Neetel Inside ニートノベル
表紙

何某の日常
退屈の理由(後)

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 その次の日。
 この日はロングホームルームがあった。
「さーて、今日のロングホームルームたけど、来週の球技大会で優勝するためのチーム分けを……するぞぉー!!」
 学級委員の中嶋に合わせて、クラス中が「おーっ!」と沸き立った。
 鳴海先生が黒板に競技名を書き付けた。
 サッカー、男女バスケットボール、男女バレーボール、卓球、ソフトテニス、そして野球。
 黒板に全ての競技名が書かれた時、鳴海先生はこちらに振り替えって言った。
「各自自信のあるところに自分の名前を書くよーに」
「おい、沢辺はどうすんだ」
「俺か……そうだな」
 俺は中学生の時、卓球部に所属していた。
 それを考えると、卓球が妥当だろう、と考えた。
「やっぱり、たっ」
「野球だよな」
「な!?」
 俺は驚いて、思わず浅田の顔を凝視した。
 浅田はもう一度言った。
「野球だよ、野球」
「何で……」
 言いかけて、あるものが引っ掛かった。
 まさか……。
「何だと思ってんだよ。俺、この為にバッティングセンターに通ってたんだぞ」
「……」
 当然のように言う浅田を見ながら、俺は呆れていた。
「私も野球にする」
 後ろから西野の声がした。
「おお、西野嬢がいてくれたら、百人力だな」
「誰が西野嬢よ」
 そんなやり取りをしていると、渡辺がゆっくりとやって来た。
「ぼ、僕も……やろう……かな」
 そう言う渡辺の視界に、西野が映る。
「あ……う」
「ハッキリしなさいよ」
「う、ん」
 西野が苛立ちを露にした。
「うん、じゃなくて、やるの、やらないの!?」
「……」
 西野の肩が震え始めた。
「……」
 西野が拳を握りしめた。
「ひっ」
 渡辺が短い悲鳴を上げるや否や、西野の中で、何かが切れた。
 と思った瞬間、鉄拳が渡辺を直撃。
 渡辺の小さな体が10センチほど浮き、近くの机を巻き添えに、ぶっ飛んだ。
 そのまま、床に倒れて、渡辺は動かなくなった。
 ふぅ、と一息吐いた西野は、中嶋の方に歩いていった。
「優、渡辺も野球に入れといて」
「りょーかいっ。あたしもやるっ」
 中嶋が言った。

「よっしゃ、絶対優勝するぞ!!」
 特訓が始まった。

 学校の裏の車のない駐車場が、特訓の舞台だった。
「浅田ー、行くよーっ」
「よっしゃ来いぃ!!」
 浅田は身構える。
「おりゃーっ、レーザービームっ!!」
 中嶋はそう言って振りかぶるが、次の瞬間、本当に豪速球が飛んで来た。
「……!?」
 モロに顔面に命中。
 そして、浅田の顔に当たったボールは高く宙を舞い、渡辺の頭上に。
「渡辺、フライ来たよ!!」
「あ……わわ……」
 慌てて渡辺はグローブを構えるが、ボールの軌道はグローブを外し、そのまま地面に。
 そして、弾んだボールは見事に渡辺の下顎を突き上げた。
 渡辺、ダウン。
「……何なんだ、今の」
 低く弾んだ球をとった俺は、中嶋の「送球!!」の声に反応し、急いで中嶋に向かってボールを投げた。
 が、ボールが手に引っ掛かり、大きく逸れたボールは西野の方に。
「……あ」
 俺は小さく声を漏らした。
 ……パンッ
 時が止まった感覚がした。
 ボールは、西野のグローブの中にあった。
「……」
 あ、危なかった……と胸を撫で下ろしていると、いきなり西野が振りかぶり、
「このノーコンがぁ――っ!!」
と俺目掛けて物凄い勢いで球を投げてきた。
 ……が。
 その時、間の悪いことに、俺と西野の直線上で倒れていた渡辺が起き上がったのだ。
「……ひぐぉっ!!」
 渡辺の顔面に直撃した。
 ドサリ、と重たい音がした。
「……あらー、保健室行かないと」と中嶋。
「大丈夫か!?」
 俺は渡辺に駆け寄り、助け起こそうとしたが、顔に触れた瞬間、両方の鼻から鼻血が出ているのに気付き、手を止めた。
「……な、何よ」
「あの時、ボール投げたの西野だよな」
 俺の発言に、西野はむっとなった。
「だからって……私はただ、沢辺に返しただけよ? ノーコンの沢辺が悪いんじゃない」
「でも、あんなに強く」
 次の瞬間、俺は宙に浮いた。
 足が地面に付かない。
 ……怖い。
 俺は、西野に胸ぐらを掴まれていた。
「ごちゃごちゃ言わないで、さっさと行け」
「……ハイ」
 俺は、西野の圧倒的な迫力に押されて、拒否することができなかった。

     

「ごめん、沢辺君」
 保健室で、鼻血がほぼ完全に止まった渡辺が言った。
「いや、気にするなよ」
 渡辺はため息をついた。
「僕、大丈夫かなぁ……迷惑掛けたりしないかな」
 言葉の後に、また深いため息が続いた。
「大丈夫だって。自信がないなら、喜多に教えてもらえばいいんじゃないか」
「……うん。そうなんだけどね」
 渡辺の声が少し小さくなった。
「なにか都合が悪いことでもあるのか?」
 俺がそう聞いてみても、返事はない。
 何か都合が悪いのは確かだ。


「そりゃ、西野に教えてもらえばいいんだよ」
 帰り道再び会った喜多が言う。
 確かに、西野はソフトボール部だけど、いくらなんでも……。
「だってさ、あいつら、生まれた時から同じマンションにいたからさ」
 ……おいおい、マジかよ。
「それに、西野はさ、ソフトボール部の主力だから、レギュラーでもなかった俺より、いくらかマシだろ」
 そう言われて、浅田なら猛烈に反論するだろうけど、俺には返す言葉が見つからなかった。
 代わりの言葉を探していると、喜多が言った。
「まあ、西野から教わりにくいのはわかるけど……正直、怖いよな」
「だったら……!」
 思わず声を荒げた。
「気持ちは分かるけど、俺には無理なんだよ」
「え?」
「まぁ、アレだ。深い理由ってヤツ? ……あんまり、話したくないけど」
「話してくれ」
 俺は黙って喜多の目を見つめた。
 それに観念したのか、喜多は1つため息をついてから、話し出した。
「野球は、野球好きの親父に習ったんだ。別に、中学までどうってことなくて、むしろ地区で一番だったんだ……あ、俺、ここには住んでないからね」
「知ってるよ。渡辺もでしょ」
「そうそう。でもさ、やっぱり猿山の大将みたいな、井の中の蛙とも言うのかな、俺より強いヤツは山ほどいる訳じゃん」
「……」
 その時、俺が通っていた中学で、最強を誇っていた外野手を思い出した。
 全国準優勝になって学校を騒がせた、主砲4番打者で、打率6割7分の怪物と評された。
 同じ高校に行っているらしいが、面識がないから分からない。
 そんな事を考えているうちに、話は進んだ。
「悔しくて、本当に悔しくて、今までより一生懸命練習したんだ。高校に入ると、俺が負けた相手がいてさ、そいつを勝手にライバル視して、ホント、勝手に燃えてただけなんだけどね」
 その時、喜多が自分の制服の袖をまくった。
 見た瞬間、背筋がざわついた。
「そしたら……ほら、俺の腕、見ての通り……ポンコツになっちゃったんだ。よくあるでしょ? 頑張りすぎてスポーツ出来なくなっちゃうって話」
 針の後があった。
 俺の中で、話の展開がうっすらと見え隠れし始めた。
 もしかして……。
「奇跡的に……って言ってもそんな大した怪我じゃなかったんだけど、ちゃんとリハビリすれば復帰出来るって話になったんだ。高校一年の今頃から、今年の春やっと復帰できて……でもさ、その時にはもう、取り返しがつかない位に周りと差が出来ちゃってさ。一年と一緒に基礎練習してると、俺、何やってるんだろ……って思うようになって……結局、辞めちゃったけどね」
 ……深すぎる。
 俺はどうしようもなく、何も言うことが出来なかった。
「頑張って、頑張って、それなのに報われないって、悲しすぎるよね……大野さんに『ざまぁみろ』って言われたけど、確かにそうだなって思えてきてさ。勝手に燃えすぎて、自滅して、まだ頑張れるのに、そこで諦めてたら、どうしようもないよな」
 喜多は明らかに空元気を振り絞っていた。
「……俺、泣きそうだぜ」
 そう言っているが、喜多はすでに泣いていた。
「……」
 こういう時、なんて言ってあげればいい?
 どう言えば慰めてあげられる?
 俺の頭には何も浮かんで来なかった。
「じゃあね」
「うん、また」
 結局、何も言えずに別れた。
 悔しくて、電柱を蹴飛ばした。
 爪先を強打した。
 痛かった。
(……ざまぁみろ)
 そして、大野さんの声を頭の中で聞いた。

     

「なーる程」
 放課後の校庭で、浅田は硬式ボールを俺に向かって投げた。
「そう言うことか」
「結構深いだろ」
「うーん……」
「西野は知ってたのか?」
 俺は西野に向かってボールを投げた。
 かなり逸れた。
 西野は何とかボールを捕ると、俺の睨んだ後、返してきた。
「知る訳ないでしょ、そんな事」
 速く鋭い軌道を描いたボールは、俺のグローブに大きな音を立てて収まった。
「渡辺は?」
 俺は渡辺に向かってボールを放った。
「ぼっ、く……もぉぉぶっ」
 再び逸れたボールを追いかけた渡辺だが、ボールはグローブに収まることなく、顔面に命中した。
 中嶋と浅田は笑い転げた。
「……バカ」
 西野は呆れて溜め息をついた。
 ボールを見失った渡辺は、近くの茂みにボールを探しに行った。
「それで、別にスランプと言う訳じゃなくって、レギュラーになる夢が破れちゃったって事?」
「多分、そう」
「うーん」
「……喜多は、球技大会野球やるって、言ってた?」
「……分からない」
「やるだろ、絶対」
 浅田は自信たっぷりに言った。
「そんな事で野球好きは直らねぇ……そこで俺達が勝ち続けて、その野球好きにもう一回、火を付けてやる」
 皆が頷いた。
 渡辺がこちらに走って来た。
「浅、田くん……!」
 渡辺が振りかぶる。
「お、よっしゃ来い!!」
 浅田は身構える。
 が、ボールが渡辺の手に引っ掛かり、ほぼ一直線に地面へと投げられた。
 そして、地面に叩き付けられたボールは勢い良く跳ね上がり、再び顔面に命中した。
 中嶋と浅田が再び爆笑した。
「…………」
 苛立ちを見せる西野。
「こ、今度っこそ」
「来い!」
 振りかぶる渡辺。
「それっ!」
 今度はしっかりと投げてきた。
 しかし、ボールは予定していたコースを大きく外れ、西野の顔面へと勢い良く向かっていった。
 その場にいたほぼ全員が、驚きで凍り付いた。
「あっ……」
「え」
「ウソっ」
「マジ?」
 しかし、西野はそのボールを難なく捕えると、光の早さでレーザービームを渡辺に放った。
「ぃっ…………」
 瞬殺だった。
「お、おぉ……」
 中嶋が声を漏らす。
「わ……渡辺ぇ――――っ!?」
 浅田がヒステリックな声を上げた。


 当日。
 これ見よがしと太陽が輝いて、身体がチリチリと焼けるようだ。
「うぉーし、体調万全、かかって来いぃ」
 中嶋が底無しの元気を見せるなか、俺は逆に絶不調だった。
 原因は、よくわかっている。
 昨日、映画を見て号泣し、そのまま寝れずに朝を迎えてしまったのだ。
 何とか目の充血は止まったけど、体力は目に見えて優れなかった。
「沢辺くん」
 渡辺だ。
「ホントに、大丈夫かなあ」
「俺の事?」
「ううん、喜多くんの事」
「……大丈夫だろ」
 自分の事だと思った自分を悔やんだ。
「アイツに、ネバーギブアップの精神を教えてやるんだ」
 浅田が会話に割り込んだ。
「そうすりゃ、アイツは勝手に野球やり始めるさ」
「でも、どうやって」
「アイツに、負けそうで勝つ試合をするのさ」
 計画済みかよ。
「そのためには、専用のシフトがいるだろ?」
 浅田は何人か野球部員を連れていた。
「話は分かったか?」
 浅田が振り向いた。
「おう、バッチリな」
「アイツは中学時代、地区予選で知り合ったんだ。喜多はきっと、エースになれる」
「さて、その為には決勝まで勝たなきゃいけない。だから、そこの作戦は西野嬢、頼んだ」
「良いけど、なんで西野嬢なのよ」
「むしろ、姉御なんじゃ……」
 野球部員の一人は鉄拳で机に沈んだ。
「よーし、勝つぞ!! 負けた奴はミンティオな!!」
「おーっ」
 ミンティオ!?
 まさか、アイツ……!!
 しかし、そんな事などおかまいなしで、おーっ、という叫びが、教室で次々に連鎖反応を起こし、教室は気合の叫びで充満した。
 その叫び声に元気を貰った俺は、ふと、鞄の中を見た。
 どういう訳か、元気ドリンクが入っていた。
 誰が入れたのかは分からないが、これで大丈夫だ。


 1回戦。
 それはもう、強かった。
 ――相手の話である。
 相手はなんと、全員野球部。
 特に、渡辺が下手だと分かったとき、全員の打球が渡辺に向かっていく。
「……ひでぇ」
 浅田が呟く。
 恐れるべき野球部と西野は、全員敬遠。
 だが、お釣りが付くほど相手は得点し、9対28。
 コールドゲームにならないため、最悪の試合だった。
「ううっ、ごめん……僕のせいで……うっく」
 渡辺が泣きじゃくっている。
「いや、渡辺は悪くない。悪いのはあの7組だからな」
 浅田は渡辺を慰めると、俺に小さな声で言った。
「…………どーすんだよ、ミンティオ、結局食べろってのか?」
 どうやら、そのようだ。
「あ、浅田くん」
 喜多率いる、4組が現れた。
「すごい……負けっぷりだったね……大丈夫?」
「喜多!!」
 浅田含め、そこにいた3組の面々が、喜多に詰め寄った。
「へ?」
「勝てよ!! 絶対に優勝して、敵を取ってくれよ!!」
「……え、うん。頑張るよ、俺」「絶対だからね!! 頼むよ!!」
 とこれは中嶋。
「あの腐れ外道が優勝するのを止められるのは、あなた達しかいないのよ!!」
 ……西野だ。
 みんな、プレッシャー掛けすぎだろ。
 それにも構わず、浅田は、こんなことを言う。
「負けたらミンティオな!」
 …………。
「……なんなの、それ」
 ツインテールの女の子が、不思議そうに言った。
 その女の子は雰囲気が西野にそっくりで、怒らせたらいけない気がした。
 その雰囲気を、浅田も感じたようで、急に言葉遣いが大人しくなった。
「……とにかく、負けたらミンティオ食べるってこと」
「絶対、裏がありそうなんだけど」
「……」
 その女の子の側に図書室の園山がいた。
「……とにかく、勝てよ」浅田はギクリとしたが、怯まずに言った。
「どんな手段でもいいから!」
「いや、それはちょっと」
 俺は言いかけて、西野の拳骨を食らった。
 傷みの中で顔を上げると、そこには黒い顔をした西野がいた。
「勝てばいいのよ、勝てば」
「…………」
 コイツも腐れ外道だ……。
 結局、言いたい放題言っただけの3組だが、喜多にとってはそれなりの役割を果たしたようだ。
「おっしゃー! いけーっ」
 次々に勝利を納め、予選リーグを突破した。
「……複雑だなー」
 ミンティオの事もあり、勝ってがっかりする一方で、やっぱり敵は取って欲しい思いもあり、浅田はジレンマに陥った。
「……自分で蒔いた種は自分で何とかしような」
 俺が言うと、浅田はむくれた。
「分かった分かった。中身だけ捨てようとしてゴミ箱の中が真っ白になって虚しくなったけど、それで良いんだろ」
「食べ物、粗末にすんなよ」
 何が良いのか分からないが、気持ちは容易に想像できた。
「……カレーライス一年分とか、訳分かんねーよ。カレーじゃなくてもこの様なのによう」
 浅田は独り言を呟いた。
 その時。
「そこっ!! 危ない!!」
 中嶋が叫んだ時には、既に手遅れだった。
「…………」
 浅田がファウルボールをまともに食らって伸びていた。
「ファウルボールにご注意くだ……さい、ってヤツ?」
「この場合は食べ物を粗末にした罰だと思う」
「やっぱり?」
 そう言って浅田は気を失った。


「よっし、次は7組との決勝戦だね!」
 喜多達は、強豪をものともせず、とは言え多少の苦戦を強いられたものの、決勝まで這い上がっていた。
「俺たちの敵、取ってくれよ」
「ああ、やってやる」
 そのムードに関わらず、直後に浅田が口を開いた。
「負けたら承知しねーからな。ミンティオ一年分だからな」
 またそれかよ。
「諦めなよ、浅田。あれ、君の自業自得じゃんか」
 事情を知っている喜多が笑う。
「……知るかよ。負けたらホントに一年分だからな」
「分かったよ。でも代わりに、俺が勝ったら浅田、お前が全部食えよ」
「おーう、上等じゃねーか。もし勝ったら、鼻でミンティオ食べてやってもいいぞ」
「乗った。俺も鼻から食べてやるよ」
 よく分からないが、喜多にの心に火が付いていた。
「勝てよ」
 浅田が呟くように言った。
「頑張るよ」
 喜多は親指を突き立てた。


 試合前のグラウンドの周りには、人だかりができていた。
 その一角、ホームからそれほど離れていない場所に、俺達は座っていた。
「楽しみだねーっ……浅田が鼻でミンティオ食べる所っ!」
 中嶋がにやにやしている。
「……俺かよ。よりによって」
「当たり前じゃん。だって、あそこの学級委員、西野にそっくりだったから、実は入れ換わってるんだよね」
「…………え?」
 全員が、さっきまで西野だった人の方を向いた。
「……気付かなかった?」
 嬉しいのか、驚いてるのか分からない顔をしているその人は、声以外、完全に西野だった。
「……もしかして、さっきのツインテールの?」
「うん」
「じゃ、今バッターボックスにいるのは、西野!?」
「そうだけど?」
 西野は、完全に4組の学級委員になりきっていて、下手なスイングで空振りまでしていた。
 仲間にも内緒ってことだろう。
「……マジかよぉ」
 それを聞くと、浅田の顔から、色が消えた。
「明日があるさっ」
「……中嶋、なんでそんな余計なことを……」
「面白いじゃん」
「……全然面白くねーんだけど」
 浅田は溜め息を吐いた。


 3回の裏、4組の攻撃だ。
 7組の怒濤の猛攻を受けてはいるが、どうにか凌いで0対3。
 今、西野が下手なスイングでどうにか一塁進出を果たし、次の打者が三振した後に喜多がセンターフライでアウトになった。
「あーっ、惜しいのに!」
「あと5センチ手前だったらなー」
 女子2人はそんな会話をしているのだけど、浅田はと言うと、、
「ミンティオ、ミンティオ!」
 まるで呪文だ。
 さらに渡辺は、
「うぅ、僕のせいで……」
 まだ引きずっていた。
「お前ら、少しは応援しろよ」
「なんだよ……頑張れっ……はい、これでいいだろ」
 小学生かお前は。
「……ごめん。僕のせいで……」
 そんな事は一言も言ってない。
「おわっ!」
 中嶋が声を上げる。
「……大丈夫かな」
 見てみると、喜多の後の、さらに後の打者が、悶絶していた。
「……大丈夫か!?」
 ピッチャーが駆け寄る。
 どうやら、デッドボールらしい。
 ……苦しそうだ。
「ぜー、が、がぎぐぐげげ」
 ガ行五段活用だ。
 などとどうでもいいことが頭をよぎったが、取りあえずは意識を失ったそいつを担架で保健室まで運んでいった。
「……重症だね」
 保健室で、4組の学級委員に中嶋は言った。
「代わりの人呼ばないと!?」
「いるのかな、代わりなんて……」
「どー言うこと!?」
「うちのクラス、不登校の人がいるせいで、人数が少ないんだ」
「……ほーぅ。……よーし、じゃあ沢辺、あなたその不登校ね」
「え」
 俺はビックリして、中嶋を見た。
 学級委員も驚いていた。
「え……今、何と?」
「沢辺がその不登校の子になりきるってこと!」
「色々マズイだろ、それは」
「じゃ、この気を失ってる人にしよう!」
「あ、いいかも!」
 4組の学級委員まで……。
「いや、そういう問題じゃなくて、単に代わりで行くなら、別に浅田とかでもいいんじゃないのか?」
「だってさ、沢辺、なんかそれっぽいし、て言うか、顔とかそっくりじゃん」
「ホントだ!」
 …………。
 何も言えなかった。
 この学校は本当はクローン高校とかそういう名前じゃなかろうか。
「さーさ、そうと決まったら、早速、着替えようかっ!」
「え、ちょっ、え?」
「試合終わっちゃう前に――ごめんなさい!」
「……お前ら何を……って待て、その人気絶してるからって……つーか何で保健室の先生まで!?」
 ……誰か知らないけど、ゴメンナサイ。
 かくして、偽者2号はグラウンドへと赴いた。

     

 偽物となった俺は、西野がいるバッターボックスの近くへとやって来た。この替え玉作戦が上手くいくとは、正直全く思ってないので、さっさと正体を明かそうと考えていた……のだが。
 丸刈りの、明らかに体育系でキャプテンっぽいおっさんみたいな男子が、俺の所に駆けてきた。それと同時に、4組野球チームの面々(内1名西野)も集まってくる。
「斎藤、大丈夫だったか?」
「あ、ああ。じゃなくって、俺……」
「大丈夫じゃないのは、俺も男だから分かる。股間に当たったのは確かに痛いが、堪えてこそ漢だ。世界一の漢になりたければ、痛みは避けては通れんぞ」
 なにこの人、気持ち悪い。ゲイ? ゲイなの?
「やめろよ浜田、そんなこと言ったって、伊藤しか頷かないだろ?」
 喜多が笑いながら浜田を小突いた。と言うか、こんなのがもう1人、伊藤というのがいるらしい。そんな事を考えていると、後ろでゴツい図体の典型的な「いい男」が、大きな声を出した。
「良いではないか、喜多。漢たるもの、情熱を持った親友を持とうと努力する者。誰であろうと志を共にする者は、俺の親友だ!」
「そう、俺達、浜田と伊藤は一心同体以心伝心、骨の髄まで分かり合っているぞ」
「そんな俺達の仲間が」
「今日も俺達を待っている!」
「そして、漢友達」
「100人出来たらいいな!!」
 やかましい。むさ苦しい。2人はプリ〇ュアどころの騒ぎではない。
 だが、こいつら、どう見ても運動が出来る様にしか見えないのだが、彼がバッターボックスに立った瞬間、ヒットの出ない理由が分かった。
 5回裏の攻撃。
 最初に、ピッチャーが投げたとき、それは起こった。伊藤は、投げられた速球に、バットを豪快に振るかと思いきや、ちょこんと動かすだけ。そして、ちょこんと当たったボールは、ゆるい放物線を描いて、吸い込まれるようにピッチャーのグローブへ。
 ――アウト。
「……って何なんだアイツはァァっ!」
 思わず叫んでしまった。
「……慣れろ斎藤。それしか方法はない」
 喜多は何か仕方ないという風に、俺の肩を叩いた。
 …………というか、あれ?
 誰も俺を俺と認識していないのか?
 なんだか虚しいような、悲しいような、そんな感覚にかられた。
「でも、やっぱり反則じゃない? 体と心で反比例してるのよ?」
 一瞬、学級委員かと思ったが、直ぐに西野だと分かった。
 ……西野嬢、声真似半端ねぇ。
「まあね、伊藤はそうだけど、浜田は大丈夫。野球部員は裏切らないよ」
 言葉の通り、6回の裏では、相手が敬遠しているのが目に入った。
 フォアボール。
 一塁進んだ所で喜多も敬遠、そして後続のバッターがヒットで出塁した後、満塁で俺の番が回ってきた。ひどい重圧に耐え兼ねて、目眩すらする。バットを握った時、誰かの声がした。
「さあ、打ってこい斎藤。お前も、ちょっとは根性あるところ見せてみろよ。いつもヘタレてるお前でも、やれば出来る」
 ……中身も俺と一緒なのかよ。

 バッターボックスに立つと、相手ピッチャーのプレッシャーが容赦なく俺を包み込んだ。なんと言うか、目力が半端ねぇ。
 だが、1回対峙したことのある相手、少しは分があるように思えたが……
「ストライィィクッ!!」
 ――――強ぇ。
 緩急のあるカーブに、さらに120キロはあるだろうストレート。極め付きは外角の端から一気に内角の際どいところまで食い込むようにやって来るスライダー。一度やった位じゃ、とても対応しきれない。
 空振りの連発で、簡単にツーストライクをとられてしまった。相手はニヤニヤしていて、顔から既に楽勝ムードを醸し出していた。その顔がまたウザい。典型的な悪役顔だった。
 しかし、もう後がない……どうする?
1:まぐれを狙ってフルスイング。
2:次はボールに違いない。見送る。
3:天から声が聞こえてくる。全てを悟る。

 …………。
 なんで3を考えたのか分からないけど、とりあえずは2択。振るか、見送るか。……当然だが、振らなきゃ当たらない。俺は今まで、こんな風に積極的な選択をしたことはない。だが今こそ、その時だ。
 俺は……やる!!

 ――見送れぇぇ……見送れぇぇ……

 ……なんだこれ。頭から変な音が聞こえてくる。これは、天の声なのか……?

 見送れぇぇ……見送れぇぇ……

 何か幽霊の声に聞こえないでもないが、これはきっと天からの声だ。多分。
 ……見送ってみるか。


「ストライィィク!!」

 …………。
 あの声は、きっと俺の中のヘタレた部分の声だったに違いない。そうだ、きっとそうだ。
 ベンチに帰ると、慰めの声が上がった。
「ドンマイ、まだ次があるさ」
 次なんてあるのだろうか。
「……ちょっと」
 西野だ。もうほとんど役者気質だ。学級委員になりきっている。西野は少し躊躇った後、思い切りよく話し掛けた。
「あのさ……沢辺だよね?」
 ……バレたか。
 いや、今までバレなかったのが不思議な位だ。少し嬉しかったが、その感情を押し殺して静かに頷くと、西野はハァー、と溜め息を吐いた。
「あなた達って人は……」
 立場上、頭を抱えるに抱えられない西野は、またグラウンドの方に視線を戻した。バッターボックスには、1人の男子が空振りしていて、相手側の守備陣は、それを見世物でも見ているように眺めていた。
「……まずは、あいつらの鼻をへし折らなきゃ」
 誰にともなく、西野は呟いた。 7回の裏。既にかなり手酷くやられていて、6-0まで差は広がっていた。それでもかなり頑張った方で、大量失点という大量失点はしていない。
 喜多がヒットで出塁し、続くバッターがライトゴロでワンアウト2塁。再び俺の打順が回ってきた。打たないことには始まらない。
 相手の投げてくるコースを読まなくては。相手は球種こそレパートリー豊富だが、コントロールがやや不安定だということは分かった。というのも西野の助言によるものなのだが。
「コントロールがあまりないと言うことは、あまり際どい所には入らない。だったら、ボールかストライクか、それがある程度はっきりしている、はず。そこに漬け込むには、とにかくどんなボールが来るのか観察しなきゃね」
 やや遠くへ連れていかれ、長々とアドバイスを貰った通りに、ボールを見ることにした。
 言われてみればそんなに際どい所ばかり、という訳ではない。際どい所を狙ったはいいが外れている、と言った感じだろうか。
 全く振らないと、ボールが量産されて勝手にフルカウントまで行き、相手が焦ったのかど真ん中に投げてくれた。
 カキンと一発。
 ボールは前進守備のライトを越えて、二塁打が出た。同時に、喜多がホームインし、今試合初めての得点となった。
 うぉしゃぁぁぁっ!!
 見方の歓声が上がった。たかが1点だが、4組のテンションを上げるには十分だ。
 相手ピッチャーの影には、なんと言うか困惑の色が立ち込めている。回りの守備陣も同様だ。
「斎藤スゲー!」
「やるじゃねーか斎藤!!」
 いいえ、沢辺でございます。
「抱いてくれ!! 俺を抱いてくれ!!」
 なんだこれ。
 ……伊藤だった。それに引っ張られるように、浜田も叫ぶ。
「俺も抱いてくれぇぇ!!」
 てめーら2人で抱かれ合ってろ。と思った瞬間、4組の面々が次々に叫びだす。
「私も抱いてぇぇぇぇ!」
「俺も!」
「僕も!」
 えぇぇぇぇ!?
 ネタだと判ってはいても、抱いてコールは俺を、いや、グラウンド中を当惑させた。
 西野嬢は躊躇っているのが見える。うん、それが当然の行為なんだけど。
「先生もぉぉぉぉ!!」
 先生は黙っててください。
 さて、こんな風にして4組は団結力をまざまざと見せつけた訳だが、その後、見事に空振り三振を喫した。と言うのも、伊藤のチョン当てならぬチョン振りが炸裂したからだ。いい加減その肉体を活用してほしい。頼むから。
 そして、このあっけない終幕の直後の7組の台詞はこうだ。
「べ、別に、抱いてくれとか言わねーからな!」
 何なんだこの学校は。

 しかし、それからと言うもの、4組のテンション、もとい士気がぐんぐん上がり、互角か、それ以上の戦いをするようになった。同時に、ピッチャーの疲れが溜まり、地味なゴロで終わっていた人も、痛烈なヒットで出塁するようになった。ただし、伊藤は除いてだが。
 その甲斐あって、12-11、4組の1点ビハインドという好成績で、9回の裏を迎えることとなった。
 4組の面々(内2名3組)は、ひょっとして、ひょっとするかも!? と、期待が膨らむばかり。しかし、伊藤がピッチャーフライでアウトになると、その期待は萎んでしまうのであった。
「…………」
 続く打者が、セカンドゴロでアウトになると、ムードはガタ落ちし、沈鬱な空気がベンチを包み込んだ。しかし、ただ1人は真剣な顔をして、バットを掴む。
「喜多くん」
 西野がバットを握りしめて、喜多に言った。
「へ?」
「まずは同点にしといてあげるから、あとの1点は宜しくね」
「え? え?」
 回りも「え?」となっている。
「……な、なんて?」
 さて、バッターボックスに立った西野からは、今までのほんわかテイストからは程遠い、ハードボイルド的なムードが漂っている。それに気付かないのか、ピッチャーは余裕の、とは言えようやく終わる、と言った感じの顔で、いつも通りのコースで攻めて来た。
 ―――― 一撃。
 豪快な音と共に、遥か彼方にボールは消えた。
 喜多を初めとした4組チームが、何が起こったのか分からないでいる。7組も唖然呆然として、事情を理解している数人を除いて、時が止まったようになった。まあ、今までの事を考えると、当然ではある。
「……え?」
 西野は余裕のホームイン。
「え、……か、金城さん?」
「ハズレ……まだ分かんない?」
 西野は髪を下ろし、普段の髪型に戻した。
「……に、西野なの?」
「ええ、学級委員から言われて、今までフリをしてたんだけど」
「……ま、まままマジかぁ……」 喜多はぽかーんとしたまま、固まってしまった。それを見かねた西野が、喜多に軽くビンタを入れる。
「さあ、お膳立てはしたからね。あと1点、入れれば勝ち。勝って、浅田が鼻でミンティオ食べるとこ、見たいでしょ?」
「スゲー見たいね」
 喜多が思い出したようにケラケラと笑った。
「ほら、早く行きなさいよ。へなちょこな球打ったら、私がミンティオ食べさせるからね」
 西野がさっきまで使っていたバットを喜多に突き出した。うわ、マジかよ、と半ば冗談のように言いながら、喜多は真剣な顔付きでバットを受け取り、バッターボックスへと歩いていった。
 相手は敬遠を考えただろう。だが、その後続はどれも出塁する可能性は高く(俺も多分可能性は高いと思う)、さらに後ろには浜田も控えている。ここでは、浜田までに討ち取ることに賭けるのが、手っ取り早いと思ったのだのだろうか。相手は素直に勝負を仕掛けてきた。
 1球目。鋭いスライダーがえぐったが、僅かに外れてボール。
 2球目。低めにスローカーブを投げた。喜多は見送ったが、ストライクだった。
 3球目は、直球がど真ん中を貫いた。喜多は振ったが、キャッチャーの頭上を遥かに越え、ファールになった。
 後がない。ピッチャーの顔には余裕の笑みが浮かんでいるが、それは疲れと苛立ちが混じりあった、歪んだ笑みだった。
 勝負を決しようと、渾身の4球目が投げられた。物凄いスライダーが、切り裂くような軌道を描いて外角やや高めに飛び込んでくる。しかし、喜多は待ち構えていたとばかりのタイミングで、その球筋を捕えた。
 鋭く飛んでいった打球は、センターとレフトの間に、きれいに落ちた。
 二塁打となった。
 ベンチでは歓声が沸き、西野も嬉しそうに笑っていた。
「……ほんと、野球馬鹿なんだから」
 続く打者は、諦めずにバットを振り、ファールを連発。フルカウントまで持ち堪え、フォアボール。
 俺の打順だ。心臓がバクバクうるさい。頭が真っ白になりそうだ。
 いやいや、俺だって男だ。こういう時にビシッと決めないでどうする。
「……さわ……斉藤」
 西野だ。完全に枷が外れて、自由に話しているような感じだ。
「?」
「とりあえず、3球目に振れば当たる。多分ね」
 マジでか。
「……自信はないけどね」
 西野の予言を胸に、俺はバッターボックスに立った。
 1球目。見送ってみる。すると、ボールはものすごい弧を描いて、大きく外に出て行ってボールになった。これはラッキーとしか言いようがない。
 2球目。今度はスローカーブだった。思わず手が出そうになったが、軌道が大きくカーブし、コレもまたボール。
 相手の顔に、明らかに焦りが浮かんでくる。背後のキャッチャーも、周りの空気で焦燥をかもし出していた。3球目。西野の言うとおり、次はきっと、必ず狙える。
 3球目が投げられた。しかし、もう既に振る準備を万端に整えていたとはいえ、剛速球のストレートが飛んできた。間に合うかどうかは分からない。当たれ……当たれ……。
 打つ瞬間、目を閉じていたので分からなかったが、手に伝う感触は嘘偽りなくそれを伝えていた。
 確かに、打った。
「走れ!!!」
 西野の声が聞こえる。
 その声に我に返ったようになった俺は、全速力で走り出した。
 頭は全く理性的に物を考えることは出来ない。それでいて、地面から足を伝う振動、そして、身体に当たる風以外に、何も感じなくなった。
 ベースが見える。あれを踏まないと……。
 まるで小学校の徒競走見たいに、必死で走る。そして、ただ一直線にベースへと飛び込んだ。
 走り抜けた瞬間、どちらかのベンチで、一際大きな歓声が起こった。
 どっちが勝ったんだろう。上を見上げると、ファーストがボールを持って直立している。やっぱり分かんないや。
 しかし、直後、俺は誰かからのボディプレスを食らうこととなった。
「信じていたぞぉぉぉぉぉ斉藤ぉぉぉぉぉ!!」
 浜田の声がする。汗臭い。
「やったんだよ!! 勝ったんだよ!!」
 誰だろう。と思ってすぐに、4組の学級委員、金城さんだと分かった。
「斉藤!! 美味しい所だけもってきやがってぇぇ!!」
 伊藤の声だ。いや、お前は美味しいとこも空振りするだろうに。
「やるじゃん!!」
 喜多も俺にのしかかる。そろそろ息苦しい。
「やってくれるじゃねーか!!」
 浅田も、
「うおーい!! カッコイーじゃーん!!」
 中嶋も、
「わあああああああああ!!」
 渡辺も、みんなのしかかってくる。
 ダメだ、これ以上のしかかったら……
「先生感動しちゃったよぉぉぉぉ」
 ダメだ先生えぇぇぇぇぇぇ!! アンタがのしかかったら、俺もう
「ぐああああああ!!」
 ……圧死するかと思った。

     

 ここは駅前のたこ焼き屋。4組の優勝を祝って、3組だけでたこ焼きにかじりついている。その中で、大野さんが楽しそうに、今日のことを聞いていた。
「スゲー面白そうやな」
「いやー、楽しかったもん」
 中嶋は興奮覚めやらぬ声で、ただ今にも飛び跳ねるように言った。
「……沢辺、斉藤は?」
 西野が俺の方を振り返った。
「ちゃーんと、話しといたよ。これから、多分忙しくなるかもしれないともね」
「全く、他人の人生ひん曲げちゃうことになっちゃったね」
「まあ、忙しくなろうが、それできっかけ掴めたら、後はなるようになる」
 大野さんは、でも、そいつ災難やったなぁ、と苦笑いをした。
 その後は、斉藤次第。そんな風に感慨に浸っていると、渡辺がおずおずと前に出た。
「……あの、喜多君は?」
「あいつ、『やっぱり野球おもしれーから』ってもう一回入部届け出しに行ったよ。なんだかなー、あいつ、そう言うとこに引け目も糞もねーのな」
 浅田が呆れ調子で口を開く。
「でもさ、あーいう感じ、いいよねー。人生やり直してるみたいだもん!!」
 中嶋が空を見上げる。
 やり直す……か。もう一回過去からやり直すのとは少し物が違うけど、でも、確かにそれは『やり直している』事になるんだろう。なんか、咀嚼するたびに言葉の意味が深くなっていきそうだ。
「なーにが人生やり直せるだ。だったら、俺はもう一回小学生したいね」
 浅田がひねくれ口を叩くと、西野がにやっと笑った。
「何言ってんの? そうじゃなくて、半日ぐらいで十分じゃない」
 西野に言われ、浅田はむっとする。
「どー言う意……」
 しかし、次の瞬間、浅田に思い当たる節があったようだ。一瞬にして青ざめた浅田に、中嶋もニヤリとする。
「……本気で戻りてーよ」
「さ、行こーよ、今から4組打ち上げだって言うからさ……アタシ、すっごい楽しみなんだから!!」
「ほらほら、約束は守らないとね……?」
「やめろ!! 俺は、俺は……嫌だ死にたくないぃぃぃ!! 沢辺、助けてくれぇぇぇ!!」
 まるで歯医者に無理やり連れて行かされている小学生のように浅田が引き摺られて行くのを見て、大野さんが聞いてきた。
「あのアホに、何があったんや」
「実はですね……」
 事情を話し終えると、大野さんは呆れたと言わんばかりの顔で、呟いた。
「ホンマにアホやな……」
 俺はずるずる引き摺られて行くのを見ながら、呟いた。
「まあ、コレで一件落着、てとこかな」
「俺は何も解決してねぇぇよぉぉ!!」
 地獄耳の浅田が、断末魔の叫びを上げた。




 行動するキッカケを逃すな。
――ウィリアム・ジェームズ


 ミンティオは浅田が見事にやり遂げました。
――喜多秀俊

 俺、もうちょっと慎重になるわ。
――浅田勝人

 ……いつからフリートークの場になったんだよ。
――沢辺直人

       

表紙

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Neetsha