Neetel Inside 文芸新都
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潮騒と幽霊
『第二章 幽霊問答』

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「え…?幽霊、ですか?」
「うん。」
幽霊と名乗った男は、アヤの目をまっすぐに見つめ頷いた。
「あの…それが、あの、お名前ですか?」
「いや…名前ってわけじゃないけど…」

ざ………ざ………

「生きて…ますよね。」
アヤは我ながら間抜けな質問だと思いながら男にそうたずねた。
その質問に、男は何を思ったのか、突然背筋を伸ばしてこう答えた。
「い、いや、そんな事はないぞ。僕は、立派な幽霊さ。」
その様子があまりに可笑しかったので、アヤは思わず吹き出してしまった。
「な、何が可笑しい。」
「ごめんなさい。でも、あんまり真剣に言うものだから…」
「あ、信じてないな。僕は本当に幽霊なんだぞ。」
「でも、生きてるじゃないですか。生きてる幽霊なんて可笑しいですよ。それに足だってあるし、透けてもいないし…」
「足がある?透けてない?そんな事くらいで幽霊じゃないなんて決めつけないでほしいな。それに、僕が生きてるって、どうして言い切れるんだい?」
「え?だって…」
「ほら、やっぱり。理由なんて無いんだろ?」
「でも、今あたしとこうして話してるじゃないですか。」
「幽霊だって話くらいできるさ。」
「じゃあ…心臓は?心臓は止まってるんですか?」
「心臓?」
男は自分の胸に手を当てると、目を閉じた。
「…動いてるな。」
「ほら。」
「ほらって何さ。」
「生きてる。」
「心臓が動いてるからって生きてるとは限らないさ。」
「そんな…そんな事はないでしょう。」
「例えば、いわゆる植物状態になって、医学的にまったく思考が働いていないと診断された人間は、第三者から見て生きていると言い切れるかい?」
「そんな例え可笑しいわ。」
「可笑しい事は無いさ。じゃあ、他の例えだ。ここに意思を持った人形があるとする。人間と同じようにものを考え、感情もある。」
「だから、例えが可笑しいわ。」
「いいから。えと…ともかく人形があるんだ。」
「意思を持った?」
「そう。でも、意思があっても人形だから僕らにそれを伝える術が無い。君はその人形が生きていると思えるかい?」
「生きてるんでしょ?」
「でも見てもわからないんだ。」
「じゃあわからないわ。」
「生きてるって?」
「だってわからないんでしょう?」
「そうだ。それと同じように…」
「全然同じじゃないわ。あべこべよ。」
「え…まあ…とにかく、見た目だけで判断するのはやめて欲しいな。」
「じゃあどうやって判断するの?お医者さんに診てもらう?それとも生物学者?」
「だから、そういうんじゃない。君は偉い学者に『残念ですが、あなたは生物学的にみて猿です。』って言われて受け入れるのか?」
「失礼ね、あたしのどこが猿なのよ。」
「ほら。」
「ほらってなによ。」
「人間なんだろ?」
「あたりまえでしょ。見てわからないの?」
「僕も同じさ。僕は幽霊だ。見てわからないのか?」
「あなた…感じ悪い。そもそも何よ、どうしてそんなに幽霊だって言い張るのよ。」
「え?…いや、それは…」
男は我に返ったような顔をすると、急に黙り込んでしまった。
「ほら。」
「ほらって何だよ。」
「理由なんて無いんでしょ?」
「そんな…事は無いさ。」
「そうなの?」

ざ………ざ………

「実は…記憶が無いんだ。」
「え?」
「どうしてここにいるのか、僕が何者で、どうやって生きてきたのか、何も思い出せないんだ…」
「大変じゃない!!なら早く病院に…」
「いや、ちょっと待って。」
「どうして?記憶が無いなんて大変よ。頭を強く打ったのかも…」
「いいんだ。」
「どうしてよ。」
「君と話していると、何か、思い出せそうな気がするんだ。」
「話ならここじゃ無くてもできるじゃない。」
「ここが、いいんだ。」
「でも…」
「頼むよ。」

ざ………ざ………

「わかったわ。でも、ちょっとだけよ?」
アヤはそう言うと、男の横に腰を下ろした。
「ほんとに、少しだけよ?何か思い出したら、すぐ病院に行くんだよ?」
「ありがとう。」
男は本当に嬉しいといった感じで笑った。
「寒くないの?」
「え?」
男の服はまだびしょ濡れ。
風はさっきよりも強くなったようだ。
「あ…うん、不思議と、大丈夫。」
「本当?」

ざ………ざ………

「…本当に幽霊なのかもね。」
「どうして?」
「あたしは…寒いわ。」
アヤはそう言ってコートの襟を立てた。
「ねえ、幽霊さん。」
「なに?」
「記憶が無いから、幽霊なの?」
「え?」
「何となくだけどあたし、幽霊って『過去の塊』みたいなイメージ。」
「過去の塊?」
「そう。だって、死んじゃったら、未来が無いもの。」

ざ………ざ………

「さ、難しい話はやめて、お話しましょうよ。お話、するんでしょ?」
「あ、ああ、そうだね。難しい話はやめよう。」

夕日に向かって飛行機が行くのが見える。
空と同じ色に染まった海が、何だか地獄みたいだと、アヤはぼんやり思った。

       

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