Neetel Inside 文芸新都
表紙

夕暮れ(Sunset stories)
”光について”(のど飴)

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喉が何だか痛むのでのど飴をなめた。
しかしのど飴は悲しいまでにのど飴であった。喉を治す事もせず、ただ甘いだけ。


ただただ、甘く。
あくまでも、甘いお菓子である事、それだけがお前の仕事だと言うのだね。
のど飴、お前は心に空いた虚無の哀しみ。
しかし乾ききった喉の奥に、いくらか清涼感が加わった事も事実だった。そこで、
のど飴の実績を見直してみようじゃあないか?
なあこのままじゃあんまり不憫だ。



人々は喉の不調をのど飴に頼っては、大して効かないとのど飴を糾弾して止まない。
しかしそれってデモクラシー違反のばらまき活動じゃあなかったか?
今ここにのど飴の地位を取り戻すべく立ち上がろう!


私は隣で寝ている娘の布団をめくると、やはりそこには、確かに、娘が寝ていた。
愛しい我が娘よ。何と愛くるしい寝顔で、どんな夢を見て微笑んでいるんだい。
私は娘の顔に口中ののど飴を落とした。顔面への衝撃と唾液の匂いとで娘は起きた。


娘は絶叫し、その声で妻が駆けつけた。娘の主張はこうだった。
お父さんが私を犯そうとした。胸の締め付けられる、涙ながらの可憐な抗議だった。
妻も涙ぐんだ。そして私を詰問した。
私が悪い。うかつにも下半身は俗に言うフルチンだったから。
誰がこの哀れむべき一家を責められよう?ここにあるのは、誰の手にも負えない永遠なる命題だ。
テレビを付けると、深夜のお笑い番組が流れ、ひとまず妻も娘も落ち着いたようだった。



私は家に訪れた平穏に安堵し、
娘を後ろから抱き上げ、ぎょう虫検査を行うと宣言し、娘の体という体をまさぐった。
娘は泣き出し、妻は激怒した。私も訳が分からずただ叫んだ。
その騒ぎで通報を受けた警官5名が駆けつけた。


私は危うく連行されそうになったが、
均衡のアンバランスさが問題なのだと気づき、
上半身も裸になる事で、警官は納得して話を聞いてくれた。
娘が泣き止まないので、のど飴を舐めなさいとあやしたが、
それでも泣き止む気配がないので、私はコンドームを装備して娘と寝室にこもった。


すかさず警官と激昂した妻が突入して来たので、
全ては新プロテスタントの盲目的信仰と、それの蔓延に気づかない愚かな国民性のせいだ、
と演説を打ったら、警官は納得して行き着けのそば屋の話で盛り上がりだしたが、、
妻が掃除機を振り回しながら離婚すると言い出したので、
娘をギターケースに詰め込んで車に乗り込んだ。



水平線に黄金のような閃光。海辺の夜明けだった。
当時のビートルズの解散危機と、冷戦社会の陰うつな気分を、私は思い出していた。
のど飴を一つ、口に入れた。
旧友との再会のような味。
懐かしくて涙が溢れた。
後部席の娘の股間の匂いを嗅ぐと、その香りはこがね色の畑を連想させた。
七色の妖精が踊る、幻想のライ麦畑。
ライ麦パンを作ろう!
私は娘を抱え上げたが、車外から、悪夢のような声がした。



見ると妻がこちらへ走ってくる。
どこから取得したのか、ショットガンだか猟銃だかを携えて。
その照準は、あろう事に・・・夫である私の頭部に向けられていた。
ブルータスの心情も理解できよう。妻よ、お前もか・・・私は猫の如き所作で車を発進した。
はねられた妻は、故障したクラクションみたいな断末魔と共に、海の中へ消えた。


その時の衝撃で、助手席ののど飴の袋から、のど飴がばさばさと落ちた。
それは晩秋の切なさを予感させる、偶然の閃きだった。
バックミラーに目をやると、何と、娘が股にのど飴をあてがっているではないか。
すうすうするの、と娘は言った。お父ちゃん我慢できない。抱いてえ!
この、うすのろの下卑た売女めが!お前に、お前に如きに、
お前なんぞに、神が下さるのは、裁きの雷と、怒りの嵐だけだろうよ。
私は娘を車ごと海に沈めました。
そして私の、風の拭くままに揺れるペニスのつやめきに気づいたのです。


その透明な輝きを通して、私は私の生涯を見ました。
そして取り返しの付かない自らの行跡を思い知ったのです。
海には、数個ののど飴が朝焼けの光を受けてゆらゆらときらめいていました。



・・・・・・・・・・・・



調書に二度目を通すと、江住天智は深いため息をついた。
複雑な社会になって、犯罪心理も多種多様に展開している。
部下の男に催促されて、江住は取調室へ入った。

「刑事さん。私は何という罪を犯したのでしょう?」
江角は黙って男の瞳を見つめる。
「しかし不思議と後ろめたさは無いのです」
江角は男の行為に、何か純粋無垢なイデオロギーを感じていた。
今、本人を前にして疑いは確信に変わった。言うべきだと、江角は思った。


「この人は・・・犯人ではない!」
男はその言葉で、机に突っ伏し、嗚咽を漏らした。
「分かってくれたんですね・・・」
取調室に、ウグイスの鳴き声が届いた。春の訪れであった。

       

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