Neetel Inside 文芸新都
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僕らはみんな死んでいく
第七話「逃避行」

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 車を降りると、そこはかつての新駅建設予定地、僕と谷繁先輩にはお馴染みの荒涼とした風景が広がっていた。予算がままならず、計画が凍結されたまま放置され、今は廃墟然としている。その中を時折列車が通り過ぎていくが、もちろん停まることはない。本当ならばこの辺りは新興の街並みとして賑わっていたはずだろうに、土地だけは広大に買い占められていたせいで辺りには民家もなく、人気がない。
 幾つかの仕事用道具を収めたボストンバッグを車から取り出して担ぎ上げる。懐中電灯を持って先に進んでいる谷繁先輩は基本的に力仕事をしない。里崎は会話の矛先を先輩に変えて、おぼつかない足取りで歩いている。

「この仕事って儲かるんですか?」
「今はきついねえ。何年か前のピークの頃は、客を車にすし詰めにして運んだ時もあったよ。一回ごとに車を換えたりしてさ」
 僕の持つ懐中電灯で里崎の足元を照らしてやる。するとどうしても傷痕だらけの彼女の脚が目に入ってしまう。
「その頃から狩野君も一緒に?」
「いや、当時は俺が浩介の立場。俺は先代の後を継いでやってるの」
 照らす先を里崎の少し先にしても横にしても、里崎はコンクリート片やガラスをお構いなしに踏んで行く。
「元は俺の兄貴が始めた商売なんだけどね。あんまり熱心にやり過ぎたせいか、最後には客の方に回っちゃってさ」
「逃げちゃったんですか」
「馬鹿な話だろ」
 列車が近付いてくる音がすると一旦明かりを消す。暗い中をそのまま歩いていた里崎が先輩の背中にぶつかったらしく、「すいません」「いい、いい」という声が聞こえた。再び明かりを付けると里崎は先輩の手を握っていた。

「さっき話してた、ウィッグの女の人とはその後どうなりました?」
「二週間くらいかな。一緒に暮らしたよ」
 里崎の足元を照らす必要がなくなったので、外へ光が漏れないように、なるべく下へ向けながら、適当に周辺を探る。以前浮浪者が住み着いていたので追い払ったことがある。息をしていない赤ん坊が捨てられていたことがある。
「女の人、好きなんですね」
「嫌いだよ。面倒臭いし鬱陶しいし」
「すごくわかります」
「でもちょっと離れてるとさ、おっぱい揉みたいとかセックスしたいとかそういうのはどうでもいいんだけど、無性にキスがしたいなあって、キスしながらぎゅっと抱き合いたいな、ってたまらなくなっちゃうことがある。そこまでやったら結局それだけじゃ収まらないんで、面倒で鬱陶しいことになるんだけど」
「ちょっとわかります」
「実際にしてる最中は『あれ、こんなもんだったっけ』っていつも思う」

 列車が一本通過するのを待ち、仕事の下準備を始める。こんな時代でも各列車のダイヤは事故がない限り狂うことなく運行している。そのことがとても狂っているように思えてくる。
 僕がバッグから道具を取り出し、駅になり損なった建築物の中から、比較的まともな場所を選んでいろいろとセッティングしている間、先輩と里崎は向かい合って何やらじっとしていた。懐中電灯が照らしているのは足元だけなので、二人で何をしているのかはわからない。その辺りは僕の仕事ではない。

「いけますよ」準備が整ったので声をかける。
「煙草、体に良くないですよ」と言い置いてこちらに近付いて来る里崎は、もう先輩の手に導かれてはいない。
「狩野君にもさ、きっといつかいい人が見つかるよ」
「今、じゃないんだな」
 暗くてはっきりと彼女の顔は見えなかったけれど、少し笑っていたような気がする。子供の戯言を笑う母親のような口元で。
 脚立の上に彼女を立たせる。
「そこのロープ巻く要領、わかるね」
「大丈夫」
「じゃあ次、列車が来るタイミングで」
「わかった」
 彼女の準備が整ったのを確認して、先輩を呼ぶ。線路の軋む音に乗るようにリズムよくこちらに近付いてくる先輩の足元で小石が跳ねた。
 まだ遙か遠くにあるように思っていた、列車の放つ光がどんどん近付いてきた。中途半端に作られた壁に遮られて、車内からは見えない位置に僕らはいるが、念のため懐中電灯のスイッチを切る。
「じゃ、いくよ」気怠そうに先輩が言い放つ。
「はい。またね、お二人さん……」
 先輩が乱暴に脚立を蹴り転がす音がして、すぐに里崎の黒いシルエットが宙に揺れる。辺りの壁に反射した列車のライトが彼女の姿を一瞬照らし出した。束ねられた鉄筋にしっかりと結びつけられたロープは彼女の首に繋がっている。体が柔らかかったせいか、いつも見る首吊り死体よりも、彼女の体は縦に長く伸びている気がした。

 列車は轟音を立てて通り過ぎていった。生きている者たちを乗せて。

       

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