駄作の集積所
それっぽい学園生活
昼の食堂の込み具合と言ったらそれはもう。
「う○こにむらがるハエみたいな?」
俺は春一をおもいっきり殴りつけた。頭頂部をさすりながら非難の目を向けられるが、これから飯を食おうって時にそんなことを言う奴は殴られて当然だと俺は思う。
券売機の長い長い列に並び、一八〇円のきつねうどんのボタンを押す。さすが学食安い。そしてマズい。と、いうほどでもなく値段の割には結構うまい。
「お姉さん、揚げ玉多めにね」
厨房の「お姉さん」に食券を渡すついでにおべっかを使う。俺は学食が休みの日以外、弁当を持ってきたことがないので、厨房の「お姉さま」がたとは仲がいい。
「お姉さん」は仕方ないねえと笑いながら揚げ玉をおまけしてくれた。
トレイを受け取り、後ろを振り返ると春一の姿はなかった。いつも金魚の糞のように俺の後をくっついてくるのに学食にくると何故か姿をくらますことが多い。
俺はさほど気にすることもなく座れる場所を探した。学食の込み具合は凄いもので四限目が終わるのが遅く、出遅れた俺に座る場所はなさそうだとあきらめかけた時、空席をみつけた。
六人席のテーブルの隅に一人、女の子が座っているだけで他の五つが空いている。もちろんまわりの席は埋まっているし、立ち食いしている奴だっているのに、そのテーブルにつこうとする者は一人もいなかった。
俺はそのテーブルに近づく。座っている女の子に見覚えがある気がして頭の中を探っているとそれがクラスメイトだということがわかった。確か、七夕だか棚ぼただか、そんな感じの名前だった気がする。何せクラス替え間もないし、もともとクラスメイト全員の名前を覚えられるほどできのいい記憶装置をつんでいないのだからうろ覚えでも仕方ない。先客の七夕(?)に訪ねる。
「ここ誰かくるのか?」
すると七夕は首を横にふった。
「じゃあ、座ってもいい?」
すると首を縦にふった。
七夕の許可をとったところで俺は彼女の真ん前の席に座った。彼女の目が長い格子の隙間から俺をうかがう。クラスメイトと言っても親しいわけでもない。普通対角線あたりに座るんだろうけど、わりと図々しいので気にしない。
「それってA定食?」
七夕のトレイを指さして訊く。七夕は初め黙っていたが、俺がじっとみるものだから耐えきれずに「そう」と短く答えた。小動物のような可愛い声だった。
「俺はきつねうどん、揚げ玉大盛」
訊かれてもいなければ、見ればわかることを俺は勝手に言った。七夕はさっきと寸分も違わない調子で「そう」と言った。
怪しい兄ちゃんだと警戒されているのか、鬱陶しがられているのか口数が少なかった。おそらく後者だろう。
それでもめげずに話をふる俺。しかし、無視を決め込む七夕。まるで一人で喋っている危ない人だ、これじゃあ。てか、まるでじゃなくてそのとおりなのだが。
そうこうしているうちに春一がやってきた。汚い制服が足跡だらけでさらにひどいことになっている。
「いやあ、ラグビー部の群れに巻き込まれちゃってさあ」
こいつは運の非常にいいやつで学食に来る度にナニかの群れに巻き込まれたりするのだ。
春一は何も言わず、俺の横に座ろうとする。こいつと友達と思われちゃあかなわんので制止する。
「おい、お前。そこには友達がくるんだ。別の場所に座ってくれ」
春一はきょとんとした顔をして、「だから、僕の席でしょ?」といいやがる。なんと図々しい奴か。
「馴れ馴れしいな、きみ。誰だが知らないけど他所行ってくれ」
「冗談きついよ、大地」
春一がそう言って俺の肩に手を置く。それを強く払いのけて言ってやる。
「さわるな」
春一はよくわからない言葉(通称春一語)を叫びながらどこかへ駆けていった。しかし、ラーメンの載ったトレイはちゃっかりテーブルの上に置いてある。戻ってくる気まんまんだった。
小さな笑い声が聞こえた。俺がその声のほうに振り返ると七夕がおかしそうに頬を緩めていた。
俺に気づいた七夕は顔を赤らめ、まだ半分以上残っているA定食を残して駆けていってしまった。
それと入れ違いに春一が戻ってくる。
「いやあ、大地。久しぶり。僕たち友達だよね。ここ座っていいかい。本当かい。ありがとう」
白々しい一人芝居をしながら俺の横に座った。
「泣いて謝れ。土下座しろ」
「なんでさ?」
「お前の顔が気持ち悪いから南半球の子どもたちが飢えに苦しんでんだよ」
「それはごめん……って、関係ないよね!? 僕」
「南半球は関係ないがお前のせいで女の子が腹ペコなんだよ。謝れ」
「……ごめんなさい」
しぶしぶと謝ると、ラーメンに手を付ける。その次の瞬間、奇声をあげる春一。
「なんだ? うるさいぞ」
「からっ! からっ! なにこれ辛っ!」
そりゃあそうだ。こいつがどっかに行ってる間に俺が七味唐辛子を瓶一本入れといたんだからな。しかし、真っ赤にそまったスープを見て気づかないものかね。
「まあ落ち着け」
そう言って春一にコップを差出してやる。春一はそれを慌てて飲み干した。
「~~―――っ!?」
声にならない声をあげ、床の上をのたうちまわる春一。唇が井上和香よりひどいことになっている。ラー油一本飲み干せばそうだよなあ。
こいつはからかうと面白いのでついついやりすぎてしまう。ただコイツもコイツでいじめられるのが好きなんじゃあないかと思う。だって、ラー油飲まされりゃあ途中で気づくだろう、普通。それを最後まで飲むってことはだな。
「そんなわけあるかー! ふざけんな、大地」
口から火を吹きながら怒鳴る春一。
「息がラー油くさいぞ、お前……」
「誰のせいだ! 誰のーっ」
いや、ひどいヤツがいるもんだな。ラー油を飲ませるなんて。
「あんたでしょーがっ」
「うどんうめえ」
「無視すんな!」
「あぁ!?」
一睨みしてやると、小さくなって謝ってきた。気が小さすぎて不憫になる。
「ごちそうさま」
うどんを綺麗に完食して立ち上がると、春一は慌てて声をかけてきた。
「ちょ! 待って。まだ食べ終わってない」
春一は七味大盛りラーメンを「辛い辛い」言いながら食っている最中だった。俺だったら絶対食わない、体に悪そうだ。
春一の言葉を無視してトレイを片付け学食を後にする。そんなにひとりになるのが嫌なのか春一は七味ラーメンを一気に飲み干して、俺のところまで駆け寄ってくる。
「野球するんだろう? 僕も行くよ、行きますよ」
肯定の意味で頷く。
もちろん俺は野球部じゃないし、春一も違う。あんな坊主頭のイカれた連中の仲間になるのはごめんこうむる。いや、まじで。
俺たちのはただの暇つぶし。しかも、野球といっても全部で四人しかいない野球にならない野球だ。
「お前さあ。たまには他の友達と遊べば」
犬っころのようについてくる(けっしてそんないいものではないが)春一に言ってみる。
そして春一が答えるより早く付け加える。
「無理か。お前、友達いないもんな」
かわいそうなことに春一少年は今までの人生で友達がいたことがないのだ。
「勝手なこと言うな! いるわっ、友達くらい。いるわっ」
「ともだちコレクションの架空のキャラは友達の内に入らないからな」
「………」
黙るなよ! こっちが悲しくなるわ。いや、まじで。
「いやいや、いるよ? ジュードーとかヨーコとか。ほら」
そう言ってあげたのは野球仲間の俺の友達の名前だった。
「残念な事実を教えよう、春一」
あれは三日前の放課後のことだった。俺の教室でジュードーとヨーコの三人でだべってる時だ。理由は忘れたが春一の話になったんだが、その時の二人のセリフだ。
いっつもダイちんと一緒にいるやつさ、名前なんつったけ? あの茶髪のさ。 byヨーコ。
あいつは妙に馴れ馴れしくて嫌いだ。友達でもないのに。 byジュードー。
このように春一は名前すら覚えられていないんだよ。
「嘘だ!」
某ナタ少女ばりに声を張り上げる春一。
認めたくないものだよな、現実って。でも、事実だから仕方ない。
「嘘だ! 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、ウソだ、うそだ、嘘だ」
「だったら本人たちに確かめてくればいいだろう」
春一は一目散に校庭へ走っていった。
俺が校庭につくと、キャッチボールをしている二人をみつけた。
目尻の少し上がった、片耳ピアスがヨーコ。言葉遣いの悪い俺のボデーガード。
んで、骨格からして柔道な推定身長一八〇オーバー、体重一〇〇オーバーで優しそうな面してるのがジュードー。柔道は体育の時間以外にしたことはないらしいぞ。
「どこみてだれに説明してんだ?」
ジュードーの危ないツッコミは無視して二人の横で群青色の背景を背負った男に目をやる。膝に顔をうずめて呪詛のような言葉を延々とつぶやいている。
どうやら春一が望んだ答えが二人からは返ってこなかったらしい。
「どうしたんだ? こいつ」
「それがよぉ。いきなり息荒げて迫ってきたかと思ったら、『僕たち友達だよね。友達でしょ? 友達ですよねー!』とかキモイ顔で言うからキンタマ蹴り上げてやったら」
そうなった、と春一を指さしてヨーコが言った。
ま、確かにそんな奴は気持わるいがキンタマ蹴り上げるのはやめてやれ。
ジュードーに目配せしてから、俺は落ち込んでいる春一に近づく。
「まだヨーコがだめなだけだろ。ジュードーがいるじゃないか。がんばれよ、春一」
春一はとたんに元気を取り戻しジュードーに迫り、さっき以上に暗い顔をして戻ってきた。
いい人そうな雰囲気醸し出してる癖にジュードーはノリがいいので助かる。
「どうでもいいから早くしようぜえ。春一もうざってえことしてないで準備しろ」
ヨーコの言葉に春一の肩がぴくりと動いた。
俺とジュードーが顔を覆う。ヨーコは俺たち二人を交互に見ながら困惑している。ヨーコはこういう奴だから仕方ないのだが。
立ち上がった春一の妙に明るい顔がムカついた。
「今、僕の名前呼びましたね? ヨーコさん。よびましたね」
ヨーコのまわりをぐるぐるとまわる春一。
「うぜえ」と顔面にぶち込まれるが、テンションのおかしい春一には通用しなかった。正確には鼻血を垂れ流しているが、気にしていない様子だった。
笑顔で俺の方へよってくる春一。
「なーにーがー、名前も覚えられてないって? え? えぇ?」
「そんなこと言ったかな?」
「また騙しやがったな! クソ大地」
俺に飛びかかろうとした春一の後頭部に野球ボール(硬球)がぶちあたった。投げたのはヨーコ。
「さすが、ヨーコ」
頭をなでてやる。その前にハグをしてやろうとしたのだが突き返された。
なんだかんだあって俺の危険を取り払ってくれるボデーガードになったヨーコなんだが力加減がなっていないというか。
「血 でてるぞ」
ジュードーが春一のそばにしゃがんで言った。
「げ」
俺とヨーコの声が重なる。
ため息をつく。
「仕方ねえなあ」
春一を保健室に連れて行く内にチャイムが鳴って、結局この日は野球はできないのであった。
「う○こにむらがるハエみたいな?」
俺は春一をおもいっきり殴りつけた。頭頂部をさすりながら非難の目を向けられるが、これから飯を食おうって時にそんなことを言う奴は殴られて当然だと俺は思う。
券売機の長い長い列に並び、一八〇円のきつねうどんのボタンを押す。さすが学食安い。そしてマズい。と、いうほどでもなく値段の割には結構うまい。
「お姉さん、揚げ玉多めにね」
厨房の「お姉さん」に食券を渡すついでにおべっかを使う。俺は学食が休みの日以外、弁当を持ってきたことがないので、厨房の「お姉さま」がたとは仲がいい。
「お姉さん」は仕方ないねえと笑いながら揚げ玉をおまけしてくれた。
トレイを受け取り、後ろを振り返ると春一の姿はなかった。いつも金魚の糞のように俺の後をくっついてくるのに学食にくると何故か姿をくらますことが多い。
俺はさほど気にすることもなく座れる場所を探した。学食の込み具合は凄いもので四限目が終わるのが遅く、出遅れた俺に座る場所はなさそうだとあきらめかけた時、空席をみつけた。
六人席のテーブルの隅に一人、女の子が座っているだけで他の五つが空いている。もちろんまわりの席は埋まっているし、立ち食いしている奴だっているのに、そのテーブルにつこうとする者は一人もいなかった。
俺はそのテーブルに近づく。座っている女の子に見覚えがある気がして頭の中を探っているとそれがクラスメイトだということがわかった。確か、七夕だか棚ぼただか、そんな感じの名前だった気がする。何せクラス替え間もないし、もともとクラスメイト全員の名前を覚えられるほどできのいい記憶装置をつんでいないのだからうろ覚えでも仕方ない。先客の七夕(?)に訪ねる。
「ここ誰かくるのか?」
すると七夕は首を横にふった。
「じゃあ、座ってもいい?」
すると首を縦にふった。
七夕の許可をとったところで俺は彼女の真ん前の席に座った。彼女の目が長い格子の隙間から俺をうかがう。クラスメイトと言っても親しいわけでもない。普通対角線あたりに座るんだろうけど、わりと図々しいので気にしない。
「それってA定食?」
七夕のトレイを指さして訊く。七夕は初め黙っていたが、俺がじっとみるものだから耐えきれずに「そう」と短く答えた。小動物のような可愛い声だった。
「俺はきつねうどん、揚げ玉大盛」
訊かれてもいなければ、見ればわかることを俺は勝手に言った。七夕はさっきと寸分も違わない調子で「そう」と言った。
怪しい兄ちゃんだと警戒されているのか、鬱陶しがられているのか口数が少なかった。おそらく後者だろう。
それでもめげずに話をふる俺。しかし、無視を決め込む七夕。まるで一人で喋っている危ない人だ、これじゃあ。てか、まるでじゃなくてそのとおりなのだが。
そうこうしているうちに春一がやってきた。汚い制服が足跡だらけでさらにひどいことになっている。
「いやあ、ラグビー部の群れに巻き込まれちゃってさあ」
こいつは運の非常にいいやつで学食に来る度にナニかの群れに巻き込まれたりするのだ。
春一は何も言わず、俺の横に座ろうとする。こいつと友達と思われちゃあかなわんので制止する。
「おい、お前。そこには友達がくるんだ。別の場所に座ってくれ」
春一はきょとんとした顔をして、「だから、僕の席でしょ?」といいやがる。なんと図々しい奴か。
「馴れ馴れしいな、きみ。誰だが知らないけど他所行ってくれ」
「冗談きついよ、大地」
春一がそう言って俺の肩に手を置く。それを強く払いのけて言ってやる。
「さわるな」
春一はよくわからない言葉(通称春一語)を叫びながらどこかへ駆けていった。しかし、ラーメンの載ったトレイはちゃっかりテーブルの上に置いてある。戻ってくる気まんまんだった。
小さな笑い声が聞こえた。俺がその声のほうに振り返ると七夕がおかしそうに頬を緩めていた。
俺に気づいた七夕は顔を赤らめ、まだ半分以上残っているA定食を残して駆けていってしまった。
それと入れ違いに春一が戻ってくる。
「いやあ、大地。久しぶり。僕たち友達だよね。ここ座っていいかい。本当かい。ありがとう」
白々しい一人芝居をしながら俺の横に座った。
「泣いて謝れ。土下座しろ」
「なんでさ?」
「お前の顔が気持ち悪いから南半球の子どもたちが飢えに苦しんでんだよ」
「それはごめん……って、関係ないよね!? 僕」
「南半球は関係ないがお前のせいで女の子が腹ペコなんだよ。謝れ」
「……ごめんなさい」
しぶしぶと謝ると、ラーメンに手を付ける。その次の瞬間、奇声をあげる春一。
「なんだ? うるさいぞ」
「からっ! からっ! なにこれ辛っ!」
そりゃあそうだ。こいつがどっかに行ってる間に俺が七味唐辛子を瓶一本入れといたんだからな。しかし、真っ赤にそまったスープを見て気づかないものかね。
「まあ落ち着け」
そう言って春一にコップを差出してやる。春一はそれを慌てて飲み干した。
「~~―――っ!?」
声にならない声をあげ、床の上をのたうちまわる春一。唇が井上和香よりひどいことになっている。ラー油一本飲み干せばそうだよなあ。
こいつはからかうと面白いのでついついやりすぎてしまう。ただコイツもコイツでいじめられるのが好きなんじゃあないかと思う。だって、ラー油飲まされりゃあ途中で気づくだろう、普通。それを最後まで飲むってことはだな。
「そんなわけあるかー! ふざけんな、大地」
口から火を吹きながら怒鳴る春一。
「息がラー油くさいぞ、お前……」
「誰のせいだ! 誰のーっ」
いや、ひどいヤツがいるもんだな。ラー油を飲ませるなんて。
「あんたでしょーがっ」
「うどんうめえ」
「無視すんな!」
「あぁ!?」
一睨みしてやると、小さくなって謝ってきた。気が小さすぎて不憫になる。
「ごちそうさま」
うどんを綺麗に完食して立ち上がると、春一は慌てて声をかけてきた。
「ちょ! 待って。まだ食べ終わってない」
春一は七味大盛りラーメンを「辛い辛い」言いながら食っている最中だった。俺だったら絶対食わない、体に悪そうだ。
春一の言葉を無視してトレイを片付け学食を後にする。そんなにひとりになるのが嫌なのか春一は七味ラーメンを一気に飲み干して、俺のところまで駆け寄ってくる。
「野球するんだろう? 僕も行くよ、行きますよ」
肯定の意味で頷く。
もちろん俺は野球部じゃないし、春一も違う。あんな坊主頭のイカれた連中の仲間になるのはごめんこうむる。いや、まじで。
俺たちのはただの暇つぶし。しかも、野球といっても全部で四人しかいない野球にならない野球だ。
「お前さあ。たまには他の友達と遊べば」
犬っころのようについてくる(けっしてそんないいものではないが)春一に言ってみる。
そして春一が答えるより早く付け加える。
「無理か。お前、友達いないもんな」
かわいそうなことに春一少年は今までの人生で友達がいたことがないのだ。
「勝手なこと言うな! いるわっ、友達くらい。いるわっ」
「ともだちコレクションの架空のキャラは友達の内に入らないからな」
「………」
黙るなよ! こっちが悲しくなるわ。いや、まじで。
「いやいや、いるよ? ジュードーとかヨーコとか。ほら」
そう言ってあげたのは野球仲間の俺の友達の名前だった。
「残念な事実を教えよう、春一」
あれは三日前の放課後のことだった。俺の教室でジュードーとヨーコの三人でだべってる時だ。理由は忘れたが春一の話になったんだが、その時の二人のセリフだ。
いっつもダイちんと一緒にいるやつさ、名前なんつったけ? あの茶髪のさ。 byヨーコ。
あいつは妙に馴れ馴れしくて嫌いだ。友達でもないのに。 byジュードー。
このように春一は名前すら覚えられていないんだよ。
「嘘だ!」
某ナタ少女ばりに声を張り上げる春一。
認めたくないものだよな、現実って。でも、事実だから仕方ない。
「嘘だ! 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、ウソだ、うそだ、嘘だ」
「だったら本人たちに確かめてくればいいだろう」
春一は一目散に校庭へ走っていった。
俺が校庭につくと、キャッチボールをしている二人をみつけた。
目尻の少し上がった、片耳ピアスがヨーコ。言葉遣いの悪い俺のボデーガード。
んで、骨格からして柔道な推定身長一八〇オーバー、体重一〇〇オーバーで優しそうな面してるのがジュードー。柔道は体育の時間以外にしたことはないらしいぞ。
「どこみてだれに説明してんだ?」
ジュードーの危ないツッコミは無視して二人の横で群青色の背景を背負った男に目をやる。膝に顔をうずめて呪詛のような言葉を延々とつぶやいている。
どうやら春一が望んだ答えが二人からは返ってこなかったらしい。
「どうしたんだ? こいつ」
「それがよぉ。いきなり息荒げて迫ってきたかと思ったら、『僕たち友達だよね。友達でしょ? 友達ですよねー!』とかキモイ顔で言うからキンタマ蹴り上げてやったら」
そうなった、と春一を指さしてヨーコが言った。
ま、確かにそんな奴は気持わるいがキンタマ蹴り上げるのはやめてやれ。
ジュードーに目配せしてから、俺は落ち込んでいる春一に近づく。
「まだヨーコがだめなだけだろ。ジュードーがいるじゃないか。がんばれよ、春一」
春一はとたんに元気を取り戻しジュードーに迫り、さっき以上に暗い顔をして戻ってきた。
いい人そうな雰囲気醸し出してる癖にジュードーはノリがいいので助かる。
「どうでもいいから早くしようぜえ。春一もうざってえことしてないで準備しろ」
ヨーコの言葉に春一の肩がぴくりと動いた。
俺とジュードーが顔を覆う。ヨーコは俺たち二人を交互に見ながら困惑している。ヨーコはこういう奴だから仕方ないのだが。
立ち上がった春一の妙に明るい顔がムカついた。
「今、僕の名前呼びましたね? ヨーコさん。よびましたね」
ヨーコのまわりをぐるぐるとまわる春一。
「うぜえ」と顔面にぶち込まれるが、テンションのおかしい春一には通用しなかった。正確には鼻血を垂れ流しているが、気にしていない様子だった。
笑顔で俺の方へよってくる春一。
「なーにーがー、名前も覚えられてないって? え? えぇ?」
「そんなこと言ったかな?」
「また騙しやがったな! クソ大地」
俺に飛びかかろうとした春一の後頭部に野球ボール(硬球)がぶちあたった。投げたのはヨーコ。
「さすが、ヨーコ」
頭をなでてやる。その前にハグをしてやろうとしたのだが突き返された。
なんだかんだあって俺の危険を取り払ってくれるボデーガードになったヨーコなんだが力加減がなっていないというか。
「血 でてるぞ」
ジュードーが春一のそばにしゃがんで言った。
「げ」
俺とヨーコの声が重なる。
ため息をつく。
「仕方ねえなあ」
春一を保健室に連れて行く内にチャイムが鳴って、結局この日は野球はできないのであった。
2
やっぱり学食は込んでいる。今日は授業が長引いたわけでもないのにもうほとんどの席が埋まっている。こればっかりはいつも不思議に思う。
「テレパシーでも使えるんじゃない、こいつら」
「念話がどうしたって?」
俺が聞き返すと春一は馬鹿を見る目で「瞬間移動だよ」と得意げに言った。ツッコムのも面倒なので俺はため息をひとつついて、券売機の行列に並んだ。
「おばちゃん、たぬきうどんね」
俺が「た」という前に厨房のおばちゃんは「たぬきうどんだね」と先回りした。
俺はたぬきうどんには揚げ玉を入れない主義だ。揚げ玉をおまけしてもらわないならおべっかを使う意味はなく、おばちゃんらもそれを覚えていてくれている。伊達に毎日通ってないということだ。
トレイを受け取り、空いた席を探す。
「また……か」
また春一がいない。そんなことはどうでもいい。
また六人席の五つが余っていた。
「おーす」
今日は何も聞かずに席についた。
七夕は俺を一瞥するが何も言わずにA定食を食べる作業に戻った。人の事は言えないが二日続けてA定食か。
俺は七夕のトレイの上を見て訊く。
「混ぜご飯が好きなのか?」
A定食は他の定食と違ってグリーンピースごはんなのだ。
しかし、七夕は首を振った。
「じゃあ、豚汁?」
また首を振る。まあ、豚汁は他の定食にもついてるしな。
「唐揚げか?」
普通なら大本命なのだが、線が細く色の白い七夕を見ていると肉なんか食ったら吐きそうな感じがする。
「そう」
しかし、意外にも肯定した。しかも、わざわざ声に出して。これまで通り首をふればいいだけなのに声を出したのだ、七夕が。これはもう大好物なんじゃないか? そうに違いない。
俺は一人で興奮していた。
「唐揚げ定食じゃあダメなのか?」
「……高いから」
少し恥ずかしそうに七夕は言う。言い終わるとすぐにうつむいてしまった。
確かに百円ばかし高い。たかが百円、されど百円といったところか。財布の事情は人それぞれだからな。俺もお寒いし。
しかし、この照れた具合がかわいいな。ヨーコも照れることはあるが、アイツはすぐ手がでるから可愛くない。
そう思ったら昨日のことがすごく申し訳なくなる。大好きな唐揚げを食うことができなかったのだから、春一のせいで。
「ちょっと待ってろ」
俺は席をたち、おばさん、もといお姉さんのところに駆けていく。
「おねえさん、唐揚げ単品ね」
俺が唐揚げの入った皿を持って席に戻ると七夕の姿はなかった。
かわりに置き去りにされたA定食と馬鹿野郎がいた。
「あっ、大地。今、ここにカワイイ子がいてさ。声かけたんだけど逃げられちゃった。いやあ、イケメンはつらいね。恥ずかしがられちゃうからさ」
「そおぃっ!」
俺は唐揚げを持った右手で春一の顔面を殴りつけた。さらに蹴っつまずいたフリをして春一のカレーの載ったトレイを床に落としてやる。
「うあわあああーー! 何すんだよ、バカ」
それは俺のセリフだ、馬鹿野郎め。
瀕死の財布に鞭打って唐揚げ買ってきたのに、なんでこいつの顔にぶつけなきゃならんのだ。
「勝手にやったんじゃないスか!?」
「あぁ!」
「ひいぃ! スミマセン」
俺は七夕の唐揚げをひとつつまみ上げると、口に入れた。
「……うまい」
やっぱり学食は込んでいる。今日は授業が長引いたわけでもないのにもうほとんどの席が埋まっている。こればっかりはいつも不思議に思う。
「テレパシーでも使えるんじゃない、こいつら」
「念話がどうしたって?」
俺が聞き返すと春一は馬鹿を見る目で「瞬間移動だよ」と得意げに言った。ツッコムのも面倒なので俺はため息をひとつついて、券売機の行列に並んだ。
「おばちゃん、たぬきうどんね」
俺が「た」という前に厨房のおばちゃんは「たぬきうどんだね」と先回りした。
俺はたぬきうどんには揚げ玉を入れない主義だ。揚げ玉をおまけしてもらわないならおべっかを使う意味はなく、おばちゃんらもそれを覚えていてくれている。伊達に毎日通ってないということだ。
トレイを受け取り、空いた席を探す。
「また……か」
また春一がいない。そんなことはどうでもいい。
また六人席の五つが余っていた。
「おーす」
今日は何も聞かずに席についた。
七夕は俺を一瞥するが何も言わずにA定食を食べる作業に戻った。人の事は言えないが二日続けてA定食か。
俺は七夕のトレイの上を見て訊く。
「混ぜご飯が好きなのか?」
A定食は他の定食と違ってグリーンピースごはんなのだ。
しかし、七夕は首を振った。
「じゃあ、豚汁?」
また首を振る。まあ、豚汁は他の定食にもついてるしな。
「唐揚げか?」
普通なら大本命なのだが、線が細く色の白い七夕を見ていると肉なんか食ったら吐きそうな感じがする。
「そう」
しかし、意外にも肯定した。しかも、わざわざ声に出して。これまで通り首をふればいいだけなのに声を出したのだ、七夕が。これはもう大好物なんじゃないか? そうに違いない。
俺は一人で興奮していた。
「唐揚げ定食じゃあダメなのか?」
「……高いから」
少し恥ずかしそうに七夕は言う。言い終わるとすぐにうつむいてしまった。
確かに百円ばかし高い。たかが百円、されど百円といったところか。財布の事情は人それぞれだからな。俺もお寒いし。
しかし、この照れた具合がかわいいな。ヨーコも照れることはあるが、アイツはすぐ手がでるから可愛くない。
そう思ったら昨日のことがすごく申し訳なくなる。大好きな唐揚げを食うことができなかったのだから、春一のせいで。
「ちょっと待ってろ」
俺は席をたち、おばさん、もといお姉さんのところに駆けていく。
「おねえさん、唐揚げ単品ね」
俺が唐揚げの入った皿を持って席に戻ると七夕の姿はなかった。
かわりに置き去りにされたA定食と馬鹿野郎がいた。
「あっ、大地。今、ここにカワイイ子がいてさ。声かけたんだけど逃げられちゃった。いやあ、イケメンはつらいね。恥ずかしがられちゃうからさ」
「そおぃっ!」
俺は唐揚げを持った右手で春一の顔面を殴りつけた。さらに蹴っつまずいたフリをして春一のカレーの載ったトレイを床に落としてやる。
「うあわあああーー! 何すんだよ、バカ」
それは俺のセリフだ、馬鹿野郎め。
瀕死の財布に鞭打って唐揚げ買ってきたのに、なんでこいつの顔にぶつけなきゃならんのだ。
「勝手にやったんじゃないスか!?」
「あぁ!」
「ひいぃ! スミマセン」
俺は七夕の唐揚げをひとつつまみ上げると、口に入れた。
「……うまい」
3
相変わらず混んでいる学食。相変わらず一人の七夕。相変わらずその前に座る俺。
「これ食えよ」
俺は皿いっぱいの唐揚げを七夕に差し出した。
彼女はジッとそれを見て、首をかしげた。
「お詫びだよ、お詫び。俺、つか春一のせいで二日続けて食えなかったろ? 唐揚げ」
「……そんな」
断ろうとする七夕。でも、断られても困るわけで。
「気にすんなよ。俺が勝手にやったことだし。な?」
七夕はおずおずと頷いて、皿を受け取った。
俺はポケットに入れるには大きすぎる黒光りする財布をテーブルに置く。それから割り箸を持ち、先端からゆっくりと開く。
「だあぁ!」
思わず声がでてしまう。また箸をうまく割れなかった。
七夕がこっちを見ている。大声をだしてしまったからな。
俺は演技臭く咳払いをひとつする。
「これは古来より伝わる割り箸占いというやつでな」
割った時に、右の箸が大きくなると健康運が悪く、病気や怪我になりやすい。
左の箸が大きくなると金運が悪く、出費がかさむ。
真ん中で綺麗に割れると、大学受験に合格するのだ。
「というわけなんだ。別にただ奇声を発したわけじゃあないぞ」
七夕は箸箱から割り箸を一本取り出すと、それを割ってみせた。
それはもう芸術と言っていいほど真ん中から綺麗に割れていて、ささくれひとつ出来ていない。俺のといったら上の方全部が右側に偏ってしまったというのに。
「貴様! 割り箸マスターだな?」
「……?」
七夕は小さく首を傾けた。
ノリが悪いのは仕方ないのだろう。無茶ぶりだってことくらいわかってる。わかってるけども、俺のまわりにはアホかバカか馬鹿しかいないから、何いってんの? この人、みたいなリアクションを取られると悲しくなる。
割り箸占いの話はいいんだ。そんなことはどうでも、な。
「なあ、この後って暇か? 野球しないか」
野球しないか、我ながらこんなナンパがあっていいものなのかと思う。センスの欠片もない。ヨーコみたいなオラオラ系ならともかく、七夕は室内小動物系に見える。そんな七夕が野球をやるとは思えない。そもそも人数が足らないから野球モドキなんだけど。
思えないと思いつつ誘ったのはお節介以外のなにものでもない。一人じゃつまんねえんじゃねえのという偏見から誘うことにした。 俺としても人数が増えることは喜ばしいことだしな。
「……私は」
七夕がなにか言おうと口を開いた。少しうつむいて、目をそらし、声の調子は低い。
十中八九断るつもりだ。
しかし、そうはさせない。ここは多少強引に。
「なにい? そうか。やりたいか。じゃあ、食い終わったらグランド行こうぜ!」
ニカッと白い歯をみせ、親指をたてて爽やかに言い切る、俺。
「……言ってな」
「野球は楽しいもんなあ、野球はさあ」
「………」
これじゃあ俺はアホの子だ。しかも、女の子に無理やり。最低なんじゃあないか。
「あ のさ。本当にイヤだったらはっきり言ってくれ」
「………」
「ちょっとくらいこの馬鹿野郎に付き合ってやってもいいかなあ、なんて少しでも思えるんなら遊んでくれよ」
「……一回だけなら、馬鹿野郎になれるかも」
よっしゃー! って口悪っ。
七夕を連れ立ってグラウンドへ。春一は知らん。
すでにヨーコとジュードーの姿がある。キャッチボールをしていた。こいつらは飯食ってないんじゃあないかと疑いをかけられても仕方ないくらい早い。なぜ だ。
七夕に先に気づいたのはジュードーだった。ま、ヨーコは背を向けてたから仕方ないけど。
「ずいぶん大きい娘がいるんだな」
俺は七夕の背を押して前に押し出す。七夕は少し驚いて、少し恥ずかしそうに、少し申し訳なさそうにしている。
「どうだ。俺の愛娘、七夕だ。このぷにっとした白い肌、可愛らしい瞳。ようやく俺達にも女の子の仲間ができました!」
「いえぇぇえ!」
ジュードーとハイタッチをかわす。その直後、後頭部に硬球直撃。もちろん投げたのが七夕であるはずがなく、硬球をちゅうちょなく人にぶつけられるという点からみてもヨーコしかいなかった。
まあ、抗議したい気持ちもわからないでもない。そりゃあ肉体的に見ればヨーコは正真正銘の女の子だ。性転換してるか、女装っ子でもない限りは。てか、その可能性は俺の命をかけてもないのだが。いや、まじで。
ただ。ただ性格、行動、つまり彼女の内面が女の子かと言えばそれはNGだ。
「エヌ G―!」
なのだ。
だってどこの世界に硬球ぶつける女の子がいる。金的蹴り上げる女の子がいる。男数人に囲まれても難なく返り討ちにする女の子がいる。いたとしても、それは女の子ではなく女だ。
女の子はもっと女の子していなければならない。いや、まじで。
だから。
「エヌ G―!」
なのだ。
ヨーコは少し思案してひとつの質問をした。
「そういうのが好きなのか?」
と七夕を指さして。
好きかと問われればそりゃあ愛している。俺は基本的に女の子が愛している。ブスもデブも腐ってても関係なく女を愛している。
でも、ヨーコの質問はそうじゃあないんだろう。意図はわかる。
だから、俺は最大限の愛を込めてヨーコに抱擁する。
「大丈夫。お前みたいなのも愛しているから」
嫉妬とは言わないか。趣旨替えというか、属性変えというか、あなたがそれを望むなら私はそれをするわ、あなたのために。というやつだ。ちょっと荒っぽい不良属性のヨーコだが、可愛い小動物系が好きなら私もそうなるわ、と。
ま、しかし、バッドで殴るのは勘弁していただきたい。いや、まじで。
「抱きつくんじゃあねえ!」
俺の予想していた意図は見当違いだったらしく、抱きついた瞬間ヨーコの手痛い一撃をもらってしまった。瞬間というくらい瞬間で、反応速度が常人じゃあないから、ちょっとおふざけして痛いのは勘弁とはいかないから、ヨーコとのスキンシップはいつも命がけだ。
俺達の様子を七夕はいつのまにか遠くに離れておっかなびっくり見ていた。てか、ひいていた。
「こっちにきなさい」
俺は手招きする。七夕は恐る恐る、ゆっくりと時間をかけて近づいてくる。ヨーコはそれにイライラしていたが、原因が自分にあることはわかっているようで我慢していた。
捕獲可能領域まで七夕が近づいてきた。俺は素早い動作で七夕の両肩をがっしりと掴んで、離さない。
「改めて紹介しよう。七夕さん だ。お試し三〇〇〇円ポッキリで野球体験をしにきた」
「お金とるの?」
七夕は驚いた様子で俺を仰ぎ見る。
ジュードーが言う。
「そいつの言う事の半分は嘘だ。もう半分は偽言だ」
嘘しか言ってねえじゃん、俺。
「人のイメージ悪くするなよ。まだ知り合って二、三回なんだからな」
「そんな程度の知り合い無理やり連れてくるとは驚きだな」
ジュードーはあきれたように言った。
どこでナニをしていたのか春一が遅れてやってくる。
「ごめーん、遅れちゃった。あれ、誰その子? ん、会ったことある? ねえ、ねえ、ねえ」
七夕のまわりでちょこまかとうっとうしく動きながら、七夕に話しかける。
「汚い手で触るんじゃあねえ!」
俺とジュードーのぐーぱんが前後から入る。春一は倒れた。経験値〇、〇ゴールド手に入れた。
「僕ってそんなもん!? うそでしょ、まさかのマッカーサー」
俺は七夕に耳打ちする。七夕は本当にいいの、と俺のほうを見てくるからうなずく。
すると七夕は遠慮がちに言った。
「調子に乗らないでよね、蛆虫が」
春一はショックで膝ついてうなだれ ていない。なんかハアハアいってますけど!
「みんな逃げろ。真性の変態がいる」
四方に走りだす俺達の背中に春一の弁解がむなしくひびいていた。
相変わらず混んでいる学食。相変わらず一人の七夕。相変わらずその前に座る俺。
「これ食えよ」
俺は皿いっぱいの唐揚げを七夕に差し出した。
彼女はジッとそれを見て、首をかしげた。
「お詫びだよ、お詫び。俺、つか春一のせいで二日続けて食えなかったろ? 唐揚げ」
「……そんな」
断ろうとする七夕。でも、断られても困るわけで。
「気にすんなよ。俺が勝手にやったことだし。な?」
七夕はおずおずと頷いて、皿を受け取った。
俺はポケットに入れるには大きすぎる黒光りする財布をテーブルに置く。それから割り箸を持ち、先端からゆっくりと開く。
「だあぁ!」
思わず声がでてしまう。また箸をうまく割れなかった。
七夕がこっちを見ている。大声をだしてしまったからな。
俺は演技臭く咳払いをひとつする。
「これは古来より伝わる割り箸占いというやつでな」
割った時に、右の箸が大きくなると健康運が悪く、病気や怪我になりやすい。
左の箸が大きくなると金運が悪く、出費がかさむ。
真ん中で綺麗に割れると、大学受験に合格するのだ。
「というわけなんだ。別にただ奇声を発したわけじゃあないぞ」
七夕は箸箱から割り箸を一本取り出すと、それを割ってみせた。
それはもう芸術と言っていいほど真ん中から綺麗に割れていて、ささくれひとつ出来ていない。俺のといったら上の方全部が右側に偏ってしまったというのに。
「貴様! 割り箸マスターだな?」
「……?」
七夕は小さく首を傾けた。
ノリが悪いのは仕方ないのだろう。無茶ぶりだってことくらいわかってる。わかってるけども、俺のまわりにはアホかバカか馬鹿しかいないから、何いってんの? この人、みたいなリアクションを取られると悲しくなる。
割り箸占いの話はいいんだ。そんなことはどうでも、な。
「なあ、この後って暇か? 野球しないか」
野球しないか、我ながらこんなナンパがあっていいものなのかと思う。センスの欠片もない。ヨーコみたいなオラオラ系ならともかく、七夕は室内小動物系に見える。そんな七夕が野球をやるとは思えない。そもそも人数が足らないから野球モドキなんだけど。
思えないと思いつつ誘ったのはお節介以外のなにものでもない。一人じゃつまんねえんじゃねえのという偏見から誘うことにした。 俺としても人数が増えることは喜ばしいことだしな。
「……私は」
七夕がなにか言おうと口を開いた。少しうつむいて、目をそらし、声の調子は低い。
十中八九断るつもりだ。
しかし、そうはさせない。ここは多少強引に。
「なにい? そうか。やりたいか。じゃあ、食い終わったらグランド行こうぜ!」
ニカッと白い歯をみせ、親指をたてて爽やかに言い切る、俺。
「……言ってな」
「野球は楽しいもんなあ、野球はさあ」
「………」
これじゃあ俺はアホの子だ。しかも、女の子に無理やり。最低なんじゃあないか。
「あ のさ。本当にイヤだったらはっきり言ってくれ」
「………」
「ちょっとくらいこの馬鹿野郎に付き合ってやってもいいかなあ、なんて少しでも思えるんなら遊んでくれよ」
「……一回だけなら、馬鹿野郎になれるかも」
よっしゃー! って口悪っ。
七夕を連れ立ってグラウンドへ。春一は知らん。
すでにヨーコとジュードーの姿がある。キャッチボールをしていた。こいつらは飯食ってないんじゃあないかと疑いをかけられても仕方ないくらい早い。なぜ だ。
七夕に先に気づいたのはジュードーだった。ま、ヨーコは背を向けてたから仕方ないけど。
「ずいぶん大きい娘がいるんだな」
俺は七夕の背を押して前に押し出す。七夕は少し驚いて、少し恥ずかしそうに、少し申し訳なさそうにしている。
「どうだ。俺の愛娘、七夕だ。このぷにっとした白い肌、可愛らしい瞳。ようやく俺達にも女の子の仲間ができました!」
「いえぇぇえ!」
ジュードーとハイタッチをかわす。その直後、後頭部に硬球直撃。もちろん投げたのが七夕であるはずがなく、硬球をちゅうちょなく人にぶつけられるという点からみてもヨーコしかいなかった。
まあ、抗議したい気持ちもわからないでもない。そりゃあ肉体的に見ればヨーコは正真正銘の女の子だ。性転換してるか、女装っ子でもない限りは。てか、その可能性は俺の命をかけてもないのだが。いや、まじで。
ただ。ただ性格、行動、つまり彼女の内面が女の子かと言えばそれはNGだ。
「エヌ G―!」
なのだ。
だってどこの世界に硬球ぶつける女の子がいる。金的蹴り上げる女の子がいる。男数人に囲まれても難なく返り討ちにする女の子がいる。いたとしても、それは女の子ではなく女だ。
女の子はもっと女の子していなければならない。いや、まじで。
だから。
「エヌ G―!」
なのだ。
ヨーコは少し思案してひとつの質問をした。
「そういうのが好きなのか?」
と七夕を指さして。
好きかと問われればそりゃあ愛している。俺は基本的に女の子が愛している。ブスもデブも腐ってても関係なく女を愛している。
でも、ヨーコの質問はそうじゃあないんだろう。意図はわかる。
だから、俺は最大限の愛を込めてヨーコに抱擁する。
「大丈夫。お前みたいなのも愛しているから」
嫉妬とは言わないか。趣旨替えというか、属性変えというか、あなたがそれを望むなら私はそれをするわ、あなたのために。というやつだ。ちょっと荒っぽい不良属性のヨーコだが、可愛い小動物系が好きなら私もそうなるわ、と。
ま、しかし、バッドで殴るのは勘弁していただきたい。いや、まじで。
「抱きつくんじゃあねえ!」
俺の予想していた意図は見当違いだったらしく、抱きついた瞬間ヨーコの手痛い一撃をもらってしまった。瞬間というくらい瞬間で、反応速度が常人じゃあないから、ちょっとおふざけして痛いのは勘弁とはいかないから、ヨーコとのスキンシップはいつも命がけだ。
俺達の様子を七夕はいつのまにか遠くに離れておっかなびっくり見ていた。てか、ひいていた。
「こっちにきなさい」
俺は手招きする。七夕は恐る恐る、ゆっくりと時間をかけて近づいてくる。ヨーコはそれにイライラしていたが、原因が自分にあることはわかっているようで我慢していた。
捕獲可能領域まで七夕が近づいてきた。俺は素早い動作で七夕の両肩をがっしりと掴んで、離さない。
「改めて紹介しよう。七夕さん だ。お試し三〇〇〇円ポッキリで野球体験をしにきた」
「お金とるの?」
七夕は驚いた様子で俺を仰ぎ見る。
ジュードーが言う。
「そいつの言う事の半分は嘘だ。もう半分は偽言だ」
嘘しか言ってねえじゃん、俺。
「人のイメージ悪くするなよ。まだ知り合って二、三回なんだからな」
「そんな程度の知り合い無理やり連れてくるとは驚きだな」
ジュードーはあきれたように言った。
どこでナニをしていたのか春一が遅れてやってくる。
「ごめーん、遅れちゃった。あれ、誰その子? ん、会ったことある? ねえ、ねえ、ねえ」
七夕のまわりでちょこまかとうっとうしく動きながら、七夕に話しかける。
「汚い手で触るんじゃあねえ!」
俺とジュードーのぐーぱんが前後から入る。春一は倒れた。経験値〇、〇ゴールド手に入れた。
「僕ってそんなもん!? うそでしょ、まさかのマッカーサー」
俺は七夕に耳打ちする。七夕は本当にいいの、と俺のほうを見てくるからうなずく。
すると七夕は遠慮がちに言った。
「調子に乗らないでよね、蛆虫が」
春一はショックで膝ついてうなだれ ていない。なんかハアハアいってますけど!
「みんな逃げろ。真性の変態がいる」
四方に走りだす俺達の背中に春一の弁解がむなしくひびいていた。