Neetel Inside ニートノベル
表紙

携帯電話で会いましょう
きっかけ

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目の前のモニターはいつものように楽しそうな世界。
それを眺めながら、無言でクリックを繰り返す。
適当に流している音楽だけが部屋の中を満たしていた。
もう少し、何か刺激があればいいのに。
そう、例えばモニターから声がするとか。
後ろに何か得体の知れないものが立っているとか。
恐ろしいことでも何でも良い。
つまらないから、何か起きたらいいのに。

『ポン』

スピーカーから鳴った音に、思わず身構えた。
ぼんやりしていたのもあるが、「まさか」という気持ちがあったからだ。
だけどリアルはどこまでもリアルで、音の原因はただのエラーだった。
画面に出たエラー表示の×を押して閉じる。
そういえば、×を押しても何度も立ち上がるやつがあったなぁ。

『ポン』

また、エラー音が鳴り表示がモニターに映し出された。
今度ばかりはさすがに驚きを隠せず、身体が強張るのが分かる。
マウスを持つ手で、そのエラー表示の×を押せない。
クリック一つで消えるのに、これを消してもまた出てくるかもしれない。
原因がわからない。
どこかのサイトでウィルスを拾ってきたのだろうか。
しかし、ウィルスソフトは何も反応を示さない。
そういえば、先ほどはどんなエラーかも見ていなかった。
目の前の真ん中に出ているのに、どうして見なかったのか不思議になった。
見てみれば、いつもの通り。
何かを実行しようとして、何かが邪魔をして、何かが実行できなかったというエラー。

「驚かすなよ」

ホッと一息ついて×を押して表示を消す。
見ていた画面に戻り、相変わらず楽しそうな内容が書かれたブログが出てきた。

「きーちゃんは今日も楽しかった、と」

まとめてしまえば、そんな内容。
きーちゃんとは中学校時代の同級生。
高校が別になったことで離れてしまったが、今でもメールをしたりお互いのブログを読んでコメントし合ったりする仲だ。
彼女の事や、普段の愚痴、それに相談だって乗ってる。
朝まで電話してた時もあったな…と思い出に耽っていると、傍に置いていた携帯がけたたましく鳴り始めた。
時間は午前二時。
こんな時間に誰が何の用だ?と携帯を開くと、登録されていない番号だった。
間違いか、と思い、そのまま放置。
暫くして切れたが、数秒もおかずすぐにまた掛かってきた。

「なんだよ…」

苛立ちながら携帯を取り、通話ボタンを押す。
二回も掛けてくるからには、間違い電話にしても何か用事があるのだろう。
電話に出て、知らない人だったらそれを伝えた方がいい。
でなければ、何度も掛かってきそうな気がしたから。

「もしもし?」

「出たね、よっちゃん」

よっちゃんと呼ぶのは一人しか居ない。
相手が判明しても、疑問形で返してしまうのは性格だった。

「きーちゃん?」

「そそ、携帯変えたから直接電話したー」

「深夜に掛けてくるなよー」

「だって起きてるのわかってたし」

「どうせ、夜型だよ」

「あははは」

きーちゃんは笑いながら他愛もない会話を始め、それに返しながらモニターを眺めていた。
いつもこんな感じだった。
用事が終わっても、それから暫く話し込む。
内容はないが、会話なんてそんなものだろう。

「てかさー」

突然、きーちゃんがため息混じりに言うので、なんだろうとモニターから会話に意識を移した。
すぐに続くと思った言葉は聞こえてこず、カチャカチャとキーボードを打つ音だけ聞こえてくる。
携帯は音をよく拾って小声でも聞こえやすくなったが、こういう音さえも拾ってしまう。
聞き慣れた音のはずなのに、携帯を通して聞くとなぜか耳障りだった。

「なによ?」

急かすように聞いてみると、「ん~…」と濁したままなかなか話そうとしない。
話しを振ってきておいて曖昧にするとはどういうことだろう。
それでも相変わらず、カチャカチャというキーボードの音はやまない。

「そっちが忙しいなら、電話切ろうか?」

「あ、いや。ごめんごめん」

表面上ではなく、申し訳なさが声に乗って伝わってくる。
一体何だろう?と椅子に背を預け、きーちゃんの言葉を待った。

「あのさー…」

渋々といった様子でやっと話しを再開した。

「…いや、うん、やっぱ、やめとく」

「はぁ!?」

ここまできて、それはないだろう!と苛つきを隠せなかった。
今まで何だって話してきたのに、どうして今日に限って話したくないのか。
今更やめておく、なんていうのはこちらの気持ちが収まらない。
話せないことかもしれない。
それほど何か悩んでいるかもしれない。
だからこそ、話してほしいのに。
薄っぺらい関係だったのか…と苛つきが悲しみに取ってすり替わりそうになる。

「本当、ごめん!いつか話すからさ!」

「そんなに話したくないことかよ…」

「いやいやいや!だから、いつか絶対…」

「いつか話すなら、今話せばいいだろ!」

「よっちゃん…ごめん…」

「…きーちゃんはずりぃよ…」

「…」

気まずい雰囲気になり、お互いに言葉をなくす。
沈黙が流れ、気分はどんどんと落ち込んでいく。
こんな風に喧嘩をしたいわけじゃないのに。
きーちゃんは離れていても、一番の友達だと思っていた。
親以上に、理解し合っている仲だと思っていた。
なのに、今日は違う気がして、そう思っていたのは独りよがりだったかもしれないと泣きそうになる。
情けない。
きーちゃんだって何か事情があるはずなのに、それを無視して我が儘を言っていた。
電話の向こうで、困っているだろう…。

「きーちゃん…」

「あぁ…」

「悪かった、ごめん…。いつかでいいよ…。そん時に話してくれたら嬉しいからさ」

「……」

きーちゃんは沈黙している。
何かを考えているのか、顔の見えない相手の感情を読みとるのは難しい。
それでも、何度も電話しているからか、なんとなく…は感じ取れた。

     

(あれ…?)

一瞬、何か違和感を感じて首を捻る。

(なんだ…?)

違和感の原因がわからず、胸に残るわだかまりだけが気持ち悪くてさすった。
胸が気持ち悪い訳じゃないが、なんとなく胸元をさすってみれば緩和される気がしたのだ。

「…やっぱ、話すよ」

「無理しなくていいって」

きーちゃんの声に違和感はすぐに消え去り、携帯を握り直した。
無理をさせたくないのは本当だ。
我が儘を言った手前、なんとも矛盾しているとは思うが本心。
それでも、きーちゃんは「大丈夫」と言い、少し声が震えているのがわかった。
どこか大丈夫なんだろう。

「声、震えてるぞ」

「あはは、そりゃ震えるさ…。だって…」

声が小さくなっていく。

「きーちゃん…?」

「だって…!」

はっきりした声が耳に届いた。

「よっちゃん、いなくなるかもしれねーから!」

「はあ?」

突然、何を言い出すのか。
肩すかしを食らい、一体どうして居なくなるのかわからず混乱した。

「いなくならないだろ?」

「……」

「きーちゃん?」

またしても沈黙。
今夜のきーちゃんはおかしいにも程がある。
やはり無理強いしたのがいけなかっただろうかと反省してた時、ぼそぼそと小さな声が聞こえてきた。
携帯はよく音を拾ってくれる。
その声さえ、はっきりと聞き取れた。

「死んでる…よっちゃん…居ないから…もう…この世に…いない…いない…死んでる…」

不吉な言葉が耳から脳へダイレクトに伝わり、グワンと頭を叩かれた気分だった。


「……………………………………………………」


何かが起こるのを期待した。
つまらないから、期待した。
でも…こんな狂ったような事ではなくて。

「きーちゃん…何、言ってんの…」

今度は、こちらの声が震えた。
嫌な言葉が頭の中を駆けめぐる。
気が狂った、おかしくなった、妄想癖、幻覚、覚醒剤、正常じゃない。

「いきなり、なんだよ。どうしたんだよ」

「だから!よっちゃん、もう死んでるんだよ!」

「はあ?!じゃあなんで今こうして電話してるんだよ!電話してきたのはそっちじゃねーか!」

「前の携帯に電話してきたのは、よっちゃんじゃないか!!!」

「意味がわからねーよ、なんだよ!」

「死んだ後に、普通に電話してきたんじゃん!」

「は………………………………?」

「ネットでも書き込みとかして、どうしてだよ、なんだよ…」

完全に、狂ってる。
そうとしか思えなかった。
勝手に死人扱いにして、こちらの責任にして…。

「…ふざけるなよ」

怒りに声が震えるのを初めて体感した。

「ふざけてなんかねーよ…だから言いたくなかったんだよ…」

鼻水を啜る音、泣いていると分かる声。
泣きたいのはこっちだ!と大声で言いたかった。

「だって…よっちゃん、居なくなってほしくねーもん」

「…」

返答する気もなくなって、携帯を切りたくて仕方なかった。
これ以上付き合うのも馬鹿らしい。

「はじめはめちゃくちゃびびったけど…、声だけでもよかったんだよ…。会えなくても…よかったんだよ」

携帯を切ろうと思った瞬間、きーちゃんの言う言葉に先ほど感じた違和感が戻ってきた。
鼓動が早くなり、知らず呼吸も苦しくなってきた。
まさか、そんな、なんでこんなにも反応しているんだ。
ただの狂い者の戯れ言に、どうしてこんなにも乱されなくちゃいけない。
違う、これは言霊だ。
きーちゃんの声が携帯を通して、脳へ直接伝わっていく。
だから…こんなにも苦しいんだ。

「よっちゃん、あのさ」

「……」

言うな、それ以上言霊で縛るな。
聞きたくないのに、携帯を持つ手が金縛りにあったように動かない。
じわりと額に浮かんだ脂汗が気持ち悪くて仕方なかった。

     

「最後に会った日、いつだったか言えるか?」

最後に会った日。
桜が舞う晴れた卒業式、学ランに身を包んだ二人。
またなと笑い合って、記念に携帯で写真を撮った。
まだ、幼さが残る…きーちゃんの笑った顔。

(馬鹿な…!)

最近のきーちゃんの顔はわかっているはずだ。
なのに、なぜ記憶に残っているのは、中学校の卒業式なのだろうか。

「……」

何も言葉が出ない。
おかしいのは、きーちゃんのはずなのに。

「卒業式…あれ以来、会ってないんだぜ?」

手足の先がどんどんと冷たくなっていく。
目の前は暗闇に覆われて、不安定な地面の上にいるような感覚になった。
気が、遠くなっていくのが分かる。
電話越しのきーちゃんの声は落ち着きを取り戻したのか、諭すように淡々と言葉を続けていった。

「よっちゃんが居なくなってから、暫く経って携帯に電話があった」

言うな。

「まさかと思ったけど、普通に話し始めたから…呆気にとられたんだ」

言うな。

「それから…ずっと、電話とネットによっちゃんは居た」

言うな。

「電話をすれば出るし、ブログ書けばコメントしてくれるし…」

言うな。

「なぁ…どこにいるんだよ…」

言うな…。

「…限界だ」

そう言ってきーちゃんは完全に何も言わなくなった。
時折聞こえてくる鼻を啜る音で、また泣いているのだとわかる。
それでも携帯を離さず、耳に当てたまま椅子の上で丸くなって…。

「………何が」

「…え?」

「何が限界なんだよ」

死んだかどうかなんて、実感が沸かない。
突然言われても、ここにこうして居て、消えるようなこともない。
それに、死んだ時のことなんて覚えていないから、成仏するというのもわからない。
本当はきーちゃんが狂っているだけかもしれないが、色んな事が思い出せない。
思い出せないというのは記憶がない。
中学校から卒業して、今こうして携帯を掛けるまでの記憶がないのだ。
当たり前の日常だったはずなのに、何一つ残っていなかった。
今あるのは、きーちゃんが言った「限界」。

「…えっと」

まさか聞かれるとは思っていなかったのか、驚いたように口ごもる。
考えることを放棄し、ぼんやりとしたまま天井を見上げた。
いつもの天井、なのに見覚えのない天井。
こうやって天井を仰いだのは、いつだっただろうか。

「限界っていうのは…その…まぁ…うん、よっちゃんに会いたいなーっていう」

「あぁ、会いたい」

「え!」

大声で驚かれ、鼓膜が破れそうになって携帯を離して耳を押さえた。
キーンと耳鳴りが響き、ぼんやりしていた脳は一気に覚醒する。

「なんだよ…会いたいと思っちゃいけねーのかよ」

「いや!俺も会って話ししてぇ!」

「でもよー…どうやって?」

「そりゃ、そうか…」

意気消沈して肩を落とす。
受け入れてしまえば、あれこれとおかしいことがわかってきた。
記憶がないのだから、この部屋からどうやって出ればいいのかわからない。
それよりも、ここがどこだかわからない。
部屋だと思っていたが、まったく知らない場所だと気づいた。
ベッドもない、タンスもない、窓もない、扉もない場所。
あるのは、目の前のパソコンと携帯電話だけ。
しかも、コンセントがないのに携帯の充電はいつまでもフルチャージ。
電波が届くのを考えると日本なのだろうが…。
そもそも、死人が携帯を扱える場所にいるのだろうか。
不可解な状況に、頭が混乱を通り越して、何も考えたくないと拒否してくる。

「まぁ…ちょっと考える…」

「あぁ…!でもさ、携帯切ったらもう繋がらないってこいうこと、ないよな!?」

「さぁな。それはしらねーよ。今までだってどうやってやってたか思い出せねぇし」

「じゃあ、もしかしたらこれが最後…ってやつ?」

「かもな」

「かもな…って!なんだよ!会いたいんだから、気張れよ!」

「…クッ…クク…アハハハハ!気張れなんて言うなよ、幽霊に向かって」

「うるせーよ!いいか、絶対電話してこいよ!こっちは何度もしてやるから!!!!」

「へいへい。わかったよ」

「じゃあ…またな?」

「あぁ、またな」

名残惜しそうなきーちゃんの最後の別れを聞いてボタンを押した。
ツーツーという電子音が聞こえる。
コトンと机に携帯を置き、モニターを眺めた。
そこはいつもと変わらない、きーちゃんのブログがあった。

「今日も楽しかった…と」

そう呟き、目を閉じてみる。
次に開けた瞬間、ここはどこだろうか?
死んでいるということを忘れて、また電話をするかネットをして暇つぶしをするのかもしれない。
それは、誰にもわからない。

何も、わからない。

       

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Neetsha