【大山-3-】
もしかして、恵子ちゃんからのメールだろうか。
僕はドキドキしながらメールを確認する。
―今の性生活に満足していますか? 誰でも参加できるセックスコミュニティ!
…迷惑メールか。
期待していただけに、がっかり感は大きい。
まるで初めてのデリヘルに胸を高鳴らせていたら、モンスターが来た時のような。
ちょっと焦りすぎていたのかな、と僕は立ち止まって深呼吸をする。
ひとまず家に帰ろう。そしてお茶でも飲みながら落ち着いてメールを待とう。
僕は人気の多い道を避けて歩いて家に戻る。
なんとなく今のアンバランスな自分を見られたくなかったからだ。
家に戻ると、靴を脱ぐなり、ソッコーで服を脱いだ。
店員さんのアドバイスを忘れる前に一度きてみたかったのだ。
今なら、しっかりと髪型がセットもされているので、
現時点での自分の最高の状態はどのようなものかが分かる。
下着も買ってきたから、着ていたボクサーパンツも脱いで
全裸になって、一つずつ服を確認して、いざ着ようと思ったときに、
服にタグが付いたままなことに気がついた。
このままではイガイガしてしまう。ハサミだ。ハサミを持ってこよう。
僕は全裸のままリビングにハサミを取りに行く。
途中でふと気付いたが、全裸でハサミを持ってニヤニヤしている男は
変態以外の何物でもなかった。
カーテンは開いてなかっただろうか…?
もし、誰かに見られていたらあらぬうわさを立てられるかもしれない。
それは嫌だ、とリビングの方に向き直ると、そこには光を阻むベージュの
布がしっかりと存在してくれていて安堵した。
気を取り直してタグを取って、服を着替え始める。
しっかりと寸法を測ってくれたおかげで、どれもこれもサイズ的にはピッタリだ。
カッチリとした上着だけは、なれていないせいか、どうにも動きづらいが。
さて、これは外から見たらどうなっているんだろうと思い、リビングの姿見に移動する。
鏡の角度を調整してしっかりと全身が映るようにすると、そこには朝の自分からは
とても想像できない自分がいた。
僕の腐った目で見ても、今の自分は世の男の中の上くらいのレベルには達している。
これなら、恥ずかしくない。きっと、女性の前に出てもなんとかなるはず。
そう満足感に浸っていた頃、メールの着信音がする。
焦らずに確認してみると、タイトルに「恵子です」とあり、僕のテンションは最高潮に達した。
本文を読む前に僕は一度深呼吸をする。そして、何故か正座をしてメールを読む。
―初めまして、私は山本さんの後輩で板橋恵子と言います。
先輩からある程度のことはお聞きでしょうが、軽く自己紹介しますね。
私は今はおおぞら銀行で銀行員をしています。体型はどちらかっていうと痩せ形だと思いますが、
結構大食いだったりします。趣味は映画見たりすることなんですが、
一緒に行ってくれる人がいなくてとてもさみしい思いをしています。
あとは…何を言えばいいんでしょうね汗? 何か聞きたいことあったらどうぞ。
こんな私でよければ仲良くしてあげてくださいね。
窓を開けて絶叫したかった。今まで僕は奥手だったから、女の子とこうしてメールすることが
こんなに楽しいものだとは知らなかった。そして、高鳴る気持ちを抑えながら、返信を考える。
どんな文章を、どれくらいの長さで送ればいいのだろう。
経験がないと何も分からない。これでミスったらジ・エンドじゃないかという不安もよぎるが、
僕は進まないといけないんだ。そして、僕はメールを返信画面に切り替える。
「おい、なんか楽しそうだな」
週末も連日出勤で休みがゼロでグロッキーな山本は少々嫌味のニュアンスも込めて僕に言う。
「おう、なんて言ったって恵子ちゃんと上手くいってるからな」
山本に会うまでに多くの社員から褒められた髪型で気分上々な僕は軽快に返した。
「ふーん。よかったじゃねぇか。全く…俺が汗水たらして働いている時にお前は…」
ブツブツ言っている山本に感謝と労いの意味でランチをおごることにした。
いつも行っているワンコインのところでは感謝にならないかと、
野口さん一枚のところに連れていくことにした。
席についてランチを二つ頼んで、来るまでの間山本から質問をされた。
「で、実際どうなのよ? 結構仲良くなった?」
どれくらいを基準にして仲良くなったか分からない、と答えると、
じゃあ、会う約束とかはしたか? と具体的に聞いてきた。
僕が少し黙っていると、ランチがきて無言のまま山本は食べ始める。
割り箸を割る前に、
「したよ」
とそう言って僕もランチを食べようとすると、
山本は付け合わせのサラダを吹いた。
「はぁ? 早すぎだろ! 普通の奴ならともかく、対女性スキルゼロのお前が何で?
まぁ、おめでとうとでも言ったらいいんだろうな」
山本はそう言いながらサラダをナプキンで掃除し、ランチに戻る。
そう、自分でもびっくりだ。
どうしたらいいか分からなくて、ただ相手に話を合わせるようにしていたら、
今週末に食事でも行きませんか、と誘われオーケーしただけだ。
僕は、何もしていない。
ランチを食べ終え、会計を僕がまとめて払おうとすると、山本に止められた。
「折角お前がチャンスをものにしたんだ。お祝いってことでおごるよ」
何度も僕が払うと主張したが、奴は取り合ってくれず、
レジに二千円を置いて足早に出ていってしまった。
週末までは長かった。待ち遠しいと思えば思うほど、時計の針の進みは遅くなり、
それと反比例して仕事は早く進んだ。
まるで蛇の脱皮の如く成長できたんだと自分でも思うし、
コンプレックスの塊のような自分が初めて周りから認められた気がした一週間だと思った。
そして、土曜日。明日に控えたデートに向けて、僕は万全を期すことにした。
今日のうちに、明日着ていく服をしっかりと洗濯、乾燥し、アイロンもかけておこう。
一気に乾燥してしまいたいから、という理由で僕は近くのコインランドリーに向かう。
上着は流石に大丈夫だろうと家に置いてきたが、あの一時着ただけのインナーから
下着に至るすべてのものを洗濯機に入れ、十分すぎる洗剤を入れて回し始める。
洗濯にかかる三十分の間は、休みで家にいる恵子さんとのメールを楽しんでいたが、
乾燥機をかけると、一時間ほどかかるとのことだったので、
今のうちに残っていた書類をまとめてしまおうと家に戻ることにした。
そして、書類をまとめ上げ、戻ってくるとすっかり洗濯物は乾いていて、
全ては僕の描いた通りに進んでいた。
朝、十時起床。少し遅すぎる目覚めかもしれないが、初めてのデートに向けて
緊張で遅くまで寝られなかったのだからしょうがない。
それでも約束の時間は夕方六時だから十分すぎるくらいだ。
顔を洗ってから、軽く挨拶程度のメールを送ると、すぐに可愛らしいメールが返ってきて
僕は有頂天になる。
さて、勝負だ。もはやその時の僕にとって、家で食べるブランチやその後の時間は
ずっと時計の針が機械的に進むのを見ていた。
五時十分前に、僕は再起動し、髭をそったり身だしなみを整え、髪の毛も自分でできる限り
ワックスで整えて、デートへと向かった。
待ち合わせ場所の像の前には十五分前に着いた。「赤いバッグを持って待っています」
と言った彼女の姿はまだなく、キョロキョロとして過ごしていると、
その五分後にヒールをコツコツならしながら、赤いバックを持った女性が歩いてきた。
遠目ではよく分からないが、美人のように見える。
僕が恐る恐る声をかけてみると、あっちはびっくりしたように顔をあげ、
「大山さんですか? はじめまして!」
と想像にたがわぬ綺麗な声で言った。
そして程無く僕たちは予約していた店へと歩き出す。
歩いている間、メールと変わらず恵子さんが話題を振ってくれて、
困るなんてことはなかった。
近くで見てみると恵子さんはかなりの美人で、何でこの人が出会いに困っていたんだろう
と思ったが、それは過去のメールで聞いていた。
「銀行では、妻子持ちの人や私の好みにあわない人ばかりで…」
僕は、恵子さんの好みという枠には入れているだろうか。
少し上の空になりかけていた頃、目的の店に着いた。
予約していただけあって、すんなりと二人掛けのスペースに通される。
決めていた段取りは、彼女にメニューを開かせて好きなものを頼んで、と
進めていくもので、迷っているようだったら「口コミで評判のこのコースはどう?」
と僕が言えばそれでいいのではないか、というもの。
僕がメニューを差し出そうとした頃、彼女は鼻を二回ほどクンクンさせて、
そして少し恥ずかしそうに言った。
「ちょっとトイレ行ってきてもいいですか?」
僕はもちろん、と言って出しかけたメニューを戻す。
そして彼女の帰りを待っていると、店員さんが出てきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「いや、いま連れがトイレに行っているのでもう少し待ってください」
そう言うと、店員は少し考えてから言った。
「お連れの方なら、先ほど帰られましたが―」
僕は絶句した。そして、店員をほったらかしたまま電話をかける。
「もしもし、あー」
流れてくるのは、
「おかけになった電話は現在電波の届かない場所にあるか…」
そうか。僕は振られたのか。
彼女は僕と会った瞬間に僕がイメージの男性でないと判断したのだろう。
その場で断らなかったのは、せめてもの彼女の優しさというところだろう。
店員さんも察してくれたようで、僕がこのまま帰っても大丈夫かと聞くと、
何も言わずに帰り道を案内してくれた。
帰りの電車で僕はきっとこの世の終わりの様な顔をしていたと思う。
僕の周りにいるだけで生気が奪われるようなそんな感じ。
さすがに周りに負のオーラをまき散らすのも悪いと思って、
すいている席に座った。終わりのないため息をついていると、
その停車駅で何人かの酔っぱらいが乗ってきて僕を包囲するように座った。
普通の人ならともかく、酔っぱらいなら別にいいか、と僕はそのまま席に座る。
酔っぱらいは飲み屋さながらに何かをギャアギャアと話していたが、
突如「何か臭わないか?」とその中の誰か一人が言うと、
周りも同調し、「俺もそう思っていた」とちょっとした騒ぎになり、
彼らは鼻を利かせ始める。いろんな方向を嗅ぎまわり、原因が判明したのか、
一人がコナンよろしく「謎は全て解けた。犯人は…お前だ!」
と、そう言って僕の方を指差した。
僕は今までの経験から、それはありえないと全力で否定したが、
酔っぱらい全員からの一致によってその自信はだんだん崩れていった。
「ん~あれだ。あれ。ニラ。ニラ臭いよ、兄ちゃん」
一人がそう言って、全員が「ニラ」という答えに納得していた。
ニラ? あるわけがない。だって、僕は今日ニラに関わるようなことは一切していないのだから。
酔っぱらいがふざけているんだ、やっぱりそうだ。
僕が違うんです、と声を荒げると、騒ぎを聞きつけた車掌がやってくる。
「どうしましたか?」
黙っている僕を尻目に、酔っぱらいはしどろもどろな説明を始めた。
「わかりました」とそう言って、車掌が僕に近寄り、
匂いを嗅いだ時の表情を僕は見逃さなかった。
泣きたい衝動を何とか抑えて、僕は次の駅で足早に降りていく。
何故か知らないが、僕からはニラの匂いがする。
思えば、彼女も匂いを嗅いでからいなくなったじゃないか。
ということは―
僕は自分の運命を呪った。そして、血が出ることも厭わず
ホームの電柱を思いっきり殴りつけた。
血がにじむのに少し遅れて、僕の頬を涙が伝い、
僕はホームに倒れこむようにして泣き崩れた。
私の人生を狂わせたのはニラだった。
【Scene2】悲劇はしばしば人生の大事な時に起こる。
【木崎・2】
「藍さん、藍さん? 聞こえないのかい?」
そうけたたましく姑は言う。決まっている、どうせ私に文句を垂れるのだ。
無機質な声で私は返事をする。するといつもの調子で彼女はいうのだ。
「あなたね、リビングの掃除がなってないわよ。これじゃあ掃除したとは言えないわ。
それでも木崎家の嫁ですか? …まぁ、もう私もあなたに期待していないけど、
あなたがちゃんとしていないと良彦にも迷惑がかかるのよ。本当に、頼みますよ」
私の反撃は許されない。ごくごく最近では、反撃しようとも思わなくなってしまった。
もんもんとした気持ちをため込むだけの蝋人形に私はいつの間にか改造されていた。
気づいてみれば、あのホテルの一件から八年が経過していた。
その間に私の日常は段々と固まって強固なものとなっていった。
そして、振り返ってみるとそれは同時に熱も失っていた。
子供も設けることもできず、夫とのラブラブな日常を楽しめるわけでもない。
だから私はもう私という人間をあきらめるしかないだろう。
書きかけた日記を途中で破ってぐしゃぐしゃにしてしまうように。
人生をあきらめるとか、そのことを考えるとやはり「死」がよぎるのだ。
かつての私は死なんてもちろん考えたことがなかった。
でも今は、割とすんなりと体にその言葉が入ってきてしまうのだ。
そうして「死」を考える時、ふと思うのだ。
人形に心があったら、死にたいと思うのだろうか―と。
日本には、日本人に「有終の美」を飾るだとか、「終わりよければ…」という考え方があるが、
私の場合始めすら大したものではないのだから、終わりもぐちゃぐちゃでも構わないのかな、
とふと思ってしまった。そして、思ってしまった瞬間に蝋のように固まっていた私の体は
灼熱によって溶かされて動き始める。ふつふつと感じるこの気持ちは新婚初期に感じたあの怒りとよく似ていた。
その時私は気づく。
何をいまさら…と呆れてその気持ちを捉える自分がいる一方で、
同時に何か変わるのかもなと期待している自分がいることに。
どうせ、なにも変わらなかったんだ、やってみよう。
これまでのように悶々とした気持ちをため込むだけでは何も変わらないんだ。
後者の自分が段々と大きくなっていくのを感じながら、私は反撃に出ることにした。
「藍さん、なにこの味噌汁は? 最近ようやく木崎家の味を覚えたかと思ったら…というかそれ以前にどうやったら
こんなにまずく作れるのか信じられないわ」
味噌汁に雑巾を絞った汁を入れてみて、姑から返ってきた反応は、
よくよく考えればいつもの姑のそれと何一つ変わらなかった。
掃除をしないで放置しても、何をしても姑の反応は何一つ変わることもなく、私の気持ちも晴れなかった。
姑にばかりに執着するのがよくないのか、とも考えいろいろないたずらもしてみた。
朝早くゴミ収集場に行って、袋を破って目茶苦茶にしてしまうとか、シンプルだけどピンポンダッシュとか。
それでもやはり気持ちは晴れないし、今までやっていたゲリラのような電話をしても変わらない。
変わらない気持ちに焦りを感じ、一度溶けた蝋が再び固まってくるような感覚に襲われて、
また新しい方法を探しては、気持ちが晴れず、固まるのは加速する…。
サラ金の借金を別のサラ金に借金して返すような悪循環に私は陥っていた。
そうして、苦しい策はどんどん増えていった。
思った瞬間行動するようにしていったのだ。思い付きで言ったギャグのほとんどがつまらないように、
やはりそれらは大きく的を外していた。
たとえば、朝食の味噌汁に使って余ったニラをコインランドリーで回っている乾燥機の中に放り込むとか。
顔も知らない人だが、ニラ臭い服を見て、驚きながらももう一回洗濯からやり直さないといけないんだ。
ははっ。ざまぁみろ、と思う。本当にそう思う。でも、それだけ。
むしろ憂さ晴らしになるよりは罪悪感のほうばかり増えていった、
そんなことを繰り返していたある日「ああ、もう本当にダメだ」
と感じた。一回思い直して頑張ってのこの気持ちだったから、
こりゃあもう本当に駄目なんだろうと私は本格的に人生の強制終了を考え始めた。
「藍さん、藍さん? 聞こえないのかい?」
そうけたたましく姑は言う。決まっている、どうせ私に文句を垂れるのだ。
無機質な声で私は返事をする。するといつもの調子で彼女はいうのだ。
「あなたね、リビングの掃除がなってないわよ。これじゃあ掃除したとは言えないわ。
それでも木崎家の嫁ですか? …まぁ、もう私もあなたに期待していないけど、
あなたがちゃんとしていないと良彦にも迷惑がかかるのよ。本当に、頼みますよ」
私の反撃は許されない。ごくごく最近では、反撃しようとも思わなくなってしまった。
もんもんとした気持ちをため込むだけの蝋人形に私はいつの間にか改造されていた。
気づいてみれば、あのホテルの一件から八年が経過していた。
その間に私の日常は段々と固まって強固なものとなっていった。
そして、振り返ってみるとそれは同時に熱も失っていた。
子供も設けることもできず、夫とのラブラブな日常を楽しめるわけでもない。
だから私はもう私という人間をあきらめるしかないだろう。
書きかけた日記を途中で破ってぐしゃぐしゃにしてしまうように。
人生をあきらめるとか、そのことを考えるとやはり「死」がよぎるのだ。
かつての私は死なんてもちろん考えたことがなかった。
でも今は、割とすんなりと体にその言葉が入ってきてしまうのだ。
そうして「死」を考える時、ふと思うのだ。
人形に心があったら、死にたいと思うのだろうか―と。
日本には、日本人に「有終の美」を飾るだとか、「終わりよければ…」という考え方があるが、
私の場合始めすら大したものではないのだから、終わりもぐちゃぐちゃでも構わないのかな、
とふと思ってしまった。そして、思ってしまった瞬間に蝋のように固まっていた私の体は
灼熱によって溶かされて動き始める。ふつふつと感じるこの気持ちは新婚初期に感じたあの怒りとよく似ていた。
その時私は気づく。
何をいまさら…と呆れてその気持ちを捉える自分がいる一方で、
同時に何か変わるのかもなと期待している自分がいることに。
どうせ、なにも変わらなかったんだ、やってみよう。
これまでのように悶々とした気持ちをため込むだけでは何も変わらないんだ。
後者の自分が段々と大きくなっていくのを感じながら、私は反撃に出ることにした。
「藍さん、なにこの味噌汁は? 最近ようやく木崎家の味を覚えたかと思ったら…というかそれ以前にどうやったら
こんなにまずく作れるのか信じられないわ」
味噌汁に雑巾を絞った汁を入れてみて、姑から返ってきた反応は、
よくよく考えればいつもの姑のそれと何一つ変わらなかった。
掃除をしないで放置しても、何をしても姑の反応は何一つ変わることもなく、私の気持ちも晴れなかった。
姑にばかりに執着するのがよくないのか、とも考えいろいろないたずらもしてみた。
朝早くゴミ収集場に行って、袋を破って目茶苦茶にしてしまうとか、シンプルだけどピンポンダッシュとか。
それでもやはり気持ちは晴れないし、今までやっていたゲリラのような電話をしても変わらない。
変わらない気持ちに焦りを感じ、一度溶けた蝋が再び固まってくるような感覚に襲われて、
また新しい方法を探しては、気持ちが晴れず、固まるのは加速する…。
サラ金の借金を別のサラ金に借金して返すような悪循環に私は陥っていた。
そうして、苦しい策はどんどん増えていった。
思った瞬間行動するようにしていったのだ。思い付きで言ったギャグのほとんどがつまらないように、
やはりそれらは大きく的を外していた。
たとえば、朝食の味噌汁に使って余ったニラをコインランドリーで回っている乾燥機の中に放り込むとか。
顔も知らない人だが、ニラ臭い服を見て、驚きながらももう一回洗濯からやり直さないといけないんだ。
ははっ。ざまぁみろ、と思う。本当にそう思う。でも、それだけ。
むしろ憂さ晴らしになるよりは罪悪感のほうばかり増えていった、
そんなことを繰り返していたある日「ああ、もう本当にダメだ」
と感じた。一回思い直して頑張ってのこの気持ちだったから、
こりゃあもう本当に駄目なんだろうと私は本格的に人生の強制終了を考え始めた。