~シプレとティーのやくそく~
――俺は神学を修め、教会に入る。そしてじい様の片腕となって、困っている人たちを助ける。
――ぼくは錬金術師になる。そして、おじいちゃんの病気をなおす方法を見つける。もちろん、ほかのひとたちも治してあげる。
――元気でな、ティー。
――また会おうね、シプレ。
レシピNo.10 シプレのメモ
シプレがくれたメモ。ホットラインの番号が書かれている。
――タイムのアイテム図鑑より
手順1.聖なる出待ち人。
とりあえず危機を脱したオレは、あらためて考えた。
性格もみてくれもずいぶん違うが、オレは小僧の“未来”だ。
オレに何かあれば、小僧もタダではすまない、はずだ。
それというのは裏を返せば、オレががんばれば、小僧の方をかえられる可能性もある、ということだ。
甘やかされた小僧の影響で、オレは少々腑抜けになった。
しかし、それはこれから取り戻す。
小僧の未来であるオレが金貸しになり、オレのやり方で働く。
そうして、オレが断固、オレでいつづければ――
小僧の未来はオレに引き寄せられるはずだ。
小僧はやがて、チカラに飢えるようになり、なまぬるいヤツらの元を飛び出すだろう。そのとき、オレが小僧の師となり、導く。
そうすれば後はすぐだ。すぐ取り戻せる。
このくらいならタイムパラドックスでもないだろう。
また、あのことも大丈夫なはずだ――ラサがオレの使い魔でなくなったとき同時に、オレがヤツに課したゲッシュも雲散霧消している。くびきをうしなったヤツは、早晩小僧に手を出すだろう。それとも、プリムによってホレ薬を飲んだ、今のヤツが先か。
どちらにせよ、そのことは、このオレの身体で感知できるだろう。
それまでは、小僧を連れ出すのは、待たねばならないが。
しかしオレはいきなり障害にでくわした。シプレのヤツだった。
朝、アトリエのドアを開けるとそこには、ヤツが待ち構えていたのだ。
昨日はどんちゃんさわぎをかましていただろうに、んなこと微塵も感じさせないツラでシプレはオレをにらんだ。
(後ろで見送りに出てきた小僧がまたしてもビビっている。ホント情けねぇ)
「話は聞いたぞ。貴様、タイムの未来ということだな」
「ああ、そーだけど? なんか文句あんのか」
「………………………貴様の話を聞こう。内容次第では考えてやらんこともない」
「は?」
昔からそうなのだが、ヤツは時々ハナシが唐突だ――なんというか、アタマがよすぎて俺様ワールドなのだ。
「考えるって、なにを」
「それは聞いてから考える」
何だかな。まあいきなりどつき倒されるよりはいいのだが。
とりあえず今は出勤せねばならない。オレはひらひらと手を振ってシプレに言った。
「わりぃけど、オレいまからシゴトなんだ。サボったらクビ、路頭に迷って飢え死に。オレが死んだら小僧もおだぶつ。つーわけでそこをどけ」
「お前は、金がないのか? その身なりで??」
脇をすり抜けようとすると、すこし驚いた様子でやつが聞き返してくる。
「ラサが馬鹿やりくさったせいでな。カードは未来のモンだから使えねえ。部下に持たせた金だって限りがある。この服は一張羅、アクセサリーは魔道具だから売っぱらうわけにもいかねえ。稼ぐしかねえってわけだ」
まあ、一部、ウソもあるが。
このピアスはラサが“敵”となったいまは用をなさない。いまはもう、ただの――
「シゴトは何を」
やつは追いかけてさらに問いかけてくる。
「取り立て屋だよ。ブラックリスト専門のな」
「……… おまえがか?」
シプレは絶句してオレをみた。
「お前の知らねえ過去、つかお前にとっちゃ未来か、があったんだよ。
聞きたきゃ仕事の後迎えに来いよ。ただタイホはカンベンしてくれ。オレは金貸しをしていなければならない事情がある。生命にかかわることだ」
「了解した。
――わたしのホットラインだ。ほかには今のタイムしか知らない番号だ。けしてもらすな」
「おう。
茶代はお前持ちな?」
「当然のことだ。」
シプレは耳打ちしつつ走り書きをよこしてきた。昔と変わらぬ几帳面な文字。そいつを胸ポケットに慎重に入れると、オレはラサとの待ち合わせ場所へと向かった。
手順2.生活向上への努力。
そこはまったく変わっていなかった。
本社ビルのすぐそば。かつて、ラサとよく行ったカフェ。
とはいってもでぇととかいう甘ったるい用件で、ではない。シゴトのハナシをするためだ。
いまのオレは下っ端の下っ端だ。本来ならラサのツラを拝むことすらない身分だろう。よって本社ビルに足を踏み入れることはない。そして社員登用の道もない現在、当分はここでやりとりだ――昔と同じように(ラサは家ではけして依頼のハナシをしなかった。心がけなどを説くことはあったが…)。
席に着く。プリムたちに持たせたカネのおかげで小銭くらいはあるので、コーヒーを頼む。数はふたつ。タイミングはこれでいい。ヤツは猫舌気味だから。
はたして時間少し前にコーヒーがきて、時間きっかりにラサはあらわれた。
自分の席で湯気を上げているコーヒーをみて、ラサは目を丸くした。
「えっと、お前、頼んだのコレ」
「ああ。そのくらいの熱さが好みだろ。調整しといた」
ラサは奇妙なカオをしながら、コーヒーをすすり、満足げにため息をつき、あわてて取り繕って言う。
「ふてぶてしい割に気が利くんだな」
「オレは小僧の未来なの。お前とは五年間暮らした仲だ。なんだってわかってるぜ。好みの卵の固さ、トーストの焼き具合。朝っぱらからいえないこととかもいろいろな(笑)」
言ってやるとラサはコーヒーを吹きかけた。
そしてあわててスーツを確認、とりあえず無事とわかってどっとため息。
「ったくいきなしとんでもねーこと言いやがって…万一どっかシミになってたら弁償さすからな」
「おう、身体で払ってやら。だからお前んちにオレの部屋つくれや」
「ハイ?」
久々にアトリエで寝て、オレは確認した。
オレはあすこじゃ暮らせない――
まずベッドが小さい。つーか、足りない。
小僧一人で住んでる分には問題ない。しかしそこにはいまやラサがいて(まあこれはしかたない)、クルスがいて(まだ正式入居はしていないが時間の問題だ。現に昨日もいた)、プリムとカレンデュラが入り浸り(当然のように昨夜もいた。酒瓶かかえてソファで爆睡)、よってオレは昨日小僧のベッドで一緒に寝る羽目になったのだ(蹴られた)。
それに、オレがあそこにいると小僧に悪影響がある。いや、オレの悪人ぶりがうつるというイミで、ではない(むしろ逆だ)。
小僧は“恩人”であるオレに、敬意と好意を抱きまくってる。今日も起きてから朝メシから出勤準備まで、笑顔でかいがいしく世話を焼いてきた。
小僧はイコールオレなので、トーゼン好みの卵の固さからトーストの焼き具合まで、なにもかもをわかってる。しかも(自分で言うのもなんだが。)ヤツの笑顔は愛らしい。
そんなヤツにかしづいてもらえる毎日に魅力は感じる、非常に感じるのは確かだが、小僧はオレの未来なのだ、あまり調子に乗っていてご奉仕根性なんざ身につけられてはまずい(そもそもラサの世話を焼くのもやめさせたいのだ。まあ今は仕方ないが)。
――だから、ヤツんちに転がり込もう。カンタンだ。ヤツは隠そうとしているが、何かとオレをガン見している。好みの容貌なんですね、わかります(笑)
「何でもしてやるぜ? マジになんでも。
毎朝焼きたてのシナモントーストとコーヒー、ベッドにもってってやるよ。まあ掃除はハウスキーパーいれてんだろうけどよ、ほかに服のコーディネートとか身の回りいろいろあんだろ。わかってるヤツがいると便利だぜ。オレはなんっでもわかってるから。ええなんっでも」
「………………………………オレものすごーく身の危険を感じるんですが。」
とほほ笑いでいうヤツ。だが経験からわかる、この笑いはオチたも同然だ。あと一歩、身を乗り出して笑いかける。
「オレは理想の男だぜ~。なんたってお前が育てたんだからな。
まお前が言わねえことはしねーよ。今は部下だし。
ベッドルームにカギもついてんだろ、臆病風ふかしてんじゃねーよ、ボス。
ついでにお前の好みの服着てやるよ。だから服も買え。オレこれ一張羅なんだ。こいつ洗ったら即マッパなんて同居人お断りだろ、いくらなんでもよ」
「……ヘタ打ったら即追い出すからな。そのつもりで。」
もちろん、それは口だけだ。オレは全開の笑顔(このくらいはサービスだ)でヤツの手を握った。
かくして初勤務は、オレのための服や日用品を買う“お買い物でーと(笑)”と相成った。
小遣い用の小額カードも作らせ、新生活の滑り出しは上々だ。
ラサは照れ隠しを口走りつつも、嬉しそうな顔をしている。
よし、これでいい。
最悪、オレがこいつを魅了すればいい。そうすればきっと、ラサはオレのもとにかえってくる。
夕方近くにひととおりの買い物(とメシと茶。)が終わると、教会から呼び出し食ってるからと告げてラサを先に帰らせ、オレはシプレのよこした番号に遠話をかけた。
手順3.“兄”という名の生き物は。
「あれが“勤務”か? ずいぶんな金貸しだな」
現れるが早いか枢機卿サマはじろっとオレをにらんでひとこと。
「しかたねーだろ、オレこれしか服ねーんだし。ボスんちでマッパでうろつくわけにもいかねーしさ。それだけだ」
「だったらうちに来ればよかったのだ」
「…は?」
突然の言葉に、オレはぽかんと口を開けてしまった。
「お前は、わたしの“弟”だろう。わたしはお前に見返りなど求めん。
今からでもうちに来るがいい。やつとはわたしが話をつける」
「待て待て待て待て!」
シプレはオレの腕をつかみ、いまにも拉致るイキオイだ。
「オレにも事情があるんだよ。だいたい今はそれを話すってとこだろ。
つかなんでシプレ、オレの行動知ってんだよ」
「“兄”として当然のことだ。」
どこの世界の当然デスか(笑)
「つかさ、こんな素行最悪の野郎が枢機卿サマのウチに出入りしたらヤバいでしょ」
「自ら居と衣食を提供し規範を示し更正を促しているのだ。聖職者として非難に値する行動ではない。お前こそ自覚があるなら改めるのだな」
おおうハナシがすすまねえ。ていうかこのままだとマジで拉致られる。
「だからさ、とにかく聞いて。最後まで聞いて。暴れないで聞いて。な?」
「……場所を変えよう」
オレたちはそして、小僧のアトリエにいた。
なぜか。教会カンケイだと何かあったときシプレに拉致られる。かといってそうそう外でできるようなハナシでもない。安全な、かつシプレが出入りしていたとわかってもヤバくない場所、といったらここなのだ。
余計な気をきかせたか、ラサは小僧とクルスをメシに連れ出した。
そのためオレたちは主のいないアトリエで、勝手に茶を飲み向かい合っていた。
「それで、お前は何故金貸しをしなければならないのだ」
「ああ。――オレは金貸しとして仕込まれたんだよ、ラサに。才能はあって仕事もどんどん覚えた。ただのバイトの取り立て屋から、社員役員社長とステップアップしてハッピーリタイヤ。
つまりオレのアイデンティティはここにあるわけ。
今ちょっと事情があって小僧――過去のオレの行く道はこのオレと異なっているが、その状態が続くとさ、未来が変わってオレは“いなくなっちまう”。だから、軌道修正試みてるワケ。
オレは小僧の未来だから、オレが断固金貸しつづけてればさ、小僧もゆくゆく金貸しに戻る。今日のはそのためのワンステップなんだ。そゆこと」
「お前の様子を見るにつけ、それは苦難と罪に満ちた道のりであったろうと思われる。
“今”のお前は幸せそうだが、それよりもその道を選ぶのか?
お前をそうさせるものは一体なんだ」
――やられた。
「ラサが必要なんだ」
ツユムラサキの瞳の色に、言葉がひとつこぼれると、あとはもう止まらなかった。
「オレは、ずっとラサだけを見て生きてきた。オレにはラサしかなかった。けれど、ラサに『行くな』ていえばラサは永久にいなくなる。そういう予言を受けたんだ。
だからオレはヤツに呪いをかけた。縛り付けてでもそばにいたかった。呪いがきちんときいていることを確かめたくて、ひどい目にもあわせた。万一呪いがきれても離れられないようにクスリなんかも使ったりした。何でもやった。あいつより先に眠らないように、あいつよりあとに起きないように――
けど、それが壊れかけているんだ。
オレの運命が、小僧の運命に引きずられれば、それも全部ないものになってしまう。
いまそうなれば、ラサはこんなオレのもとになんかもどってこない。
このままだとラサ自身も小僧の元にいってしまう。たとえ自分の過去だろうとヤツは“他人”だ。このオレじゃない。そんなのはいやだ。
ラサが隣にいないと眠れなかった。あのころシゴトがつらくて怖くて、でもラサがいてくれたから眠れた。ラサがいたから生きてこれた。それはいまでもそうなんだ。
オレはオレでいなければ。チカラでラサを連れ戻せるヤツでいなければ。じゃなくちゃラサを取り戻せない。さもなければオレは壊れてしまうんだ」
そのとき、オレは驚いた。
シプレがオレを抱きしめたのだ。