Neetel Inside ニートノベル
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ソラノトビカタ
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~バンジージャンプと模型飛行機~

 とある、海辺の町でのおはなしです。

 そこに、ひとりの少年が住んでいました。
 少年は、自分の手で飛行機をつくるのが夢でした。
 だから、毎日崖まで出かけては、自分の作った模型の飛行機を飛ばしていました。

 ある日、少年がいつものように崖にいくと、海に飛び込もうとしている少女がいました。
「な、何やってるの?!」
「バンジージャンプよ!」
 よく見ると少女の足首には、丈夫な紐が結んでありました。
 紐のもう一方のはしは、すぐそばに生えた一本の木の幹に結んであります。
「で、でも……」

 少年はとまどいました。
 なぜって、少女の背中には、一対の白い翼が生えていたからです。
 有翼人は空を飛べるのです。だから、バンジージャンプなんかしなくても、風を切って宙を舞うことはできるはずです。

「有翼人がバンジージャンプ???」
「いーじゃないのよ。有翼人だってたまにはスリルを味わいたいのよ!」
「はあ……。」


 それから毎日、ふたりは崖の上で顔を合わせました。
 少年は模型飛行機を飛ばし、少女はバンジージャンプをしました。

 そうして少しずつ、言葉を交わすようになっていった、ある日。


 少女の足の紐が切れてしまいました。
 少女はそのまま、崖の下の海に落ちてしまいました。
 少年は急いで下に降り、必死で少女を引き上げました。
 水の中の岩に身体を打ち付けられたのでしょう、少女は気を失い、その翼はだらりと垂れ下がっていました。

 少年は全速力でお医者さんへと走りました。
 お医者さんは全速力で、少女をたすけにきてくれました。
 そのおかげか、少女の命に別状はなく、ケガもすぐに治るとのことでした。

 それでも少年の胸は痛みました。
 少女の翼は曲がってしまって、あちこち傷だらけなのです。
 翼を包み込んでいたはずの真っ白な羽毛も、ぼさぼさと何箇所も抜け落ちています。
「ぼくがもっと気をつけてあげれば……。」
「それは君のせいではありませんよ。
 この子の翼は、だいぶ前からこうなのです」

     

~秘密~

 お医者さんの話によれば、少女は生まれつき、翼の骨が少し曲がっていたそうです。
 そのため、ほとんど飛ぶことができませんでした。
 それでも少女はがんばりました。
 毎日毎日、飛ぶ練習をしたのです。
 小さな頃は台の上から。
 もう少し大きくなってからは、屋根の上から。
 飛び降りては翼を羽ばたかせ、少しずつ少しずつ、飛べる距離を増やしていきました。
 もちろん、怪我は付き物です。
 何度も屋根から落ちるうち、少女の翼は少しずつ、傷ついていきました。

 生まれつきの翼を切断し、作り物の翼をつければ、すぐほかの有翼人たちのように飛べるようになっていたでしょう。
 しかし少女はそれを拒否しました。
 どうしても、自分の翼で飛びたい。
 この翼を失ったら、もう生きていられない。
 そんな風にして生きていたくはない。
 少女は傷だらけになりながらも、飛ぶ練習を続けました。

 だからお医者さんは言えませんでした。
 いまの少女の翼では、これ以上飛べるようにはならない。
 それどころか、度重なるケガですっかり傷ついた翼には、もうその可能性がない。
 でももしそれをいえば、少女はきっと、自ら死を選んでしまうでしょう。

 だからお医者さんは、少年に言いました。
「どうかこのことは、私たちだけの秘密にしてください。
 そうだ、君は飛行機を作ろうとしているんですよね。
 その飛行機が出来上がったら、この子を乗せてあげてくれますか。
 危険なバンジージャンプを繰り返してでも、風を切って飛ぶ感触を求め続けた彼女に、少しでもそれを味あわせてあげたいんです」
 少年は二つ返事でうなずきました。


 翌日から、少女は少年のお手伝いをするようになりました。
 そのおかげか、一月あとには試作機第一号が出来上がりました。
 崖の上から飛ばした一号は、50mほど飛んで、ふんわり海面に着水しました。
 ふたりは手をとって喜び合いました。

 その日から、ふたりはもっと長い距離を飛べる、もっと大きい飛行機を作り始めました。
 もちろん、それを飛ばすには、もっと高い崖からでないといけません。
 ふたりは少しはなれた高い崖のそばで、毎日毎日、飛行機を作りました。
 時にはけんかもしながら、でもそのたびに仲直りしながら、ふたりは飛行機を作り上げてゆきました。

     

~折れたツバサ~

 そしてテスト飛行の日。
 二人は厚手のジャケットを着て、パラシュートもしっかり背負い、飛行機に乗り込みました。

 その日は気持ちのいい快晴。
 湧き上がる上昇気流に乗って、飛行機は高く高く舞い上がりました。
 海鳥たちが飛ぶ高さをこえて、渡り鳥たちが飛ぶ高さまで。

 でも、そのときそれは起きました。
 一羽の鳥が飛行機にぶつかりそうになったのです。
 ふたりはとっさによけようとしました。
 すると、体勢が崩れたところにひときわ強い風が吹いてきて、飛行機の翼は折れ曲がってしまいました。

 ふたりはシートベルトを外して飛行機から飛び出しました。
 そうしてそれぞれ、パラシュートを開くためのひもを引っ張りました。
 まもなく少女のパラシュートは開き始めました。
 しかし少年のパラシュートはなかなか開きません。
 少女は急いで少年の身体を捕まえ、何とか開こうとしました。
 しかしどこかが絡まっているらしく、どうやっても開きません。
 地面はどんどん迫ってきます。ついに少年は言いました。
「このままじゃ二人とも墜落する。きみはぼくから離れて着地して!」
「そんなの嫌だ!」
「きみだけでも生きるんだ!」
 少女は首を振りました。
「嫌だ。だって、わたしひとりじゃ飛べない」

 少女は翼を広げました。
 あちこち曲がって、傷跡だらけの白い翼を、大きく大きく広げました。
 そして羽ばたきました。

 もちろん、奇跡は起きません。
 落下の勢いを減じたものの、二人は依然落ち続けました。
 それどころか、強烈な風の中で無理に羽ばたき続け、少女の翼はきしんでいます。
 風圧に耐え切れなくなった羽根が、次から次へと舞い上がっていきます。
 痛みを感じているのでしょう、少女の目から涙がこぼれています。
 それを見て少年の目からも涙がこぼれ出しました。
「もうやめて。折れちゃうよ!
 今度折れたらもう治らないよ。自分の翼で飛べなくなっちゃう!!」
「あなたを見捨てるくらいなら、翼なんかいらない!!!」
 そして二人はそのまま、地面に落ちてゆきました。

     

~キミノタメノ~

 下は柔らかい土の地面でした。
 そのことと、少女の必死の努力のおかげで、二人は生命を取り留めました。
 それでも二人は大きな傷を負いました。

 少年は足の骨を折り、しばらくは歩けません。
 それでもベッドで図面を引き始め、先生はあきれていましたが、無理をしないという条件で許可してくれました。

 少女の翼はぼろぼろでした。
 動かすことはできますが、あちこち大きく欠損した翼では、もはや風を受け、揚力を生むことはできません。
 体力が回復したら、切断しなければならないでしょう。
 それでも少女は満足げでした。

「あの翼は、代償として風に捧げたの。
 翼より、もっと大事なものを守るため。
 あのひとが生きてくれればそれでいい。
 いまはあのひとが、わたしの“ツバサ”だから」


「だから……
 あのひとを守れるなら、作り物の翼でももういい。
 先生、わたし、手術を受けます」


 麻酔から覚めると少女は泣きました。
 納得し、覚悟していたこととはいえ、これまで守ってきた翼を失ったことはやはり、とてもとても悲しかったのです。
 いままで背中に生えていた翼がもうないなんて、やっぱり信じられません。
 少女は、お医者さんに支えてもらってベッドから降り、壁にかかった鏡を見ました。

 そのとき少女はあっと声を上げました。
 自分の翼が残っています。
 折れて欠けてしまった部分、骨の曲がっている部分を、機械の翼が補っていますが、無事だったところはそのままです。
 しかもその機械は軽く軽く、そして綺麗な白い羽毛で覆われていて、まるで本当の自分の翼のようです。

「これは……」
「そうだよ。彼が、君のために作ったんだ。
 手術をしていて思ったよ。こんなに優しい手触りの、暖かい機械はみたことない、て。
 毎日間近に君をみていた、彼だからこそ作れた翼なんだね」
 そういうお医者さんの手も、とても暖かです。
「君はもう、好きなだけ飛ぶことができるんだよ。
 怪我を覚悟で崖から飛び降りなくてもいい。
 大事にしなさい。この翼も、それをつくってくれたひとのことも」
「ありがとう先生。本当にありがとう!」
 少女は嬉しくて、先生にぎゅっと抱きつきました。
「先生。ひとつお願いしていいですか?」


 少女が帰ってくるので、出迎えてあげてほしい。
 病院からの電話で、少年は海辺の小屋を出ました。
 そして、車椅子に座って待ちました。
 一分、二分、三分。

 そのときかすかに声がしました。少女の声です。
 少年の名を呼んでいます。
 どこだろう。見回すと声は言いました。
「上よ! 空を見て!!」
 その声に見上げると、そこには白い翼で宙を舞う、少女の姿がありました。

 少年は思わず立ち上がりました。
 少女は、その胸にまっすぐに飛び込んできました。
「わたし飛べるようになったの。こんなに飛べるようになったの!!
 ありがとう。本当に……」

 あとは涙に呑まれて言葉になりませんでした。
 少年も、何かいうけど言葉になりません。
 ふたりは抱き合ったまま、一緒に泣きました。
 嬉しくてうれしくて、声を上げて泣きました。

     

終章~ソラノトビカタ~

 一年後、ふたりはもう一度飛行機を完成させました。
 今度の飛行機は頑丈です。もう、強風にあおられても大丈夫。
 これまでふたりを助けてくれた、お医者さんや仲間たち、そして町の人たちに見送られ、ふたりは飛び立ちました。

 今日も気持ちのいい快晴。
 湧き上がる上昇気流に乗って、飛行機は高く高く舞い上がりました。
 海鳥たちが飛ぶ高さをこえて、渡り鳥たちが飛ぶ高さもこえて。

 そこで少年は飛行機のスピードをゆるめました。
 少女はシートベルトを外し、真っ白な翼を広げました。
 翼が風をはらみ、少女はふわりと浮き上がります。
 一瞬飛行機のスピードに遅れかけますが、ひとつ軽く羽ばたくと、少女の身体はなんなく宙をすべり、飛行機に、その運転席の少年に並びます。
 ふたりはぽんっとハイタッチして、歓声を上げました。


 そうして――

 青い青い空の真ん中を、
 赤い翼の飛行機と、白い翼の少女は、
 寄り添って飛んでいきました。


おしまい

       

表紙

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