俺の名前がきえた理由。
それはささいなことだった。
気がつくと俺、黒田圭は、見も知らぬ誰かと罵詈雑言を交わしまくっていた。
そのうちヤツはのたまった(カキコミだけど)。
シロネコ:今すぐ回線切って(ry
――上等だ。俺もすかさずレスつけてやる。
クロネコ:これから10分後、○×ビルの屋上から飛び降りてやる。よーく見てやがれw
○×ビルはこの漫画喫茶の隣の隣の大型ビルだ。止めようったって時間なんかない。せいぜい慌てるがいい、ちょうど職もなく金もなく生きるノゾミもなくなっていたとこだ。
意趣返しができて、注目されて。いい死に方ぢゃねーか。
俺は速攻支払いを済ませ店を出た。
そして○×ビルへと走る。
だが俺はその入り口で数名の警備員に取り押さえられた。
なぜだ。いつもならこんな連中いないはずだぞ。
「放してくれ、俺はここのオーナーに呼ばれてきたんだ!!」
とっさにウソをつく。こんなところで取り押さえられている場合ではないのだ。
「オーナーに呼ばれたって?」
とそこへ、まだ若い男の声が聞こえてきた。
「あっ、社長」
警備員のうち、俺を捕まえてないヤツらがいっせいに敬礼する。
現れたのは白いシャツとズボンの学生風。みたところ同年代だが、いかにもいいもの食ってそうなにおいがぷんぷんする若造だ。
見ているだけで殴りたくなるヤツは俺の前に立った。
「とりあえず確認するけど。オーナーの名前は?
ひょっとして――」
ヤツはいった、シロネコ、と。
「ど…どうして?!」
こんなにすばやくなんで手を回せるのだ。俺があのカキコミをしてから、まだ5分程度しか経ってないのに。
「なんでってさあ。
ここオレのビルだから」
なんてことだ。オレはその場で天を仰いだ。
「までもこのまんま放り出してまた後日リトライされちゃかなわないし。
とりあえず、ひとしれず東京湾にでも沈んでもらおうかな♪」
“シロネコ”は嬉しそうに、心底嬉しそうに笑った。
「あの掲示板に来てオレに罵倒されて、死にたくなったやつはこのビルに来る。なぜか? バナー広告でサンザン○×ビルの名前を見てるから。
いや、出資してたかいがあったよ。
楽しみのお礼として、死に方くらいは選ばせてあげよっかな?」
なんてヤツだ。俺は冷や汗を流して考えた。
こいつになにかまともなコトを言ったところでムダだ。それはネット上のやりとりと、いまの言動でこのうえなく明らかだ。ヤツはイカれてる。そんなやつ相手に、優位を得るためには?
そう、こいつの殺る気をそぐためには。
マトモでない言動をとるしかない!
そうと決まればこれだ。俺は声の限り、叫んだ。
「シロネコさんっ!
結婚してください!!!!」
――こうして黒田圭の名は、戸籍から消えたのであった。