Neetel Inside 文芸新都
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「一枚絵文章化企画」第二会場
「通り過ぎられる町にて」フジサワ

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通り過ぎられる町にて


 土日の高速料金が千円になってから、車を見る機会がさらに減った気がする。
 きっと、高速を走っている人たちは、こんな小さな田舎町なんて気にも留めていない。
 私もあそこに混じりたいなぁ。
 早く高校卒業して、大人になって、車買う……
 …とりあえずは買ってもらって。後で返すとして。
 そしてあの忌々しい高速を思いっきり突っ走ってやるんだ。
 川を越える瞬間、今まで私がセコセコ生きてたくだらない町に向かって、これ以上ない
ってくらいのイヤミな顔をしてやる。
 そしてそれからすっぱりこの町を忘れる。高速をひたすら走って走って走り続けて、
こんな田舎とは比較にならないくらい大きな街で暮らしてやる。
 暮らしてやるんだから。

 …現実の、今現在の私は、自転車だった。
 ああ、寒い。寒すぎる!
 私には一つだけ心に決めていることがあるんだ。
 絶対に、この町の出身であることは話さない。
 東北人だなんてバレたら田舎者扱いされること必至だし、何より「東北人は寒さに
強い」と思われるのがイヤだ。
 私は、寒いのがニガテでキライ。
 それに比べて――併走している真美はストッキングさえ穿いていない。
 真美は何から何まで私とは反対だ。
 夏より冬のほうが好きとか言うし、誰にでも優しいし、クラス皆がうす~く染めてる中、
一人だけ黒髪通してるし。
 あと、モテる。これ、すんごい重要だ。私なんて告白された経験さえないってのに……。
「冬休みなのに学校行くなんて、なんだか損した気分だね」
 そう、今は冬休み。なのに制服を着て、朝早くから自転車など漕いでいる。時間が
なくてショートカットできる川原の上を通過してるのもいつもと同じ。
 二年生のうちから講習を受けておくのは大事らしい。確かに、私はそんなに成績が
良い方ではないし、今のうちから大学入試を意識しておかないと危ない。
 大学には、絶対に受からなくちゃならない。この町を出るため、そのためだけに。
 もっとも、真美は講習なんて受けなくても、ヨユーで受かるんだろうけどね。
「真美は別に受けなくてもいんじゃないの~? 校内トップなんだし」
「うーん、でも、勉強好きだし」
 出た!「勉強好きだし」出たよ!
 ありえない。
 私にとって勉強とは、極楽から垂れている一筋の蜘蛛の糸だ。地獄の底から私を救い
出してくれる蜘蛛の糸だ。
 極楽は遥か遠くに見え、細い糸をつたって登るのは苦行以外の何物でもない。
 それを楽しいとな? この子は。そのふとももしゃぶらせろ。
 …だが、私は知っている。
 成績超抜の真美が、決して強制ではない講習に行くには相応の理由があるんだ。
「今日は、石ちゃんの国語だよねぇ~」
 そのワードを繰り出すと、真美の表情は途端に変わる。あからさまで実に可愛らしい。
この辺がモテの秘訣なのかもしれん。
"石ちゃん"は魔法の合言葉。うちらの担任の名前で、真美の密やかな想い人だ。全く
隠せてないけど。
 十歳近くも年上の担任教師に惚れる気持は一生理解できそうもないが、真美が真剣
なのは分かるだけに軽くは扱えない。
 というか、これは断言したいけど、真美は将来必ず石ちゃんを捕まえるだろう。
 私が男なら真美に捕まりたい、と思っているだけ、ではない。
 石ちゃんも真美には良い感情を持っている。成績が飛び抜けて良く、素行も極めて良好、
模範的な生徒――なんてつまらない理由だけではなく。目を見れば、何となく伝わって
くるものがある。
 私も、真美のことが好きだから分かる。
 だから私は石ちゃんのことがキライだ。
 石ちゃんのせいで、真美はこの町から出られない。
 私は出る。真美は残る。ここまで、反対にならなくてもいいじゃないか。
 成績からすれば、関東の一流大学でも余裕で狙える立場なのに、地元の国立大学への
進学を早々に決めている真美。
 それでいいの? 真美。
 後悔しないの?
 いや、そんなんじゃなくて、何より――石。
 石だ、デカいの。雪に隠れてたやつ。
 はね飛ばされた。自転車から。
 私は跳び箱20段くらいの高さから雪の上に落下した。
「大丈夫!?」
 真美が自転車を降りて私に駆け寄ってきた。
「雪の上だから、まあだいじょっ」
 痛い。膝。ストッキングが破けて、そこから血が滲んでる。
 笑うしかない。これで講習遅刻確定だし。
「ごめんねぇ、真美」
「いいのっ。それより、絆創膏と、消毒液!」
 なんて準備の良い子なんだろうってか消毒液かけすぎ! 沁みるしみるシミル!

 私と真美は自転車を引いて雪の上を歩く。
 向こうでは、雪が積もることもほとんどないだろう。
 清々する。
 それにしても、片足が冷えて仕方がない。
 落車で、片方の靴がどこかへ吹き飛んでしまっていた。真美が探してくれたけど
見つからずじまいだった。大方、川にでも流されているのだろう。
 気持の迷いを認めずにはいられない。
 一年以上も先のこととはいえ、私は寂しい。
 この町とじゃない。真美と離れるのは寂しい。
 町はどうでもいい。友達と離れるのは寂しすぎる。
 考えすぎると泣いてしまうかもしれない。そうなったら絶対ウザったいから、今日は
もう考えない。
「ねぇ、ユキちゃん」
 真美が私の名を呼んだ。
 雪子。ユキコ。ユキちゃんと呼ばれることが多い。
 この名前は、私の最大の弱点かもしれない。だって、いかにも雪の降る地域の出身って
感じの名前じゃないか!
 本当は、分かってる。この名前を授かった以上、私は一生東北を抱えて暮らして
いかなくてはならない。
 それを認めたくないんだ。何としてもだ。
「どうしたの?」
「いや、運命ってあるのかなぁ、って……負けられないな、って」
 真美は不思議そうな顔。そりゃそうだ。
「ねぇ、ユキちゃんは東京のほうに行くんでしょう?」
 うん、そうだよ。
 絶対に、行ってみせる。
 ――そう思いながら頷いた。
「そっかぁ……」
 真美は、ほんの少し俯いた。だけどすぐに向き直って、私の大好きな笑顔を
見せてくれた。
「じゃあ、そっちに遊びに行くね! 泊めてね!」
 あ。
 そうか、そうなんだ。
 私は、何をセンチメンタルに浸ってたのだろう。
 会えるじゃないか、いつだって。
 東京なんて、東北新幹線乗れば2時間で着いちゃうんだよ。
 走っても走っても、走り続けても、ここからそんなに遠く離れることなんて、
できやしないんだ。
 当たり前じゃないか。当たり前のこと。
 なんで私は気付かなかったかな、そんなこと。
「真美、今あたしすっげーこと気付いた」
「なに?」
「あたし、とんでもないバカだわ」

 大きな街の空気に浸って、この小さな田舎町のことを忘れる。
 だけど、時々、田舎の匂いを伴って愛すべき来客が訪れる。
 いいじゃないか、そんなの。すごく、いいじゃないか。
 街の人間は知らない、通り過ぎられていく町の匂いを伴って、きっと真美はやって来る。
 その日がやって来るのを、私は今から心待ちにしている。

       

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