Neetel Inside 文芸新都
表紙

暇つぶし
熟れた果実

見開き   最大化      

 頭が割れそうなほどに痛かった。
 その痛みは何の前触れもなく現れ、一晩中僕の頭を内側から叩きつけた。まるで中から何かが飛び出そうとしているような、そんな痛みだった。
 そして今、痛みが頂点まで達して僕は頭を抑えながら床に倒れた。ミシミシと音が鳴る。しだいに音は大きくなり、メキメキという音に変わる。痛みで意識が飛びそうだ。いっそこのまま気を失って楽になりたい。
 ベキィッ、という音とともに何かが割れた。破片が飛び散る。割れたのはべっとりとした白い物体。どうやら頭蓋骨のようだ。
 頭蓋骨の一部が割れてできた隙間から、頭の中でうごめいていた何かが飛び出す。窮屈な空間から外の世界へと開放される。
 それと同時に、僕を長時間に亘り苦しめ続けてきた痛みがゆっくりと引いていった。仰向けのまま深呼吸し、呼吸を整えるとゆっくりと立ち上がった。
 僕の頭は今どうなっているのか、確認しなければならない。洗面所へと足を運び、鏡と向き合った。
 絶句する。汗と血でびっしょりと塗れた僕の頭から、一本の小さな木が生えていたのだ。数本の枝とわずかな葉がある。頭蓋骨の破片と同じように、べっとりと粘液のようなものに覆われていた。
 どうやら頭痛の原因はこれらしい。僕の理解の範疇を軽く超えているが受け入れるしかないだろう。
 しかし困った。これでは外出ができない。数時間後には高校の同窓会の予定もあったが、キャンセルせねばならない。楽しみだっただけに残念だ。
 一晩中痛みに襲われていたため眠い。他にも問題はあるがこれからのことは一度眠ってから考えよう。疲れてしかたがない。

 目が覚めた。顔を洗うために洗面所に向かう。頭からはやっぱり木が生えていた。
 木は一晩で姿を変えた。とてつもなく成長速度が速い。数時間寝ただけで葉が生い茂り、果実が一つ実っていたのだ。すでに熟れているようで、血のように真っ赤な色をしていた。
 何を養分にしているのだろうか。僕の体から疲れは取れているので、体力を吸い取っているわけではなさそうだ。少し安心した。

 朝食を食べ終え、これからどうするか考えようとした直後に着信音が鳴った。電話だ。ディスプレイを確認すると高校時代の親友からだった。きっと昨日のことだろう。
「もしもし」
『おう、久しぶりだな! どうして昨日の同窓会来なかったんだよ。ぎりぎりでキャンセルなんかしやがって』
 頭から木が生えてとても外出できる状況ではなかった、とは口が裂けてもいえない。
「ちょっと急にはずせない用事が入ってね。すまない」
『そうか。まあお前以外にもこれなかったやつがけっこういたからな。また近いうちにやるみたいだから、その時は来いよな』
「ああ、わかった」
 それまでに頭を元に戻せたらな。
『それでよ――』
 あ、長話が始まるな。この友人が「それでよ」と話を仕切りなおすときはだいたい長話になるのだ。
 そんなことを考えていると、べちゃりという音が頭上から聞こえた。何かが落ちて潰れたようだ。おそらくあの熟れた果実だろう。果汁がしたたり、僕の顔を赤く染める。
 なぜだか不快には感じない。香りもいい。
『おい、どうした? おーい』
 不思議な心地よさに気をとられて電話の方をないがしろにしていたようだ。わるい、と軽く謝る。
 そこから一時間ほど話を続けた。友人は学生時代の思い出をずっと語っていた。
『ついつい長話になっちまった。わりぃ』
「いや、久々に話せてよかったよ。それじゃあ」
 電話を切る。彼は一時間もの間ずっと楽しそうに話していたが、俺の知っている話は一つもなかった。共有していない思い出をずっと聞かされるのは苦痛だったが文句は言えな
かった。
 疲れたので少し横になるとしよう。

 目が覚めたのは夕方だった。重い頭を起こし、立ち上がる。べちゃり。
 柔らかな感触。したたる果汁。赤く染まる視界。どうやら寝ている間にまた果実が一つ実ったらしい。相変わらずの感触と香りが心地よい。
 鼻腔をくすぐる甘い香りに意識を奪われそうになる。だが携帯電話の着信音で僕は現実に引き戻された。
 ディスプレイを見ると読めない文字が表示されていた。外国語か? だとしてもいつ僕は登録した? 分からないがとりあず電話に出ることにする。
「もしもし」
『ねえ、今どこにいるの?』
 見知らぬ女性の声。名乗らない。アドレス帳に登録されているのだから僕の知り合いの可能性もある。誰? と聞くのは失礼な気がするので話を合わせることにする。
「自宅だよ。ちょっと家から出られない状況なんだ」
『だから今日の約束をすっぽかしたのね。久々に会えると思ったのに』
 僕は彼女と会ったことがあるのか?
『大変なことなの? 今からそっち行こうか?』
 それはまずい。こんな姿を見られてはいけない。
「だ、大丈夫だ。今取り込んでてね、また後で連絡する」
 そう言って僕は一方的に電話を切った。今はなるべく人と関わらないほうがいいのかもしれない。

 お腹が空いた。夕飯の時間だ。冷蔵庫の中を見る。卵が大量にあったのでオムライスを作ることにした。
 調理中、まな板の上に果実が落ちた。ああ、また育ったのか。相変わらず熟れていて、素敵な香りだ。ずっと嗅いでいたい。料理なんてする気になれない。

 目が覚める。どうやら気を失っていたらしい。台所の前で僕は倒れていた。起き上がると果実が落ちる。嗅ぐだけでは物足りない。僕は床でぐちゃぐちゃになったそれを丁寧に舐めとった。
 今は何時だろうか。携帯電話を見るが電源が切れている。充電器をどこに置いたか忘れたのでテレビをつけることにした。
 朝のニュース番組だ。高齢の男が喋っている。日本人なのに異国の言葉で。チャンネルを変えても同じだ。日本語で放映されている番組がない。どうなっているんだろうか。
 こうなったらネットで調べてみよう。……ネットとはなんだっただろうか。
 分からないのでとりあえず座ることにした。不可解なことばかりだ。考えろ。いったい何が起きている。これは夢なのか、それとも現実なのか。
 分からない分からない分からない。夢ってなんだ? 現実って?
 頭を抑える。果実が落ちる。――果実? ゆっくりと、ゆっくりと落下していき――落下? 床に触れたかと思うと、ぐちゃりと潰れ――――

 僕は、




 誰だ。




       

表紙

山田一人 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha