校庭の桜はもう散り始めている。俺はそんな桜の咲く中を、今後一年お世話になる新しいクラスへと向かって歩いていた。
「尚吾!」
俺が季節を感じつつ、ゆっくりと昇降口への階段にさしかかろうとしたその時、背後から周囲の空気をぶち壊すいつもの大声。ふり向こうと思うと、既に肩にはずっしりとした高次の右腕がかかっていた。
「お前は朝から元気だよな」
「新年度だぜ。新しい出会いだぜ」
言葉の末尾に☆マークでも付くんじゃないかという勢いの彼。冬の間も寒さを感じさせなかった茶色い肌と坊主頭も相まって、いかにも野球部らしい。
「そんなこと言って、お前は昨年何回撃沈したんだっけ?」
ぐっ、と高次の言葉はやはり詰まった。俺の記憶では確か、16戦16敗だったと思ったが。
「ふん。だがな、女とまともに話せてもいねぇお前よりはマシだ」
負けじと俺に攻撃する高次。くそっ・・・・・・。今度はこちらが言葉に詰まった。確かに俺は昨年、この目のおかげでまともに女子と話した記憶がない。避けられたり、逃げられたり、思えば辛い日々しかなかった気がする。
「くそぅ。こんな目さえなけりゃ、俺は今頃な」
そう。こんな不思議な能力を持つ目さえなければ。
「今年はきっと大丈夫だって。きっとお前のことだから、話し方とかさ。そういうのが原因なんじゃねぇか?」
高次の励ましがなぜだか物凄く胸に響く。そう。俺はきっと眼の能力なんか迷信なんだと、そう考えて、話し方や表情に関する本を何冊も読んだ。研究した。
「ありがとう、今年は頑張ってみるわ」
「そうそう。人間、ファーストインプレッションが大事。今日さえ良ければ」
俺と高次は学年カラーの変わった真新しい上履きに履き替え、2階にある新クラスへと足を進めた。