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文藝夏企画 作者変え&FN祭会場
小説を書きたかった猿/しう

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小説を書きたかった猿


▼起▼

 ”それは壮大な物語だった”
 登場人物一人一人に名前や過去、人物相関図も作った。
 ”これは三世代に亘る戦記ロマンである” 
 この話が売れた際の帯の言葉も自分で考えた。
 

 僕は初めゲームを作りたかった、誰もが感動する、誰もが名作と言ってくれる。
 そんな壮大な物語を作る側に立ちたかった。
 だが高校に入る頃にはゲームは異常な進化をしており、僕の入る隙間が見当たらない位にハードルは上がってしまった。
 ユーザーが求める物語も、帝国だの反乱軍だの、そう言った勧善懲悪は流行らない風潮が現れ、僕はゲーム作家を諦めた。

 次に、ライトノベル作家を目指す事にした。僕に出来るのは物語を作る事だけだ、他には何も無い。
 僕は一心不乱にゲーム用に取っておいたアイデアをまとめた、こんなに一生懸命に成れたのは何年振りだろう。古いノートを片っ端から掻き集め、妄想に耽っている時は幸せだった。
 そしてPCの前に座って冒頭を書く。

 だが次が続かない…
 是非言いたい格好良い台詞、自分の中では名場面と思われるシーンを早く書きたい。
 多分そこまで行ければ筆は進むのだろうが、どうにも冒頭のシーンが終わってから次のイメージが浮かばない。
 ゲームで言えばオープニングが終わって、ようやく自分で動かせるようになる場面。
 話を考える際のイメージは、いつも脳内のゲーム画面。だがそこには町の人が教えてくれる情報しかない。

 僕は知らなかった。
 小説の書き方と、ゲームのシナリオの作り方は根本的に違うと言う事を。


▼承▼

ー コンフリクト・サーガ 第17章 影武者の姫君 ー

 燃え上がる城の中、王女システィナを救うために双子の姉アスティアは覚悟を決めた。
キリク「本当にそれでいいのか?確かにお前がここで死ねば、システィナを死んだと思わせる事が出来るが」
アスティア「いいの、私の髪をあの子と同じ髪型にして、あの子の服を着れば…ほらどこからどう見てもシスティナ王女になったでしょう?」
キリク「しかし…だからと言って、俺はお前が死ぬ事に賛同出来ないな…どうにかお前も生き残れないか?」
アスティア「マリームと貴族連合はすぐ傍まで来てるわ。誰かが犠牲にならなきゃみんな全滅よ」
 彼女は笑顔でキリクを見た、キリクは涙を流している。
アスティア「ふふ、おかしな人。貴方だって変よ、何も残らなくてもいいのに。私が死ねば問題ないのよ」
キリク「…いいさ、一緒に死ねるのなら本望だ」
 キリクは涙を拭いてアスティアに向かい合った
マリーム兵A「いたぞ!システィナ姫と従者の二人だけだ」
マリーム兵B「奴らの首を取れば褒美は思いのままだぞ!」
アスティア「…来たわ。覚悟はいいかしら」
キリク「…愛している、アスティア」
 二人はお互いの胸を刺し自害を果たす。
 その際にシスティナ王女らは城からの脱出に成功するのであった。

システィナ「お姉さま達は無事かしら…」
レーニス「大丈夫だ!奴らなら無事に逃げだせるさ。姫君はこちらへ(すまない、キリク、アスティア)
 王女と四人の親衛隊は真夜中の森を走り去った。


ー 17章 完 ー


「…何か変だなぁ」
 僕は出来上がった文章を読んで、眉を八の字に曲げた。
 頭のイメージ通りに書いたのに、感動も糞も無い。これはチラシの裏に子供が書く駄文としか思えない。

「まぁ、最初にしては上出来さ」
 思いっきり頭の中で出てきた疑問を蹴飛ばして次の構想に入る。
 次の構想と言っても18章、つまりこの話の続きを書く訳では無い。
 頭の中に浮かぶ感動のシーン、決意のシーンを浮かべる。途中の過程など想像しない、どうせ途中の過程はお使い的なシーンだけだ。
 重要なのは如何にして”感動のシーンを作り上げるか”これだけである。
 そして次に僕は”最終話”、すなわちエンディングの部分を書き始めた。




▼転▼

 結局僕は、”三世代に亘る戦記ロマン”の初代の主人公の最初と最後、次の代の主人公の最初と最後、そして最後の主人公の最初と最後、それに後ちょこちょこと感動のシーンなどを加え、全90章中の合計12章を書き上げて飽きた。
 とにかく支離滅裂だった。当然である、突然現れる登場人物達、そして感動させるためだけに死んで行く”死に役”。こんな物だけ見せられて感動出来る方がおかしい。
 僕はその文章を家族に見られぬように”program files”の奥底に隠すように保存した。
 時に僕が十代最後の年、学校にも行かずに引き籠っていた頃の話だ。
 

 そして月日は過ぎ、僕自身があの”超大作小説”を存在を忘れ去って行く。
 次に再会するのはその四年後、大学四年生まで年をとった僕が昔のパソコンのフォルダ整理をしている時、偶然にもそのフォルダを見つける。
 既に僕の中では”無かった事”になっていた恥部、それを家族の誰も見られなかったのは類い稀なる幸運としか思えない。 

 それは、”program files”の奥底に”Confrict”とスペルを間違えているフォルダにあった。
 何もかもが昔のままだ。
 僕は好奇心から、久しぶりにフォルダを開いて見る。
 中には、”フローチャート”、”各章の筋書き”、”武器と魔法”、”登場人物”、そして謎の数字 ”1,17,30,31,45,59,60,61,72,85,89,90”と書いてあるテキストフォルダが入っていた。
 僕はそれをUSBフラッシュメモリに入れるとパソコン上の”confrict”のフォルダはゴミ箱へ移した。
 次に僕がこの”confrict”のフォルダを開くのは更に年を取ってからとなる。



▼結▼

 四年勤めた会社を辞めて長い休暇に入った僕。
 流石に往年の恥ずかしい妄想はする事が無くなったが、同時に物語を作り出す能力は無くなっていた。
「これが大人になると言う事」
 重要なのは最先端の正しい情報で、お客様が次どのような計画をしているか、その計画にはわが社のどの製品をPRすれば良いのか、そして今後売れる商品はどんな物か。
 ゲームとも空想物語とも関係の無い社会で、時には客先に寝泊まりする事も多々あった。

 会社を辞め、実家に戻った僕は懐かしい自分の部屋に戻る。内装は変わっていたが殆ど変り無く、昔のままの自分の部屋。
 僕は、ほんの気紛れで掃除をした際に、机の引き出しの奥に挟まっていた古いUSBフラッシュメモリを見つけた。
 そう、あの”Confrict”と書いてあるフォルダがあるUSBだ。
「これ、あの時の…」
 数年ぶりに開いた”Confrict”のフォルダの中には、まだ想像力を持った自分が居た。
 テキストを読むと吹き出してしまうくらい陳腐な文章と、どこかで聞いたことのある設定。
 それでも、この頃の僕は、今の僕が無くしてしまった想像力を持っていた。

「これ小説じゃ無いじゃん」
 自分で過去の自分にツッコミ、苦笑いしか出てこない。
 細かく誤字脱字を修正、少しは見やすくなったかな。
 
 僕の中にほんの少しだけ物語を作りたいと言う情熱の火が灯った様な気がした。
「まぁ、無職だし。次の仕事が始まるまでの趣味として始めてみようかな」
 
 再び頭の中に空想の世界を広げる。
(今度は最後まで作ってやるか)
 僕は”Confrict”を”Conflict”と書き直すと、久しぶりに真っ白なテキストに文字を打ち込んだ。



▼ 終わり ▼
 
 

       

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Neetsha