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[凶器は氷、男は自殺]作・田中田
私の目の前にて、男が血だまりの中で死んでいる。
いや、ひょっとしたら死んでいるように見えるだけかもしれない。脈を調べてみると、心臓は動いていないのがわかった。確かに死んでいるようだ。
ここで問題になるのは、いったいだれがこの男を殺したのかということ。部屋は内側からカギがかかっている。部屋の中には私と死体の他には何もない。
だがだからといって私が殺したわけはない。なぜなら私はロボットだからだ。“人を傷つけてはいけない“とプログラムに刻まれている私に、人間を殺害することなど不可能だ。
男の死因は出血によるショック死。のどが深く切り裂かれていることからこれが致命傷だろう。
部屋の中には凶器らしいものはない。刃物といえば金属でできた自分の爪ぐらいだが、私が殺したわけもないので除外する。
ではいったい誰がどのようにして?
私の電子頭脳は少し考えただけで簡単に答えをはじき出してしまった。
決まっているではないか。論理的に考えて答えは明らかだ。
すなわちこの男を殺したのは私だ。
いや、ばかな。私はロボットだぞ。人を傷つけられるはずがない。
しかしそれ以外の答えはない。
この矛盾に対する答えも自明だ。
つまり私はロボットではないのだ
そうか!
そういうことだったのか!
私がロボットでないのなら説明はつく。
すなわちこの男を殺したのは私だ。凶器は爪だ。
だがここで大きな壁にぶつかる。私はロボットではないか! では犯行は無理だ。
しかし他の可能性は見出せない。
部屋の壁に大きな鏡がとりつけられている。
そこに映っている光景はひどくグロテスクだ。
血まみれの死体とそれを握りしめている私。死体をつかんでいる左手はズタズタに破壊され、金属の骨格がむき出しになっている。
頭は頭で人間なら脳がむき出しになるほどの傷を負っている。
だが見えるのは脳ではなく電子部品の集積体だ。
つまり私はロボットだ。だがこの男を殺したのは私以外にあり得ない。
どういうことだ?
そうかそういうことか。視覚情報はこれだからあてにならない。
鏡に映っているがらくたは私ではないということだ。
では、
では私は誰だ? 死体こそがロボットだとでも言うのか?
私は死体の手首を握りしめながら、いついつまでも考えていた。
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