Neetel Inside ニートノベル
表紙

はまたん(電子書籍版)
ゴッド・オブ・デス・イン・マイ・ルーム

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睡眠は浅い方だった。
誰かが部屋に入ってくると寝ながらでも違和感に気付く。蚊が近くに飛んでいると眠れない。そんな睡眠生活を送っている毎日の俺。
だから、部屋の中に誰かいるのはすぐに気付いた。
ノックも無しに家族が入ってくる筈はない。まさかとは思うが、不法侵入者であろうか。
うつらうつらとしながら瞼を開くと、そこには。


憂いを帯びた暗い瞳が、月光で儚げに光っていた。
夜の細波のように流れる黒髪が、闇の間に融けていた。

「えっと、まず本人確認を……ってあれ、まずい、起きちゃった?」

 一目見ただけで脳が完全覚醒するような美少女が大鎌を片手に、俺の部屋を土足で踏み荒らしていた。

 
  





      ゴッド・オブ・デス・イン・マイ・ルーム






「靴を脱ぎなさい」
頭も体もアクティブ状態になった俺が最初に口にした言葉がそれだった。
「は、はい」
美少女は慌てて履物を脱ぎ、片手に備える。
急いで部屋を見回し窓に近寄り、靴を屋根に放り捨てた。
今気付いたが窓が開いていた。あそこから入ってきたのか。
どうやら幽霊ではないようだ。別に幽霊ではいけないと言う事もないが。
独楽のように鋭く回転し、再び俺に向き合う美少女。サイドポニーテールがワンテンポ遅れて回転する。
「服も脱ぎなさい」
「あ、はい」
美少女はいそいそと纏ったローブを脱ぎ、白い肌を露わにする。
もう少しで腿の付け根が、と言う所で彼女の動きが止まった。
「って、何で脱がなきゃいけないんですかっ!」
ビシィ、と宙に手刀を入れる。
「あれ、逆夜這いに来たんじゃ……」
「そうそう、あの日貴方と式場でお会いした時の胸のときめきがどうしても忘れられなくて……って、何でそうなるんですかっ!」
ズビシィ、と空に裏平手をかます。
スムーズなノリツッコミだ。アドリブでここまで言葉が出てくるとは、ひょっとして押し掛け芸人だろうか。
「すいません、どちら様でしょうか」
俺の知り合いにこんな美少女はいない。
と言うか、女性の知り合いがほぼ存在しない。
隣に住んでいる女の幼馴染はいるが、奴のあだ名はギガントドラゴンだ。しもふりにくを与え続ければ仲間になるかもしれない。したくもないが。
彼女が一晩で60kgのダイエットに成功したのでなければ、目の前の美少女は初対面である。
「へ、あれ、見てわかりません?」
驚いたようにそう言うので、二歩歩引いて彼女の全身を確認する。

本体:美少女。結婚してください。

服装:魔道師が着ているような、黒く丈の長いローブ……で伝わるだろうか。中が裸かどうかはわからない。きっと裸だ。いやらしい女め。結婚してください。

武器:三日月の光に煌めく禍々しい大鎌(デスサイズ)。身の丈程もあるそれを片手で持っているが、一体どんな筋力をしているのだろうか。まっこと恐ろしい女よ。結婚してください。

総括:結婚してください。

「ひょっとして……結婚してください?」
「落ち着いてください、日本語がおかしいですよ!? ほら鎌! 鎌!」
「なるほど、草食系女子をアピールして気になるアイツを私だけの騎士に育て上げちゃおう☆ ……と」
「そうそう、こうやって雑草を刈っておいしいおいしい……ってそんな訳ないでしょ! 草食系女子はこんな物騒なもの持ち歩いてませんよ! 死神ですよ、死神!」

死神。
目の前にいる美少女は確かにそう言った。聞き間違いではない。
「死神の神奈川と申します。どうぞよろしく」
「あ、どうも町田です。まあ立ち話もなんなので、どうぞ」
「あ、はい失礼します」
思わずこっちも名乗ってしまったが、彼女は本当に死神なのだろうか。
座布団にちょこんと正座している姿が可愛らしいが、正体や如何に。
軽く話を振ってみる。死神と言えば……。
「デスノートって持ってたりする?」
「デスノートですか。持ってますよ」
「え、本当に?」
「ええ、部屋に全巻置いてあります」
「ああ……」
聞いた俺が馬鹿だった。
よくわからないからもう死神って事にしとこう。かわいいし。
第一、その前提にしないと彼女の話が進まないだろう。
「で、その死神様がここに来たって事は……つまり、俺はもう死んでいる……って言う?」
俺は自分の体を確認する。透けてたり宙に浮いていたりはしなかったが、はてさて。
「あ、いえ、あなたはまだ生きています」
「そうか、ならよかった」
「でもあと一週間後に死にます」
「あまりよくなかった」
マジかよ。
「あ、それとすいません、一応何か本人確認できる証明書などお持ちでしたら……はい免許証ですね……はい、はい、結構です。町田大助さん本人ですね。死にます」
俺が財布から出した免許証の顔写真と俺を見比べ、漫画喫茶の会員登録のような気軽さで死を宣告する美少女。
言い終わった後に思い出したかの様に「お気の毒ですが……」と暗い顔をされても、釈然としない。
と言うか、状況がイマイチ読めない。俺の頭の奥にいる俺はわかっているのだろうが、浅い所にいる俺は理解することを拒んでいる。
「え、俺死ぬの?」
「はい、残念ながら」


「突如俺の前に現れ、『貴方は一週間後に死にます』と予告した、死神を自称する美少女。俺にしか見えない彼女との奇妙な共同生活が始まる。
最初は冷徹で仕事のためなら何でもする性格も、俺の心の暖かさに触れて徐々に人間らしさが芽生えていく。
そして予告の当日、彼女は目を潤ませて言った。
『ねぇ、やっぱり私……貴方が死ぬの、見たくないよぉ……』
泣き崩れる彼女。優しく頭を撫でる俺。
『ありがとう、死ぬ前に君に出会えてよかった。この一週間はとても楽しかったよ』
『私も、楽し、かった……いやぁ、消えちゃ駄目だよぉ!!』
 『大丈夫、生まれ変わったらきっと、ずっと君のそばに……』
そう言って光に包まれ、俺は消えた……。
『大助ぇーーーーー!!』

はずだった。
『え………大助……?』
『あれ、何で俺生きて……?』
『ふぉふぉふぉ、このままお主が死ぬとカナまで後を追って死にそうじゃったからな。カナしんじゃう! なんつってな。ふぉふぉふぉ。あ、これ元ネタコピペな』
いきなり出てきたおっさんを無視して俺たちは抱き合った。
『大助!』
『カナちゃん!』
二人は末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし。映画化決定。

……とかじゃないの?」


「全世界が涙したあの名作がついにブルーレイに……って何の話をしてるんですか!? それと私そんな冷徹じゃないですよ!? 美少女でもないですし!」
必死で否定する美少女。後半部分にツッコミを入れないのは脈有りと見てよろしいのでしょうか。
「え、絶対に死ぬの?」
「絶対に死にます。デッドオアダイです」
「絶対必ず100パー確定どう頑張っても俺死ぬの?」
「絶対必ず100パー確定どう頑張っても貴方は死にます。マチダマストダイです。DIE助です」
美少女め、言い切りやがった。
何度も確認したおかげで、彼女の言っている事はしっかりと理解した。状況もつかめた。
しかしいきなりそんな事を言われても、はいそうですかと信じるわけにもいかない。
が、嘘をついているようにも見えない。うーむ。
まあ、話を最後まで聞いてから判断しよう。
「なんで死ぬの?」
「この家の隣に住んでいる大野さんいますよね、同い年の女の子」
「いるいる」
ギガントドラゴンの事だ。俺はあの化け物に撲殺されるのだろうか。ほねつきにくと認識されて喰われるのかもしれない。
「あの人が一日で60kgのダイエットに成功するんですけど」

……?
今何て言ったんだ? 俺の頭の奥にいる俺もよく聞き取れなかったらしい。首を傾げている。

「……あれ、大丈夫ですか? 町田さん?」
「プリーズ、ワンモアスピーク、スローリィ」
「あ、はい、もう一度言いますよ」
俺と中の人は耳を澄ませて美少女の発言を待った。

「おおのさんが」
「うん」

「だいえっとに」
「はい」

「せいこうして」
「オーケーオーケー」

「ろくじゅっきろぐらむ」
「……オ、オゥイェス」

「やせました」
「はいはい」
 
「いちにちで」
「嘘をつくなァァァァァァァァァァァーーーーッ!!」

俺はあまりの衝撃的な発言に奇声を上げてしまう。
「うわ、びっくりした……どうしたんですか急に?」
隣の部屋から『うるせぇ』と壁を殴る音が聞こえてきた。俺は『ごめん』と壁を殴り返す。

一日で60kg痩せただと? 信じられない。信じられるわけがない。
空前絶後に前代未聞な驚天動地の天変地異だ。
起こり得るのだろうか。起こっていいのだろうか。そんな出来事が。
「どういうことだってばよ……」
「何で自分が死ぬ事よりショックを受けてるんですか……」
カナちゃんが呆れている。
当たり前だ。人は死ぬ時は死ぬが、一晩寝て起きたらとなりのトトロがさつきちゃんになる筈がない。
「え、何、マジで? 凄くね? どうやって痩せんの? 死なないの?」
「何で自分が死ぬ理由より興味深々なんですか……何でも最新の手術で脂肪を大幅に除去するようです」
「無理があるだろ……それで?」
それと俺が死ぬ事の何が関係するのだろうか?

「あなたに告白するんですよ」
「えっ」

本日二度目の衝撃。
「えっ……ちょ……ギガドラ俺の事好きなの!? え、あれかわいくなるの!?」
「かわいいと思いますよ。ウメッシュターイム! って言ってた頃の鈴木蘭々に似てます」
「例えが古いな……」
「でもあなたはそれをフっちゃうんですよ」
まあ……そりゃそうだろうな。
勿論、鈴木蘭々が不細工だと言うわけでは無い。
ただ、今の俺には……
「それで彼女、悲しみのあまり学校の屋上から飛び降り自殺を図っちゃって」
「それは……申し訳ない事をしてしまった。いやこれからするのか。え、彼女無事なの?」
「そこであなたが説得をして、どうにか彼女は思いとどまるんですよ」
「それは良かった。それで?」

「あなたが飛び降り自殺します」
「何で!?」

衝撃、三度目。一生分の驚きを使い切ったような気さえする。もうすぐ死ぬし。
「いや何でと言われても……どっちかって言うとこっちが何でか聞きたいくらいです。何でも、これ以上ないほどいい笑顔だったとか……」
ああ、カナちゃんの視線が奇妙な物を見るそれに変わっている。何をしてくれてるんだ未来の俺……!
「はは、『死は生の反対ではない、限りなく近いものなのだ。だから……』みたいな、あれだよきっと。そ、それよりギガドラ、じゃなかった大野はそれトラウマになったりしないの?」
何が『だから……』なのだろうか。
自分でもよくわからない言い訳で誤魔化して強引に話題を変える。
「大野さんが帰った後にあなたが飛び降りて、そのまま彼女転校しちゃうんですよ。元々転校する予定だったみたいで……だから知らないようです。転校先で彼氏もできるみたいだし」
「そうなの? ならいいんだけど」
いくら今の見た目が化け物じみてるとはいえ、俺の死のせいで他人の精神が崩壊でもしたらと考えると……おちおち永眠ってもいられないからな。
「いいんだけどって……自分が死ぬ事をそんなにあっさり認めていいんですか?」
不思議そうに言うカナちゃんの言葉で、ようやく俺は自分が死ぬ事に恐れも焦りも悲しみもそれほどない事に気づいた。
「うーん、特にこれと言って未練も生きたい理由も無いし……よくわかんないけど満足して死ぬんならまあ構わないかなー、って。時間も少しあるし」

もしかしたら、実はひどく恐怖しているのを頭の奥で必死に繕っているのかもしれない。
でも、俺がこのまま生きていたら……きっとカナちゃんに会えなかったのだと思う。
死の直前にカナちゃんが泣いてくれなくても構わない。奇跡で生き返らなくても構わない。
ただ、最後の瞬間までそばにいてくれるなら。それは悪くはない死に方だ。

「そうですか。こちらとしても物わかりのいい人の方が助かります。仕事が楽なので」
嬉しそうに言うカナちゃん。
果たしてこの冷徹な美少女は最期を看取ってくれるのか。心配でしょうがない。
「ところで、死んだらその後どうなるの?」
生きとし生ける誰もが一度は気にするであろう質問。その答えが聞けるのも、死にゆく人の特権だ。正確には、死神に遭遇した人の。
カナちゃんは丁寧に答えてくれた。
「まず、死んだら体から魂が離れます。そうしたら私達死神が魂を冥界に連れて行きます。そこで手続きをした後に個室が割り振られます。魂はそこで暮らし、転生するのを待ちます。転生するまで何十年、もしくは何百年かかかりますが、ずっとその部屋からは出られません。おわかりいただけたでしょうか」
「なるほどなるほど」
何というか、思ったより普通と言うか面白味のない話だった。
生まれ変わりが本当にあると言うのは意外だが、しかしそれまでひたすら部屋で待機とは。随分暇そうだ。
「そこに入ったらカナちゃんとはもう会えない?」
「え、私ですか? うーん、何か特別な用でもあればこちらからお邪魔することは可能ですが……まあ期待はしない方がいいと思います」
「そっか……」
ひどく残念だ。カナちゃんと会えるなら死後も充実した生活、もとい死活を送れるのに。
せめて写真でも貰おうか。ところで死神って写真に写るのか?
「その個室って何があるの?」
「生きてた時の行いによって決まります。罪が全く無い人はいませんが、仮にいたとしたら大広間に和室、寝室、書斎、オープンテラス、サウナにプールに露天風呂、シアタールームにダンスホールにトレーニングルーム等が常設、冷暖房完備、52型プラズマテレビは地上波から衛星放送まで見放題でパソコンは大容量HDDにプリンタやスキャナや高音質スピーカー等がオプションでついてくる上にネットはちゃんと光回線……とまあ、他にもいろいろありますが、そんな感じでとても優雅な魂ライフをお過ごしいただけます」
それはすごい。
魂ライフという言葉が矛盾している気がしてならないが、気にしないでおこう。
「ふむふむ」
「逆に罪を重ねに重ねて死んだ人は、二畳のスペースのむしろに知恵の輪が一個あるだけの部屋で過ごしていただきます」
「ひどすぎる」
因果応報とはいえ、あまりにあんまりだ。
地獄など生ぬるい。タコ部屋でももうちょいマシだ。
死ぬまでの一週間、俺はなるべく人に善行を勧めるようにしよう。

「…………俺の部屋は?」
それなりに誠実に生きてきたつもりだが、もしかしたら向こうの罪の基準はこっちとは全然違うかもしれない。

『人間は害悪だから基本みんな知恵の輪で、人を沢山殺した奴は良い事したからスイートルームだよ! やったね!』

とでも言われたら大変だ。
急いで頭をモヒカンにしてバギーと肩パッドと火炎放射器を買ってこなくてはいけない。
「現時点では、そこそこ良い部屋ですよ。2LDKでちゃんとお風呂もトイレもありますし、地デジも映ります」
「普通のマンションだな……」
まあ贅沢は言わないが。それよりキッチンがあると言うことは、死んでも飯を食うのか。買い出しとかどうするんだろう。
「あ、そうそう、これは大事な事なんですが……」
真面目な顔をしてそう言われたら、彼女の顔を注視せざるを得ない。
大きさの割に光の少ないその瞳を見ていると、吸い込まれそうな感覚に陥ってしまう。

「死者は、自分の部屋に、一つだけ物を持っていけます」
彼女はゆっくりと、はっきりとそう告げた。

一つだけ物を持っていける。
つまり。
それ以外は何一つ持っていくことはできない、と言うことか。
「自分の物を……?」
「いえ、自分の物でなくても構いません。ただし、この世の生き物や、この世に一つしか存在しないものは持っていけません。冥界にも存在するもので無いといけない。この世からは何も持っていくことができないのです」
この世にしか存在しないもの。生きた人間や動物はわかるが……。
「持っていける物って、例えば……?」
「そうですね、例えばビートルズのCDは持っていくことが可能です。冥界にも売ってますしね」
売ってるんだ。知らなかった。
「ですが、『ジョン・レノンがサインした、この世に一枚だけのCD』は不可能です。冥界には存在しませんので」
「なるほど、限定品とか非売品を除けば大体何でもいいわけだ」
「そうですね。基本的にはこの世から持っていってはいけないだけなので、『冥界に一枚だけのCD』とかあれば手に入れられるかもです。個人の所有物だったら持ち主と相談して」
「でもCDあってもCDプレイヤーとか電気が無いと聞けないよね」
「あー、そう言うのは大体一緒に持たせてくれます」
そうか。随分死者には親切なんだな。
「冥界のものなら何でもいいの?」
「物によっては相談次第ですけど、基本的には何でもです」

死んだ人の最後の願い。
たった一つ、何でも貰える。
俺が欲しいもの……冥界にあるもの……
それがあれば、悠久の刻を越えられるもの……

…………………。

 
あった。
一つだけ、見つけた。

「決めました」
「あ、そうですか? でも向こうにカタログもあるので、まだ決定しなくてもいいんですよ」
「いえ、これしかないんです。俺はーー」







 

 






あと七日で、俺は死んで冥界へ連れて行かれる。
今からその時が待ち遠しいと同時に、もう少し時間が欲しい所でもある。
いくらそれから逃げようとしても、いくらそれに近づこうとしても、俺の運命は変わらない。
だが、それから先の事は……俺がこの手で動かしてみせる。

兎にも角にも、これから始まるのだ。
顔を真っ赤にしている、俺にしか見えない『お友達』との、七日間の奇妙な共同生活が。

       

表紙

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Neetsha