それは二年前の2032年3月31日。俺がちょうど成人式を終えてから迎えた誕生日、ちょうど二十一歳になった時だった。
俺はガキの頃からの長年の夢だった『せいぎのみかた』――いや、『ポリ公』と言った方がちょっとはマシな言い方だろうな。とにかく、俺はその職業を辞めた。
その時は、後悔はしてはいなかった。いや、後悔もする心の余裕さえ無かったというのが本当の所だ。
二年前、アマちゃんだった俺は正義の味方の世界の現実に嫌気がさしてしまうどころか、長年抱いてきた『夢』の崩壊に絶望を抱いていたんだ。
今思えばどうでもいい事なんだろうが、少なくとも正義感なんていうクソくだらない物に燃えていたあの頃の俺は『正義』がこんなにも虚飾に彩られた言葉だったとは思いも寄らなかったんだろうな。
お前らもニュースでちらりと見た事あるだろ？ 警察官の自殺とかさ。
若くして巡査部長に昇進して白バイ隊員になるなんていう出世街道を辿った奴が、何で交番のトイレで拳銃自殺すると思う？
定年間近で円満退職迎えりゃ楽しい第二の人生が待ってるようなベテラン警部補が、何で署内の更衣室で遺書も残さずに首吊り自殺すると思う？
理由は簡単。
殴る蹴るが当たり前の『教育・訓練』と名を履き違えられた『虐め』を行い、階級が上がった者に対して周囲の妬みによる拳銃隠しで出世街道から落とし、ベテランの人間でさえ数多の嫌がらせを年下の上司から受ける。そんな身内からの嫌がらせが家族にまで飛び火するような業界だからさ。
お前ら、R-18指定の動画は見るか？ 婦警物とかにスケベ心を燃やしてる奴も居んだろ？ あんな動画に出てくるほど婦警はマシな女なんざ居ねぇよ。あそこに居る奴らは大体は一見男と変わらない奴か、見た目は良くても中身は最悪な奴が普通に居るんだよ。
長くあの業界で生き残っていけるような女は、大体が新人が女子寮に来た時は熱烈な歓迎をしてやる傾向にあるんだ。決して良い意味じゃない。その場から消えたくなるほど壮絶な嫌がらせだよ。それで辞めていく新米婦警が後を絶たないって話だ。
要は『実力主義』って言葉で綺麗に着飾っちゃいるが、要はそこにあんのは身内同士の醜い争いって訳さ。それで奴らの言う「誇りと使命を持った活動」「国家と国民を守る組織」が保たれているって寸法さ。
サイバーウェアはあんたも知ってるだろ。初耳？ 何だ、お前らここは初めてか？
人体へ機械や人工臓器を埋め込むあれだよ。少しくらい話には聞いた事はあるだろ。
最近じゃ一般にも出回って、ここいらのストリートじゃ人体改造された『ならず者』がはびこり始めて悪さばかりしてるだろ？ 実は警察にも、サイバーウェアを装着した警察官がいるんだ。
警視庁サイバーウェア対策機動隊。
あそこの隊員は、言ってしまえば警察のエリート達が集まってる。だが、エリートになるために捨てなきゃならない物も沢山あるんだ。
人体改造には、誰だって抵抗があると思う。何せ、生身の身体に機械部品を取り入れるんだからな。
そのサイバーウェア対策機動隊の隊員なんかは酷いもんさ。本人に抵抗感があったとしても、あの組織は上官命令であればそれを呑まなきゃいけない風習にあるからな。
難色を示したような場合は酷い事になる。殴る蹴るの直接的な手段に始まり、こっぴどい嫌がらせや降格をほのめかすような間接的な手段を用いて、断れないような空気を作るからな。
それで健康な生身の身体を捨てる事になる。バリバリに人体改造をしまくった奴は、性格も人間らしさに欠けるような奴になっていくのさ。
そうさ、特にあの部隊の連中は人間なんかじゃない。人間としての思いやりを無くした機械。だから、ここいらのストリートで悪さしている奴らとそうは変わらねぇ。
『正義』の名を背負った奴らが、表では自ら『正義』を名乗りながら裏では醜悪な顔を晒している。
だが、実際にはそれで良い。あいつらの言葉を借りれば、この世は『実力主義』なのさ。 どんな方法を使おうと勝てば官軍、そして正義……。人間性なんてものは関係ない。結果だけが物を言うんだ。
逆に言えば、下手に正義面して下手打つ奴はただの負け犬……野垂れ死ぬだけの運命さ。
弱い奴が守られない、だけどそれが正義。
矛盾してるだろ？ だけど、それがこの世の真実なんだって今の俺は思う訳だ。そんな正直者が馬鹿を見るっていうこの世の真理に俺は気付いてしまったから、今の俺が居るって訳さ。
どうだい、良い話だったろ。話が長かったのは謝ってやるよ。だけどこのストリートで生活してるんだったら、お前らも聞いて損は無かったはずだ。
「ところで、あんた誰だ」ってか？ おっと、自己紹介がまだだったな。なぁに、別に大したモンじゃねぇ。俺はただの通りすがりの――
「ならず者（アンチヒーロー）だよ」
