Neetel Inside ニートノベル
表紙

彼女じゃない
第1話 ブリーフを履いた彼女は

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俺はかつて全てを失った事がある。

高校1年の冬。俺はあれほど好きで打ち込んでいた陸上部を辞めた。
中学時代、陸上部のスターだった俺は期待されていた。
期待されているから応えようと、驕ることなく練習してとにかく頑張った。
そして迎えた新人戦。
俺にとって輝かしいスタートを切る筈だったその大会で俺は怪我をした。

冬に陸上部を辞めてからというものの、俺は何に打ち込むわけでもなく、ただ淡々と日々を過ごしていた。
他の部活―無論怪我の事もあるので運動部というわけにはいかなかったが。
他の部活に入ろうかと考えた事もあった。しかし文化部というのはどうも自分の性に合わない。
そんなプライドを持っていたからかいくつか誘いはあったものの1年の間は帰宅部として残りの時間は過ごした。

季節は春になった。今日は始業式。高校2年生としての学園生活の幕開けである。
中庭の掲示板でクラス替えが発表され、一喜一憂する人間を尻目に俺は一人離れた渡り廊下の柱に背中を預けポツンと立っていた。
時間が経てば癒えると思っていた心の傷は深く、未だに何に対しても熱くなれない冷めた自分がそこにいた。

「佐藤!お前そんな所で何してんだよ!」
「いや高校2年になったからマイ設定を考えてみた。今度は挫折した元アスリートで行こうと思うんだけどどうかな?」
俺に声を掛けてきたのは前のクラスで一緒だった友人の片山。通称カタヤン。
「まーたお前は!暇だと本当にロクなことしねえな!」
そういって俺の肩をバンバンと叩く。カタヤンはとにかく明るい。いつもハイテンションだ。

「それでさ。お前と俺また同じクラスだぜ。こうなったら3年も同じクラス目指そうな!」
「えー」
「んだよテンション低いな傷つくなー!そんなんじゃ女の子にモテないぜ!」
「テンション低いと女の子にモテないのか?」
「そうだよ今の女の子は明るい男が好みなんだ!つまり俺みたいな!」
と満面の笑みでカタヤンは答えた。
「だったらなんでカタヤンには彼女いないんだろうな」
と嫌味のつもりで返したら
「バーカ。俺は世界基準だぜ?日本という小さな島国の人間では俺の魅力は支えきれないのさ!」
意味が分からない。
と、その時、俺は誰かにぶつかった。
「キャッ」
「うわっ」

女の子だった。女の子は廊下で尻餅をついた状態になっている。
「ごめん大丈夫?」
「い、いえそちらこそ」
女の子はお尻をさすりながら立った。顔が見えた。
「いやーこちらこそ前見てなくてゴメンネ。怪我とかしてない?」
向かい合った女の子の顔はとびきり綺麗だった。
「・・・・・・・」
「私ちょっと急いでいたもので」
容姿に見とれていて声が出なかった。
「あー!!!殿村じゃねーか!!!!」
隣にいたカタヤンがただでさえでかい地声を更に張り上げて言った。
「殿村?」
ようやく搾り出した声は疑問系になっていた。
「どうして私の名前を知ってるんですか?前に何処かでお会いしました?」
「いやいや会うのは初めてだけど」
カタヤンが腕を組んでうんうんと頷く。
「ごめんなさい私急いでいるのでこれで」
殿村は勢いよく走り去っていた。
「なあ。カタヤン。あの女子と知り合いか?」
「知り合いというか俺が一方的に知ってるだけだ。話したのは今日が初めて」
「有名なのか?」
「なーんだお前知らなかったのか」
「知らないって何がさ」
カタヤンはやれやれと肩をすくめて意味深にこう言った。
「あいつあんな可愛い顔してるけど、男だって話だ―」

一瞬カタヤンが何を言いかけてるのか分からなかった。
「マジかよ」
「ああ、ちゃんと証言も取れてる。体育の授業でさ着替えるだろ?それでさ、殿村っていつも他人に自分の着替え見せないんだそうだ」
「それだけで判断かよ。他人に着替えるの見られるのが恥ずかしいだけとかじゃないの」
「それがさ、見たというんだよ」
「何をだよ」
「殿村の着替えを張ってこっそりと見た奴がいたんだ。そしたらさブリーフはいてたんだって―」
「変だとは思うけどブリーフ履いてるぐらいいいじゃねえか」
「盛り上がってたんだってあそこ」
「・・・・・・・・・・・いや」
「いや?」
「流石に見間違いだろそれ」
「確かにお前が疑うのも分かる。殿村は可愛いしな。でもな見たって言ってるの一人だけじゃねえ。何人もいるんだ」
カタヤンがいつになく真面目な顔で話してたのが俺には強烈に印象に残った。

偶然とはあるものでその殿村と俺は一緒のクラスだった。
ありがちな先生の自己紹介が、そしてこれまたありがちな一人一人の自己紹介が始まった。
俺は宇宙人風の自己紹介をして見事に滑った。カタヤンは洋物AVに出てくる男優の喘ぎ声を真似して何故か受けていた。
「じゃあ次は殿村―」
はい、と声をあげて立つ殿村。改めて見てみたがやはり可愛い。あれの何処が男子だというんだろう。カタヤンは下らない噂話に踊らされているだけじゃないのか。
「殿村渚です。部活は美術部に所属しています。趣味は絵を描く事です」
淀みなく殿村は自己紹介を進めていく。大人しそうな雰囲気に見えて案外ハキハキと喋る子だ。
大体名前だって渚って女の子らしい名前じゃねーか。男で渚普通つけねーだろって大島渚がいるか。
自己紹介をしている殿村を見つめながら俺はそんなくだらないことを考えていた。

「なあ悟さ。今日一緒に遊ぶ約束キャンセル出来ないかな」
放課後、帰り支度を始めた俺にカタヤンがそう言ってきた。
「なんでさ」
「あー何か部活のダチから誘われてさ今朝」
「おい先に約束してたのは俺だろう。断れよ」
「ただ遊ぶだけならお前のほうが先約だから断るよ。けどな合コンだぜ!」
カタヤンは親指を立てる。
「俺さ本気で彼女欲しいんだ!遅くても今年中には作りたい!そして卒業したい!」
「卒業って童貞?」
「そうだよ!お前知ってるか。俺のダチで園田っての」
カタヤンに言われ、俺はその一度顔を見ただけの園田を思い出す。
「ガリ勉タイプのあいつか。その園田がどうしたんだ?」
「春休み中にヤッたらしいぜ」
「本当か?」
「ああ本当だ。何でもネットで知り合って、実際に合って意気投合して交際スタートだそうだ」
ネットというのが何か現代を感じさせるフレーズだが、カタヤンがいうにそれで奥手の権化と言われた園田は彼女をGETしたらしい。
「俺はPC詳しくないからそういうのよく分かんないんだけどよ。何かさ結構それで付き合い始めるの多いらしいんだ」
「それを聞いてお前は焦ってるわけだ」
「ちげーよ!でもさ、園田幸せそうなんだ。実はあいつ去年の暮れに両親が離婚してんだ。親父の浮気で
それで家庭が崩壊気味でさ。心身ともに参ってたんだそうだ。それでネットに依存して引きこもりのような生活を送ってたらしいんだけど
ブログで現代社会への愚痴とか書いてたらしいんだわ。それである時彼女―園田の彼女になる子がコメントを寄せてきて、知り合ったそうだ」
「ネットのおかげというよりかは園田の彼女の類まれな人の良さが交際に繋がったという気がするけどな」
俺だったら延々と愚痴を吐くような近づきたいとも改善してやりたいとも思わない。
「園田を見て思ったんだ。彼女いるって充実してる証なんじゃないかって」
「証ね」
「で俺は決心した!俺も証を残したい!幸せになりたい!だから女との関わりを持てそうな機会は絶対に逃さない!と」
「それが俺との約束をドタキャンした理由か」
「お前には悪いと思ってるよ。今度埋め合わせするからさ。今日は、な!勘弁してくれ!」
カタヤンが頭を下げて頼み込んでくる。
「分かったよ。俺もお前には不幸になるよかは幸せになって欲しいからな。頑張れよ」
柄にもなく臭い言葉を吐いた。だってそんな気持ちにならざるを得ないだろう。そこまでして幸せになりたいのならば
カタヤンはありがとう心の友よーといって抱きついてきたのでちょっと後悔したが。

急に暇になってしまった俺は教室でダラダラしていた。
家に帰ってもすることはない。どうせ寝るだけだ。非生産的だ。だからって教室でダラダラすることが生産的だとは思わないが。
最初は教室に残っていたクラスメートとこれから1年間よろしくなー的な挨拶をしていたが、そんなこんなしているうちにやがて部活だの遊びに行くだので教室には誰もいなくなってしまった
今日は始業式と簡単なHRだけだし、皆時間を有効に使いたいのだろう。
時計を見る。11時。
「そろそろ帰るか。腹も減ってきたしな。てかその前にトイレトイレ、と」
誰もいない教室にそう呟くと俺は教室を出た。

誰もいない廊下を俺は独り歩いていた。
「トイレ!トイレ!トイレマン!」
寂しいのでトイレマンの歌を歌ってみたが、空しいだけだった。
ドアを開けて便器の前に立つ。チャックを降ろす。
「こんにちは。僕の可愛いムスコよ」
俺はムスコにそう呼びかけると、ムスコはそれに動きを持って答えた。
「ふふ、可愛いやつめ」
用を済ませ、便器から離れて、手を洗おうと思ったその時
ガタッ
突然物音がした。
「?」
ガタガタガタッ
「気のせいじゃない・・・・?」
音は確かに聞こえた。何処からは分からないが確かに聞こえる。
ガタガタガタッガタ!
「あそこか!」
音が聞こえるのは便器の掃除をする用具が収められているロッカーだった。
ロッカーの扉に手をかける。何か嫌な予感を背中に感じながら。開けた。

手を縄で縛られ、制服はビリビリに破かれていた。
目には涙を浮かべ、口はハンカチで塞がれていた。

そして

「殿村の着替えを張ってこっそりと見た奴がいたんだ。そしたらさブリーフはいてたんだって―」 

カタヤンの言葉が脳裏によぎった。

「殿村渚です。部活は美術部に所属しています。趣味は絵を描く事です―」

今朝のHRでハキハキと自己紹介をしていた殿村の姿がよぎった。

殿村の下半身にはバーカと黒のマジックで書かれた白のブリーフが履かされていた。

       

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