私は私を「2回」射殺する。
1回目は小学6年生の、未だ何物も知らずsoccerだけに虜であった私であり、2回目は大学3回生の、未だ何物も知らずsexだけに虜であった私である。
2人の私の胸から緩やかに流れ出る紅は、既に私が飲み干せないほどである。指先でそっと触れたところ、痺れるような熱さを感じる。人差し指に付いたそれを親指の指先とで捏ねくり回してみると、私の皮膚の色と混ざりあって赤みがかった茶色になった。私は指先で弄び乾燥した茶色をsentimentと名付けた。sentimentからは蜜のような甘い薫りが立ち上っている。その薫りを嗅ぐと私は小学生の頃の私を思い出す。
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小学生の私はある日、世界にはもう一人の私がいることに気が付いた。
もう一人の私は私に何かしらの危害を加えるわけでもなく、むしろきわめて友好的であった。元来友人の多くなかった私は、その奇妙な新しい友人の突然の到来に喜びを感じ、彼との交流に時間を割くようになった。
もう一人の私はsoccerが非常に得意だった。これは私にとって嬉しいことであった。夏休みの間、彼とは毎日のようにsoccerをした。私はsoccerにはかなりの自信があったが、彼にはどうしても敵わなかった。だが私は不思議と悔しさを感じなかった。彼とsoccerをしている間は時間が凍結しているようで、それに伴って感情の流れも緩慢になっていくのだった。
そんな中で、ふと思ったことがある。
もしかしたら、彼がやっていることはsoccerではないのかもしれない。
ただ確実なことは、私と彼はsoccer以外に共通の言葉を持たなかったということだ。そして彼のやっていることがsoccerなのかsoccerでないのかについてはもはや関心の外だった。
季節が秋になろうとしていたのは、彼が唐突に私の前から姿を消した頃だった。
私は憤った。
確かに私と彼が過ごした時間は僅かだったかもしれない。だが、何の便りもなく私の前を去っていくことに幾許かの怒りを感じなかったと言えば嘘になる。学校が終わるとすぐにいつもの場所へ行った。ひとしきり一人でボールと戯れたあとで辺りを見回すと、私はボールを置き去りにして立ち去った。
路傍に倒れていたもう一人の私を見つけたのはそのすぐ後だった。
もう一人の私は仰向けになっていて、胸を中心に紅が広がっていた。流れ出た多くの紅は乾燥して、赤みがかった茶色になっていた。茶色からは甘い薫りが立ち上っていた。
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思い出した…
sentimentを初めて見たのは、その時だったのだ…
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もう一人の私と再会したのは、大学生の私だった。もう一人の私は私と同じように成長していたが、相も変わらずsoccerが好きだった。
君は変わらないんだな、と私は思った。
彼は何も言わず微笑みを返すのみであった。
私の住むアパートの隣の空き地でsoccerをしている彼をしばしば見かける。一人でボールと戯れている時もあったが、それよりも子供たちとsoccerをしている姿の方が印象に残った。
大学生になった私はsexを得た。
以前にあの場所に置き去ったsoccerのボールは、その後の台風によってはるばるベルリンまで飛ばされ、使い物に成らなくなるまで市内の子供たちの遊び道具にでもなっているだろう。
sexの最中にsoccerをしている音がしばしば聞こえる。彼が何故また私の前に現れたのかは分からなかった。だが私はもう彼とsoccerをすることはなかった。
空き地は段々と賑やかになっていった。
ある冬の宵、私が大学から帰って来た時、もう一人の私は一人でsoccerのボールで遊んでいた。私に気が付くと、遊びを止めて微笑みを投げかけた。
…君は、変わらないんだな。と私は言った。
「いや…変わっていないのは、君の方さ…」
微笑みの中で彼はそう言い返した。
彼の服はsentimentで茶色く染め上がっていた。
…
…
私は2人から流れだして固まったsentimentを見つめている。
ふと『頑固な汚れ』という使い古されたタームが頭を過ぎった。
それならば、目の前に広まる茶色は、間違いなく『頑固な汚れ』だろう。
では『素直な汚れ』はどこにあるのだろうか。
『素直な汚れ』。そんなものは恐らく何処にも存在などしない。
もしも存在するとしたら、恐らくそれは深い眠りについている樹木の夢の中くらいではないか。しかしどれほどの樹木を2つに割っても『素直な汚れ』は決して出てこない。それならば、永遠に樹木を割り続けることは徒労でしかないのだろうか。
-gone…gone…
どこかから鐘を突いたような音が唸るように鳴り響く。
そして過ぎ去った音は鈍い光を放つだけのくすんだ鉛と成り変わり、空気を隅から埋めていった。