色素是空
Episode1
1色 色を司る男
この世界を創造する様々な「elements」は
その独自の色を以って有機なるモノを構成する
人はそういった様々な有機物質を媒介とし とめどない感情の渦に巻き込まれる
色もまた 人の感情にアプローチすることで独自の色を主観的な解釈に混ぜ込ませる
感情と色は目に見えない部分で密接にリンクしている
色素はまた 目に見えてその表情を心に惑わせる
物理的解釈が可能な色素と、それが不可能な感情がリンクしているとは実に興味深いではないか・・・。
だとすればどうだろう・・・
色を自在に操ることができれば人の心も思いのままに動かすことができるのだろうか・・・?
私が思うに、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、が、、、、、ば、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、
冒険家 シャノン・アン・フェイ
「おいおい、、、表面がぼろぼろで大事なところが読めないじゃないか・・・。」
そうつぶやき天井を見上げた。
この建物は市内で最も歴史があり、古今東西のあらゆる蔵書をその腹に溜め込み、もはやそれら
を消化酵素を含まずとも、干渉性を無視した「時」という十分すぎる昇華の前に風化させている。
消化とは人が栄養を吸収するために前もって行う重要な役割だが、文字通りこの場合は昇華と
言ったほうがしっくりくるだろう・・・。
過去に著者以外の誰か一人でも触れたのだろうか・・・?
いわゆる名著から感じるような有機性は皆無に等しい。
昔から書物や日記といった類は人にとって思想や精神の自由の依り処だった。
芸術と近似するその在り方は、著者が後世に自分の功績を残すための媒体でもあった。
文字は記録となり、やがて人の記憶となる・・・そういうものだ。
しかしどうだろう。この場合記憶にはつながっていかないように思える。
「やはり自己満足だよな・・・。」
また呟いた。
地上からはかなり下にもぐったはずだ。一般会員では絶対に入ることのできない場所にいる。
こうして周りを見渡すと大聖堂のような造りだ。地下だというのに妙に天井が遠い。
また、それにまるで地上の大聖堂にいるかのように明るい。もちろん高ルクスの照明は
ついているのだが、それだけでなくこの天井一面に張り付けられたプリズムの模様がそれを乱反射
しているのだろう。天井から注ぐ光が降り注ぐ太陽の光にすら感じる。
対比の問題かもしれない・・・と少し思った。というのも、自分が今持っている書物、それに自分
を囲む数え切れない書物たちは全ての光を吸収してしまっているのではないかと感じるほどに薄暗
いのかもしれない。。
暗い色を持つものたちの中でひときわ明るく輝く一番星。
シリウスなんかそうか・・・とふと思った。
「まあいいや、、、とりあえず文字が読めないんじゃどうしようもないな・・・。」
用が済んだので周りをぐるりと見渡す。
当然誰一人として書物を探す人はいないのだが、付添い人が一人いたのだ。先ほどからその姿
が見えない。
「迷子にでもなったのか・・・?いや、逆か・・・。」
流石にこれだけ広ければかくれんぼや鬼ごっこのやりがいがあるだろう・・・。
幼いころに遊んだ公園のグラウンドよりも広い気がする・・・。
そんな懐古の念に囚われていると後ろからいきなり声をかけられた。
「探し物は見つかりましたか?」
「うわ、びっくりしましたよほんと!!なんでわざわざ後ろから声をかけるんです?」
「いやはや、いたずらが好きなもんでー。それにこんな場所にいるとなんだか子供じみた感情がこ
う昇ってきませんか?」
「別に。」
ついさっきまでそんなことを感じていたことは黙っていた。2回分成人するまであと半年といった
ダンディなおっさんがそんなメルヘンチックなことで談笑したくなかった。
自分自身も年相応に顔にも年季が入ってきていることは自覚している。それを自覚してからか自然と
今のような立派な無精ひげをたくわえるようになっていった。
「先生は現実主義ですからねー。ぜひ講演会にはまたお誘いを願いたい。」
「了解しました。」
市内の国立大学で普段は準教授という立場を取っている自分は、世間的にはインテリで通っては
いる・・・が、その風貌はその内面に似つかわしくないものであることもまた、自覚している。
目の前の男、私からは見下ろす形になっているが、彼はバレーボールのインターハイに出場
した経験を持つ。当然一般人よりも相当背が高い。が、さらにそれを見下ろす私・・・といえば
ある程度の大きさはつかめるかもしれない・・・。
「では上に戻りましょうか。」
付添い人に今度は付き添う形で1階地上ロビーに戻った。
受付で付き添いの男が私の代わりに退館手続きを取ってくれている間を借りて天井を見上げた。
それにしても背が高い建物だと思った。
この世界を創造する様々な「elements」は
その独自の色を以って有機なるモノを構成する
人はそういった様々な有機物質を媒介とし とめどない感情の渦に巻き込まれる
色もまた 人の感情にアプローチすることで独自の色を主観的な解釈に混ぜ込ませる
感情と色は目に見えない部分で密接にリンクしている
色素はまた 目に見えてその表情を心に惑わせる
物理的解釈が可能な色素と、それが不可能な感情がリンクしているとは実に興味深いではないか・・・。
だとすればどうだろう・・・
色を自在に操ることができれば人の心も思いのままに動かすことができるのだろうか・・・?
私が思うに、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、が、、、、、ば、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、
冒険家 シャノン・アン・フェイ
「おいおい、、、表面がぼろぼろで大事なところが読めないじゃないか・・・。」
そうつぶやき天井を見上げた。
この建物は市内で最も歴史があり、古今東西のあらゆる蔵書をその腹に溜め込み、もはやそれら
を消化酵素を含まずとも、干渉性を無視した「時」という十分すぎる昇華の前に風化させている。
消化とは人が栄養を吸収するために前もって行う重要な役割だが、文字通りこの場合は昇華と
言ったほうがしっくりくるだろう・・・。
過去に著者以外の誰か一人でも触れたのだろうか・・・?
いわゆる名著から感じるような有機性は皆無に等しい。
昔から書物や日記といった類は人にとって思想や精神の自由の依り処だった。
芸術と近似するその在り方は、著者が後世に自分の功績を残すための媒体でもあった。
文字は記録となり、やがて人の記憶となる・・・そういうものだ。
しかしどうだろう。この場合記憶にはつながっていかないように思える。
「やはり自己満足だよな・・・。」
また呟いた。
地上からはかなり下にもぐったはずだ。一般会員では絶対に入ることのできない場所にいる。
こうして周りを見渡すと大聖堂のような造りだ。地下だというのに妙に天井が遠い。
また、それにまるで地上の大聖堂にいるかのように明るい。もちろん高ルクスの照明は
ついているのだが、それだけでなくこの天井一面に張り付けられたプリズムの模様がそれを乱反射
しているのだろう。天井から注ぐ光が降り注ぐ太陽の光にすら感じる。
対比の問題かもしれない・・・と少し思った。というのも、自分が今持っている書物、それに自分
を囲む数え切れない書物たちは全ての光を吸収してしまっているのではないかと感じるほどに薄暗
いのかもしれない。。
暗い色を持つものたちの中でひときわ明るく輝く一番星。
シリウスなんかそうか・・・とふと思った。
「まあいいや、、、とりあえず文字が読めないんじゃどうしようもないな・・・。」
用が済んだので周りをぐるりと見渡す。
当然誰一人として書物を探す人はいないのだが、付添い人が一人いたのだ。先ほどからその姿
が見えない。
「迷子にでもなったのか・・・?いや、逆か・・・。」
流石にこれだけ広ければかくれんぼや鬼ごっこのやりがいがあるだろう・・・。
幼いころに遊んだ公園のグラウンドよりも広い気がする・・・。
そんな懐古の念に囚われていると後ろからいきなり声をかけられた。
「探し物は見つかりましたか?」
「うわ、びっくりしましたよほんと!!なんでわざわざ後ろから声をかけるんです?」
「いやはや、いたずらが好きなもんでー。それにこんな場所にいるとなんだか子供じみた感情がこ
う昇ってきませんか?」
「別に。」
ついさっきまでそんなことを感じていたことは黙っていた。2回分成人するまであと半年といった
ダンディなおっさんがそんなメルヘンチックなことで談笑したくなかった。
自分自身も年相応に顔にも年季が入ってきていることは自覚している。それを自覚してからか自然と
今のような立派な無精ひげをたくわえるようになっていった。
「先生は現実主義ですからねー。ぜひ講演会にはまたお誘いを願いたい。」
「了解しました。」
市内の国立大学で普段は準教授という立場を取っている自分は、世間的にはインテリで通っては
いる・・・が、その風貌はその内面に似つかわしくないものであることもまた、自覚している。
目の前の男、私からは見下ろす形になっているが、彼はバレーボールのインターハイに出場
した経験を持つ。当然一般人よりも相当背が高い。が、さらにそれを見下ろす私・・・といえば
ある程度の大きさはつかめるかもしれない・・・。
「では上に戻りましょうか。」
付添い人に今度は付き添う形で1階地上ロビーに戻った。
受付で付き添いの男が私の代わりに退館手続きを取ってくれている間を借りて天井を見上げた。
それにしても背が高い建物だと思った。
001
青い空に一際目立つ白い蒸気が立ち上っている。透き通るように決め細やかな白が。
そんな雪のような白さを空の果てまで放出し続けている大きな煙突がこの町の
唯一無二のシンボルである。
人口は決して多くはないが、特産物は「MANJYU」。そして何より温泉街として有名な
土地である。周りは山で囲まれ切り取られた空中庭園のような雰囲気すらある、
そんな都市。それでも人はよくある光景の中に溶け込んで暮らしているものだ。
「あるぇ~~~?確かにここにおいたはずなのにぃぃぃぃ!!!!」
知り合いの中では片付けられない女として通っている。まったくもって不名誉な異名
なのだがなかなかどうして真実だから否定のしようがない。
「ま、どっかに忘れてきたんでしょうよ。いつものことだろい?」
「いや、あれは大事なものだから肌身離さず持ってるはずなんだよ!」
「「ここに置いた」とか言ってる時点で肌身から離れてるよね?」
「暗黙知の領域では手の届く全ての範囲は肌身の一部と解釈が可能なのだ!」
「暴論だよそれ・・・。」
「暴論は認める。」
「認めるのかよ!てか暴論自分じゃないすか!」
「希望論ならいくらでも~♪」
「じゃあ私の希望論も聞いてくれる?」
「おうおうなんだい?誹謗論でも展開してくれるのかい?」
「希望と誹謗があんたの中で統一されるのかい!?」
「表裏一体というやつだよ!表は裏!裏は表なのさ!」
「非暴論のつもりかあああ!!!!」
掛け合いを楽しみながらも自分の任務を全うせんと必死にマルタイを探す!
だが見つからない・・・。
「んで?何探してんの?」
「まあ希望の類だね。」
「給食費?」
「おいおい、いくらなんでもそこまで食い意地張ってないよあたしは!!それとも何か?
そこまでうちが貧乏だとでもいうのかや?」
「希望誹謗貧乏の三冠坊だったのか!?!?」
「なにぃ?あたし天才かぁ!?!?」
「どうでもいいよ!んで何探してんのさ!」
「ああ、りんごのキーホルダーだよー。ほら、ひらみゃんも持ってるでしょ?」
「あーこれね。」
そういってひらみゃんと呼ばれた少女は自分のバッグに備え付けられた拳の大きさほどの
りんごのキーホルダーをちらつかせた。
「愛称平みゃんこと平田都(ひらたみやこ)。齢17。身の丈158cm、体重は秘密。」
「何さ急に・・・。」
「いやぁ、なんとなく自己紹介をしておかなければいけない使命感に駆られたのさー。」
「誰に対する使命感だよそれ・・・んじゃあわたしもあんたを自己紹介しなきゃいけないか。」
「む?」
「濱中涼子(はまなかりょうこ)日本人。年齢17。身長164cm、体重は49kg。」
「あれ?おかしくね?なんか今秘密事項なはずの項目が簡単に表示されたよ?」
「私は極秘事項以外全部開示する主義だから。」
「うーわひっどい!じゃああたしもきみの体重開示するからねー!」
「好きにしなよ!」
「平田都!体重は~~~た、体重・・・体重は・・・・」
「んふ・・・」
「ああそうか!!!!!!あたしひらみゃんの体重知らないよぉ!!」
「さてさて天然さん!さっさとりんご探さないと賞味期限が来ちゃうよぉ?」
「マジかぁ!?あたしとため張って天然名乗れるくらいおいしそうなあのキーホルダー
に賞味期限がきちまったら100%天然はあたしだけかぁ!?!?!?」
「そうだねぇ、最悪わたしのがほしいなら代わりにあんたから絞れるだけ絞ってやるよぉ?」
「いや、マジで怖いんでやめてください・・・。本当に今お金ないんだ・・・。搾りかす
は何も残らない文字通り100%ジューシーな身の上さ・・・。」
結構真剣になって探しているにもかかわらず姿を現してくれない赤いりんご。
急がなければ学校に遅刻するのだ。
濱中涼子17歳!こう見えて人生一度も遅刻欠勤はなし!模範的学生なのだ!
「うぅ・・・ほんとにないよぉ・・・。」
「また帰ってきてから探せばいいじゃない?」
「でもタイ米はたいて去年交換したばっかだよ?」
「大枚はたかずタイ米で手を打ったってのも信じがたい事実だったけどね・・・。
どんだけタイ米食べたかったんだろうねあの子・・・。」
ダジャレのような話だが、濱中は昨日5kgのタイ米と引き換えに友人からキーホルダーを譲って
もらっていた。お金はないがタイ米なら家に腐るほどある!という理由からの物々交換で
あった。このキーホルダー、実はプレミアもので、その特殊な色付けがどういう技術で
施されたものなのか作り主以外知らないのだが、本当に生のりんごにしか見えないほどに
天然の色合いをしている。平田の一族は昔ながらの裕福な資産家であり、金にモノを言わせ
てこのりんごキーホルダーを手に入れていた。平田は合計3個所持していたのだが、ひとつ
を姉に、もうひとつを平田の親友冬樹に渡していた。これは今から3年前の話であり、
その当時この町に引っ越してきていなかった濱中にはあずかり知らない話であったのだ。
冬樹はさばさばしているというかボーイッシュというか、物欲がなくあまり飾らない性格で、
欲しいならあげようという話になったのである。ただ、レアものをタダでいただくというの
も忍びなく思った濱中は物々交換させてくれと言い出した挙句、このような取引になった
次第だ。
「ふう、しかたがないよなぁ・・・時間だもん・・・。帰ってきてから探すぅ!」
気力を使い果たした濱中は諦めて皆勤賞を優先した。
この選択が大きな分かれ道になっていたことにこのとき当然気づきもせずに・・・。
白の集団は流れに逆らわずに昇り続けていた。
青い空に一際目立つ白い蒸気が立ち上っている。透き通るように決め細やかな白が。
そんな雪のような白さを空の果てまで放出し続けている大きな煙突がこの町の
唯一無二のシンボルである。
人口は決して多くはないが、特産物は「MANJYU」。そして何より温泉街として有名な
土地である。周りは山で囲まれ切り取られた空中庭園のような雰囲気すらある、
そんな都市。それでも人はよくある光景の中に溶け込んで暮らしているものだ。
「あるぇ~~~?確かにここにおいたはずなのにぃぃぃぃ!!!!」
知り合いの中では片付けられない女として通っている。まったくもって不名誉な異名
なのだがなかなかどうして真実だから否定のしようがない。
「ま、どっかに忘れてきたんでしょうよ。いつものことだろい?」
「いや、あれは大事なものだから肌身離さず持ってるはずなんだよ!」
「「ここに置いた」とか言ってる時点で肌身から離れてるよね?」
「暗黙知の領域では手の届く全ての範囲は肌身の一部と解釈が可能なのだ!」
「暴論だよそれ・・・。」
「暴論は認める。」
「認めるのかよ!てか暴論自分じゃないすか!」
「希望論ならいくらでも~♪」
「じゃあ私の希望論も聞いてくれる?」
「おうおうなんだい?誹謗論でも展開してくれるのかい?」
「希望と誹謗があんたの中で統一されるのかい!?」
「表裏一体というやつだよ!表は裏!裏は表なのさ!」
「非暴論のつもりかあああ!!!!」
掛け合いを楽しみながらも自分の任務を全うせんと必死にマルタイを探す!
だが見つからない・・・。
「んで?何探してんの?」
「まあ希望の類だね。」
「給食費?」
「おいおい、いくらなんでもそこまで食い意地張ってないよあたしは!!それとも何か?
そこまでうちが貧乏だとでもいうのかや?」
「希望誹謗貧乏の三冠坊だったのか!?!?」
「なにぃ?あたし天才かぁ!?!?」
「どうでもいいよ!んで何探してんのさ!」
「ああ、りんごのキーホルダーだよー。ほら、ひらみゃんも持ってるでしょ?」
「あーこれね。」
そういってひらみゃんと呼ばれた少女は自分のバッグに備え付けられた拳の大きさほどの
りんごのキーホルダーをちらつかせた。
「愛称平みゃんこと平田都(ひらたみやこ)。齢17。身の丈158cm、体重は秘密。」
「何さ急に・・・。」
「いやぁ、なんとなく自己紹介をしておかなければいけない使命感に駆られたのさー。」
「誰に対する使命感だよそれ・・・んじゃあわたしもあんたを自己紹介しなきゃいけないか。」
「む?」
「濱中涼子(はまなかりょうこ)日本人。年齢17。身長164cm、体重は49kg。」
「あれ?おかしくね?なんか今秘密事項なはずの項目が簡単に表示されたよ?」
「私は極秘事項以外全部開示する主義だから。」
「うーわひっどい!じゃああたしもきみの体重開示するからねー!」
「好きにしなよ!」
「平田都!体重は~~~た、体重・・・体重は・・・・」
「んふ・・・」
「ああそうか!!!!!!あたしひらみゃんの体重知らないよぉ!!」
「さてさて天然さん!さっさとりんご探さないと賞味期限が来ちゃうよぉ?」
「マジかぁ!?あたしとため張って天然名乗れるくらいおいしそうなあのキーホルダー
に賞味期限がきちまったら100%天然はあたしだけかぁ!?!?!?」
「そうだねぇ、最悪わたしのがほしいなら代わりにあんたから絞れるだけ絞ってやるよぉ?」
「いや、マジで怖いんでやめてください・・・。本当に今お金ないんだ・・・。搾りかす
は何も残らない文字通り100%ジューシーな身の上さ・・・。」
結構真剣になって探しているにもかかわらず姿を現してくれない赤いりんご。
急がなければ学校に遅刻するのだ。
濱中涼子17歳!こう見えて人生一度も遅刻欠勤はなし!模範的学生なのだ!
「うぅ・・・ほんとにないよぉ・・・。」
「また帰ってきてから探せばいいじゃない?」
「でもタイ米はたいて去年交換したばっかだよ?」
「大枚はたかずタイ米で手を打ったってのも信じがたい事実だったけどね・・・。
どんだけタイ米食べたかったんだろうねあの子・・・。」
ダジャレのような話だが、濱中は昨日5kgのタイ米と引き換えに友人からキーホルダーを譲って
もらっていた。お金はないがタイ米なら家に腐るほどある!という理由からの物々交換で
あった。このキーホルダー、実はプレミアもので、その特殊な色付けがどういう技術で
施されたものなのか作り主以外知らないのだが、本当に生のりんごにしか見えないほどに
天然の色合いをしている。平田の一族は昔ながらの裕福な資産家であり、金にモノを言わせ
てこのりんごキーホルダーを手に入れていた。平田は合計3個所持していたのだが、ひとつ
を姉に、もうひとつを平田の親友冬樹に渡していた。これは今から3年前の話であり、
その当時この町に引っ越してきていなかった濱中にはあずかり知らない話であったのだ。
冬樹はさばさばしているというかボーイッシュというか、物欲がなくあまり飾らない性格で、
欲しいならあげようという話になったのである。ただ、レアものをタダでいただくというの
も忍びなく思った濱中は物々交換させてくれと言い出した挙句、このような取引になった
次第だ。
「ふう、しかたがないよなぁ・・・時間だもん・・・。帰ってきてから探すぅ!」
気力を使い果たした濱中は諦めて皆勤賞を優先した。
この選択が大きな分かれ道になっていたことにこのとき当然気づきもせずに・・・。
白の集団は流れに逆らわずに昇り続けていた。
002
遠くを眺めればいつでも星が瞬く夜空を拝めるとは限らない。とくに「暗の刻」が
訪れた世界は永久にベルベットのカーテンに埋もれたまま暗転し続けることになる。
それが色を失うことの恐ろしさであり、色彩に彩られた世界の終焉図なのだ。
「それにしても何でこんな辺境の次元軸の色補正なんてしにきたんだ?なんかパレットに
追加したい色でも持ってるのか?」
「そだねー。目にしっかり焼きこみしておきたいんだよねー。あわよくばアルバムに保存
できるといいかな。」
「はーそうかい・・・。とりあえず現地調査は勝手にやってくれよ?おれこう短足だから
人より歩くのに苦労すんのね。」
「わかったわかった!嘆息はやめてくれよ?嘆いてても始まらない。」
「嘆いてても始まらないなら始まる前に投げて終わらせるのが俺のやり方なんだが。」
「それも簡便願うよ。かわいい女の子にキッスを投げてもらって終わりたいだろう?」
「そいつぁおいしい話だがもうその話にはつられないよ・・・。その話でやる気を出した
時に限って俺が損をするんだ。」
「わかったわかった。じゃあ今日はずっと筆の状態でいてくれな?」
「了解。」
この青年にとっては2ヶ月ぶりの大仕事!相棒と思しき男(?)とは違い内心少しわく
わくしている。仕事の内容は?と聞かれると実に返答に困ってしまうかもしれない。
というのも、見えないものや知らないものを存在しないと決めてしまうことはできない
からだ。きっと多くの人が聞いたことも見たこともない仕事をこの青年は職にしている。
言葉での説明は困難を要するだろう。
「とりあえずは一番人の集まりそうなところへいくかーっと・・・待てよー。」
この都市ではもっとも高い展望台と成り得る山の頂上から下を見渡す。
当然すべてのものは見下ろす形になるわけだが、唯一見下ろせないものがある。
「それにしても背の高い土管だねぇ。」
今回の仕事、この都市最初の観光場所は決まったのだった。
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
同刻、学生の本分を全うした少女たちが足早に帰宅を始める。
「ひらみゃん早くぅ!!」
「何であんたの探し物にわたしが球道会休んでまで挑まなけりゃいけないんだろうね。」
球道会とはこの「スライド」においてのポピュラーな競技である。別の「スライド」では
サッカーや球蹴りなどと形容されるかもしれない。
「とにかく早くぅ!」
学生の本分に取り組んでいる間も取り組んでいるのは見かけだけで頭の中はりんご一色
だったのだから、この爆発力も納得せざるを得まい。そんなスピードで街中を駆けていく。
影が長い・・・。
日が沈もうとしていた。
空の青色はすでにもう橙色と交代している。物理的な解釈で言えばレイリー散乱なる
現象で説明がついてしまうのだが、昔の人は去り行く日を眺めそこに神秘を感じていた
のだろう、闇を照らす光はいつも希望の象徴であり「神」なのだ。
日を背にして反対に走り続ける二人の少女の後ろに長く伸びる人影が二人の足音を追い
続ける。
その時そこに一筋の違う影が混ざりこんだ気がした。追われている影が増えた気がして
ふと足を止めた。
「どしたの?涼子?」
「なんか変な感じがする。」
「え?どういうこと?」
無言のまま暮れる日の方に振り返る。人影はない。あるとすれば大きな煙突。この町の
シンボルとして堅くその存在を誇示してきた雲まで届きそうなくらい大きな煙突。
「どでかんちゃんがどうかした?」
どでかんちゃんとはまた愛くるしい呼称をつけられているその煙突が心なしかいつもより
へこたれているように見える。無機質なモノから受ける印象としてはいささか変・・・
かもしれないが・・・。
「なんかさ、どでかんちゃんの様子おかしくない?」
「そうかねぇ・・・おかしいとすれば先月この町にやってきた例の煙職人のせい
じゃないの?」
この町はいつから存在していたのかすら定かではないどでかんちゃんによってその存在
意義が守られてきた。周りが山に囲まれているせいで交易が少なく、閉鎖的な空間を
形成している。外界からの刺激がない分独自の文化の元に発展してきた都市なのだ。
煙突は地下の奥深くまで通じていると言われ、途切れることなく真白い煙を天へ放ち
続けている。この煙には様々な地下の成分が含まれており、人体に与える効能が非常に
良く、また温泉もいたるところから湧き出ていることを利用して、「蒸気湯煙サウナ」
という独自のサウナが備わった温泉街が広がっている。公益はなくともそのサウナを
求めて自然と人が集まってきたのだ。
それが先月、「煙職人」と呼ばれる男がここに来て煙突の整備をすると言い出してから
どうやらサウナの質が落ちたとうわさされるようになり、ここ1週間は客の出入りが
めっきり少なくなってしまっていた。
「煙職人って何しにきたのさ?」
「なんかうちの親が言ってたんだけど、そろそろ寿命が来て煙突が壊れるから補修
しなけりゃいけないとかで補修作業をやるために滞在しているんだってさ。」
「じゃあ今どでかんちゃんは補修されちゃってるわけなのか?」
「そうだねぇ・・・あんたが補習させられちゃってる間にねぇ・・・。」
「なぞの病原菌にやられちゃってテストが受けられなかったんだもんさー!」
「まあ体調管理も実力の内さー!」
「うぅ、なんか最近ひらみゃん黒いぞ?あの白にちょっと曇ったような黒がついた
煙みたいな感じだよ!」
「おいおいわたしを煙扱いすんな!それにどこが煙のように黒・・・?え・・・?」
二人ともはっとして、もう一度煙突から空に突きあがる煙を見た。
なぜ気づかなかったのか・・・さっきからずっと異変は視神経を通して伝達され続け
ていたはずではなかったか・・・?
「何で煙が黒ずんでるの???病気?あたしの病気うつった????」
「おかしいよこれぜったい!行ってみよう!」
今まで一切ほかの色の干渉を受け付けなかった純粋だったはずの白が苦悶の表情を
浮かべているように見えた。
遠くを眺めればいつでも星が瞬く夜空を拝めるとは限らない。とくに「暗の刻」が
訪れた世界は永久にベルベットのカーテンに埋もれたまま暗転し続けることになる。
それが色を失うことの恐ろしさであり、色彩に彩られた世界の終焉図なのだ。
「それにしても何でこんな辺境の次元軸の色補正なんてしにきたんだ?なんかパレットに
追加したい色でも持ってるのか?」
「そだねー。目にしっかり焼きこみしておきたいんだよねー。あわよくばアルバムに保存
できるといいかな。」
「はーそうかい・・・。とりあえず現地調査は勝手にやってくれよ?おれこう短足だから
人より歩くのに苦労すんのね。」
「わかったわかった!嘆息はやめてくれよ?嘆いてても始まらない。」
「嘆いてても始まらないなら始まる前に投げて終わらせるのが俺のやり方なんだが。」
「それも簡便願うよ。かわいい女の子にキッスを投げてもらって終わりたいだろう?」
「そいつぁおいしい話だがもうその話にはつられないよ・・・。その話でやる気を出した
時に限って俺が損をするんだ。」
「わかったわかった。じゃあ今日はずっと筆の状態でいてくれな?」
「了解。」
この青年にとっては2ヶ月ぶりの大仕事!相棒と思しき男(?)とは違い内心少しわく
わくしている。仕事の内容は?と聞かれると実に返答に困ってしまうかもしれない。
というのも、見えないものや知らないものを存在しないと決めてしまうことはできない
からだ。きっと多くの人が聞いたことも見たこともない仕事をこの青年は職にしている。
言葉での説明は困難を要するだろう。
「とりあえずは一番人の集まりそうなところへいくかーっと・・・待てよー。」
この都市ではもっとも高い展望台と成り得る山の頂上から下を見渡す。
当然すべてのものは見下ろす形になるわけだが、唯一見下ろせないものがある。
「それにしても背の高い土管だねぇ。」
今回の仕事、この都市最初の観光場所は決まったのだった。
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
同刻、学生の本分を全うした少女たちが足早に帰宅を始める。
「ひらみゃん早くぅ!!」
「何であんたの探し物にわたしが球道会休んでまで挑まなけりゃいけないんだろうね。」
球道会とはこの「スライド」においてのポピュラーな競技である。別の「スライド」では
サッカーや球蹴りなどと形容されるかもしれない。
「とにかく早くぅ!」
学生の本分に取り組んでいる間も取り組んでいるのは見かけだけで頭の中はりんご一色
だったのだから、この爆発力も納得せざるを得まい。そんなスピードで街中を駆けていく。
影が長い・・・。
日が沈もうとしていた。
空の青色はすでにもう橙色と交代している。物理的な解釈で言えばレイリー散乱なる
現象で説明がついてしまうのだが、昔の人は去り行く日を眺めそこに神秘を感じていた
のだろう、闇を照らす光はいつも希望の象徴であり「神」なのだ。
日を背にして反対に走り続ける二人の少女の後ろに長く伸びる人影が二人の足音を追い
続ける。
その時そこに一筋の違う影が混ざりこんだ気がした。追われている影が増えた気がして
ふと足を止めた。
「どしたの?涼子?」
「なんか変な感じがする。」
「え?どういうこと?」
無言のまま暮れる日の方に振り返る。人影はない。あるとすれば大きな煙突。この町の
シンボルとして堅くその存在を誇示してきた雲まで届きそうなくらい大きな煙突。
「どでかんちゃんがどうかした?」
どでかんちゃんとはまた愛くるしい呼称をつけられているその煙突が心なしかいつもより
へこたれているように見える。無機質なモノから受ける印象としてはいささか変・・・
かもしれないが・・・。
「なんかさ、どでかんちゃんの様子おかしくない?」
「そうかねぇ・・・おかしいとすれば先月この町にやってきた例の煙職人のせい
じゃないの?」
この町はいつから存在していたのかすら定かではないどでかんちゃんによってその存在
意義が守られてきた。周りが山に囲まれているせいで交易が少なく、閉鎖的な空間を
形成している。外界からの刺激がない分独自の文化の元に発展してきた都市なのだ。
煙突は地下の奥深くまで通じていると言われ、途切れることなく真白い煙を天へ放ち
続けている。この煙には様々な地下の成分が含まれており、人体に与える効能が非常に
良く、また温泉もいたるところから湧き出ていることを利用して、「蒸気湯煙サウナ」
という独自のサウナが備わった温泉街が広がっている。公益はなくともそのサウナを
求めて自然と人が集まってきたのだ。
それが先月、「煙職人」と呼ばれる男がここに来て煙突の整備をすると言い出してから
どうやらサウナの質が落ちたとうわさされるようになり、ここ1週間は客の出入りが
めっきり少なくなってしまっていた。
「煙職人って何しにきたのさ?」
「なんかうちの親が言ってたんだけど、そろそろ寿命が来て煙突が壊れるから補修
しなけりゃいけないとかで補修作業をやるために滞在しているんだってさ。」
「じゃあ今どでかんちゃんは補修されちゃってるわけなのか?」
「そうだねぇ・・・あんたが補習させられちゃってる間にねぇ・・・。」
「なぞの病原菌にやられちゃってテストが受けられなかったんだもんさー!」
「まあ体調管理も実力の内さー!」
「うぅ、なんか最近ひらみゃん黒いぞ?あの白にちょっと曇ったような黒がついた
煙みたいな感じだよ!」
「おいおいわたしを煙扱いすんな!それにどこが煙のように黒・・・?え・・・?」
二人ともはっとして、もう一度煙突から空に突きあがる煙を見た。
なぜ気づかなかったのか・・・さっきからずっと異変は視神経を通して伝達され続け
ていたはずではなかったか・・・?
「何で煙が黒ずんでるの???病気?あたしの病気うつった????」
「おかしいよこれぜったい!行ってみよう!」
今まで一切ほかの色の干渉を受け付けなかった純粋だったはずの白が苦悶の表情を
浮かべているように見えた。
003
自分はかの付添い人が言っていたように、純然たる現実主義者だったように思う。
若さに似合わず頑なにそれを自分の正義にしていた。
そしてそれが原動力にも言動力にも成り得たわけだ。
しかし、そんな自分にも過渡期が来る・・・。
今となっては夢現。「現実主義者」の私が夢と現実を混同するなと強く叫ぶが、
自分はそのとき、たしかに「二つの世界」を体験した気がするのだ。
よくある心霊体験と類似したモノなのかもしれない・・・。いやでも、
そうではないのだと最近になってまた強く感じるのだ。
理由は明確には述べられない。なぜここまで気にかけてしまうのか・・・?
その理由が知りたかったのか・・・はたまた同じ体験をした者を探したかったの
か・・・。
こうして自分は長らく物理学者という仰々しい立場を捨てて一個人として旅を
している。街から街へと移り変わり様々な文献を漁った。先人の経験や知識は
学者にとって有益なものだが、今回の旅においては多くのものが脳内に入る前に
はじかれ出て行ってしまう。
昨日もこの街で最も歴史があり、最も大きいと言われる国立図書館に行ってきた
わけだが、半日費やしても得られる情報はなかった。
旅に出てからすでに1週間が経つ。
こうして街の風景や人の様子を見て回るのも悪くない話ではあるが、元来自分には
あってないのだろう・・・。街中を一人で歩くと周りの雑踏やそれらの話し声が
妙に脳の芯に響く・・・。それでも足の運びは抑えられない、今日はとくに。
その理由は先ほど出会った奇妙な老人が放った言葉のせいだ。
しかしその前に退館後の話を少ししておく必要がある。
「そういやこの街って遍歴の哲学者が人生最後の余暇を過ごすために滞在する街
としても有名なんですよね。」
「遍歴?」
「ええ、何でもその思想ゆえに遍歴せざるを得ない人たちですよ。「歩く学者」と
この街では呼ばれています。」
歩く学者・・・。つぶやきながら図書館を後にして歩いてきたほうを振り返った。
「ああいった図書館があるせいですか?」
「それもあるかもしれませんが、最も大きいのはやはりアレだと思います。」
そう言って元々そんなに光を受け入れられるほどに開いてはいなかった目をさらに
細めてある方向を指差した。その方向にあるのは傾きそびえるひとつの塔だ。
そうだった・・・。この街にはその高さに耐えられずいつからか傾き始め、今では
ひざをついて折れてしまうのではないかと思われるほどの角度になった塔があった。
その高さは雲をも突き抜け、どこまで続いているのかわからない。
そして、突き抜けられた雲は塔に粘着しているかのように周りを斜めにまとわり
ついたまま、塔にかぶせた筒のようになって天高くどこまでも渦を描いている。
塔と雲を全体的に見渡すと、遥か上空それこそ天から、塔が白い綿を自分の体に巻き
つけて引き剥がしにかかっているように見える。
局所的な異常・・・なのである。
飛行艇と呼ばれる乗り物が開発されてから、現地調査に来た学者もいたが、
例外なく彼らはあの空に突きあがる雲の中で発生する異常気象に巻き込まれて
帰らぬ人となった。それ以来誰一人としてあの雲の中身をのぞく者はいない。
今では科学的推測が進むだけだ。
いつ見てもまったく同じ姿をしたその雲の取り巻きは、科学的な説明が困難で
あるという。普通に考えて、永久に晴れない雲というのはおかしな話だ。
ましてや空を流れずにのしっと自分の居場所を占領しつづける雲など聞いたことが
ない。
では、塔の内部はどうなっているのか?塔の中からのぞけばいいのではないのか?
その発想は多くの者にあった。そして実行に移した冒険家や学者全員が中で
折り返せざるを得ないある事情が潜んでいたという・・・。
一説によると、あの塔の中には太古に生息した猛獣、それこそ幻獣の類が自分の
居場所を守ろうと陣取っており、侵入者を排除しようとしているのだそうだ。
これはあくまでも空想、これからいわゆる伝承となって語り継がれるであろう
シナリオであって真実ではない。
だが、自分はこう推測している。いや、今、推測できた。
先ほどのバレー男児の話にも出てきた遍歴の思想家が集って住まい、外部からは
不可侵とも言える領域になっているのではないだろうか。
世間からその思想ゆえに追放され、言論の自由を奪われ社会的にも抹殺された
著名な方々がそこに集っていたらどうだろう・・・。
自分でなくとも異形の光景に見えるだろう。とくに学問の世界に精通している者
にとってはなおさらだ。
行き過ぎた恐怖は神格化され、伝承になる。
今では触らぬ神に祟りなしの状態で、雲を斜めに突き抜けた塔は観光客にとって
は一目拝むだけの存在だ。
「危険」とか「神域」とか書かれ、真正面からの堂々とした入場は不可能と
なっている。
そんなことを考えていてふと我に返ると頭半分自分より小さいくらいの男が、
こちらの様子を微笑みながら眺めていた。笑うと実に目が細くなる男だ。
「先生はたまにそういう顔をされるときがありますよね。」
「そうですか?何分くらい考えこんでました?」
「30秒くらいですかね・・・。私が背伸びをした後屈伸をしてもまだ余裕が
あるくらいの時間でしたし・・・。」
「すみません。」
「いえいえ、先生は私とは違って聡明な方ですからね。それに、、、」
胸のポケットにひっかけていたペンを右手に取り、それを自分の胸の前で起用に
回しながら比較的鋭利だといえる鼻を軽くつまんで離し少しの間のあとこう答えた。
「現実主義者の先生にはどうでもいい話でしたよね、遍歴の哲学者の話なんて。」
そして額をすっぽり隠していた前髪をかきあげて後に続けた。
「いやぁね、物好きがいるんですよ・・・。塔に入りたいっていうね・・・。
あの中にあるものを見たい!見たら帰るってね・・・。」
「・・・・・・。」
わかりやすい牽制・・・。前もって自分で誘導しておいての牽制か・・・。
この男と会うのは今日が初めてであり、出会ったその第一印象は
「底が知れない男」
だった。
そもそも図書館でのあれは、「付き添い」ではなく完全に「監視」の類だった
ように思える。
この男はわかっていたのだ。私が物理学の真理を追究するためにあの図書館に
訪れたわけではないこと。現実主義の塊では決してなくなっていること。
そして今しがたの話を聞いて塔の中身に興味を抱いていることまでも。
細められた目の奥をのぞきこむと、蛇のようだと形容されるほど異様な雰囲気が
醸し出されている。
「油断ならない」と考えているのはこちらも同じ。
わざわざネタバレをしておいて牽制するのだから厳重注意だと解釈して間違い
ないだろう。
「そうですねぇ・・・。私はこう見えても完全に自由の身ではない上に、
あと半分は人生も残している。物好きとは違ってそこは賢い選択ができるかと
思っていますよ。」
おそらくこの男、いやこの街の多くの人間がわかっているのだろう。
あの塔が遍歴の思想家のたまり場になっているであろうことが・・・。
だからよそ者には触れてほしくない・・・。
しばらく目をつむって黙り込んだ後、それが終了したことへの合図か再び左手で
とがった鼻を軽くつまんで離してから、
「先生が現実主義者で助かりましたよ。」
比較的愛想の良いいつもの表情にもどっていた。
元々の腫れぼったさがさらに強調された目をしていた。
「さて、どうしたものか・・・」
監視人とはようやく別れたもののいまだに別の監視が続いている可能性はある。
それにしてもあの監視人、白いシャツを上まできっちりボタンで留め、下は
ベージュの綿のパンツという姿で「こう見えてもバレーボールやってたんですよ!」
と明るく自分を出迎えてくれたときには、「底が知れない・・・」
とは思いつつも好印象は持ったものだが、中身はどうやら外見とは違い相当に黒色
のようだった・・・。全体的にやせ細っていて鼻だけでなく顎、眉も、
さらには頭の中身も非常にシャープな男だったようだ。
妙にさらっとしていた黒髪はこの地域の出身者のそれとは違っていた。
明らかに異国の者であろうが、言葉の使い方、イントネーションは地域出身者と
変わらぬそれだった。
彼は一体どういう経歴の持ち主なのだろうかとふと思った。だがまあそんなことは
さておき、これからどうするかである。
たっぷりたくわえた無精ひげを右手でなでながら、堀の深いと言われる眼元を指で
揉んだ。
どうやら寝不足らしい・・・。
とりあえず宿を取ろうかとも思ったが、すぐにその考えは却下された・・・。
「やつら」はおそらく自分が街を出るまで監視を張っていることだろう。
一番手っ取り早いのはこの街から一度出てしまうことだ。
隣町の宿屋にまで監視がつくようなら身の危険すら感じる程の警告と
読み取れる。
それに、あの塔の周りの雲が、1ヶ月程前から異様な程黒ずんできているという。
思えばあの巻きつきかぶさっている雲、長年異様な白さを保ち続けて来た。
長年も長年、それこそ太古からの話ではないかと云われている。
それが黒くなる事態・・・確かに良からぬ現象に見えるかもしれない・・・。
このまま中を見学させてくださいといって通る相手が入り口付近に集まっていれば
良いが、入り口付近を固めているであろう連中はそんな接客精神旺盛な者とは程遠い
輩であろう。
いや、否。
出迎えて丁重にもてなしてくれるという意味では接客精神旺盛か・・・。
丁重過ぎて永久に気を失う可能性も高いが・・・。
とにかく一旦街を出よう。そう思ったその時だった。
「後ろが隙だらけだねぇ・・・。」
驚いて後ろを振り返った・・・が、そこには誰もいない。
いや、違った。正しくは視界には現れなかっただけだ。
視線を落とすとそこには自分のへそのあたりまでにしか達しない小さな老人がいた。
年齢はこの角度からはわからない・・・。頭を覆う髪の毛はいまだに衰えがないよう
だが、その色は曇りのない白だった。
「な、何か私に御用で?」
ここからの角度では顔の表情が読み取りにくい。この老人がえらく腰を丸めて立って
いるためか。しかしそれにしても顔の中心から端へと流れていくようなしわの数は
相当なものだ。自分と良い勝負ではないかと思えるほど堀が深く、それが作り出す
影のせいで瞳の色すらわからない。
「多分、君の力になれると思うのだが・・・。」
妙なことを言い出す老人だ・・・。まったくこちらに視線を合わそうともせず話し
続ける。
「君が今やろうとしていることは私にも非常に都合が良くてね・・・。ぜひ、同行させ
てもらいたいものだよ。」
「同行?私はもうこの街に用事は残っていませんので隣町の宿で一泊したら飛行艇で
別の地へ向かうつもりですが。」
何も真実を見知らぬ老人に教える必要はない。すべてがうそである必要もない。
「はっはっは・・・そうかいそうかい。やはり気が合うなぁ・・・。君と私は。
私も今まさにそう考えていたところだよ。」
何を言っているのかさっぱりわからない。関わらないほうが良さそうだ。
「じゃあ私は急ぎますので。」
振り向き、早々とこの場を立ち去ろうと思ったその時だった。
「では私も行くとするよ。○○駅最寄××通りの△△ってとこでまた会おうか。」
「え・・・?」
思わず声にだして聞き返してしまったが、振り返ると老人もすでに別の方角へと歩き
始めていた。
まったく意味がわからない。そんな宿に自分が行く保障などまったくないのだ。
というよりも、今それを言われたために絶対行くものかと思った。
とにかく早くこの街を出ることだ。
そんな強い意志を持って宿探しに当たった5時間後、老人の予言は真実となった。
自分はかの付添い人が言っていたように、純然たる現実主義者だったように思う。
若さに似合わず頑なにそれを自分の正義にしていた。
そしてそれが原動力にも言動力にも成り得たわけだ。
しかし、そんな自分にも過渡期が来る・・・。
今となっては夢現。「現実主義者」の私が夢と現実を混同するなと強く叫ぶが、
自分はそのとき、たしかに「二つの世界」を体験した気がするのだ。
よくある心霊体験と類似したモノなのかもしれない・・・。いやでも、
そうではないのだと最近になってまた強く感じるのだ。
理由は明確には述べられない。なぜここまで気にかけてしまうのか・・・?
その理由が知りたかったのか・・・はたまた同じ体験をした者を探したかったの
か・・・。
こうして自分は長らく物理学者という仰々しい立場を捨てて一個人として旅を
している。街から街へと移り変わり様々な文献を漁った。先人の経験や知識は
学者にとって有益なものだが、今回の旅においては多くのものが脳内に入る前に
はじかれ出て行ってしまう。
昨日もこの街で最も歴史があり、最も大きいと言われる国立図書館に行ってきた
わけだが、半日費やしても得られる情報はなかった。
旅に出てからすでに1週間が経つ。
こうして街の風景や人の様子を見て回るのも悪くない話ではあるが、元来自分には
あってないのだろう・・・。街中を一人で歩くと周りの雑踏やそれらの話し声が
妙に脳の芯に響く・・・。それでも足の運びは抑えられない、今日はとくに。
その理由は先ほど出会った奇妙な老人が放った言葉のせいだ。
しかしその前に退館後の話を少ししておく必要がある。
「そういやこの街って遍歴の哲学者が人生最後の余暇を過ごすために滞在する街
としても有名なんですよね。」
「遍歴?」
「ええ、何でもその思想ゆえに遍歴せざるを得ない人たちですよ。「歩く学者」と
この街では呼ばれています。」
歩く学者・・・。つぶやきながら図書館を後にして歩いてきたほうを振り返った。
「ああいった図書館があるせいですか?」
「それもあるかもしれませんが、最も大きいのはやはりアレだと思います。」
そう言って元々そんなに光を受け入れられるほどに開いてはいなかった目をさらに
細めてある方向を指差した。その方向にあるのは傾きそびえるひとつの塔だ。
そうだった・・・。この街にはその高さに耐えられずいつからか傾き始め、今では
ひざをついて折れてしまうのではないかと思われるほどの角度になった塔があった。
その高さは雲をも突き抜け、どこまで続いているのかわからない。
そして、突き抜けられた雲は塔に粘着しているかのように周りを斜めにまとわり
ついたまま、塔にかぶせた筒のようになって天高くどこまでも渦を描いている。
塔と雲を全体的に見渡すと、遥か上空それこそ天から、塔が白い綿を自分の体に巻き
つけて引き剥がしにかかっているように見える。
局所的な異常・・・なのである。
飛行艇と呼ばれる乗り物が開発されてから、現地調査に来た学者もいたが、
例外なく彼らはあの空に突きあがる雲の中で発生する異常気象に巻き込まれて
帰らぬ人となった。それ以来誰一人としてあの雲の中身をのぞく者はいない。
今では科学的推測が進むだけだ。
いつ見てもまったく同じ姿をしたその雲の取り巻きは、科学的な説明が困難で
あるという。普通に考えて、永久に晴れない雲というのはおかしな話だ。
ましてや空を流れずにのしっと自分の居場所を占領しつづける雲など聞いたことが
ない。
では、塔の内部はどうなっているのか?塔の中からのぞけばいいのではないのか?
その発想は多くの者にあった。そして実行に移した冒険家や学者全員が中で
折り返せざるを得ないある事情が潜んでいたという・・・。
一説によると、あの塔の中には太古に生息した猛獣、それこそ幻獣の類が自分の
居場所を守ろうと陣取っており、侵入者を排除しようとしているのだそうだ。
これはあくまでも空想、これからいわゆる伝承となって語り継がれるであろう
シナリオであって真実ではない。
だが、自分はこう推測している。いや、今、推測できた。
先ほどのバレー男児の話にも出てきた遍歴の思想家が集って住まい、外部からは
不可侵とも言える領域になっているのではないだろうか。
世間からその思想ゆえに追放され、言論の自由を奪われ社会的にも抹殺された
著名な方々がそこに集っていたらどうだろう・・・。
自分でなくとも異形の光景に見えるだろう。とくに学問の世界に精通している者
にとってはなおさらだ。
行き過ぎた恐怖は神格化され、伝承になる。
今では触らぬ神に祟りなしの状態で、雲を斜めに突き抜けた塔は観光客にとって
は一目拝むだけの存在だ。
「危険」とか「神域」とか書かれ、真正面からの堂々とした入場は不可能と
なっている。
そんなことを考えていてふと我に返ると頭半分自分より小さいくらいの男が、
こちらの様子を微笑みながら眺めていた。笑うと実に目が細くなる男だ。
「先生はたまにそういう顔をされるときがありますよね。」
「そうですか?何分くらい考えこんでました?」
「30秒くらいですかね・・・。私が背伸びをした後屈伸をしてもまだ余裕が
あるくらいの時間でしたし・・・。」
「すみません。」
「いえいえ、先生は私とは違って聡明な方ですからね。それに、、、」
胸のポケットにひっかけていたペンを右手に取り、それを自分の胸の前で起用に
回しながら比較的鋭利だといえる鼻を軽くつまんで離し少しの間のあとこう答えた。
「現実主義者の先生にはどうでもいい話でしたよね、遍歴の哲学者の話なんて。」
そして額をすっぽり隠していた前髪をかきあげて後に続けた。
「いやぁね、物好きがいるんですよ・・・。塔に入りたいっていうね・・・。
あの中にあるものを見たい!見たら帰るってね・・・。」
「・・・・・・。」
わかりやすい牽制・・・。前もって自分で誘導しておいての牽制か・・・。
この男と会うのは今日が初めてであり、出会ったその第一印象は
「底が知れない男」
だった。
そもそも図書館でのあれは、「付き添い」ではなく完全に「監視」の類だった
ように思える。
この男はわかっていたのだ。私が物理学の真理を追究するためにあの図書館に
訪れたわけではないこと。現実主義の塊では決してなくなっていること。
そして今しがたの話を聞いて塔の中身に興味を抱いていることまでも。
細められた目の奥をのぞきこむと、蛇のようだと形容されるほど異様な雰囲気が
醸し出されている。
「油断ならない」と考えているのはこちらも同じ。
わざわざネタバレをしておいて牽制するのだから厳重注意だと解釈して間違い
ないだろう。
「そうですねぇ・・・。私はこう見えても完全に自由の身ではない上に、
あと半分は人生も残している。物好きとは違ってそこは賢い選択ができるかと
思っていますよ。」
おそらくこの男、いやこの街の多くの人間がわかっているのだろう。
あの塔が遍歴の思想家のたまり場になっているであろうことが・・・。
だからよそ者には触れてほしくない・・・。
しばらく目をつむって黙り込んだ後、それが終了したことへの合図か再び左手で
とがった鼻を軽くつまんで離してから、
「先生が現実主義者で助かりましたよ。」
比較的愛想の良いいつもの表情にもどっていた。
元々の腫れぼったさがさらに強調された目をしていた。
「さて、どうしたものか・・・」
監視人とはようやく別れたもののいまだに別の監視が続いている可能性はある。
それにしてもあの監視人、白いシャツを上まできっちりボタンで留め、下は
ベージュの綿のパンツという姿で「こう見えてもバレーボールやってたんですよ!」
と明るく自分を出迎えてくれたときには、「底が知れない・・・」
とは思いつつも好印象は持ったものだが、中身はどうやら外見とは違い相当に黒色
のようだった・・・。全体的にやせ細っていて鼻だけでなく顎、眉も、
さらには頭の中身も非常にシャープな男だったようだ。
妙にさらっとしていた黒髪はこの地域の出身者のそれとは違っていた。
明らかに異国の者であろうが、言葉の使い方、イントネーションは地域出身者と
変わらぬそれだった。
彼は一体どういう経歴の持ち主なのだろうかとふと思った。だがまあそんなことは
さておき、これからどうするかである。
たっぷりたくわえた無精ひげを右手でなでながら、堀の深いと言われる眼元を指で
揉んだ。
どうやら寝不足らしい・・・。
とりあえず宿を取ろうかとも思ったが、すぐにその考えは却下された・・・。
「やつら」はおそらく自分が街を出るまで監視を張っていることだろう。
一番手っ取り早いのはこの街から一度出てしまうことだ。
隣町の宿屋にまで監視がつくようなら身の危険すら感じる程の警告と
読み取れる。
それに、あの塔の周りの雲が、1ヶ月程前から異様な程黒ずんできているという。
思えばあの巻きつきかぶさっている雲、長年異様な白さを保ち続けて来た。
長年も長年、それこそ太古からの話ではないかと云われている。
それが黒くなる事態・・・確かに良からぬ現象に見えるかもしれない・・・。
このまま中を見学させてくださいといって通る相手が入り口付近に集まっていれば
良いが、入り口付近を固めているであろう連中はそんな接客精神旺盛な者とは程遠い
輩であろう。
いや、否。
出迎えて丁重にもてなしてくれるという意味では接客精神旺盛か・・・。
丁重過ぎて永久に気を失う可能性も高いが・・・。
とにかく一旦街を出よう。そう思ったその時だった。
「後ろが隙だらけだねぇ・・・。」
驚いて後ろを振り返った・・・が、そこには誰もいない。
いや、違った。正しくは視界には現れなかっただけだ。
視線を落とすとそこには自分のへそのあたりまでにしか達しない小さな老人がいた。
年齢はこの角度からはわからない・・・。頭を覆う髪の毛はいまだに衰えがないよう
だが、その色は曇りのない白だった。
「な、何か私に御用で?」
ここからの角度では顔の表情が読み取りにくい。この老人がえらく腰を丸めて立って
いるためか。しかしそれにしても顔の中心から端へと流れていくようなしわの数は
相当なものだ。自分と良い勝負ではないかと思えるほど堀が深く、それが作り出す
影のせいで瞳の色すらわからない。
「多分、君の力になれると思うのだが・・・。」
妙なことを言い出す老人だ・・・。まったくこちらに視線を合わそうともせず話し
続ける。
「君が今やろうとしていることは私にも非常に都合が良くてね・・・。ぜひ、同行させ
てもらいたいものだよ。」
「同行?私はもうこの街に用事は残っていませんので隣町の宿で一泊したら飛行艇で
別の地へ向かうつもりですが。」
何も真実を見知らぬ老人に教える必要はない。すべてがうそである必要もない。
「はっはっは・・・そうかいそうかい。やはり気が合うなぁ・・・。君と私は。
私も今まさにそう考えていたところだよ。」
何を言っているのかさっぱりわからない。関わらないほうが良さそうだ。
「じゃあ私は急ぎますので。」
振り向き、早々とこの場を立ち去ろうと思ったその時だった。
「では私も行くとするよ。○○駅最寄××通りの△△ってとこでまた会おうか。」
「え・・・?」
思わず声にだして聞き返してしまったが、振り返ると老人もすでに別の方角へと歩き
始めていた。
まったく意味がわからない。そんな宿に自分が行く保障などまったくないのだ。
というよりも、今それを言われたために絶対行くものかと思った。
とにかく早くこの街を出ることだ。
そんな強い意志を持って宿探しに当たった5時間後、老人の予言は真実となった。
004
信じられないことだと思った。きっと何かの間違いだろうと、初めは思っていた。
現実から目を逸らして逃げたかった。しかし現実は私をつかんで離さなかった。
今日も目下の愚民共がやーやーと騒いでいるのが見える。
学習能力のない屑が!なぜあんな輩が笑って生活していられるのか!
今日も気分は晴れない・・・。
それは窓の外を眺めても白一面の景色しか拝めないからだとかそういう理由ではない。
やっぱり自分は孤独なのだ。孤独ゆえに見えないものを求めた。見えてるものを見落とした。
悪いのは私だ。
扉を叩く音がする。
最近雇った専属の使用人だ。彼女は非常に優秀だ。
とりたて美人という顔立ちではないがそれでもテキパキとした仕事に華がある。
まだ若いというのに大したものだと思う。
「入っていいぞ。」
「失礼します、だんな様。タネウチ殿様からの御通達がありますがいかがいたしましょう?」
便箋のようだ。
「そこのテーブルに置いておいてくれ。」
「承知いたしました。」
20畳ほどの部屋もテーブルとベッドしかなければやけに広いものだ。壁際には書物を収めた
本棚が並んでいるがどれも含有量は小さい。
というより捨ててしまったのだ。
今の自分には読書する時間よりも思い出に浸る時間のほうが重要だ。
「タネウチめ・・・。どうせつまらぬ知らせに決まっているというのに・・・。」
相変わらず達筆な筆跡が残された紙を手に取った。
「ふん、またか、またハゲタカのようなやつが私のところにまで上ってこようとしているのか。」
紙が掻き毟られるような音とともに宙を舞った。
いつの時代も金に踊らされる人の姿を見ない日はない。
前しか向いていないときに見えているものの多くは金なのだ。
だが、あるとき私はその見えているはずの金が見えなくなった。
前をもう向けなくなった。
そしてまたあるとき、ついに私は後ろを振り返ることしかできなくなった。
今度は回廊をばったばったと上がってくる足音がする。相当あわてているようだ。
回廊の行き止まりがそのままこの部屋になっているから、まず間違いなく緊急の用が私にあると
いうこと。
間もなくして扉が激しく叩かれる音がした。
「だんな様!」
こんどは昔から私に仕えている一番の古株であり、私がもっとも信頼を置いている使用人がやって
来たようだ。事態はなかなか大変のようだな。
「どうした?入れ。」
「失礼します。」
ギュオアァァという音とともに入ってきたその男は体という体に汗をかいた状態だった。
普段は物静かでおだやかな表情が崩れることはほとんどない男だが、今回ばかりはかなり
あせっていた様子だ。肩で呼吸をしながら入ってくる。手には便箋が持たれている。
「また手紙か・・・。」
「はい・・・こ、これ・・・どうかお読みを・・・。」
「ふん。」
使用人がここまで取り乱すほどのことか?誰からの手紙だ?ん?何だこれは??
真ん中には史上最高の引きこもり様へと大きく書いてある。これだけでも十分に腹立たしいが
問題は内容だった。
「調律師からの見積もり。あなた様の周りの空間平均律が著しく乱れていることが判明いたしました。
つきましては、調律が必要不可欠になりますので近々訪れることになります。お代は後払いになり
ますので所定の場所で後ほどお渡しをお願いします。ちなみに逃げることは次元的犯罪になります
ので重々承知を・・・・調律師MUID60035・・・・。」
理解ができない。いたずらの手紙か?いやそうじゃない。そうじゃないと裏付ける決定的なことが
書かれていた。もっと恐ろしいことが・・・。
「な、、なぜこんな、、、ど、どこの馬の骨とも知らないやつが知っている!?!?」
「だんな様落ち着いてください!とりあえずすぐに対策を練る必要があります。」
思考が完全に止まってしまった。もう前を向いては歩けない。そう、歩けないのだ・・・。
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「かっかっか。そんな脅迫状みたいな調律見積もり提出したのかよ。」
「別に脅迫じゃあないさ。こうでもしないと時間通りに事が運べないからね。」
「ふん・・・・。今回はまるっきり口出しはしないけどさ。」
さっきまで見渡していた背景の中に溶け込んだ二人はすでに目的地に着いていた。
一人は季節が秋に変わり始めたころだというのにロングコートに身を包み、目深にキャップを
かぶって、ただ天高く聳え立つ土管のそばのベンチに腰をかけている。
「それにしても本当に高い土管だな。どっかで聞いたことのあるゲームの主人公じゃなくても
ここまで大きければ別の世界とつながっていそうな気がするよ。」
比較的お調子者なこちらの人、いや正確にはヒトではないように見えるのだが、短い足と
はりねずみのように無造作にのびまくった体毛を纏った生命体である。
名前はまだない・・・。
「だけどよ、別の集合がいくつも重なってANDの部分が重ならないと道がつながらないんだろ?」
「まあね、だけどそこは調律師の腕の見せ所だよ。」
「ずいぶんと自信過剰だなぁ・・・。ん?」
「どうした?」
「こっちにものすごい勢いで駆けてくる足音が2人分ある。
「ふーん。出迎えてやるのか?」
「おれは今回何もしないっていったろ?」
「この2人が女性だったらどうするんだ?」
「・・・・・・。」
信じられないことだと思った。きっと何かの間違いだろうと、初めは思っていた。
現実から目を逸らして逃げたかった。しかし現実は私をつかんで離さなかった。
今日も目下の愚民共がやーやーと騒いでいるのが見える。
学習能力のない屑が!なぜあんな輩が笑って生活していられるのか!
今日も気分は晴れない・・・。
それは窓の外を眺めても白一面の景色しか拝めないからだとかそういう理由ではない。
やっぱり自分は孤独なのだ。孤独ゆえに見えないものを求めた。見えてるものを見落とした。
悪いのは私だ。
扉を叩く音がする。
最近雇った専属の使用人だ。彼女は非常に優秀だ。
とりたて美人という顔立ちではないがそれでもテキパキとした仕事に華がある。
まだ若いというのに大したものだと思う。
「入っていいぞ。」
「失礼します、だんな様。タネウチ殿様からの御通達がありますがいかがいたしましょう?」
便箋のようだ。
「そこのテーブルに置いておいてくれ。」
「承知いたしました。」
20畳ほどの部屋もテーブルとベッドしかなければやけに広いものだ。壁際には書物を収めた
本棚が並んでいるがどれも含有量は小さい。
というより捨ててしまったのだ。
今の自分には読書する時間よりも思い出に浸る時間のほうが重要だ。
「タネウチめ・・・。どうせつまらぬ知らせに決まっているというのに・・・。」
相変わらず達筆な筆跡が残された紙を手に取った。
「ふん、またか、またハゲタカのようなやつが私のところにまで上ってこようとしているのか。」
紙が掻き毟られるような音とともに宙を舞った。
いつの時代も金に踊らされる人の姿を見ない日はない。
前しか向いていないときに見えているものの多くは金なのだ。
だが、あるとき私はその見えているはずの金が見えなくなった。
前をもう向けなくなった。
そしてまたあるとき、ついに私は後ろを振り返ることしかできなくなった。
今度は回廊をばったばったと上がってくる足音がする。相当あわてているようだ。
回廊の行き止まりがそのままこの部屋になっているから、まず間違いなく緊急の用が私にあると
いうこと。
間もなくして扉が激しく叩かれる音がした。
「だんな様!」
こんどは昔から私に仕えている一番の古株であり、私がもっとも信頼を置いている使用人がやって
来たようだ。事態はなかなか大変のようだな。
「どうした?入れ。」
「失礼します。」
ギュオアァァという音とともに入ってきたその男は体という体に汗をかいた状態だった。
普段は物静かでおだやかな表情が崩れることはほとんどない男だが、今回ばかりはかなり
あせっていた様子だ。肩で呼吸をしながら入ってくる。手には便箋が持たれている。
「また手紙か・・・。」
「はい・・・こ、これ・・・どうかお読みを・・・。」
「ふん。」
使用人がここまで取り乱すほどのことか?誰からの手紙だ?ん?何だこれは??
真ん中には史上最高の引きこもり様へと大きく書いてある。これだけでも十分に腹立たしいが
問題は内容だった。
「調律師からの見積もり。あなた様の周りの空間平均律が著しく乱れていることが判明いたしました。
つきましては、調律が必要不可欠になりますので近々訪れることになります。お代は後払いになり
ますので所定の場所で後ほどお渡しをお願いします。ちなみに逃げることは次元的犯罪になります
ので重々承知を・・・・調律師MUID60035・・・・。」
理解ができない。いたずらの手紙か?いやそうじゃない。そうじゃないと裏付ける決定的なことが
書かれていた。もっと恐ろしいことが・・・。
「な、、なぜこんな、、、ど、どこの馬の骨とも知らないやつが知っている!?!?」
「だんな様落ち着いてください!とりあえずすぐに対策を練る必要があります。」
思考が完全に止まってしまった。もう前を向いては歩けない。そう、歩けないのだ・・・。
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「かっかっか。そんな脅迫状みたいな調律見積もり提出したのかよ。」
「別に脅迫じゃあないさ。こうでもしないと時間通りに事が運べないからね。」
「ふん・・・・。今回はまるっきり口出しはしないけどさ。」
さっきまで見渡していた背景の中に溶け込んだ二人はすでに目的地に着いていた。
一人は季節が秋に変わり始めたころだというのにロングコートに身を包み、目深にキャップを
かぶって、ただ天高く聳え立つ土管のそばのベンチに腰をかけている。
「それにしても本当に高い土管だな。どっかで聞いたことのあるゲームの主人公じゃなくても
ここまで大きければ別の世界とつながっていそうな気がするよ。」
比較的お調子者なこちらの人、いや正確にはヒトではないように見えるのだが、短い足と
はりねずみのように無造作にのびまくった体毛を纏った生命体である。
名前はまだない・・・。
「だけどよ、別の集合がいくつも重なってANDの部分が重ならないと道がつながらないんだろ?」
「まあね、だけどそこは調律師の腕の見せ所だよ。」
「ずいぶんと自信過剰だなぁ・・・。ん?」
「どうした?」
「こっちにものすごい勢いで駆けてくる足音が2人分ある。
「ふーん。出迎えてやるのか?」
「おれは今回何もしないっていったろ?」
「この2人が女性だったらどうするんだ?」
「・・・・・・。」