だが翌朝目覚めるとやはりそれは現実だった。なぜならなにげなくつけたテレビでいきなり俺が起こした殺人事件の報道をやっていたからだ。俺が殺したヤンキーは十七歳の高校2年生で戸倉祐介というらしい。一通り事件の内容が話された後解説の元刑事の奴が的外れなことを言いだした。それはさておき、どうすればいいのか見当がつかない。逃げるか。いやどこに逃げればいいのやら。幸い建設会社を経営していた親父のおかげで金はある。金庫の中にはかなり金があったはずだ。俺はいくらあったか確かめる為に久しぶりに二階への階段を上った。久しぶりの二階はホコリまみれだった。もう五年間ぐらい来ていないから当然だろう。掃除しなくてはと思ってもう掃除をする必要が無い事に気づいた。そうだ俺はもう逃亡するのだ。余計な事を考えすぎたようだ。速く逃げなければいけないというのに……。俺は目的を果たすべく金庫がある両親の部屋に入った。金庫の番号はよく覚えていた。手際よく開けるとそこには現金の山があった。数えてみると二千百万円ほどある。当座をしのぐには十分すぎる額だろう。株券などあったが足がつくのが怖いのでやめておこう。金を取り出し金庫を閉めてふと部屋を見渡した。これで最後の見納めとなるだろう。部屋を見ていると両親の事がどんどん頭の中に浮かんでくる。大学を卒業するまで俺はいい子だった。親のいう事を良く聞いたし、成績も良かった。県内で一番の公立高校に入り、有名大学に進学した。が、その後の俺は……。気が付くと俺は涙を流していた。何故だろう。これからが怖いのか、いや昔の事が懐かしいのか、いや両親に申し訳ないのか。たぶんその全てだろう。またもや余計な事を考えてしまった。早く逃げる事が今は大切だというのに。
俺は金をバッグの中に入れようとしてふと気づいた。いくら何でも不用心すぎる事に。もし誰かに開かれたら盗まれるかもしれないし、そうでなくてもこんな大金を持っていたら怪しく思われるだろう。金は鍵が付いているトランクに入れた方が良いだろう。が、この大金を入れるぐらいの丁度いい大きさのトランクは我が家には無かった。金はあるので俺はデパートへ向かうべく家へを出た。その時ついでに事件現場へ行くかという思いが出てきた。だが危険な事だ。俺はしばらく迷った。
結局俺は事件現場の公園へ来てしまった。思ったより野次馬は少なかった。それでも十数人はいるだろうか。警察官が関係ない人は近くに寄らないでくださいと言ったが誰も聞かなかった。まあ、俺は関係しているからいいだろう。昨夜の事を思い出すと相当ヤバい気がしてきた。ダガーナイフは突き刺さったままだから、俺の指紋がべっとりついているはずだ。つまり、疑いをかけられたらおしまいだろう。指紋をどこかで採られ、逮捕されてしまう。裁判でも言い逃れは出来ない。俺が公園の出口に向かってとぼとぼ歩き出すと男の子に声をかけられた。
「おじさん。待って」
俺はむっとした。迷子か勘弁してくれよ。俺にそんな余裕は無いのだ。が男の子の口から出た言葉に俺は心臓が止まりそうになった。
「おじさん。昨日ここにいたでしょ」
「え。ひ、人違いじゃないのかい」
見られていたのか。やばい。やばい。
「いや、自転車に乗ってたのはおじさんだったよ」
俺は心を落ち着かせて聞いた。
「そういえばそうだったかな。誰かに言ったのかい」
「ううん。誰にもまだ言ってないよ。これからママに言おうと思っていたんだけど…。おじさんも一緒に行く?ぼくの話が本当だって事が分かるでしょ」
どうやら犯人を俺とは思っていないようだ。まだ言っていないとは今日の俺は運がいいようだ。どうする。という問いが来た数秒後には答えが出た。殺すしか無い。優しく声をかける。
「ぼうや何歳。お母さんと一緒かい」
「五歳。一人だよ」
一人か。今日は運が本当にいいらしい。
「欲しいものは無いかい。おじさんが買ってあげるよ」
子供は不審がった。
「どうして」
「君は偉い事をしようとしたんだから、欲しいものを買ってあげるのは大人の当然の義務だよ。君は偉いね。警察に行くのはそれからにしよう」
男の子は無邪気な笑顔で答えた。
「ありがとうおじさん!」
その笑顔が俺にとってはとてつもなく痛かった。だが、しかし致し方が無い事なのだ。この男の子を放置すれば必ず親に言い、親は警察に言うだろう。そして俺は警察に連れて行かれる。指紋を採られ、確実な証拠が出る。そして裁判で有罪判決が出る。そこから先は考えるのもうんざりだ。何故俺がこんな目に遭わなければいけない!そもそもあのヤンキーがいなければ2人の命が失われる事も無かったし、俺が殺人犯になる事も無かったのだ!俺は
「おじさん。いかないの」
男の子が俺の目を覗き込んでいた。俺ははっと気づいた。そうだ今は考えている時ではない。今はコイツを殺す事に全力をつくさなければいけない。俺は精一杯優しい顔をして答えた。
「行くけども、おじさんは用があってなちょっと付き合ってくれないか」
たしかここから300Mぐらいの所に沼があったはずだ。そこに沈めれば……。あんな時間にあんなところにいたお前も悪いんだ……。
男の子と一緒に歩いたのはほんの数分だったがそこでの会話が俺にとっては辛かった。なぜならば男の子は自分のいろいろな事を喋り始めたからだ。家族の事や幼稚園での事。やめてくれ!と俺は途中で何度も叫びたくなった。この子の事を知れば知るほど、殺すのが辛くなってくる。それに耐えながらやっと沼に着いた。周りは木々で囲まれている。見られる事は無いだろう。人の気配はなかった。
「おじさん。こんなところで何するの」
と聞いてきた男の子の口を塞ぎ素早く沼に沈めた。五歳の子供だ。抵抗などほとんど出来ない。これで自首など出来なくなった。何しろ二人を殺してしまった。そのうち一人は子供だ。死刑判決が出るかもしれない。俺は罪悪感にさいなまれながら家へ帰った。男の子の死に際の苦しげな表情が頭にまとわりついてトランクなどとても買う気にはなれない。