Neetel Inside ニートノベル
表紙

何某の日常
気付いたときには遅い

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中嶋と知り合って数日。
俺は浅田に花見に誘われ、その場所に行く途中だった。
「その場所」とは名の通っている花見スポットなどではなく、近くの山の、「ひみつきち」がある場所だった。
雑木林の中に、ひときわ幹の太い木が一本。「ひみつきち」はその上に建っている。
近所の『南工具店』と言う工具店の爺さんが、小学6年生の時に建ててくれた物で、俺達が大きくなる度に改築を重ね、中学3年生の時に爺さんが死んでからも、そこをひみつの隠れ家として使っていた。
ロマンと言えば、ロマンあふれるものだったと思う。
その「ひみつきち」の傍には、2本の桜の木があり、そこで花見をしようというわけだ。
俺はそこで、ひとつの事件を思い出した――

     

――俺達がまだ中学2年生だったとき。
出来の悪すぎるテストを「ひみつきち」の近くに埋めてしまおうと企み、
作戦決行のため「ひみつきち」に行った俺達は、
…驚いた。
そこに人がいたのである。
うっすらひげを生やした、堀の深い白い顔に、ぼさぼさの髪の毛を携えた、
おっさんだった。
こちらもこちらで驚いたが、あちらの衝撃も物凄いものだった。
目を見開いて、じっとこちらを見ている。まるで、なにか怖がっているように。
「……」
このまま沈黙が続く。
しかし、浅田はそれを破った。
「ここは俺達の場所だ。出てってくんない?」
その声にはある種の凶暴さが見え隠れしていた。
自分達の場所が占領されたことに腹を立てたらしい。
その言葉を聞いたおっさんは身をびくつかせ、
凶暴とも恐怖とも取れる目でこちらを睨んでいた。
その目に完全にびびった俺は、体が凍りついた。
俺は木に登っている途中だったので、重力が重くのしかかる。
「出て行ってくんない?」
浅田は同じ言葉を繰り返した。
相手の顔に、汗が滴り落ちる。口元を震わせている。
無言でこちらを睨みつけるだけだ。
…そのままの状態が、しばらく続いた。
「何なんだよ、お前」
浅田が沈黙を破った。
「何か言えよ」
その目には、獰猛な野生動物を思わせる鋭い光があった。
浅田に圧倒された相手の顔は青白さを増していた。
おっさんが何か言おうとした、
直後。
相手が『牙』を剥いた。
おっさんは『牙』をこちらに向け、いきなり飛び掛かってきた。
が、浅田は、『牙』に反応し、素早くその身をかがめてかわす。
そして、そのまま木に足を引っ掛け、『牙』ごとその体を地面に叩き付けた。
……およそ5メートルの高さから。
ドサッ
重たい音が鳴り、おっさんは伸びた。
手には、『包丁』が握られていた。
「何なんだ、あいつ」
浅田の顔は、もう既に冷や汗でびっしょりになっている。
勿論、俺も。

おっさんが目を覚ました。
「ひみつきち」の外、木の傍だ。
既に俺達は、雨漏りの応急処置のために用意していたガムテープを、おっさんの手足にぐるぐる巻きにして、おっさんの動きを完全に封じていた。
「な、なんなんだ」
おっさんが、出会って初めて声を出した。
「取調べさ」
浅田の声に、凶暴さはなかった。
「……な」
おっさんの顔に、困惑の色がべっとりと付いたのが分かった。
「あんたが何でそんな物騒なもの持って、しかも何であの「ひみつきち」のなかにいたのか、知りたくなった」
「あれは君達の秘密基地だったのか、でも」
おっさんは言葉を切って、続けた。
「何で俺を警察に突き出さないんだ?」
「理由を聞いたら、現行犯で突き出してやる」
おっさんの目が暗くなった。
「もう一回言うけど、何で包丁なんて持ち出して、あんな所に隠れてたんだ?」
「……」
おっさんは、一瞬ためらったが、言う以外の選択肢がないのを悟った。
「人を、殺すためさ」
「誰を?」
もう、ほとんど本場の取り調べである。
「俺の親父さ」
聞けば、おっさんはまだ24歳で、作家の夢を育ててきたのも関わらず、親父に理解されず、カッとなって殺人を企てたと言う。
「頑固な親父さ」
おっさんは続けた。
「俺がどんなに才能を、夢を語っても、結果を出しても、親父は聞いちゃくれない
店を継がせようとしているのさ」
「そんな理由で、殺そうと?」
俺は聞いた。
「やりたくもない事なんて、やる気にはならない」
「甘ったれてやがんな、ただそれだけで殺せるのかよ」
浅田は一息置いて、続けた。
「安いもんだな」
「お前等に分かるもんか。俺がどれだけの努力を、踏みにじられたか。俺がどれだけ辛いか」
その言葉に、浅田は急に喧嘩腰になった。
「上等だ。その努力とやら、見せてもらおうじゃねぇか」
そう言うと、ポケットからペンを取り出し、おっさんの腕のガムテープを解き、
バッグから、テストを取り出し、裏向きにして突き出した。

     

――1時間後。
泣いた。
不覚にも感動した。何が悪い?
作られた作品をもう一度見た。
本気で作家になれるような文才と自信。
おっさんが、どれだけの物を積み上げてきたのか。
そして、おっさんのプライドの高さと、それが踏みにじられた時に生じる怒り。
「分かっただろ、俺がどんな人間か」
分からないでもない、だが
「でも、そんなくだらないことで……」
俺が言ったことに、おっさんはすぐさま反応した。
「君にも分かる時が来るはずさ。いつか、親父が憎くなる時が来る」
そういうと、さっきまで握っていた――落ちた衝撃で真っ二つに折れた包丁を脇に、おっさんはため息をついた。
「殺した方が、楽になる。
そう思ったけど、でも……俺は人を殺せなかった。親父を前にしても、結局俺は逃げただけだった」
「俺達も殺せなかった」
浅田が言葉を挟んだ。
「そうさ。親父に一度刃を向けたけど、殺せずにここまで逃げてきた。
そして君達に出会って……俺はまた人を殺せなかった」
一旦、ため息を付いた後、おっさんは木漏れ日を見上げた。
「さて、これだけ話したんだ。もういいだろう。
二度の殺人未遂まで起こしたんだ。警察に突き出してくれよ。もう、吹っ切れたさ」
「……」
一瞬、浅田は迷ったが、すぐにおっさんの目を直視した。
「やっぱ、いいや」
「……本気かい?」
おっさんは目を丸くした。
「俺が逃げるかもしれない。逃げてまた犯罪者に成り下がるかもしれない」
「だったら、逃げるなよ」
「……?」
突然浅田は、勢い良く話し出した。
「前科者になるくらいなら、もう一度親父のところに言って来いよ。
今度は、完全に言い負かすつもりで、言葉で相手を打ちのめせよ。
大喧嘩でも何でもしてみろよ。
人殺す事を考える位なら、言い負かすための言葉を考えろよ」
…浅田は息を切らしていた。
言葉がついて出てきた、ていうのはこういうものなのかな。
俺は勝手に考えた。
「なんてこった……中学生に説教されるとはね」
それほどまでに、浅田は中学生らしくない中学生だった。
おっさんは続けた。
「君の言いたいことは、大体分かるよ。
親父が邪魔だとか、そういうものじゃなくて、親父に正面からぶつかって来いって事だろう。
殺人とかそういう類ではなく、だ」
そう言うと、おっさんの表情は急に優しくなった。
「ここからは俺が勝手に考えた事だけど、
正面からぶつかって、それで悩んで、やっと答えを出して、
間違ったとしても、何かを学んで、前に進めるんだ
俺も、正面から親父を言い負かさないといけないんだ」
浅田も俺もピンと来ない感じの顔になった。
「俺は、とんだ間違いをしちまったな
正面からぶつかるどころか、殺意をむき出しにして、それでここまで逃げて。
いっそう親父とやりづらくなっちまった」
おっさんは、ため息をついた。
「……気づいたときには、いつも遅すぎるんだ。
失敗から学ぶなんていうけど、
もしかしたら、失敗からしか学べないのかもな。
だから間違ったんだ」
俺達は、何も言えなかった。
自分達の言いたいことを通り越して、おっさんは、もっと高い所に行っていた。
浅田は、黙ってガムテープをはがした。
「親父のところに、もう一度行く
今度は、包丁よりも立派な『牙』をもって」
何か難しいことを言って、おっさんは立ち去ろうとした。
「そういえば、名前、なんていうんだ?」
浅田が呼び止めた。
「どうして?」
「本。読むかもしれないだろ」
「そうか」
そう言って、おっさんは名前を口にした。
「南龍太だ」
「…!?」
頭の中で、糸がつながる。
その瞬間、
俺達は、目を丸くして顔を見合わせた。
そして、「ひみつきち」を見上げ、今度は、南を見た。
「ど、どうしたんだ?」
そう聞かれて、俺達は、「ひみつきち」の作者の名前を言った。
それを聞いた南は、すぐさま「ひみつきち」を振り向き、
「なんてこった……」
とつぶやいた。

南が去ってから、浅田がつぶやいた。
「大物か小さい人間かを分ける点って、こういうところなのかもな」
浅田はバッグの中にある、『37点』のテストを覗き込みながら、言った。
「俺、小せぇ……逃げてばっかじゃん」
俺も、自分のバッグの中の『28点』を覗き込んだ。
まともに見れなかった。
浅田は続けて言った。
「俺も、逃げない、でっかい奴になりたいなぁ」
かくして、『テスト封印作戦』は、不発に終わった。
これが、今の高校に結びついたと言うつもりはないが、関係がなかったとは言うつもりもない。

半年後、南の小説は何処かの新聞に連載された。
次の年、爺さんは死んだ。
南は、今、小説家として、東京のど真ん中にいる。

     

花見の場所に行くと、そこには、浅田と、中嶋がいた。
「おせーんだよ、あんまり遅いから、俺もう食ってるぞ」
「まだ予定の5分前だろ」
「基本、10分前行動だろーが」
なんか蹴り飛ばしたくなってきた。
「沢辺、浅田って酷いんだよ!この人、沢辺の分まで食べたんだよ!
せっかく私のお母さんが作ってくれたのに」
中嶋が告白した事実に、俺の心はさらに煮えたぎった。
「いや、違うんだって、だって、こうして見てると、我慢できねーんだよ。
お前もぜんぜん来ないしさ、あ、またやっちまった」
そう言って「俺の分」とされている弁当に箸をつけた瞬間、
カッとなった。
「あっ、てめっ何やってんだ、それ俺の」
「仕返しに決まってんだろが」
「おい、それ俺まだ一個も食ってな……おい!なんで中嶋までやってんだ!ふざけろよお前ら!」
「間違いから、せいぜい学習してくれよ」
「何言ってんだ!俺が間違い……ごめん、もう弁当横取りしねーから、やめろって――
だからなんで中嶋おまえ、こら、やめろって言ってるだろが!」
直後、弁当の横取り合戦が勃発、
箸の大乱闘に発展し、
気付けば、弁当のほとんどが地面に散らばっていた。
妙な空腹感に襲われる中、
『……気づいたときには、いつも遅すぎるんだ』
南の言葉が、聞こえたような気がした。

     



有能な人間は失敗から学ぶから有能なのである。成功から学ぶものなどたかが知れている。
――ウィリアム・サローヤン

あぁ、悪夢のような点数からは今すぐにでも逃げたい……でも勉強すんのめんどくせぇ……
……俺ってば、無能?
――浅田勝人


       

表紙

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Neetsha