Neetel Inside 文芸新都
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戦うシステムエンジニア
戦うシステムエンジニア

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 一戦目 ニュウシャシキ

 俺の名前は、遠山暁彦(とおやま・あきひこ)。先日、コンピュータ・ビジネスの専門学校を卒業した。
 就職活動で訪れた会社の数実に二十三社。その内、採用してくれたのはたったの一社だった。
 就職活動するまでは不況の意味が良く分からなかったけど、ようやくその辺が理解できたぜ。
 でも、今日から社会人として頑張るぜっ!
 電車に揺られながら俺は決意を新たにした。

 渋谷駅で降りた俺は、宮益坂へと向かった。坂を上ってしばらく進むと、左手に小奇麗なビルが現れた。
 ビルの名前は株式会社NEET-SYSTEM本社ビル。
 そう、俺が就職したNEET-SYSTEMは自社ビルを持っているのだ。社員数は約四百人。
 中小企業としてはかなりランクが高いと思う。
 俺は期待感に胸を膨らませながらビルへと入っていった。

 受付の名簿に名前を書いて(セキュリティとかなんとかの関係で書かないと行けないらしい。良く分からん)、中へ入る。
 面接と内定式以来久々に入る本社内は、以前見たままの風景だった。
 小奇麗に机が並べられてて、いかにもオフィスって感じがする。
 俺はオフィスを横切って、奥にある会議室へ行く。会議室にはパイプ椅子が整然と並べられていた。
 すでに先客が男女それぞれ十人位いる。
 パリッとしたスーツに身を包んでいる所からすると、どうやら俺と同じ新入社員らしい。顔に緊張が出ている。
 ケータイで時間を確認すると九時七分前。親父が社会人は五分前行動が基本って言ってたから、多分合格点の範囲だろう。多分。

「これで全員か?」
 野太い声に俺たちは思わず後ろを振り向いた。すっごい背が低くて太って禿げたおっさんがそこにいた。
 社長だ。
「あー、気楽にしてて。気楽にしてて。別に取って食おうってわけじゃないから」
 にかっと笑う社長。銀歯が眩しいぜ。
 社長はつかつかと前へ進むと、用意してあったパイプ椅子へ腰を降ろした。
「どうだ、緊張してっか?」
「はい、してます」
 一番前に座ってる奴が震える声でいった。随分緊張しいなんだなぁ。
「ま、最初のうちは誰だってそうさ。はっはっは」
 豪快に笑う社長。典型的な中小企業のトップみたいな感じで逆に俺は安心した。
 これでスマートでカッコ良くて俺とあんまり年齢の変わらない人が社長をやってたらいろんな意味で俺は自信喪失するぜ。

「うし、それじゃあ入社式始めるか」
 え? これで全員? その場ですぐに人数を数えた。俺を含めて全部で十八人だ。俺の後には誰も来てないところからすると、俺が最後だったらしい。
「えー、まずは挨拶からはじめようか。起立」
 がたがたっと全員が立ち上がる。
「おはようございます!」
「お、おはようございます!」
 ばらばらと声があがる。
「声が小さいっ! おはようございますっ!!」
「おはようございますっ!!」
「腹から声を出せ! もっと元気良く! おはようございますっ!」
「おはようございますっ!!」
「いよーし、いいだろう。着席」
 な、なんだこのノリ?! 体育会系じゃねーかよ!
「まずは、新入社員のみなさん、入社おめでとう。これから君たちは社会人としての第一歩を踏み出すと共に、我が社の社員としての第一歩を踏み出す事になる訳だ。当社はコンピュータシステムの開発会社として成長してきた。今回諸君が入社した事により社員数は全部で四百二十八名になった。中小企業として丁度ターニングポイントを迎えた所でもある(以下長すぎるのでカット)」
 長ぇ……。中学校の校長の話と同じくらい長い。
 なんでこういうお偉方はぐだぐだと喋るのが好きなんだか……。
「……という訳で、最初の一ヶ月は研修期間。研修期間が終わってからようやく本格的に仕事が始まると思ってくれればよい。私からは以上だ。何か質問はあるか?」
 ありまへん。疲れた。
「よし。では、起立。礼。着席」

 俺たちが座ると同時に、後ろから綺麗なお姉さんが資料を抱えて前に出てきた。紺のスーツと、サラサラロングヘアがめちゃくちゃカッコいい。
 社員証には一之瀬香澄と書いてある。いちのせかすみって読むのかな?
 一之瀬さんは、資料を配った。NEET-SYSTEM社の社内規定と給与規定さらに社員証が入っていた。
 社員証には内定式の時に撮った写真が貼ってある。なんか、すごい恥ずかしい。
「本社内ではこの社員証を常に首から下げているようにしてください」
 澄んで通る声。背筋がぞくっとした。この人声優になったら最高じゃねという妄想を頭の片隅でしつつ、上からじっくりと観察してみた。
 ぱっと見の印象では典型的な美人って奴だ。利発そうな眼とすっと通った鼻筋。キリリとした眉から強い意志を感じる。
 胸は控えめだけど、そこが逆に良い。腰のラインや脚のラインもモデル並みに綺麗だ。
 キャリアウーマンってみんなこんな感じなのかなぁ。

「それでは、新入社員のみなさんこちらへついてきてください」
 一通りの書類の説明が終わった後、俺たちは隣の会議室へ案内された。
 そこには会議室用の机が並べられていて、その上にはノートパソコンが載っていた。全部新品だ。
「研修期間はすべてこちらの会議室ですごしてください。今日はこの後PCの設定をしてもらいます」
「あのっ」
 新入社員の中で一番頭の良さそうな眼鏡が一之瀬さんに声をかける。社員証を見ると、町田康平と書いてある。
「はい、なんですか?」
「彼氏居ますか?」
 ちょww おまwww TPOをわきまえろwww
「それは、秘密です。あと、業務に関係ない質問は、業務時間外にお願いします」
 一之瀬さんは鉄壁過ぎる回答を町田に返した。町田ざまあw

 一之瀬さんが退室してしばらくすると、今度はセミロングの綺麗なお姉さんが入ってきた。
 この会社の女子社員のレベル高くね?
 絶対あの社長の趣味だと思うけど、社長にはGJを出さざるを得ない。
「これから研修期間中の担当をします、松本文恵と申します。これから一ヶ月間よろしくお願いします」
 松本さんは俺たちに丁寧にお辞儀をした。
 PCのセットアップの前に、俺たちは軽く自己紹介をした。
 以下、読み飛ばし推奨。

 名前    年齢  備考
 秋山沙織  (22)  清楚なお嬢様という感じ。M大学英語科出身。
 緒方哲夫  (23)  学生時代にラグビーをしていたらしい。A大学経済学科出身。
 木村成文  (22)  趣味は読書と映画鑑賞。K大学数理科学科出身。
 小山公彦  (22)  家に猫を飼ってるらしい。羨ましい。T大学化学科出身。
 鈴木和夫  (23)  鈴木'sその1。馬鹿っぽい。A大学法学部出身。
 鈴木幸也  (22)  鈴木'sその2。声が小さい。O大学商学部出身。
 鈴木大地  (24)  鈴木'sその3。ゲーオタと公言。N大学工学部出身。
 鈴木圭人  (22)  鈴木'sその4。H大学文学研究科出身。
 高橋一徳  (23)  無個性。K大学商学科出身。 
 田島樹   (23)  眼鏡その1。T大学経済学部出身。
 遠山暁彦  (20)  俺だ。某コンピュータ・ビジネス専門学校卒。
 名取奈々  (22)  強情なお嬢様な感じ。A大学理工化学科卒業。
 新島光   (23)  ロリ。N大学文芸科出身。
 野田政明  (22)  発言が変。T大学数学科出身。
 原田陽子  (22)  新入社員唯一の眼鏡っ娘。ややオタっぽい。M大学仏語科出身。
 町田康平  (24)  眼鏡その2。KY。N大学工学部出身。
 三日月麻衣 (20)  俺と同じ某コンピュータ・ビジネス専門学校卒。
 武藤梢   (22)  和風美人。J大学政治学科出身。

 総勢十八人。
 俺と三日月以外全員大学卒だ。なので、全員年上という事になる。
 年上好きの俺としては攻略フラグ立ちまくりで嬉しい限りだが、彼女居ない暦=年齢の俺にはハードルが高すぎた。
 その日はVisualC++のインストールとメーラーのインストール、ブラウザの設定、ターミナルの設定等、開発環境の構築にほとんどを費やした。
 専門学校で何度かやった事があるので俺自身はさほど迷わなかったが、秋山さんとか原田さんとかは、かなり設定に迷ってた。
 他にもちらほらと操作が怪しげな感じの人が居る。PCのど素人同然の人を雇ってて大丈夫なのか、この会社?
 俺の頭をよぎった不安は的中することになる。

 第二戦へ続く

     

 二戦目 ケンシュウノオキテ

 研修一日目。

 自宅を出る前に、渡されたスケジュール表を確認する。
 研修期間の一ヶ月間は主に社会人としてのマナーとプログラムの基礎知識を固めるという内容だった。
 スケジュール表を見る限り、マナー二割、プログラム八割といった所か。

 昨日とほぼ同じ時刻に会社へ到着する。今日は社員証があるからほぼ顔パスでいける。
 昨日書いた名簿はどうやら来客用らしい。
 これって慣習って奴なのかな? 妙な古臭さを感じる。
 
 俺は自席に着くと、入社式でもらったノートとボールペン、そしてSQLの教科書を鞄から取り出した。
 SQLは全くやった事が無かったので昨日の晩ざっと目を通してみたが、さっぱり意味が分からなかった。
 プログラムってのは実際にコードを書いてみないと理解出来ないことが多い。
 っていうか、書かないで理解した振りをしてる奴が、専門学校時代にはいっぱいいた。
 奴らは、ネットからのコードをコピペして課題を解いていたけど、それだと何も身についてないって事に気がつかなかったのだろうか。
 ま、正直俺には関係ないからどうでも良いけどね。

「あきちゃんおはよ~」
「お、おはようございます」
 馴れ馴れしく声をかけてきたのは、町田だ。町田は、俺の向かい側に座っている。
「なんかさー、妙に緊張するよねー」
「そう、ですね」
 敬語はなるべく使いたくないのだが、俺より年上なので一応使っておく。
 唇がぎこちなく動く。慣れないから余計にそうだ。
「あきちゃんさ、今二十歳だっけ?」
「はい」
「良いよなー。若いって羨ましいぜ」
 バイト先でもそうだったけど、大学の奴らは妙に若さを羨む傾向がある。俺とたったの三、四年しか違わないのに、なんでそんなに年齢を意識するんだ、こいつら。
 訳分からんが突っ込んだら負けなので、絶対に突っ込まない。
「ところでさ、あきちゃんプログラム得意?」
「え、ええ、まあ」
 曖昧に答えておく。得意かどうかは分からんが、それなりに勉強してるつもりだ。
「そっか。俺、結構苦手なんだよね」
 は?
「分からない事があったら聞くから教えてね」
「あ、俺も俺も」
「俺もよろ~。あきちゃん出来そうだもんな~」
 ちらほらと手を挙げてる奴らがいる。
 な、何を言ってるんだコイツら?

 俺たちが話をしてる最中に、松本さんが会議室へ現れた。もう九時か。
「おはようございます」
 通る声。背筋が自然と伸びる。
「おはようございます」
「座ったまま言うな!! 起立っ!!!」
 怒声が飛ぶ。
「お、おはようございます!」
 俺たちはあわてて立ち上がって再度、礼をした。
「よろしい、座って。研修期間中は、講師の方が来られたら、キチンと起立して礼をする事。それじゃあ、研修を始めます。まずはマナー編から。秋山さん、緒方君、この資料をみんなに配って」

 初っ端からミスってしまった。
 あんなに綺麗なお姉さんから、マジで怒られると怖すぎる……。
 高校の時に不良に絡まれた時より怖い。ギャップ恐怖(今、俺が作った言葉)って奴だ。

 資料には社会人としてのマナーが事細かに書かれていた。
 たとえば、電話の取り方。名刺の交換の仕方。タクシーの乗り方。エレベータの乗り方。会議室への入り方等など。
 なんだこの多さは!?
 しかも、後半を見ると飲み会でのマナーとか書いてあるし。飲み会までマナーがあるのかよ。あまりの縛りの多さに俺はゲンナリとした。
「これらのマナーは社会人としての常識です。これを守れないと、取引先もそうですが、同じ会社の人に迷惑がかかります。絶対に覚えてください。一日や二日では無理ですが、この研修期間が終わる頃には全て理解している事。抜き打ちでテストもしますからね」
 信じられん。

 午前中はマナーに関する資料の読み合わせを行った。
 松本さんが、随所で質問をしてくれたお陰で、思ってたよりも早く「社会人の常識」を理解する事が出来た。
 もっとも、それをずっと覚えてなきゃいけないってのが問題なんだけどな……。

 午後は楽しみにしていたプログラム基礎だ。
 課題をひたすら解いていくというスタイルだった。研修用の言語はC言語だった。
 変数や関数などの基本的な箇所からやるので割と楽チンな内容だった。
 俺にとっては。

「あの、なんかうまく動かないんですけど」
 本日五度目。隣の名取さんが俺に泣きついてきた。
「画面にはどんなメッセージが出ていますか?」
「さっきと違うメッセージが出てて良く分からないんです」
 最初は、強情なお嬢様って感じだったけど、今は雨の中で助けを求める子犬だ(無論、可愛い)。
 C言語が全く分からないらしく、エラーメッセージに四苦八苦してる。
 単なるtypo(打ち間違い)が主な原因なので、毎度ながら似たようなエラーメッセージが出てるのだが、彼女の目からすると全部違うように見えるらしい。
「あー、どうやら十二行目にタイプミスがあるみたいですね、調べてみてください」
「ありがとう」
 半分涙目だ。こりゃ、大変そうだね……。
「あきちゃ~ん、ちょっとこっち来てくれる?」
 うるせえ、町田! と心の中で毒づいてしぶしぶ行く。
 俺以外に呼ばれてるのは松本さんと、鈴木大地、そして三日月くらいだ。
 マトモにコードが組めるのはどうやら俺を含めて三人しか居ないらしい。
 残りの十五人は完璧など素人。大学ではVBとかJavaとかC言語と全く関係ない言語をやってたからだと言ってたけど、それにしても酷すぎる。
 プログラムの基本的な構造ってのはどんな言語を使っていても特に関係なく、せいぜい文法というか命令文が違う程度だ。
 二、三の言語で実際にコードを組めばそれが分かるはずなのに、コイツらは一言語しかやってないからそれが理解出来ないらしい。
 そもそも、コードなんかろくに組んだ事がないのが一発で分かる。
 はっきり言おう。俺は、大学生に幻滅した。
 俺より二年長く勉強してるはずなのにこの程度とは。
 というか、このレベルで大学卒業できるのかよ。やり場の無い怒りがふつふつと心の中に湧き上がってきた。

 そして、十八時。ようやく一通りの課題が終わった。
 まだ数名コンパイルが通ってもエラーで苦労してる人たちがいるけど、それは明日またやるという事になった。
 こんなんで良いのかよ……。

「あ、鈴木大地君、遠山君、三日月さん、ちょっと来て」
 松本さんに呼ばれる。
「今日ので分かったと思うけど、三人とも基礎は出来てるみたいだから、この研修期間は他のみんなをサポートする係をしてくれるかしら?」
「でゅふww わ、分かりました。でゅくしwww」
 鈴木大地きめえ。
「問題ありません」
「俺も大丈夫です」
「そう、それは良かった。頼りにしてます」
 にっこりと笑う松本さんの笑顔は超可愛かった。
「せ、拙者。初めて頼られるでござるよ。でゅふwww が、頑張るでござるよwww」
 鈴木大地のせいで俺のやる気が二百パーセント程削られた。
 鈴木大地死ね。

「頑張ろうね」
 ぼそっと三日月がつぶやいた。
「おう、同じ専門出身同士、頑張ろうぜ」
「うん」
 あれ?
 俺、三日月とまともに喋ったのは、これが初めてかも。

 重役を担っちまったが、高々一ヶ月間だ。頑張ろう。
 そう自分に気合を入れた。

 第三戦へ続く

       

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Neetsha