Neetel Inside 文芸新都
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短編
包茎手術の広告

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ラジオからはオアシスの「ホワットエヴァー」が流れていた。

 僕はそれを半分無意識に聴きながら、机に広げた雑誌のページに並んだ文字列を目で追っていた。CDラジカセにはレンタルショップで借りてきたCDアルバムをダビングしたCD―ROMがセットされ、フタの中で高速で回転しながらレーザー光を反射していた。レーザー光から読み取られたデジタル信号はアナログ信号に戻され、音声となり、スピーカーから曲となって流れ出ていた。

 曲の前半部分が終わり、オーケストラの演奏をバッグにノエル・ギャラガーがギターソロを弾き始めたころ、僕は雑誌の後ろのほうに掲載されていた包茎手術の広告をぼんやりと眺めていた。広告には「君は輝く」という見出しが飾られていた。その下には仮性、カントン、真性の三つの包茎の種類について説明されていたが、それは説明というよりほとんど脅しだった。カントンや真性はともかく、仮性であることにそれほど危険はないだろうと僕は思った。大体、日本人男性の七割が仮性包茎だと聞くのに。僕はページの右上に大きく写った胡散臭そうな三重の男の顔を見続けて気持ちが悪くなり、ページを繰った。

 また包茎手術の広告のページだった。ページの上半分に大きく写された写真には、なかなか格好いい顔つきの若い男性が鼻の頭までセーターを被っていた。仮性包茎を表現しているのだろう。誰かからか聞いたのだけど、これは昔のアイドルのCDジャケットの真似なのらしかった。女性はこういう整った顔の男が男性器を表現した格好をしているのを見て興奮するだろうか、と僕はふと思った。僕は試しに綺麗な女性が女性器を表現した格好をしたところを想像しようとしたけど、上手くいかなかった。諦めて隣のページに目を移すと、やはりそのページも包茎手術の広告だった。

 三つ連続で包茎手術の病院の宣伝とは一体何事なのだろうと僕はびっくりした。病院が巨額の広告料金を払っていることには疑いなかったけれど、元は取れているのだろうか?すごいな、と僕は思った。自身が包茎であることをコンプレックスに感じる男性は多いのだろうか。そんなことはないと感じる。僕の周りには仮性包茎の男が多かったけれど、少なくとも包茎手術を受けようとしている奴なんて見たこともない。でも、もしかしたら僕の思い違いなのかもしれなかった。先週の日曜日に一緒に焼肉を食べに行った友達もあるいは包茎手術を受けることを考えて日ごろ悩んでいるのかもしれないのだ。

 三つ目の広告は背の低い最近テレビでほとんど見かけなくなったお笑い芸人がイメージキャラクターのようだった。その芸人のいくつもの顔写真からそれぞれ吹き出しが出ている。「アフターケアも安心!」とか「心配はご無用」とかそんな感じだ。もしこの広告を友達数人と見たら僕は笑い転げていたなと確信した。

 この芸人は一生、包茎手術を受けた男としてこの病院の作る広告の中に登場させられて笑いものになるのだろうか。そんなことを考えて面白がっていたら随分気持ちが楽になっていた。絶えず心に巣くっている漠然とした不安が取り除かれ、何に対して向けているのかも分からない胸に充満する怒りも消え去っていた。毎日日常の中で感じる憂鬱がこのひとときだけ消えたのだ。血液の代わりに鉄を溶かしたようなどろどろとした液体を血管内に流しているような体の重さは感じられず、いつも中にもやもやとしたものが充満しているように感じていた頭も冴えている。

 もちろん僕には今のこの状態が、雨雲の中からこっそりと覗いた太陽のように長くは続かないものだと分かっていたけれど、今はこの一瞬の新鮮な日差しを受けていようと思った。日常はそれほど簡単には変えられないし、僕にはたぶんこういう一瞬が、少なくとも今の僕に与えられる唯一の救いのように思えたのだ

       

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