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「一枚絵文章化企画」会場
「牡丹の花」作:通りすがりのT

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「牡丹の花」作:通りすがりのT




近頃江戸を騒がすもの、火事に喧嘩、そして辻斬り。
徳川将軍家のお膝元、この江戸において最近町人や浪人の辻斬りが相次いでおり、
南町奉行所は警戒を強めていた。


「また犠牲者が出ましたか…」
検死官はため息を吐きながら、胴だけになった遺体に手を合わせていた。
このように首を刎ねられた辻切りの被害者は、今年に入って江戸市中だけで20
件以上となっていた。さすがにこれ以上の被害者を増やすわけには行かないと、
南町奉行所も警戒を強めていたが、努力の甲斐むなしく犯人が捕まることはなかった。



-江戸城-

「忠相…会津殿の家臣が切られたというのはまことか?」
「はっ、上様。先日子の刻、会津藩主松平正容様のご家来衆が、辻斬りに遭って
命を落とされました。その手口が…」
「…例の辻斬りの手口に似ている、ということだな。」
「御意」
南町奉行、大岡越前守は深々と頭を垂れた。


「忠相、もう構わん面を上げい…」
「はっ…」
うんざりとしたように、扇子の端ををトン、トンと畳に二度三度打ち付ける。


「それで、会津はなんと言って来ておる?」
「はっ、それが…」
大岡は、汗もかいていない額を懸命に拭った。
「…その辻斬り犯は断じて許すべからず。もしご公儀がしかるべき対応を取らぬ
なら、会津藩としてしかるべき仕置きをする、と…」

「左様か。会津の申すところ、至極最もだな」
「恐れ入ります…」
大岡はまた、深々と頭を垂れた。

「…さて播磨よ、これはいかが仕置きしたものかな?」
「恐れながら…」
柳生播磨守は軽く会釈すると、ずいと向き直って将軍に対峙した。

「町人や名もなき浪人を斬っているうちはまだお目こぼしもありましょうが、仮
にもご親藩たる会津殿のご家中の者を斬ったとあれば、ご公儀に対する反逆とし
てしかるべきお裁きあってしかるべきかと考えます…」
「…そうか…」

パン、と畳を扇子で打ち付ける。

「よし播磨、手練の剣士を4、5名ばかり集めよ」

その声に、柳生播磨守の太い右眉がぴくり、と動く。
「上様…」
「元はといえば身から出た錆だ。わしが決着をつけねばなるまい」
「上様!」
その言葉に、大岡越前守は眼を丸くして驚いた。

「言うな忠相。播磨の申すとおり、これは公儀に対する反逆だ。かくなる上は俺
が裁くより他ないことだ」
「…御意…」

大岡越前守は、再び深々と頭を垂れた。





-江戸城下・汐留-

草木も眠る丑三つ時。
大江戸八百八町も夜の闇に閉ざされ、沈黙だけが支配する刻。
ましてや広大な敷地を持つ大名屋敷ともなれば、少しの足音すらもまれなほどに
冷たく、しん、と静まり返っている。




ザッ、ザッ、ザッ…

「…どうした、ちと騒がしいがいかがした?」
「殿、先日会津殿のご家来が討たれたため、家中の警備を強化しているのでござい
ます」
「ふむ、しかしこれはちと物々しいぞ。辻斬りとはあくまで、辻に歩いておる者を
斬るから辻斬りであろう。まさか藩邸にまで入ってくることはあるまい…」

藩主は顎をさすりながら家臣をたしなめる。

「しかし殿、万一にも藩邸の近くで辻斬りなど起ころうものなら、ご公儀からその
下手人が仙台藩の手のものでは無いかと疑われないとも限りませんぞ?」
「しかし毎日これでは、わしもうるさくて眠れんではないか。警護をするのは構わん
が、もっと静かにしてくれ…」
「御意」

家臣のものが頭を深々と垂れると、藩主はあくびをしながら静かに寝所に戻っていった。




「仙台屋敷が、静かになったな…」
息を潜め、男は静かに辺りを窺う。
冷たく静まる空気を肌に受け、かすかに身震いをする。

「今日も、静かだな…」
何度となく刀の柄に手をかけ、そして静かに離す。

刀が、血を求めている。
鋭利な刃が人の肉を立つ手ごたえを幾度となく思い出し、腕が小刻みに騒ぐ。
すでに30人以上の命を絶った男は、それでも斬ることを止めなかった。


「…だめだ。また、無性に求めてしまう…」

息を潜め、抵抗されることなく人を斬る。
気づかれれば、全てが終わる。


攻撃をかわされ、反撃されるかもしれない。
一撃で仕留められず、悲鳴を上げられるかもしれない。
その結果を誰かに見られれば、己の素性が知られてしまう。

そのいずれも、自らの身の破滅を意味する。
男は、その恐怖を全身に纏っている。

その恐怖こそが、男を辻斬りへと駆り立てる。
泰平の世の中において、決して得ることのできない快感。
生きるか死ぬかの戦い。


初めに戯れに人を斬った時、湧き上がった感情。

あるときは男に激しく切りつけたが、当たり所が悪く首を刎ねられなかった。
騒がれ、危うくに発見されそうになり、ほうほうの体で逃げ帰ったこともある。

だが、そんな恐怖感すら、男の体の隅々にまでアドレナリンを供給し、男を究極の
快楽へと導いていく。


男は次第に息を殺し、気配を潜め…
そして、静かに近づく人影にただ一太刀。



「!」

確かに捕らえたはずの人影は、次の瞬間、虚空に消えた。
男の顔から、途端に脂汗がとめどなくにじみ出る。

「どこを見ておる。わしはここだぞ」
男が振り向くと、恰幅のよい侍が一人立っている。

「筋のよい太刀だが、惜しいかな、刃に力が無い」
男は眉を潜め、ギロリと侍をにらみつける。


「刀はこうやって使うものだ」
侍が刀を抜く。
次の瞬間、ドン、と空気の塊が男の顔を直撃する。

「!!」

男の眉が、恐怖にゆがむ。
力の差は歴然。

しかし、逃げることは許されぬ。
男は刃を振るい、目の前の侍に切りかかる。

キィン!
キィンキィンッ!!

「甘いっ!」

タァンッ!!

太刀が一振り、男の腕に振り下ろされた。
グキリと、鈍い音。

「ぎぃ…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあっあぁぁぁっ!!!」
右の手首があらぬ方向に折れ曲がる。
刀はぽとりと、男の足元に落ちた。


「ぁ…なにもの…」
「わしの顔を見忘れたか、源吾よ」

男は侍の顔を見ると、唖然とした。


「…ち、父上…」
徳川将軍家の五男、源吾こと徳川孝宗をして、その顔を知らないはずがなかった。

刀を鞘に収め、辻斬り犯をギロリとにらみつける。
「源吾よ、常頃そなたの様子をつぶさに見ておって、おかしいとは思っておった。
若いころには血気にはやることはよくあること。しかし、罪なき民の命を無慈悲
に奪い、あまつさえ徳川の親族である会津殿の家臣を手にかけるにいたってもはや
目こぼしはできん。潔く腹を切れぃ!」

「ぬ…ぬうぅ…」
源吾にとって最大の危機。
しかし、刺激に飢えていた彼にとっては、この最悪の状況こそ、これ以上ない刺激と
なっていた。

源吾の肉体の隅々に、アドレナリンが循環する。
折れた右腕の痛みも構わず、左腕一本で太刀を拾い上げる。
「父上…たとえ父上でも、かくなる上はぁぁ!」

とても重傷を負っている男の動きとは思えない。
源吾は左腕一本で、目の前の侍めがけて太刀をなぎ払う!


「播磨!」
ガキィッッン!


「あ…」
ただの一瞬。
ずいと柳生播磨守が現れ、刀の峰で難なく太刀の行く手を遮った。

「成敗!!」
一声かけるが早いか、たちまち柳生の剣士が源吾の首を胴から切り離していた。

支えをなくし、首が宙を舞う。
主を失った胴が、鮮血を噴き出しながら、ドウと崩れ落ちた。





-翌日、江戸城-


「仙台国主、伊達陸奥守様の、おなーりーっ!」

伊達陸奥守はずっずっと歩を進め、やがて将軍の前に座る。
そして深々と、頭を垂れた。

「ご拝謁の栄誉に浴し、恐悦至極に存知奉ります」
「おう宗村、苦しゅうない。近うよれ」

扇子を縦に振って招くと、伊達陸奥守は二歩だけ進み出て、再び頭を垂れる。


「して宗村よ、昨夜の辻斬りの折り、仙台藩のみが賑々しい警備をしておらなんだ
そうだな。さすがは政宗公の血を引く伊達のつわもの。大した胆力だ」
「いえいえ、辻斬りはあくまで辻で人を斬らばこその辻斬り。そのようにこそこそ
と振舞う輩がわが屋敷の敷居をまたぎ、あるいは塀を乗り越えるなど有り得ぬと
考えたまでのことにございます…」

「言いおるわ。とはいえ、江戸の町を騒がしておった辻斬りの成敗にあたり、屋敷の
周りを騒がせたことはこの吉宗、詫びねばならん」
「いや上様がそれがしごときにめっそうもございません。しかし、その辻斬り、一体
いかなる素性のものでございましたか?」

伊達陸奥守の問いに、眉をひそめ、そして静かに目配せをする。
様子を察して、大岡越前守がそっと、半歩だけ前に進み出る。

「忠相」
その言葉に大岡越前守が進み出て曰く
「恐れながら陸奥守様に申し上げます。先ごろより江戸市中を騒がしていた辻斬りで
ございますが、名を徳田新之助と申しまして、ただ今無役となっております旗本の三男
でございました。しかしながら、この新之助と申すもの、父の命も聞かず放蕩三昧を
繰り返したため勘当の身となっていたところ。それで自棄になり、やがて辻斬りに身を
やつしたものでありました…」

伊達陸奥守は口の端にかすかに笑みを作り、そして大岡越前守をちらりと見た。
「ほう…さすれば貧乏旗本の三男坊が、父の勘気を買い、その挙句に気が触れて辻斬りに
身をやつしたというこでございましたか。30人以上もの首級を挙げ、挙句会津殿まで
辱めた殺人鬼にしては、随分と拍子抜けでございましたな…」

「まぁ、さようでございますな…」
大岡越前守は言葉を濁した。


「ときに宗村、お主そろそろ国許に帰るそうだな」
「はっ、仙台もようやく牡丹の花が芽吹いているとのこと。できますれば、花の落ちぬ
うちに仙台に帰り、花を楽しみたいものと思っております」
「そうか、道中気をつけて、無事に仙台に帰られよ」
「ははーっ」

伊達陸奥守は深々と頭を垂れた。


「…ときに上様、それがし風の噂に聞きましたところ、孝宗様がなんでもご病気に
臥せっておられるとのこと。もしよろしければ、仙台より何か見舞いの品を取り寄せ
孝宗様にご献上したく思いますが…」
「そうか、我が不肖の息子のことを気にして貰ってかたじけない。では宗村、そちが
育てておる牡丹を少し分けてもらえぬかな?牡丹の根は病によう効くと聞いておるの
でな」
「牡丹、でございますか…?」

伊達陸奥守は怪訝な表情を浮かべた。


「…宗村、いまのは戯れだ。許せ」
そう言うと、扇子を真一文字に、ゆっくりと横に切って見せた。

それ以上、何も問うべきことは無い。
伊達陸奥守はただ深々と、頭を垂れたのだった…。



<終わり>

       

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Neetsha