俺はサメと実際に話した事は無くて飲み屋で離れた席から見た程度なんだけど、一目で係わり合いになってはいけないと感じさせる空気を発していた。
サメがどんな男かっつーと、40歳くらいのおっさんである。
で、どんなおっさんかっつーと、本当にやばいおっさんである。
して、どんなやばいおっさんかっつーと、40歳くらいのおっさんである。
あれ?ああ・・・・兎にも角にも、こうやってクレバーであるはずの俺が順を追ってきちんと説明を出来なくなってしまう程にやばいおっさんなのだ。
人から聞いた話も混じるので多少は尾鰭が付いているのかもしれないが、サメという男は「人から聞いた話だから膨らんでんだろーな」ではなく、「人が知っている情報はこれだけで、もっともっと想像も付かない事をやっているんだろーな。くわばらくわばら」と思わせる様な男で実際に俺もそう信じてる。信じちゃってる。
では仕切りを直して、前も言った様に俺の為に整理をしながら順を追って説明していこう。
サメは元々は下区の生まれである。下区というのは劣悪なスラムが広がる地区で、例えばちゃらちゃらした芸術家気取りの若者が入り込んで「グーじゃん。金やシステムに穢されてないピュアなアジアを感じるじゃん。これぞアートじゃん」なんて言いながら写真を撮影していれば3人くらいの下区民がさっと忍び寄って口を塞いであっという間に絞め殺す。そして男達はカメラを奪い財布等を抜き取り服を脱がし、「お、指輪してんね」なんて言いながら指輪を外し、指輪が外れなければ「鉈貸してくれいよ」なんて言って仲間から受け取った鉈で指を落として指輪をゲットだぜといった具合の事件が実際にちょくちょく起こる街である。
持ち物は奪われて売られたり使われたりどうしようもない物は煮炊きの燃料に燃やされるし、死体が出れば豚や犬に食わせてしまうので証拠も残らない。ひええ、怖い。そんな区。
で、サメはそんな恐ろしい下区で産声を上げ、すくすくと育って恐ろしい下区の中でもかなり劣悪な環境の地域で一番の顔になった。が、30過ぎになって何かのアレルギー性皮膚炎になってしまい、下区の不潔な環境がそれを悪化させ、下区の前時代的で尚且つ前衛的な訳のわからない治療で更に悪化したので「痒くてもう嫌だんもん」と云うストレート且つシンプルな理由で環境の比較的良い中区に移り住もうと考えた。ちなみに下区の言葉は各地の方言が入り混じって妙ちくりん。
スラムのような下区で生まれ育った人間が、教育や警察機関がきちんとしている中区に移り住むという事は容易ではない。
まず、下区で生まれた人間は戸籍なんかが無いので和国のシステム上居ない事になっている。
まぁ戸籍は中区を追われてきた奴とかから買い取ったりすればいいけれども、下区の文化や常識は独特過ぎるし義務教育なんて上等な物を受けていないので中区での生活には色々と支障が出る。
使われる言語はほぼ同じだが先進国と発展途上国くらいの文化やモラルの差があり、殆どの人間が文盲で数字しか読めず、現金の流通はあるにはあるのだがニセ札が蔓延しているので物々交換の方が信頼され、中区と商売をする下区人以外は殆ど札を扱わない。偽造の割に合わず、偽造だったとしても問題の少ない500円硬貨が最も好まれている。そんな異常な区。
だがサメは中区への移住に全く不安を抱いていなかった。彼はシンプルかつストレートに、「自分より弱い人間を脅して、逃げたり狂ったり自殺したりしない程度に痛め付けて、少しづつ色々やらせればなんとかなる」という冗談みたいな信念を持っており、自分より弱い人間の割合を増やす為に体調の管理や徒手空拳のトレーニングを怠らないという大馬鹿野郎なのである。
で、サメは訳の分からない治療で気持ちの悪いマダラになってしまった皮膚に細かい模様の刺青を入れまくりまくりまくりまくり、もっともっともっと凶悪な風体になってしまった。
そして一応戸籍を買って身の回りの物や商売の利権を大量の500円玉にし、中区で不振がられない様にとダブルの黒いスーツを調達した。だがそれは喪服だったのだ。
下区ではファッションという概念が無く、強い人間が着心地の良い物を着るというだけだった。
下っ端が定価で買えば40万くらいするヴィヴィアンウェストウッドのフリンジ付きのジーンズを与えられ、「このモジャモジャが金網に引っ掛かっていけねえのんな」なんて漏らしながらフリンジを千切って火にくべて、親分が「こりゃあ履き心地がいいじゃねえのん」なんて言いながらユニクロのストレッチジーンズを履いている。そんな区。
勿論価値を知る人間がいればかっぱらってきた段階で中区に売る事を考えるのだが、ブランド品についての知識を持つ人間は少ない。
そんなんだから中区に立ったサメの風体は、身長は190cm近く、顔、手の平、足の裏、耳、亀頭に至るまで、細かい鉄条網やチェッカーフラッグやペイズリーやラーメンの丼の模様や水玉の柄で埋め尽くされた皮膚、縮れた長髪、黒いテンガロンハット、ダブルの喪服、黒い編み上げ安全靴、サンドバッグを縫って作った縦長の黒いリュックと云うロックでカウボーイでフォーマルでアーミーでボクシングなミクスチャー、っつーかちんどん屋っつーか、お洒落を決め込んでみた気違いっつーかそんなんだった。
下区の劣悪な環境と病を理由に一人で中区に移り住むサメって情報が頭にあると、このサメの奇異で滑稽な格好に哀れみを感じてしまうかもしれない。
だが、サメの人間性を知ればそんな事は吹き飛んでしまう。ぴゅっと。
サメはまず中区に入り大通りを極めてナチュラルに闊歩して公園に入ると極めてナチュラルに水を飲んだ。すると部活帰りに公園のベンチで肉まんを食おうとしていた中学生の集団を発見したので極めてナチュラルに近付きそれをひょいと奪い、極めてナチュラルに一口で一つ、一口で一つと食らい、「もうねえのん?」と極めてナチュラルに聞いた。中学生は情けない声を上げて逃げた。
サメは下区の人間の中でも最悪の部類で、大通りを闊歩する事も、水道で水を飲む事も、人の物を奪う事も、人に要求する事も、全て同じレベルで意識している迷惑な大馬鹿野郎である。
迷惑な大馬鹿野郎だが、更に厄介な事に人を従わせる事や自分の損得に関してはかなり狡猾で、それは最早天分と言って差し支えの無いレベルであった。
例えば前述の肉まんの件だが、サメの中で無意識の計算をした上で極めてナチュラルに中学生の肉まんを搾取するに至ったのだ。
先ず中区に入ってから公園に至るまでの十数分間でサメは往来を歩きながら中区民を観察し、身なりの小奇麗さ等で大雑把に中区の上流、中流、下流の人間の目安を認識。
そして中学生達をぱっと見て自転車に錆が浮いていたり前篭の金網が破れているのを見て、上流階級の家の子供ではないと判断した。
で、サメにとってと云うか下区全体で殆どそんな感じなのだけど、自分に関係の無い子供と云うのは殴ったり無理矢理働かせたり攫って売り飛ばしたり犯しまくったりする対象であり、子供達もそれが当たり前の事だと思っており、大人達には絶対に逆らわず、犯される際にも先にフェラチオ等で射精させたりして勃起の勢いを衰えさせて膣や肛門への負担を減らしつつ、満足させて駄賃を貰ったりする狡猾さを身に付けたり仲間内で教え合ったりしていた。
勿論こんな気持ちの悪い凶悪なサメにもかわいらしい時代があったので犯されそうになった事もあるが、サメは逆にその大人の陰茎に剃刀を当てて逆に脅迫し金を奪うという一人美人局をしたので犯されること無く、しかもそれを定期的にやって大人顔負けの収入を得ていた時期がある。
そして狡猾なサメは全額奪うのではなく相手の所持金の3割から5割に抑えて「全部じゃなくてラッキーかも」みたいな気持ちを与えて報復や無茶をされないようにしていたのだ。
そしてこの男は一人美人局を続ければ自分よりも肉体的に強い大人に集団で襲われる可能性があると無意識で察知し、なるべく自分が表に立たずに自分の地域の子供を使ってかっぱらいやスリをやってピンハネをするようになっていった。
つまり、サメの脳と体は中産階級のガキどもから肉まんを脅し取ってもこいつ等はべそをかいて終わり、万が一タレ込まれてもどうとでもなるレベルのパワーを持つ敵しか来ないと踏んで自然体で肉まんに手を伸ばしたのだ。
そしてこの大馬鹿野郎が食欲を満たした後に行った事はレイプである。矢場いよな。