泥辺五郎短編集
「ガンダム由美子MarkⅡ」(New)
※前作「ガンダム由美子」はこちら http://neetsha.com/inside/main.php?id=6557&story=15
全人類がモビルスーツと化してから三年経ち、世界は滅びかけていた。
どうにかこうにかごまかしながらやってきたけれど、そもそもモビルスーツは人間じゃなくて機械なのだ。どれだけいやらしく絡まり合おうと子孫は残せないし、がたも来る。壊れた箇所を直そうにも、モビルスーツを修理出来る技能の持ち主なんてアニメか小説か漫画の中にしかいなかった。
「アクシズが地球に接近しています! ν(ニュー)ガンダムのどなたか、アクシズを押す作業に参加してください!」
お天気キャスターのカプルがテレビ画面の中で懇願している。彼女のボディはあちこちへこみ、綺麗な球体ではなくなっている。それでも可愛げはあるものの、彼女の発する言葉はνガンダムへと変化した人達への死刑宣告でしかない。
小惑星アクシズは定期的に発生して地球に墜ちて来ようとする。理不尽に原作通りの大きさのそれを見て、「神様は人間が嫌いらしい」と人々は理解した。モビルスーツになっても人々は人間の頃と大差ない身長であったから。
アクシズを押し返せる唯一の戦力であるνガンダムだが、そんなこと本来人間が出来ることじゃない。モビルスーツになったからってみんながみんなアムロじゃないしアニメじゃない。アクシズを押し返したνガンダムの多くは宇宙に散っていったり、帰ってきても五体満足ではなかったりした。
世界は死にたがりばかりで構成されていないから、アクシズは一度地球に墜ちた。
以来地球は寒い寒い。
由美子は逃げて逃げて、虹色に光る水が流れる川のほとりにいる。泳いでいるのか漂っているのか、モノアイの光らないアッシマーが流れていく。
三年の間にいろいろあった。
リ・ガズィと化した後輩の竹崎と付き合い出したものの、νガンダムの由美子と釣合いが取れていないと周囲に笑われ続けた。由美子は気にしなかったが、竹崎の方は生来の朗らかさを失い、コンプレックスの塊と化していき、常に目の下に隈を作っていた。
モビルスーツだから表情なんてないのだけれど。
でもそこだけが黒く汚れるってのはやっぱり、なんか垂れてたんじゃないかなと由美子は思う。目から、いや、メインカメラから。
やさぐれたゲルググにビームナギナタで斬られて竹崎は死んだ。それぞれの持つ武装を暴力に用いることが流行り始めた頃だった。あちこちで爆発音が響き、かつて人だったモビルスーツ達が次々と散っていった。ゲルググは由美子がニュー・ハイパー・バズーカで吹き飛ばし、竹崎と同じく跡形もなくなってしまい、悲しみの余韻も復讐の快感も塵となって消えてしまった。
竹崎君の下の名前って何だっけ、と由美子は考えるがうまく思い出せない。
同じく、かつての同棲相手であった、サザビーと化した喜之の苗字だって。
ストライクフリーダムとウイングガンダムゼロカスタムが空中でもつれ合っているが、それは戦闘ではない。やがて力尽きた二機が墜ちるのを待ってデビルガンダムが彼らに襲いかかる。それらをぼんやりと眺めながら由美子は世界の終わりを待っている。
デビルガンダムだって元人間だ。狂った振りをしてるだけ。
川原には子供のふざけ残しのようにモビルスーツの残骸が散らばっている。さっきの二機ももうすぐそこに加わるのかもしれない。もしかしたら由美子も。
サザビーのボディを見つけた由美子は、それを守るようにフィンファンネルを展開してバリアを張る。守っても仕方のないものなのに。どこの誰だか分からないサザビーも、自分自身も、地球も。
もうじきナノマシンの風が吹く。
自暴自棄になったターンエーガンダムの撒き散らす、文明を砂に返す月光蝶が。
アクシズの接近を報せる前に、お天気キャスターのカプルは「本日寄せられた月光蝶予告」も伝えていた。本来ならば地球文明を眠りに付かせるほどの威力を持つらしいそれも、人の大きさのモビルスーツではせいぜい田んぼ数枚程度を砂にするだけだ。
月光蝶システムを使ったターンエーガンダムはその場で力尽きる。いささか他人に迷惑をかける自殺、それって人生そのもの? と由美子は思わないでもないが口には出さない。話す相手ももういない。
砂になりにきたはずなのに、見ず知らずのサザビーと自分をファンネルで囲っている。相手が喜之である可能性なんてほとんどないのに。アクシズの落下以来、八つ当たりのようにサザビー達は襲撃され、爆散し、サザビーの死骸なんて珍しいものではなくなっていた。
肉眼で確認出来るほどアクシズが近付いているがνガンダムの由美子に肉はない。アッシマーは遠くまで流れて行ってしまい見えなくなった。フィンファンネルのエネルギーは切れてしまって由美子もどこかのサザビーももう守れそうにない。
髭の折れたターンエーガンダムが虹色の光を撒き散らしながら由美子の方に向かって飛んできたが、随分手前で光を失い地面に墜ちた。サザビーの胸部から丸いコクピットが転がりだしてきたがもちろんその中に人はいない。
アクシズ押しに行こうかな、と由美子は今さら思う。
でもやっぱりもうちょっとだけ。
由美子は虹色の川のほとりでフィンファンネルをマニピュレーターでいじりつつ、世界の終わりの光景を眺めている。
(了)