Neetel Inside ニートノベル
表紙

お前のケーキはオレのもの。
レシピNo.6 銀のロザリオ

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~シプレの祈り~

 ――父上。
 わたしは今日、ついにこの座に上りつめました。
 ときに謀略、ときに暴力で、立ち塞がるモノを排除して――
 あなたならきっと、優しく彼らを許しただろう。けれどわたしは、彼らの攻撃を利用した。
 わたしの、夢のために。
 あなたはこんなわたしをお叱りになるだろうか――あなたが慈しんで下さった、わたしの手はもう綺麗ではない。
 でも、でもせめて、第二のあなたをもう出さぬために。
 道を譲ってもらった彼らには、もちろん生活の糧を援助しています――名を伏せてですが。
 続けるつもりです。かれらが、あらたな生活を確立するまで。
 わたしは、あらたな教会をつくってみせる。
 真面目に、弱い者を守り、よるべなき子を育む、そんな聖職者を犠牲にしない、そんな、本当の神のやしろを。
 その日まで、どうか父上、わたしをお守りください――


 レシピNo.6 銀のロザリオ

 史上最年少の枢機卿、サイプレス=エフィリス=ヴィレッジ氏が肌身離さず所持するロザリオ。師父の形見であるらしい。

 ――出展不明


 手順1.聖なる無礼者。

「……貴様ら何を企んでいる?」
 ラサは正直無礼なヤツだった。かくいうオレもかなり無礼だ。
 しかしこの金髪若造(オレと同年代だろうが気分的に。)ときたら――
 開口一番がこいつだ。挨拶もなんもなし。念のためいっとくとオレたちは、現時点まったくなんの縁もゆかりもない通行人どうし。つまりは赤の他人だ。
 いやオレらがたくらんでるのはタダの金儲けですよ。ちょっとばっかしこの若造の前途も変えちゃう気だけどそれはマシな方向へだからええマジに。
 それは、ラサのための防寒具+諸々の日用品を買いに行ったときのこと。
 黒のロングコートを隙なく着こなしたその男は、いきなり小僧たちの前に立ちはだかると、やおら黒眼鏡を外してそうのたまったのだった。

「え、あの、……」
 貴公子然とした美貌、ツユムラサキ色の目、きっつい表情で見据えられ、小僧が口ごもる。そりゃこうなるだろう、それがフツーの反応だ。
「はじめまして閣下。それはこっちのセリフでございますがゴルア」
 ラサはさすがというべきか、にこやかに丁重に反撃する。
「新枢機卿御自ら魔族を差別とは、穏やかじゃありませんね?」
「詭弁だな」
 かつてこの世界では、人間と魔族の戦いがあったという。そのため教会が魔族を狩っていた時代もあるというが、それももう昔のコトだ。
 だが一部の魔族は人間とケンカするさいにコイツを持ち出す。オレも仕事のときは、大分そのテク(笑)に世話になったもんだ。
 もちろん、見るからに気の強いこいつが、そんなものにたじろぐワケもなかったが。
 無礼者ながら惚れぼれしちまうような鋭さでバッサリ切って捨てる。
「貴様から感じるのは単なる魔の気配ではない。もっと欺瞞にみちた、我欲と執着の臭いだ」
「あったり。オレもと悪徳高利貸だもん。散っ々極悪非道やらかして、口では言えないコトとかいっぱいやって、ご主人様に調伏されたんさ。
 今でこそ足抜けしてるけど、長年悪に染まった心根はそうカンタンにゃなおらねえ。今だってご主人とのあんなコトそんなコトでアタマいっぱいにして、攻撃魔法ぶっ放すのを我慢してるよ。初対面の挨拶もマトモにできねえオトナを目の前にしてね。」
「………非礼は詫びる」
 なんとサイプレス枢機卿は、折り目正しく頭を下げた。
「だが、魔族の若者よ。今のお前たちは危険過ぎる。
 その企み、ゆくゆくは取り返しのつかぬ結果を招くだろう。
 気をつけるのだな」
「へいへい、ありがとうございますよ。行こうぜ」
「う、うん、……」
 枢機卿の姿が見えなくなるとラサと小僧はつぶやいた。
「なんでわかったんだ? クルスの茶に笑い薬もってやろーと思ってたの…。」
「うーん…まさかひょっとして…あー!!」
 小僧は一目散に駆け出した。めざすは小僧の貸しアトリエ。その煙突からは、もうもうと白い煙が立ち上っている。
「なにお前! 一体なに仕掛けてたの?!」
「南国ぽかぽかティー!! でも配合間違えてたかも!! とにかく火止めなくちゃ!!!」

     

手順2.お茶の取り持つあれやこれ。(上)

 ラサも間の抜けたところがある男だ。かくいうオレも、完全無欠とは言えない。
 しかしいまの小僧ときた日には……
「まったく、どうして『南国ぽかぽかティー』にモクモクタケが入るんですか」
 ホントに、マジで、このオレさまの過去であるとは思えない。
 昨日のお礼、と菓子折りを持ってきたクルスにも呆れられている。
 ――念のため解説すると、モクモクタケは煙薬を作るさいの賦形剤、まあわかりやすく言やケムリの材料として使われるキノコであって、毒はないが食用でもない。
「だって……煙がでたほうがあったかく感じてもらえるかなって……クルス、ラサもだけどさ、ホントは寒がりだし……。」
「タイムさん……!
 あなたが僕をそんなに見てくれてたなんて。
 ――そのうえ今できる最大の努力で温めようとしてくれた。
 僕にはもうそれだけで充分です。お茶なんかなくっても、もうすっかり胸が暖かですよ」
「クルス……」
 おおあっちいあっちい(笑)。奴らはいまやほんのり頬を染め、手を取り合わんばかりのイキオイだ。
 つーか知らんかったわ、この眼鏡がこんなくっさいセリフを大真面目にのたまう類のヤツだとは。長生きはしてみるもんだ(いや五年分だけど)。
 しかし。
 ――ひょっとしてこれはマズいかもだ。もしも小僧のあのカオが、恋愛感情の発露に基づくモノだったら面倒なことになる。
 小僧にはラサとくっついてもらわなければ困るのだ。
 このオレ以外の人間とラサが、よろしくやってる様子なんぞ100億積まれたって見たくはないが、あいつについては我慢しなくては――
 あいつはオレの過去なのだ。だから最初にあいつを満たすのは、ラサでなければならない。
 さもないと、オレの身にタイムパラドックスが発生するだろう。
 ――このオレ様が崩壊するなど、けしてあってはならないことだ。
 なぜって。ラサが帰ってくるのは、オレの、他でもない、このオレのもとだけなのだから。
 もしも、もしもの場合には。小僧に一服もってでも……
「ありがとう!
 クルスってやっぱりいいやつだね! ぼく、クルスと友達になれてほんとによかったよ!
 次はがんばるからね。きっと、おいしい『南国ぽかぽかティー』を飲ませてあげるからね!」
 ……あ、前言撤回。
 こいつのドタマにゃそんな回路、いっこも入っとらんわうん。
 クルスもクルスで『ひょっとしてこれはこれでおいしいかも知れませんから』なんてのたまっていまだにケムリを吐きつづけるあの液体(オレ的にはアレは既に飲食物ではない。断じて。)を飲んでみようとしているし。
 おまけにラサの馬鹿野郎、クルスの茶碗に一服もってやるつもりがころっとそれを間違えて、自分でそいつを飲みくさったよマジ!
 ――かくしてラサの馬鹿者は、教会付属の病院へ担ぎ込まれた。

 ラサはワライタケエキスの急性中毒、ならびに軽い過労と診断された。
 点滴を受けているその間、小僧は時間をつぶすため(というのもラサは鎮静剤を打たれるとすっかり寝入ってしまったからだ)、病院のすぐそばにあるカフェに入った。
 ――ここのことはよく覚えてる。
 勉強するのに適度な混み具合、財布に優しい品揃え、寒さに負けたビンボー学生が暖をとりに来店し、お茶一杯で粘っても文句を言わないでおいてくれた店主の懐の大きさ。
 それらに魅せられ、あの辺りで暮らしている間はずっと行きつけだった店だ。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
 店主に挨拶を返し、小僧はいつもの席へ向かった。
「いらっしゃいませ」
「ああ」
 その時背後でドアが開き、さっきの無礼者が入店してきた。そしてまるで追いかけるように同じ通路を進み出す。
 店主があ、と声を漏らすが両者、そのままさくさく歩を進め――
 柱のかげの小さなボックス席に、小僧が右側から入る。
 ほぼ同時、野郎が左側から入る。
「え」
「っ」
 はっと気づいて顔を上げた瞬間、ばさっと小僧のカバン、そして野郎の書類入れが落ちた。
「あっ、ごめんなさいっ」
「待て」
 小僧が慌てて拾おうとすると野郎はがしっとその腕を掴む。
「わたしがぶつかったのだ。わたしが拾おう」
 そのまま、ツユムラサキ色の瞳で小僧の目をじっ、と見て一言。
「あ、…はい、すみません」
 オレは見た。その瞬間、目にも止まらぬ早業で、ヤツが床に落ちた封筒を裏返したのを。

     

手順3.お茶の取り持つあれやこれ。(下)

 知られたくない書簡か、これは面白い。
 多芸多彩なオレ様だが、なかでも速読には自信がある。もちろん封筒の表書きは読み取った。
『P=T=グレン』――元枢機卿。
 先日退職した、というか、醜聞をタテにコイツが退職に追い込んだ、コイツの前任者だ。
 もっともこれはトップシークレット。オレも役付きになってから知ったこと。
 しかしだからこそ、これは絶好のネタだ!
 と思ったのもつかの間、オレは驚愕した。
 ヤツは小僧に言ったのだ。
「やはりな――
 タイム=オランジュ=バルサム。
 いまから採用試験を開始する」
「え、あの、……」
「見よ」
 有無を言わさずヤツは、なんだか見覚えのあるロザリオを小僧の前にぶら下げ、ぶらり、一回だけ揺らして掌に握りこんだ。
 そうして、やおら小僧のアタマを思いっきり抱き寄せ、囁く。
「このロザリオにきざんであった文字はなんだ」
「え、っ…
『わたしの愛を永久にあなたに シプレ、ティー』……」
「合格だ」
 ヤツが手を広げる。
 ロザリオの側面に刻んであった文字をみて、オレはあっと声を上げていた。
『わたしの愛を永久にあなたに』までは、フツーの文字でその通り。しかし最後の署名は通常の文字ではなかった。
 その部分にあったのは暗号文字がひとつずつ。
 それはかつて、オレと幼なじみとじいさまで作った、秘密の暗号文字だったのだ―――
 これを刻んだロザリオを持っていること。金の髪、ツユムラサキの瞳、そして、名前。
 そうか、コイツは!
「記憶で読んだか、情報で読んだか。いずれにせよ、お前をこのまま捨て置くわけにはいかん。
 タイム=オランジュ=バルサム。
 今この瞬間よりわたしの側仕えとして仕えよ。
 先の名の公表が、意味をなさなくなるその日まで」
「え……
 あのっ困るんです!!
 ぼく、発明間に合わないと死んじゃうんです……」

 さすがにこんなハナシはサ店じゃできない。
 半ば拉致られるようにして、小僧は枢機卿執務室に連れていかれた。
「なるほど……そういう訳か」
 ハナシを聞き、枢機卿――シプレはものすごいしかめっつら(美貌のせいで、大家とは別方向に恐ろしげだ。小僧はビビっている)で唸った。
「気に食わん。実に気に食わんが、ならばそれだけでも、作りあげねばなるまい。
 奴ら……コトが終わったら思い知らせてくれねばな」
「思い知らせるって!
 そんな、ラサと未来のぼくさんは……」
「あくまで善意で融資した? ならば聞こう、善意がなぜ、このような破滅的な顛末を伴う?」
「えっと、それはぼくがお金を」
「タイミングが良すぎる。奴がスったのかも知れんぞ」
「そんな!」
 小僧は血相を変えた。
「ラサは、…違います!
 わかんないけど…証拠とか、ここにはないけど……
 でもぼくは信じてる。ラサも、未来のぼくさんも、ココロのやさしいひとなんです!!
 なにも知らないあなたに、ぼくのたいせつなひとたちのこと、…そんな風に言われたくない!!!」
 それまでおどおどしていた小僧は、一転立ち上がり叫んだ。それも、とんでもない気迫だ。
 修羅場はくさるほどくぐってきた、このオレ様までが呆気にとられたほど――もちろんシプレもツユムラサキの目を見開いた。
 ややあってため息をつき、言う。
「わかった。お前がそこまで言うなら追求はしない。
 やることはどのみち同じだしな。
“跳躍時計”を完成させる。金を用意し、そして確実に、返済する。
 そのときはわたしが付き添うとしよう。お前の信じる、あの者の潔白を証すためにな。
 言っておくが、タイム=オランジュ=バルサム。もしもお前があの名をもらそうとするなら、それは即刻我が耳に入る。その場合、わたしはお前を最低でも必要な期間中拘束する。それが約束の期限を跨ぎ、お前が消滅するなら好都合、わたしがお前を使い魔とするからな」
「ぼくはそんなことしません。
 ……あなたはひどいコト言ったけど、誰かが必死で守ろうとしているもの、ぶちこわしたりしたくない」
「それが悪しきものだとしてもか?」
「それは、………」
 絶句する小僧。
 シプレはしばらくその様子を見ていたが、小僧の目を覗き込むとその拷問(笑)を打ち切った。
「まあ、この件についてはその葛藤は不要だ。
 わたしは彼らの生活を援助している、それだけだからな」
 それを聞いた小僧は、今までの仕打ちをキレイさっぱり忘れくさってきょとんとその目を瞬いた。
「それ、なんで隠さなくちゃいけないんですか?
 悪いことじゃ、ないんですよね……?」
「一言で言えばプライドの問題だな」
 シプレは言った。
「少し喋りすぎたな。後はお前が自身で探るがいい。わたしも――」

       

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Neetsha