安眠戦線
「くそ、どこ行きやがった」
男は息を荒げながら叫んだ、生物の本能なのか自然と前傾姿勢になり感覚を研ぎ澄ます。
プーン
その刹那、右後方で羽音がした。
「そっちか!」
男は振り返り目を凝らす。
「どこだ、どこだ、どこだ、どこだ」
上下左右、視角全てを確認する、しかし奴はいない。
もう一度左右を確認する、息があがり興奮しているのが分かる。
「ふぅ、俺は何を焦ってる。落ち着け、大した相手じゃない」
しかし、言葉とは裏腹に気持ちは昂ぶり心音が速くなるのを感じていた。右手に握った新聞紙を持ち直す。
男はさらに部屋を見渡すが、何も見つけられない。
「はぁ、疲れたな」
男は不意に座り込んで、一息ついた。
どれくらいそのまま座っていたのだろうか、何気なく左腕を見ると、そこに奴はいた。
男は驚きと歓喜に似た独特の感情に襲われ動きそうになるのをなんとか抑え、微動だにしないままどうすればいいかを考える。
視線は左手を見たままだ、また見失うわけにはいかない。
「くはぁ~、マジか。どうしよう」
男は右手に新聞紙を握っていないことに気づいた。
「手でいくか?でも、気持ち悪いしな」
男はそっと右手だけを動かして、新聞紙を探す、その時も視線は外さない、手探りで掴んだ新聞紙を持ち上げ、男は新聞紙を一気に振り下ろした。
バン
新聞紙が男の左腕に見事にヒットした。
「やったか?」
男は恐る恐る新聞紙を裏返し、直撃した面を見た。
新聞紙には一滴の血痕と蚊の死骸が付いている。
「ふぅ、これで寝れる」
そう言うと、男は横になり腕を掻きながら眠りについた。