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かいちゅう!
第一射 「入学式!」

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 ― 弓道(きゅうどう)は、和弓を用いて矢を射て、的に中(あ)てる一連の所作を通して心身の鍛錬をする日本の武道。古くから弓術として戦術、武芸として発展し、現在ではスポーツ、健康体育の面も持ち合わせている。一方で古来から続く流派も存在し、現代の弓道と共存しながら古流を守り続けている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 弓道は老若男女を問わずに楽しめるスポーツだ。道具も一度用意してしまえばお金もあまりかからないし、週末に社会人の方々が弓道場に集まって弓を引く様子をよく見かける。その一方で、学生のプレーヤーが非常に多い競技でもある。とくに愛知県では弓道が盛んで、地域によっては中学校から、そうでなくともだいたいの高校、大学には弓道部がある。学生時代に弓道をやっていたという話はしばしば耳にするものだ。

 僕はそんな愛知県で生まれ育った。小学校から中学へと進学した僕にとって、部活見学で初めて見た弓道という競技はとても格好良いものに見えた。大きな結果を残すことは出来なかったけれど、やはり好きな競技であったし、高校でも僕は迷わず弓道部に入った。さすがに中学から始めていたぶんアドバンテージがあったのか、県大会で入賞するとか、一応それなりの結果を出すことが出来た。

 そんな高校を卒業して一ヶ月が経った。平成20年4月4日金曜日、晴れ。きょう僕は愛知総合大学、経済学部に入学した。進学先は、他の多数の愛知の高校生がそうであるように、名古屋の大学を選んだ。実家が山間部であるから、どのみち自宅から大学へ直接通うことは出来ない。そうであるから、東京とか、大阪とか、もっと立派な都市の大学に行くのも一つ勉強になったかもしれないが、やはり慣れ親しんだ友人たちが同じ街に居るというのはかけがえのないものだ。

 学校の入学式といえば、てっきり体育館でやるものだとばかり思い込んでいたが、大学ではそうでもないらしい。うちの大学の入学式は、笠寺にあるレインボーホールというイベント会場でやるそうだ。現地集合であったから、僕は同じ大学に進学することになった友達の未沙子と一緒にそこへ向かうことにした。

 待ち合わせは金山駅の改札だ。予定より15分も早く着いたのだが、未沙子はすでに来ていて、携帯電話とにらめっこしながら僕を待っていた。

「ミサコ、おはよう!ごめん待たせて!!」
「おはよう、リョーヘイ。いいんよ、私も今来たところだし。それにしてもスーツ似合わんねー!」
「そうなんだ、とにかくごめんな…ってそんなはっきり言うなよ!結構頑張って選んだんだぞ、ネクタイとか!」
「だってなんか着られとる感すごいもんー!あ、そのネクタイは悪くないかも。でも曲がっとるねー。」
「しょうがないだろ、ネクタイ初めてつけたんだから・・。」
「ちゃんと練習しとかんからだよー。私、中学に入るときとかリボン結ぶの何回も練習したし!」
「あー・・・卒業式までにはしとくよ。それじゃそろそろ行こまい。切符買った?」
「あるよー。待っとるからリョーヘイもはよ買ってきん」
「ごめんなー」

笠寺駅はJRなのでユリカが使えない。若干の不便を感じつつ、僕は切符を買う列へと並んだ。

     

 切符を買い、僕と未沙子は数分後に着たJRの普通列車に乗り込んだ。金山から笠寺までは十分もかからない。あっという間に着いた駅は、スーツを着た若い男女で埋め尽くされていた。おそらく、うちの大学の入学式に参加する人たちだろう。つまり同級生だ。

「めっちゃ人おるねー。」未沙子が呆然としながらつぶやく。
「うちの街でこんなに人が居るのなんて、紅葉のときぐらいだもんなー。」
「あ、いかんねー。こういう反応すると田舎者扱いされるよ!リョーヘイも気をつけりん!」
「だなー」

 僕らは冷静を装い、駅から会場となるレインボーホールへと向かった。レインボーホールに来たことは一、二回しかなかったが、さすがにこれだけ人の波が一方向へと流れていれば分かるというものだ。川に流されるように足を進めていくと、道の両脇からいくつもの手が伸びてくる。部活やサークルの勧誘のビラ配りだ。

「準硬式野球部ですー!よろしくお願いします!」
「サイクリングサークルですー!新歓やるから来てねー!」
「インターカレッジ交流サークル、インフィニットジャスティスです!一緒に大学生活を盛り上げましょう!」
「硬式テニス部です!大学生活をテニスに託してみませんか!?」

 それぞれのユニフォームに身を包んだ大学の先輩方が、声を張り上げ新入生へと歓迎のビラを配る。あっという間に両手の上に紙の山が出来てしまった。
「あ、あれ弓道部の人じゃない?」
未沙子が指差す方向を見ると、弓道着姿の人たちが3、4人ほど集まってビラを配っている。本流からは少し外れたところだったが、やはり気になるので近寄ってみる。

「入学おめでとうございますー!弓道部です!よろしくお願いします!」
そう言ってメガネをかけた弓道着姿の男は俺と未沙子にビラを配った。霞的が描かれたシンプルなデザイン。

ビラに軽く目を通す。練習時間や場所の案内、それに連絡先のメールアドレスなどが掲載されている。『入部・見学希望者はまずメールを!』とのことだ。
波に流されレインボーホールの入り口にたどり着き、今にも落としそうなビラの山をかばんに閉まって、僕と未沙子は入学式の受付をした。
入学式では学部ごとに固まって座るらしい。幸い、僕も未沙子も経済学部であったので、一緒に出席することが出来そうだ。
地方から入学したのだろうか、一人で不安げに式の始まりを待つ人たちの様子を見ていると、やはり地元の大学を選んで良かったと感じる。一緒に行動する人がいるという安心感。たくさんの思い出を作ってきた仲間と、これからも一緒に過ごしていけるという喜び。
しかし、4月ははじまりの季節。新しい仲間たちとの出会いもまた、魅力的なものである。新学期に、とにかくわくわくする気持ちというのはつきものだ。

未沙子とさっき貰ったビラを見ながら話していると、反対側からポンポンと肩を叩かれる。隣を見ると、背の高い男がそこに立っていた。

「・・・隣、いいすか?」

     

いいよと言うと、その男は僕の右隣へと座った。
男の名は勇二。出身は一宮だそうだ。確か名古屋の北あたり。気さくな感じでなかなか話しやすい。サッカー一筋らしい。

「うちの高校からいっぱいこの大学来てるはずなんだけど、なんか見当たんなくてなー」

そう言って勇二は周りを見渡した。しかし、背中しか見えない状態でかつてのクラスメイト達を探すのはやはり難しかったのか、すぐにそれを止めると僕と未沙子についてあれこれ質問してきた。
出身高校だとか、高校や中学での部活だとか、そんな話をしていると、ふっとステージにスポットが当たる。入学式の始まりだ。
学長の挨拶に始まり、各学部の学部長の挨拶、大学の混声合唱団による校歌斉唱などが行われ、一時間ほどで式は終わった。

「医学部のみんな、会場外に移動するからこっちについてきてねー」
医学部 と書かれた旗を持つ男が呼びかけると、その辺り一帯がごそっと移動し始めた。浪人生が多いのだろうか、チャラいというか、いかにもつい先月高校を卒業したばかりの田舎臭い自分に比べると、同じ一年生でも彼らはずっと年上に見える。

「経済学部のみんなも移動するよー!」
パーマがよく似合うふんわりとした感じの女性が、僕らに向かってそう呼びかけた。彼女の先導で、僕らも会場外へと足を進める。

ふんわりパーマ先輩から、今日の流れについて説明を受ける。どうやらこの後バスで学校まで移動して、クラスオリエンテーションを受けるようだ。大学のクラス分けというやつは高校のものとは少し変わっていて、学部ごとに名簿順で区切るらしい。僕はR組に所属することになった。
バスに乗れるまでは一時間ぐらいかかるそうだ。その間、僕は勇二と一緒にR組の男子のうち幾人かと自己紹介をし合ったりした。出身地トークや高校部活トークなど、やはり初めて会う人だけあって、会話の内容には困らない。未沙子もすっかりR組の女子に馴染んだようだ。

会話も一段落したころ、僕は入学式前に受け取った弓道部のビラのことを思い出した。見学などが出来るかどうかなどを簡単にまとめ、掲載されたアドレスへとメールを送る。

「そろそろバス来るみたいだよー」
そんな声が聞こえ始めたころ駐車場のほうを見ると、おそらく先ほど大学まで他学部の学生を送って行ったのであろうバスが戻ってきた。僕らはそれへ乗り込み、大学へと向かう。

「なあ、リョーヘイって中高ずっと弓道やってたんだよな?」バスで隣に座った勇二が、ビラの山を見ながらつぶやいた。
「うん」
「大学でも続けるのか?」
「一応、そうしよっかなーって思っとるよ。愛総大、学内に弓道場あるみたいだし。勇二は?」
「サッカー部、気になってはいるんだけど・・・なんか練習大変そうじゃね?だから、フットサルサークルなんかもいいかなって。あ、でも弓道も悪くないな」
「なんで?」
「袴の女の子好きでさ」

数分後、僕らを乗せたバスは大学へと到着した。

       

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