供なので気にしないことにした。
 部室に戻れば戻るで満天にけんけん咬みつかれるはめになった。
「ジュース一本にどれだけかかってるんですか!」
「いや、面目ない」
 満天は手を差し出した。
「なんだこの手は?」
「ジュースですよ!」
「それなら部長が飲んでしまわれた」
 そうは言うけれど部長の姿はない。
「その部長はどうしたんですか?」
「帰ってしまわれた」
 満天が理由を問うと、彼はてきとうに嘘を交えつつ答えた。
「――というわけで、部長は月に帰っていったよ」
 満天の鉄拳が飛んだ。さんざ待たされて、どうしようもない嘘を聞かせられれば仕方ないだろう。
 結局、ジュース一本が晩飯一食に化けてしまったのはまた別の話である。

       

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Neetsha