Neetel Inside 文芸新都
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きみみしか
第四話 キチガイ散財

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 キチガイどもが来てからしばらくは平穏そのものじゃった。その前とほとんど変わりが無い。
 変わったことといえば数人の村の女性が職業を得たことだった。彼女たちは働き始めたのだ。キチガイ病院で。
 彼女たちの仕事は主に料理や掃除、洗濯といったものだった。なにしろ医者共は病院のそばの寮で暮らしているが、ちっとも家事ができない。それに病院の雑用もあった。仕事はたくさんあった。
 
 大きな変化が起こったのは開院から一週間後の事だった。いつものようにわしが朝食を食べていると表が騒がしい。母が怪訝な顔をして出て行った。そしてこう悲鳴を上げた。
「キチガイどもがやってきた」
 何てこったい。そう思ったね。そうしてわしはワナワナと震えだした。逃げたい。心の芯からそう思った。が、足が動かんかった。数十秒後わしはようやく家の外に飛び出した。
 ちょうど家のすぐそばまでキチガイどもと医者共はいた。立派な服をキチガイどもは着ていた。人数は十数人ぐらいか。そんな姿を見てわしがこれはどうにかせんといかん。そう思っていると村人たちが前に立ちはだかりはじめた。

 キチガイどもはしょうがなく止まった。先頭を歩いていた院長にみなが罵声を浴びせかけた。
「ふざけんな。こんな話は聞いていねえぞ」
「さっさと帰ってくれえ」
「こんなことをしたらどうなるかわかってんのか」
 などなどだ。が、院長はいつものように気味が悪い笑顔をしながら一歩前に踏み出した。村人たちは院長を囲み始めた。

 村人たちに囲まれながら院長は落ち着き払って言った。
「別に私たちは何も害を与えていないでしょうが。それに確かに言いませんでしたよ。このようなことをすると。でも言ったわけでもありませんよね。このようなことはしないと」
 前の方にいた地主が口ごもりながらこう反論しようとした。
「んだけど。あんた常識でしょう。キチガイを病院から出さないってのは」
 院長は全く動じずに言った。
「私たちはこれまの常識を打ち破る方法で彼らを治療しようと思っているのです。それに悪いことばかりとは限りませんよ」
「何がいいことって言うんだ」
 村人の一人が息巻きながら言った。院長はこう言った。
「患者たちはご覧の通りの立派な服装をしています。つまりみな名家の出身です。金は沢山ある」
 おそらく分かっていたのだろう。次に繋げる言葉が。農作業で泥だらけの男が声を震わせながら言った。
「何が言いてえんだ」
 と。院長は微笑しながら言った。
「買うのですよ。商品を。例えばそこのよろず屋の主人。買い物をしたいのですが、この様子では店まで行けません。しょうがないからお菓子や飲み物を持ってきてくれませんか。患者たちはねよく食べていたんですよ。」 
 
 声を掛けられたよろず屋の主人は相当狼狽したようだった。どうしたものかと思案しているようだったが、やがて意を決してこういった。
「分かりました。持ってきます」
 主人は周りの鋭い視線から逃げるように店へと向かっていった。主人が帰ってくるまでずっと村人たちはキチガイどもを睨みつけた。はたから見てるわしにしたらそれは滑稽な光景だった。
 村人たちは一生懸命敵意をむき出しにしているのにキチガイどもは何とも感じていないようだった。滑稽この上ないじゃないか。

 やがて主人はリヤカーをひっぱってきた。中には結構な量の商品があった。飴やらカステラやらまんじゅうやら。チョコレートなんかもあった。それにサイダーも。
 キチガイがキチガイみたいに金を使った。いろんな商品を沢山買った。そのせいで菓子や飲み物はすぐに売り切りた。初めからそんなに無かったからね。
 今の人には分からんかもしれんけどね。菓子はとても高価なもんじゃった。わしなんぞそれまでに菓子を食べたことは数回だ。それも病気の時に飴玉をなめさせてもらうだけ。貧乏な家なら食べたことのない人もいただろう。一番の金持ちの地主でさえあまり買いはしない。
 それなのにどしどしと目の前のキチガイどもは買っている。金銭感覚が無いのかもしれない。だが、金はきちんと出しているのだ。出せないものは医者が金を払ってやっている。あれはおそらく家族からの送金から出しているのだろう。そんな金持ちがいるのかとわしは思ったもんだ。
 
 取引が終わったあとの主人は茫然自失としていた。当たり前だろう。ほんの数十分で、大金を手にしたのだ。おそらく一ヶ月分くらいの売上をあげたろう。
 やがて主人はやっと気づいた。周りの自分を見る視線を。そしてそそくさと店の方へと帰り始めた。こう吐き捨てて。
「しょうがねえ。生活のためだ」

 その様子をいつものように笑いながら見ていた院長は言った。
「それにあなたがたの中には病院で働いている人の家族もいるはずです。困りますよね。もし我々が解雇したら。他の人を雇う事だってできますよ」
 村人たちの視線は病院で働いている者たちとその家族に向けられた。その者たちあわてて帰り始めた。

 院長はだんだんと団結が乱れ始めたのを見てこう言った。
「それに我々はたくさんの食料を買ってるんですよ。もし他の村から買うようになったらどうです。価格は下がります。困るのはあなた達です。それだけじゃない。我々は増築計画も考えているんです。新たな土地を買うことを考えているんです」
 その言葉に地主は露骨に反応した。
「えっ。本当なのか」
 その反応を見て院長は満足げに言った。
「本当ですとも。無論」
 地主は甲高い声を上げた。
「ええい。解散だ。その方が村のためになる」

 その一声で村人たちは帰り始めた。べつに地主の力が強かったからというわけではない。もう分かり始めていたのである。病院を敵に回すとどのくらい損をするかということが。
 その後誰かが言ったかは分からないが声が聞こえた。しゃがれ声だった。
「こけにしとる。おら達を。貧乏だからって」

       

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