Neetel Inside 文芸新都
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伝染少女
「選別」

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 その日の夜、クラスの生徒が一人交通事故に遭って死んだと連絡網が回ってきた。なんとか、“菌”を校外の人間にまで運んでいってくれてやしないか……。胸に抱いていた微かな希望は無惨にも崩れ落ちてしまった。
 電話が切れると、私は背中を丸めて両膝を抱え込んだ。
 ――二人死なせた。私が、クラスメイトを二人殺した。もう間違いない、あのノートに書いてあった事は全て本当だ。微かに残っていた疑念が全て消し飛ぶ。
 このまま、フローリングの床に寝転んでそのまま朝まで眠りたい。そんな衝動に駆られたが、しかしとりあえず連絡網は回さないといけない。私は次の人の電話番号を確認して、携帯電話のボタンを押した。
「はい。佐上です」
 電話に出たのは大人の声だった。恐らくは母親だろう。
「清澄高校2年6組の高坂と申しますが。裕子さんはいらっしゃいますか」
 すると電話の相手は「ちょっと待ってね」と言い、佐上裕子を呼び出した。
「もしもし」
「ああ、佐上さん? 連絡網なんだけど――」
「岸村くんの事?」
 用件を話す前に切り返されてしまった。
「え? ああ、うん。なんだ、もう知ってたんだ。とりあえず、それで少しの間休校になるらしいから、その事を連絡網で回すようにって」
「わかった」
 佐上さんがあまりにも淡々とそう答えるので、私は少し狼狽えてしまった。結果、僅かな間だが、電話の回線を通じて沈黙が流れる。しかし、それ故に私が耳を澄ますと、分かってしまった事がある。
「……泣いてる?」
 電話の相手は、恐らく泣いている。本当に僅かながら聞こえてくる嗚咽のようなものが、それを私に伝えてくる。
「うん……。私ね、岸村くんの事が好きだったんだ。中一の時から、ずっと」
 私は何も答えない。
「だから、さっきからさすがにちょっとキツくて……。ごめんね、連絡網はちゃんと回しておくから。……じゃあ」
 そう言うと電話は切れた。力の抜けた右腕が、受話器を耳元から離してゆく。

 私は叫んだ。

 これは果たして憤怒なのか。受話器を力任せに放り投げ、ガンガンと何度も両手で机を殴りつけた。
 ――これは、なんだ。一体何が起こっている? 私は突然に二人の同級生を殺した。全て私が悪いのか。
 家に誰もいないのを良い事に、私は更に唸り声を上げた。髪の毛を掻き毟り地団駄を踏む。
 違う!! 私は絶対に悪くない。私は何もしてない!!
 暫く暴れ続けた後、私は頭を抱えて机に突っ伏した。
 唯一つだけ――。私に非があるのならば、それは、死を惜しまれる様な人を死なせてしまった事。それは私が悪い。そこだけは私の非。
 そうだ……。この世には、死んでも誰も悲しまないような人間などいくらでもいる……。そう考えた途端、心の芯は冷えてゆき、乱れた呼吸は落ち着いてきた。

 ○

 翌朝、私は私服で家を出た。目的地がある訳でもなく、ただふらふらと道を行く。
 家のすぐ近くのコンビニを通り過ぎると、朝っぱらから出入り口の辺りで座り込んでいる若者を見かけた。高校にも通っていないのだろうか。茶や金に染まった髪の毛を見ると、堪えようも無い嫌悪感が溢れ出る。
 携帯電話を開いて時計を見た。8時33分。
 ふう、と私は息を吐き、コンビニに向かって歩き出した。中に入ろうとすると、どうしてもこの連中が邪魔になる。だから、私の手が彼らの一人の耳に触れたとして、それはしょうがないだろ。
 私の手が耳に触れた女性は、それだけで物凄い形相でこちらを睨んできた。私は「すいません」とだけ呟き、コンビニの中へ入る。
 彼らは何やらぶつぶつと文句を垂れているようだったが、やがて立ち上がるとのそのそと歩き出し、横から突っ込んできた大型車に巻き込まれてグシャグシャになった。
 傍を通る通行人や、生き残った連中の悲鳴が入り混じり、それは暫く続く。私はと言うと、気付かないフリをして店の奥でサンドイッチやなんかを物色していた。
 ……これで良い。これで……。

       

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