相水学園物語
第1章〜約束〜
春――――。
今日からこの学園に通うんだ。
この『相水学園』に―――。
第一章 ―扉―
長い入学式も終わり、教室で退屈な時間を過ごしていた。
「よう、また同じクラスだなー。」
「ん、ああ・・・」
「なんだよ、その返事はー。嬉しいだろ?」
「小中と全部同じで高校になっても同じでいい加減嬉しいわけねえだろ・・・」
「そっそうか・・・。ところで中川はなんでこの学校を選んだんだ?」
「べっ別に霧島には関係ないだろっ」
「そんなこと言うなよ、教えてくれよ」
中川は悩んだ。
「実は俺・・・・・・」
「早く言えよ」
「昔、死んだ幼馴染の彼女と、一緒にこの学園に入ろうと約束してたんだ。」
「あーあいつか・・・」
中川と霧島の気持ちは深く沈んだ。
「でも入学できたんだからいいじゃねーか」
中川は、霧島を睨み、
「一緒じゃないとだめなんだっ!」
と怒ったような声を出した。教室の人たちが中川を注目した。
中川は、
「ごめん」といい教室から出て行った。
廊下に出ると、後ろから声がかかった。
同じクラスの咲坂麻衣だ。
「どうしたの?」
麻衣は、心配そうに中川に話しかけた。
「いや、別に・・・」
この話はしたくなかった。
また思い出してしまうから―――
今から二年前、ちょうど俺といっ――――以下省略。
「・・・・・・。」
「お前にそんな過去が・・・。」
「ごめんね、変なこと聞いちゃって・・・。」
「・・・いや、いいんだ。」
そういい残し、教室を後にして中川は歩き始めた。
「悪いこと聞いちまったな・・・。」と霧島。
「中川君もしかして・・・。」麻衣は突然教室に戻った。
「おいっどうしたんだよ!?」霧島も跡に続く。
麻衣はおもむろに机の中に手を伸ばしいれ、中からSG-5を取り出した。
「おい!そんなもんどうし・・」
教室の中を二度の射撃音が響き渡り、教室の壁に反響し短いハーモニーを奏でた。
「麻・・・な・・・で・・・?」この言葉が霧島の最後の一言だった。
麻衣はゆっくりと倒れていく霧島に背を向け、顔だけはこちらを向けながら言った。
「お前は知りすぎた・・・。」
中川はトイレにいた。
中川はカガミに写っている自分を見た。次の瞬間、その顔が粉々に砕け散った。
「なっ!!」中川は何がおこったのかを理解しようとした。しかし、目の前に立っている女性を見て唖然とした。
「なんで・・・お前が・・・死んだはず、いや、殺したはずなのに!!」中川は叫んだ。
そこに立っていたのは二年前、あ―――以下省略―――だったのだ。
女は無言で銃を構えた。
「くっ!!」
中川は、横に跳び壁に背を向け低く身構えた。
精神を集中させ、相手の気配を探る。
そうすると、組織にいたことに習った殺人術の記憶が蘇ってくる。二年前に捨てたはずの記憶が。
だが、そんな事を考えている暇は無い。この状況をなんとかしなければ。
「中川君・・・。」
俺を呼ぶ声が聞こえた。この女が言ったのだ。この声は、やはり二年前殺したはずのあの女の声・・・。
「教室に・・・いきなさい・・・」
そういい終わると同時に、女の気配が消えた。消したのではなく、消えたのだ。
俺は、顔を少し出し、確認する。やはり女の姿はなかった。
教室?罠だろうか、いや、たとえ罠だったとしても、行かなければならない。
もう一度、あいつの姿をこの目で確かめるために・・・。
中川は急いで教室に向かうのだった。
外はいつの間にか暗くなっていた。
中川は教室の前まで来ていた。
(人の気配がしない・・・みんな帰ったのか?)
そう思ったとき、ふいに、血の臭いがした。
まさか・・・嫌な予感がした。心臓の鼓動が早くなるのがわかる。
教室内も暗闇が広がっていた。しかし暗闇にはもう慣れている。
おそるおそるあたりを調べてみる。
「!!!!!」頭の中が真っ白になった。
「霧・・・島・・・」
そこには、胸から下が無く、もはや肉の塊と化した霧島が倒れていた。
俺のせいなのか?
マッシロになった頭で、それだけを考えていた。
ジャリ・・・ふいに後ろから足音が聞こえた。
中川は、反射的に素早く振り向きながら身構えた。しかし、そこには意外な人物が立っていた。
「麻衣・・・?」
そう、そこには、身体のところどころに血をつけた麻衣が立っていた。麻衣の目は――殺意に満ちていた。
「麻衣・・・君が・・・やったのか?」鼓動がまた一つ速くなる。
違うといってほしかった。麻衣が組織の人間だと思いたくなかった。
しかし、その期待を裏切るように麻衣はクスッと笑った。そして
カチッ、という音が中川の耳に届いた。それは、安全装置をはずした音だと瞬時に悟った。
中川は、すぐさま横に転がり、ロッカーの後ろに隠れた。
麻衣は、背中に隠していたSG-5を撃っていた。今さっきまで中川のいた空間に弾丸が通った。
一瞬、判断が遅れていたら殺されていた。
「なぜ俺を狙うんだ!!」
中川はロッカーに背を向けたまま叫んだ。
麻衣は冷たく言い返す。
「なぜ?それはあなたもわかっているはずよ。二年前、組織を抜けたあの日から、あなたは狙われているの。」
裏切り者には死を・・・か。組織にいた頃の言葉を思い出す。
しかし、違和感を感じた。俺がいた頃とはやり方が違う。
「なぜ関係のない霧島まで殺した!!組織のやり方は違うだろう!!」
熱くなっている俺に対して、麻衣は静かに答えた。
「一年前にボスが変わった・・・それだけのことよ」
そう答えると麻衣はロッカーに向かって歩き出した。
時間稼ぎも終わりだな、近づく足音を聞きながら中川はそう考えていた。
やはりこの銃を使うしかないのか?二年前のあの日、あの時から封印した銃・・・『シュトルム』
俺は腰に手を伸ばした。あの女が生きているとしたら、もう一度この封印をとかなければならない。
そして俺はシュトルムを握った。懐かしくも嫌な重みが手に残る。
麻衣の足音が近づいてくる。そして、俺の手前で止まった。
それと同時に、俺はバックステップを踏んで反対側に素早く移動する。
そしてロッカーから身を乗り出し、麻衣に向かってシュトルムを構えた。
俺が銃を持っていることに驚いたのか、一瞬麻衣の動きが止まった。
そして、麻衣の顔を狙ってシュトルムを撃った。鈍い音が教室内に響き渡る。
しかし、これではダメだろう。俺を殺しに来たというのだから、おそらく麻衣は幹部レベルの人間だ。
そこまでの訓練を受けていたら、銃口と、相手の指先を集中して見ていれば銃弾を避けることができる。
予想通り、麻衣は首だけを動かして銃弾をかわした。
そして、SG-5の銃口がこちらを向いていた。
俺は精神を集中させた。
こちらに向いている銃口に狙いを定め、引き金を引いた。
麻衣は暴発を恐れ、銃を横にずらした。
それが俺の本当の狙いだった。
素早くシュトルムの銃口を麻衣の右胸に向けた。
(終わりだ!)
そう思った瞬間、背中につめたい悪寒が走った。
銃を撃ったことで、あの頃の思いが溢れ出てくる。
俺はまた・・・あの頃の自分に戻ろうとしているのか・・・。
はっと我に返る。麻衣の構えたSG-5がすでにこちらを向いていた。
(しまった・・・!)
そう思った瞬間、右わき腹に激痛が走った。避けようとしたが、反応が遅れわき腹に当たったようだ。
「ぐっ・・・!」
致命傷にはならないが、動きを鈍らせるには十分な傷だった。
俺はすかさず物陰に隠れた。
なんてことだ・・・俺はこの二年間で、人を殺すことに抵抗を覚えてしまった・・・。
「これで終わりのようね。」麻衣が話しかけてきた。
終わり?冗談じゃない。俺はまだ死ねない、あの女のことを確かめるまでは。
麻衣は続けて話しかけてくる。
「そういえば、最後にボスの名前を教えてあげましょう。」
ボスの名前?そんな事はどうでもいい。この状況をなんとかしなければ―――
「あなたも知っている方よ。今日、私達に話していたわよねぇ。」
ドクン。鼓動が速くなる。
「あなたの幼馴染の―――」
やめてくれ
「名前は―――。」
思い出したくない。その名前は―――
「――雲月 清流。」
その名前を聞いた瞬間、中川は昔の感覚を完全に思い出していた。
そして頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。目の前の敵を殺すこと以外は。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
中川は叫んだ。ただひたすら叫び続けた。
麻衣がこちらに銃口を向けたのがわかる。そして、二度銃声が響き渡る。
俺はその銃弾をかわしながらシュトルムの銃口を麻衣に向けた。
わかる。麻衣が次にする行動、次に発する言葉、相手の行動を先読みできる。
そして、麻衣を撃った。
ボスッ。嫌な音がした。麻衣の右肩に銃弾が当たった。
俺は床に落ちたSG-5を蹴飛ばし、次は麻衣の足を撃った。
「ううぅあああっ!!!」
麻衣がうなり声をあげた。そして俺は麻衣に近づき、頭に銃口を押し当てた。
引き金を引くことへのためらいはなかった・・・。
―――俺が正気に戻って、どれくらいの時間がたったのだろう。
時計の針が四時五十分を告げた。
気が付いたときには、自らの手を血で染めていた。
麻衣の顔は原型をとどめていない。
「ちがう・・・俺は・・・」
後ずさりする俺の腰に何かが当たった。
それは黒く鈍い光沢を放っている――――『シュトルム』だ。
その銃を見たとき、またあの日のことが鮮明に蘇った。
あの日、清流は俺の家に来ていた。
妹を呼んでほしいといわれた。
そして、妹がドアを開けようとした瞬間、清流の袖から手に、小型の銃が滑り込むのが見えた。
そして俺清流を――――。
俺に近づいたのは、妹を殺すためだった。
妹の死は、組織にとってそれほどの価値がある。
そうだ、俺がここで立ち止まっていては、妹が危ないじゃないか。
俺には進むしかないんだ。妹を守るため、そして、あの女との決着をつけるため、たとえそれで俺の精神が壊れようとも、俺は進むしかない。
たとえそれが、絶望への扉だとしても――――
俺は強くシュトルムを握りなおした。