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速筆百物語
009_まっくろ写真のひみつ

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まっくろ写真のひみつ

 たかしくんはお父さんの車でひいおばあさんのいる田舎にやってきました。エアコンの効いた車から降りると外は溶けてしまいそうな暑さです。それでもたかしくんは、ひいおばあさんの家に向かって嬉しそうに走り出しました。
 マンションに住んでいるたかしくんは、毎年夏休みに田舎へ行くのをとても楽しみにしています。川の上流にある大きな水門や、カブトムシの捕れる林に囲まれた神社のようなおもしろい場所を、たかしくんはたくさん知っていたのです。
 ひいおばあさんの家にはたかしくんの自転車がありました。でも去年よりずっと大きくなったたかしくんにはサドルが低すぎます。遊びに行きたがるたかしくんのために、伯父さんがサドルを高くしてくれました。

「もういちばん高いところだなあ。こりゃあ、来年は新しいの買わないとな」

 伯父さんは笑いながらたかしくんの頭をわしわしと撫でました。
 たかしくんはぴったりの高さになった自転車に乗りました。すぐ後ろでは、いとこのゆずるくんとまもるくんが、自転車に乗ってたかしくんの準備ができるのを待っています。たかしくんは「行くぞ」と二人に声をかけて、ペダルをこぎ始めます。ゆずるくんとまもるくんは前を行くたかしくんについていきました。
 四年生のたかしくんは、いちばんお兄さんです。ゆずるくんとまもるくんを子分のように従えて、たかしくんは蝉の声がこだまする夏の田舎道を自転車で走り回ります。夕方になって家に帰るころには、たかしくんは真っ黒になっているのでした。


 夕飯の時にはみんなが居間に集まります。お母さんと伯母さんとおばあさんは台所でばたばたとごはんの準備をして、お父さんと伯父さんとおじいさんは二つ並べたテーブルのまわりに座りビールを飲み始めています。ひいおばあさんは先にごはんを食べ始めていました。

「たかし、ご先祖様にあいさつしてきなさい」

 ゆずるくんやまもるくんとテレビを見ていたたかしくんにお父さんが言いました。たかしくんはお仏壇のあるとなりの部屋に行きました。
 お仏壇のある部屋は少しひんやりしていました。たかしくんはお仏壇の前に座り、お線香をあげて、おりんをちーんと鳴らしてから目を閉じて手を合わせました。
 目を開けて立ち上がろうとしたたかしくんは、お仏壇の中に何が入っているのかが気になってしまいました。何だか怖くて、これまではちゃんと見たことがなかったのです。
 どきどきしながらお仏壇をのぞきこむと、中には金色をした複雑なかたちのものと黒くて四角い位牌が並んでいました。しっかり見てみると怖い気持ちはだんだんとなくなっていきました。
 落ち着いてきたたかしくんは、お仏壇の横にある写真立てに気がつきました。それは奥の方に置かれていて、ちょっと見ただけでは何が写っているのかわかりません。たかしくんは写真立てを手に取りました。
 写真立てに入っていたのは何も写っていないまっ黒な写真で、それを見たたかしくんの心臓は、さっきよりもずっと大きな音を立てました。たかしくんはとても不安になって、写真立てを元の場所に戻すと慌ててお父さんのところに行きました。

「お父さん、仏壇の横にへんな写真があった」
「おっ、たかしもとうとう気付いたか」

 たかしくんは少し目を潤ませて、お父さんに写真のことを伝えました。それなのにビールで顔の赤くなったお父さんは、おじいさんや伯父さんと顔を見合わせてにやにやしています。

「ばあちゃん、たかしが仏壇の写真の話を聞きたいってさ。ほら、たかし、ひいばあちゃんに写真のこと聞いてみな」

 伯父さんがたかしくんに言いました。ひいおばあさんはごはんを食べ終えて、お茶碗でお湯を飲んでいるところでした。

「ひいばあちゃん、仏壇の横にまっ黒い写真があったんだけど、あれなに?」
「ああ、あれはな、ひいばあちゃんの母さんが持ってた写真だ」

 ひいおばあさんは大きな声で言いました。ひいおばあさんは今年で九十五歳になりますが、とても元気で毎日畑に出ています。ひいおばあさんはたかしくんに写真のことを話し始めました。


 ひいおばあさんの旦那さん、つまりたかしくんのひいおじいさんが、たかしくんぐらいの歳のころのことです。ひいおじいさんのお父さんである、たかしくんのひいひいおじいさんは戦争で外国に行くことになりました。
 ひいひいおばあさんはひいひいおじいさんの写真を撮るためにカメラを借りようとしました。けれど、そんなハイカラな機械をもっている人がなかなか見つかりません。町内会長さんが知り合いからカメラを借りてきてくれたのは、ひいひいおじいさんが外国に行く当日になってしまいました。
 汽車がもうすぐやってくる時間ぎりぎりに届けられたカメラで、慌ただしくひいひいおじいさんの写真が撮られました。ひいひいおじいさんはみんなの慌てる姿を見て、困ったように笑っていたそうです。
 何日かして、写真屋さんがひいひいおばあさんのところにやってきました。写真屋さんは申し訳なさそうな顔をして、ひいひいおばあさんに言いました。

「実はカメラの蓋を取るのを忘れて、写真がまっ黒になってしまったんです」

 そっと差し出された写真は、そのことば通りにまっ黒で何も写っていませんでした。ひいひいおばあさんはがっかりしましたが、頭を下げる写真屋さんを責める気にもなれず、せっかくだからとそのまっ黒な写真を受け取り、小さな写真立てに飾りました。

「これなーに?」

 子供のころのひいおじいさんがまっ黒な写真を見て、ひいひいおばあさんに訊ねます。

「そこにはね、お父さんが写ってるんだよ」
「どこに?」
「おまえには見えないかもね。お父さんが帰ってきたら、おまえにも見える新しいの撮ってもらうよ」

 そう、ひいひいおばあさんは言いました。けれど、ひいひいおじいさんは外国で戦死してしまって、帰ってくることはありませんでした。

 何年かが過ぎて、ひいおじいさんは大人になり、ひいおばあさんと結婚しました。けれどすぐに、ひいおじいさんも戦争に行くことになりました。このころになると、戦争に行く人は昔よりずっと多くなっていました。ひいおじいさんも戦争に行く前に写真を撮りましたが、ひいひいおばあさんは何度も何度もカメラの蓋がついていないかを確認していたので、写真屋さんはずっと機嫌が悪かったそうです。
 それから数年して戦争は終わりました。ひいおじいさんは無事に帰ってきて、一生懸命働き子供も産まれました。生活は大変でしたが、みんな平和に過ごしていました。
 何年かして、ひいひいおばあさんが亡くなりました。ひいおじいさんは、ひいひいおばあさんが大事にしていたまっ黒な写真を、お棺に入れようと思っていましたが、お坊さんが来た時にしまっておいて、そのまま忘れてしまいました。
 お葬式が終わってしばらくしてから、ひいおじいさんは写真のことを思い出しました。どうしたものかと写真を眺めていると、子供のころのおじいさんがひいおじいさんに訊ねました。

「これなーに?」

 ひいおじいさんはおじいさんに写真の話をしました。ひいひいおじいさんが亡くなった後、ひいひいおばあさんはちょくちょく写真の話をひいおじいさんにしていました。それでひいおじいさんは、ひいひいおじいさんが戦争に行った時のことをまるで自分が見ていたかのように感じていたのでした。

「この写真、どうするの?」

 話を聞いたおじいさんは、ひいおじいさんに聞きました。

「仏壇の横に飾っとく」

 ひいおじいさんはそう答えました。ひいおばあさんもこの話を何度も聞いていました。やがて、おじいさんもおばあさんと結婚します。挨拶に来たおばあさんは飾ってあるまっ黒な写真に気付いて、おじいさんに訊ねます。おじいさんはひいおばあさんやひいおじいさんから何度も聞いた話をおばあさんに話し、やがて産まれた子供であるお父さんや伯父さんにもこの写真の話をしたのでした。


「そうやってな、あのまっくろ写真の話はずーっと受け継がれてきたんだよ。いつか、たかしがお嫁さんをもらって子供が産まれたら今度はたかしがこの話をしてやってくれな」

 ひいおばあさんはにこにこしながらたかしくんに言いました。

「あれ? 今年ってあの写真撮ってから百年目じゃないか? なあ、じいちゃん?」

 伯父さんがおじいさんに言いました。おじいさんは眉に皺を寄せて、

「よくわかんね」

 と言いました。そこで、お父さんと伯父さんがひいおばあさんに聞いたり、昔のアルバムを調べてみると、確かに今年は写真が撮られてからちょうど百年目でした。

「すごいなあ、たかし。お前は百年前の写真を見たんだぞ」

 お父さんは機嫌よく言って、たかしくんの頭をわしわしと撫でました。
 たかしくんはお仏壇の部屋に入って、ゆずるくんやまもるくんと一緒に、まっくろな写真を遠巻きに眺めました。たかしくんやお父さんの産まれるずっと昔からあるというまっくろ写真は、たかしくんにはまだ怖いもののように思えました。

「ゆずるー、まもるー、たかしくーん、ごはんだからこっちおいでー」

 伯母さんの声が居間から聞こえてきました。ごはんが炊けたいい匂いもしてきます。たかしくんたちはお仏壇のある部屋を出ました。
 お仏壇の横には、これまでと何も変わらずにまっくろ写真が飾られています。きっと次に誰かが思い出すまで、まっくろ写真はここで静かにたたずんでいるのでしょう。

       

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