本郷物語
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・本郷物語
1.文京区役所
「ええっ?同人誌が?」
種村明は驚いた様に声を出した。
「そうだ、これは消費者契約法に触れると問題になっているから、調べてほしい」
種村明は5年前、大学を卒業して、文京区の一般職員として区役所に入った。
だが退屈な一般職員の職はもともと学者になりたかった明になじめるものではなかった。
暇を見ては書いた論文を雑誌に発表すると、間もなく部長に呼ばれた。
これで首になるかと覚悟したのだが、部長は明に告げた。
「種村君、来月から区民部経済課に行ってくれないか?」
区民部経済課とは経済や産業、消費者相談などを担当する部署だ、決して花形の部署ではない。
「そこで消費生活相談員になってほしいんだ」
明は無言だった「閑職に飛ばされたか」
だが部長は言った
「決して左遷の類ではない、あの論文を区長が見てね」
「・・・。」
「論文の主張自体は賛成できるものではないが、いろいろな知識をちりばめて書いてあるので
その広い知識を生かして相談員になってほしいんだよ」
「はい、わかりました」
明の趣味は幅広い、コミケに同人誌に模型、無線、電気部品にコンピューターとオタクと呼ばれるもののほとんどに
手を出していた。それどころか腕前も確かで、コンピューターを中心に50以上の資格を持っていた。
頼まれれば料理から日曜大工からパソコンの組み立てまで引き受けていた。
それだけに知識も豊富で、誰が来ても明とは話が合った。
だが相談員の仕事は明には苦痛だった。知識があればある程話をしたがらないものだが
明もその例にもれず、相談者がいなければほとんど何もしゃべらず、一人で黙々とパソコンをたたいていた。
ただ昼食の時は女子と一緒にお弁当を広げることが多かった。
「種村さん、今日もお弁当がすごいですね」
「やだなあ、これは昨日の残りだよ」
「でもすごい、いただいていいですか?」
「ああ、私を生涯独身にしようというだけのものだからな」
「風呂敷も変わってますね?」
「妹の古着から作ったんだ。確かこれは「ベイビー・ザ・スターシャインブライト」だったかな?」
「ええ~」「そういえば刺繍が入っている」
「これは私が入れたの。小学生の時から刺繍は得意だったからね」
「種村さん公務員やめても生活できたりして」
「そうかもしれないね」
そこへ同僚の木下陽二がやってきた。
「おーい、種村!都築課長がお呼びだ!」
「すぐ伺うと伝えといて」
明は昼食を済ませてすぐ課長の元へ向かった。
「種村君、君は同人誌というのは知っているかね?」
「はあ、いくらか」
「実を言うとね、都内を中心にこの頃同人誌で高額の料金を取られたと苦情が相次いでいるんだよ」
同人誌やコミケにかかる金は一回でも高ければ数万にもなる。それでも自分は高いと思ったことはなかった。
「これなんだがね」
そういうと都築課長は一冊の本を出した。B4判で150ページもあろうか。
ただし全部原稿をコピーして印刷に回しただけの本だった。
本のタイトルは「幸せの輪」と書いてあった。
「いや、自分がかかわるような世界とは違うと思いますが?」
「といっても23区の区役所の中で同人誌に詳しいのは君しかいない、
すまんが頼む」
「まいったなあ、どうすればいいんだ?」
コミケの常連である明でもこんな依頼は初めてである。
「とりあえずあの場所に行くか」
明が何か悩みがあるとき行く場所があった。それは文京区役所のある本郷から
ほど近い、飯田橋駅前にある「東京大神宮」だった。
小さい神社だが、伊勢神宮の東京支店でもあるため、その御利益や崇敬者は多かった。
明は参拝を済ませると、そこに車いすの少女とヘルパーさんがいた。
「あっ、兄さん」
「由紀!」
明の妹、由紀は精神に病を抱えており、飯田橋の病院に入院していた。
病名は「適応障害」、故に昼間はできるだけ社会との関わりを持たせるため
ヘルパーの浅野さんと一緒に外出していた。
「浅野さん、今日の由紀の状態は?」
「ここ数日間水とお粥しか食べないんです。明さんまたパンを作ってくれませんか?」
明は料理も得意だったが、中でもパンとうどんは得意料理だった。
明の作るパンは由紀の大好物でもあった。
「兄さん、また仕事で悩みがあったの?」
「そうなんだよ」
区役所では厳しい明も、こと妹の由紀に対してはべた甘になる。
由紀も普段は浅野さんに対しても筆談だけで済ますが、明にだけは口でしゃべる。
実は明をコミケに誘って同人世界に引き入れたのは由紀である。
由紀が体が弱く病院で絵ばかり描いていると、看護婦がそれをコミケに持ち込み大評判になったのだ。
だが由紀にはストーリーを作る才能はなかった。そこで由紀は明の文章力に目をつけ
明を誘って自分の絵を挿絵にして本を出したのだ。
明も自分が見聞きしたさまざまな話を由紀に語れるのがうれしかったし、病弱で
東京からせいぜい箱根位までしか行けない由紀にとっては明が見聞きした話を聞くのが楽しみだった。
中でも明自身が好きだった「上本町の南十字星」という話が由紀のお気に入りだった。
明が大阪の上本町に伝わる南十字星の伝説を持ち帰ったのである。
「・・・大阪上本町には今なお大事が起こると南十字星が南天の空に輝くといわれる・・・」
「兄さん、私にも南十字星が見えるんでしょうか?」
「東京にも上本町があったらな・・・。」
上本町は初めて来た人にはここが大阪とはとても思えないほど立派なビルが立ち並ぶ街で
市内からのアクセスは便利なのだが、東京からは直接入れないため
大阪市民以外にはその名はほとんど知られていない。
明と由紀は病院に戻ると、高速道路が見えた。
「兄さん、あの道路がブルガリアまで続いているんでしょう」
「そうだよ、由紀」
目の前の首都高速5号線から竹橋ジャンクションを通り渋谷方向に行くと谷町ジャンクションがある。
実はこれも明が由紀に話したことだが、谷町ジャンクションは渋谷から東名高速につながるが
ここはアジア最長の高速道路「アジアハイウェイ1号線」の起点でもある。
ここから福岡まで高速道路を由紀、韓国、中国、インドなどを経て
2万キロの道のりを経てトルコとブルガリアの国境にある町カピクレにたどりつく、
そこからはヨーロッパハイウェイがあり、アウトバーンにもつながっている。
飯田橋の首都高速はパリやロンドンまでつながっているのだ。
明は由紀に同人誌の一件を話した。
「これはひどいです、兄さん、すぐ調べたほうがいいわ」
「由紀はこの本とサークルについて知っているのか?」
「いいえ、でもこれは異常です」
「お前でもそういうのか…」
「見ればわかります。まずこれは原稿をコピーしてオフセットにしただけです。
これで1ページ1800円はひどすぎます。兄さんの本を出したときは
50ページ50部で3万円しませんでしたよね。
そのうえ購読するだけでも年12000円かかるんでしょう?これから考えますと」
購読料収入 230名X12000円÷12=230000円
原稿料収入 150ページX1800円=270000円
収入合計 500000円/毎月
印刷代 230部=152340円
郵送代 230名X76円=17480円
支出合計 169820円/毎月
差引収入 330180円/毎月
「これから考えると明らかに異常よ、同人というからには利益を出しちゃいけないもの。
まあ手間賃を考えても購読料は毎月500円の年間6000円
原稿料は1ページ当たり600円が妥当よ。」
「そうすると手間賃を考えても月30万円の商売か・・・同人誌って儲かるんだなあ」
「兄さん、いいこと、同人というのは趣味のためにやるもので、営利企業はそのサポートはしても
自らで本を出して利益を上げることはしないの。それは雑誌社だわ。
だけど奥付を見る限り私書箱にはなっているけど、法人にはなっていないよね」
「そりゃコミケには法人は企業ブースでなければ出店できないからね」
「法人でないのにこれは必ず税務署が来るわ」
「ということは問題ありか・・・」
次の日の夜、明は悩んでいた。
果たしてこの「幸せの輪」を調査するべきなのか。
コミケに長い間かかわってきた明にとっては、他人がありがたがってやっているなら
その考え方を排除するのはよくない、やらせとけばいいと思っていた。
しかし実際に被害者が出ている以上、消費生活相談員としては見逃すことはできない。
同人誌はあくまで個人のやる趣味以上のことはやるべきではない、由紀の計算が正しければ
これは立派な営利事業となる。なんとかしなければ・・・。
明は悩んだ末、夕方には浅草の神谷バーにいた。
明は神谷バーの「電気ブラン」が大好きでよくここで飲んでいることがあった。
「おい!種村、どうしたんだ?」
声をかけたのは同僚の木下陽二であった。
「木下・・・」
「また妹さんと喧嘩したのか?」
「いや、仕事上の悩みでな」
「お前らしくもねえなあ、まあ一杯」
明から訳を聞いた陽二は驚いた。
「そりゃ迷うことはない、「幸せの輪」は叩き潰すがいい!」
「でもなあ・・・」
「そんなのを放置しておけば同人誌とオタクに対しての偏見が増す。
明日は土曜だろ?新宿に偉い先生がいる!話を聞いていただこう!」
「新宿の先生?まさか?」
次の日、陽二は明を連れて新宿御苑のはずれにある屋敷へ向かった。
「着いたぞ」
表札を見て明は驚いた。
「高梨太一ってまさか・・・」
高梨太一、今をときめく時代劇作家である。
やがて大広間に通された二人は上品な着流しを着た老人に出会った。
「種村君、久しぶりだな」
「ええっ、もしかしてあなたが・・・」
忘れもしない、5年前に歴史検定試験1級試験の時である。
この時5回連続で合格した明に講演会の依頼状が来たが
その時壇上にゲストとして立っていた老人がこの高梨太一であった。
「話は木下から聞いた」
「先生!」
「まずは私の意見を言おう、私は木下の意見に賛成である。
確かに同人は個人の楽しみでやるものであり、それを破壊することは
個人の楽しみを奪うことに相違ない。
しかし個人の楽しみには営利活動は含まれないし、営利が出たら
それを何らかの形で還元し、本人は他に得た自らの収入をもって
自らの自己資本を提供して個人の楽しみを得るのが本道である。
同人の名のもとに自らが収益を得てそれで生活していくというのは
本末転倒の行為である。ゆえに本件は許されるべきことではない。
種村、木下、本件はそちらにまかせるゆえ、ただちに行動を起こしたまえ!」
「はっ!」
1.文京区役所
「ええっ?同人誌が?」
種村明は驚いた様に声を出した。
「そうだ、これは消費者契約法に触れると問題になっているから、調べてほしい」
種村明は5年前、大学を卒業して、文京区の一般職員として区役所に入った。
だが退屈な一般職員の職はもともと学者になりたかった明になじめるものではなかった。
暇を見ては書いた論文を雑誌に発表すると、間もなく部長に呼ばれた。
これで首になるかと覚悟したのだが、部長は明に告げた。
「種村君、来月から区民部経済課に行ってくれないか?」
区民部経済課とは経済や産業、消費者相談などを担当する部署だ、決して花形の部署ではない。
「そこで消費生活相談員になってほしいんだ」
明は無言だった「閑職に飛ばされたか」
だが部長は言った
「決して左遷の類ではない、あの論文を区長が見てね」
「・・・。」
「論文の主張自体は賛成できるものではないが、いろいろな知識をちりばめて書いてあるので
その広い知識を生かして相談員になってほしいんだよ」
「はい、わかりました」
明の趣味は幅広い、コミケに同人誌に模型、無線、電気部品にコンピューターとオタクと呼ばれるもののほとんどに
手を出していた。それどころか腕前も確かで、コンピューターを中心に50以上の資格を持っていた。
頼まれれば料理から日曜大工からパソコンの組み立てまで引き受けていた。
それだけに知識も豊富で、誰が来ても明とは話が合った。
だが相談員の仕事は明には苦痛だった。知識があればある程話をしたがらないものだが
明もその例にもれず、相談者がいなければほとんど何もしゃべらず、一人で黙々とパソコンをたたいていた。
ただ昼食の時は女子と一緒にお弁当を広げることが多かった。
「種村さん、今日もお弁当がすごいですね」
「やだなあ、これは昨日の残りだよ」
「でもすごい、いただいていいですか?」
「ああ、私を生涯独身にしようというだけのものだからな」
「風呂敷も変わってますね?」
「妹の古着から作ったんだ。確かこれは「ベイビー・ザ・スターシャインブライト」だったかな?」
「ええ~」「そういえば刺繍が入っている」
「これは私が入れたの。小学生の時から刺繍は得意だったからね」
「種村さん公務員やめても生活できたりして」
「そうかもしれないね」
そこへ同僚の木下陽二がやってきた。
「おーい、種村!都築課長がお呼びだ!」
「すぐ伺うと伝えといて」
明は昼食を済ませてすぐ課長の元へ向かった。
「種村君、君は同人誌というのは知っているかね?」
「はあ、いくらか」
「実を言うとね、都内を中心にこの頃同人誌で高額の料金を取られたと苦情が相次いでいるんだよ」
同人誌やコミケにかかる金は一回でも高ければ数万にもなる。それでも自分は高いと思ったことはなかった。
「これなんだがね」
そういうと都築課長は一冊の本を出した。B4判で150ページもあろうか。
ただし全部原稿をコピーして印刷に回しただけの本だった。
本のタイトルは「幸せの輪」と書いてあった。
「いや、自分がかかわるような世界とは違うと思いますが?」
「といっても23区の区役所の中で同人誌に詳しいのは君しかいない、
すまんが頼む」
「まいったなあ、どうすればいいんだ?」
コミケの常連である明でもこんな依頼は初めてである。
「とりあえずあの場所に行くか」
明が何か悩みがあるとき行く場所があった。それは文京区役所のある本郷から
ほど近い、飯田橋駅前にある「東京大神宮」だった。
小さい神社だが、伊勢神宮の東京支店でもあるため、その御利益や崇敬者は多かった。
明は参拝を済ませると、そこに車いすの少女とヘルパーさんがいた。
「あっ、兄さん」
「由紀!」
明の妹、由紀は精神に病を抱えており、飯田橋の病院に入院していた。
病名は「適応障害」、故に昼間はできるだけ社会との関わりを持たせるため
ヘルパーの浅野さんと一緒に外出していた。
「浅野さん、今日の由紀の状態は?」
「ここ数日間水とお粥しか食べないんです。明さんまたパンを作ってくれませんか?」
明は料理も得意だったが、中でもパンとうどんは得意料理だった。
明の作るパンは由紀の大好物でもあった。
「兄さん、また仕事で悩みがあったの?」
「そうなんだよ」
区役所では厳しい明も、こと妹の由紀に対してはべた甘になる。
由紀も普段は浅野さんに対しても筆談だけで済ますが、明にだけは口でしゃべる。
実は明をコミケに誘って同人世界に引き入れたのは由紀である。
由紀が体が弱く病院で絵ばかり描いていると、看護婦がそれをコミケに持ち込み大評判になったのだ。
だが由紀にはストーリーを作る才能はなかった。そこで由紀は明の文章力に目をつけ
明を誘って自分の絵を挿絵にして本を出したのだ。
明も自分が見聞きしたさまざまな話を由紀に語れるのがうれしかったし、病弱で
東京からせいぜい箱根位までしか行けない由紀にとっては明が見聞きした話を聞くのが楽しみだった。
中でも明自身が好きだった「上本町の南十字星」という話が由紀のお気に入りだった。
明が大阪の上本町に伝わる南十字星の伝説を持ち帰ったのである。
「・・・大阪上本町には今なお大事が起こると南十字星が南天の空に輝くといわれる・・・」
「兄さん、私にも南十字星が見えるんでしょうか?」
「東京にも上本町があったらな・・・。」
上本町は初めて来た人にはここが大阪とはとても思えないほど立派なビルが立ち並ぶ街で
市内からのアクセスは便利なのだが、東京からは直接入れないため
大阪市民以外にはその名はほとんど知られていない。
明と由紀は病院に戻ると、高速道路が見えた。
「兄さん、あの道路がブルガリアまで続いているんでしょう」
「そうだよ、由紀」
目の前の首都高速5号線から竹橋ジャンクションを通り渋谷方向に行くと谷町ジャンクションがある。
実はこれも明が由紀に話したことだが、谷町ジャンクションは渋谷から東名高速につながるが
ここはアジア最長の高速道路「アジアハイウェイ1号線」の起点でもある。
ここから福岡まで高速道路を由紀、韓国、中国、インドなどを経て
2万キロの道のりを経てトルコとブルガリアの国境にある町カピクレにたどりつく、
そこからはヨーロッパハイウェイがあり、アウトバーンにもつながっている。
飯田橋の首都高速はパリやロンドンまでつながっているのだ。
明は由紀に同人誌の一件を話した。
「これはひどいです、兄さん、すぐ調べたほうがいいわ」
「由紀はこの本とサークルについて知っているのか?」
「いいえ、でもこれは異常です」
「お前でもそういうのか…」
「見ればわかります。まずこれは原稿をコピーしてオフセットにしただけです。
これで1ページ1800円はひどすぎます。兄さんの本を出したときは
50ページ50部で3万円しませんでしたよね。
そのうえ購読するだけでも年12000円かかるんでしょう?これから考えますと」
購読料収入 230名X12000円÷12=230000円
原稿料収入 150ページX1800円=270000円
収入合計 500000円/毎月
印刷代 230部=152340円
郵送代 230名X76円=17480円
支出合計 169820円/毎月
差引収入 330180円/毎月
「これから考えると明らかに異常よ、同人というからには利益を出しちゃいけないもの。
まあ手間賃を考えても購読料は毎月500円の年間6000円
原稿料は1ページ当たり600円が妥当よ。」
「そうすると手間賃を考えても月30万円の商売か・・・同人誌って儲かるんだなあ」
「兄さん、いいこと、同人というのは趣味のためにやるもので、営利企業はそのサポートはしても
自らで本を出して利益を上げることはしないの。それは雑誌社だわ。
だけど奥付を見る限り私書箱にはなっているけど、法人にはなっていないよね」
「そりゃコミケには法人は企業ブースでなければ出店できないからね」
「法人でないのにこれは必ず税務署が来るわ」
「ということは問題ありか・・・」
次の日の夜、明は悩んでいた。
果たしてこの「幸せの輪」を調査するべきなのか。
コミケに長い間かかわってきた明にとっては、他人がありがたがってやっているなら
その考え方を排除するのはよくない、やらせとけばいいと思っていた。
しかし実際に被害者が出ている以上、消費生活相談員としては見逃すことはできない。
同人誌はあくまで個人のやる趣味以上のことはやるべきではない、由紀の計算が正しければ
これは立派な営利事業となる。なんとかしなければ・・・。
明は悩んだ末、夕方には浅草の神谷バーにいた。
明は神谷バーの「電気ブラン」が大好きでよくここで飲んでいることがあった。
「おい!種村、どうしたんだ?」
声をかけたのは同僚の木下陽二であった。
「木下・・・」
「また妹さんと喧嘩したのか?」
「いや、仕事上の悩みでな」
「お前らしくもねえなあ、まあ一杯」
明から訳を聞いた陽二は驚いた。
「そりゃ迷うことはない、「幸せの輪」は叩き潰すがいい!」
「でもなあ・・・」
「そんなのを放置しておけば同人誌とオタクに対しての偏見が増す。
明日は土曜だろ?新宿に偉い先生がいる!話を聞いていただこう!」
「新宿の先生?まさか?」
次の日、陽二は明を連れて新宿御苑のはずれにある屋敷へ向かった。
「着いたぞ」
表札を見て明は驚いた。
「高梨太一ってまさか・・・」
高梨太一、今をときめく時代劇作家である。
やがて大広間に通された二人は上品な着流しを着た老人に出会った。
「種村君、久しぶりだな」
「ええっ、もしかしてあなたが・・・」
忘れもしない、5年前に歴史検定試験1級試験の時である。
この時5回連続で合格した明に講演会の依頼状が来たが
その時壇上にゲストとして立っていた老人がこの高梨太一であった。
「話は木下から聞いた」
「先生!」
「まずは私の意見を言おう、私は木下の意見に賛成である。
確かに同人は個人の楽しみでやるものであり、それを破壊することは
個人の楽しみを奪うことに相違ない。
しかし個人の楽しみには営利活動は含まれないし、営利が出たら
それを何らかの形で還元し、本人は他に得た自らの収入をもって
自らの自己資本を提供して個人の楽しみを得るのが本道である。
同人の名のもとに自らが収益を得てそれで生活していくというのは
本末転倒の行為である。ゆえに本件は許されるべきことではない。
種村、木下、本件はそちらにまかせるゆえ、ただちに行動を起こしたまえ!」
「はっ!」
2.老人の言葉
月曜日、いきなり文京区役所に老人が現れた。
「区長はいるかな?」
その騒ぎを見た明と陽二は驚いた。
「高梨太一先生!」
「何?どういうことだ?」
「都築課長、これは少なくとも取次ぎを行いませんと
雑誌に何書かれるかわかりませんよ」
「うむ」
二人はとりあえず高梨先生を会議室へ通した。
「先生、私が入れた特上の宇治茶です」
「そういえば種村君はお茶のブレンダーでもあったな、いや、まことに結構なお手前で」
するとドアを開けて都築課長が入ってきた。
「おーい、整理整頓終わったか」
「はい、なんとか」
「最終チェックしておけよ、区長が間もなく来られる」
「ん、そうか」
「先生、失礼しました。間もなく区長がお越しになられます」
間もなくノックとともに会議室のドアが開いた。
「高梨先生、本日はようこそ当文京区役所にお越しくださいました。
私が文京区長の鳩山成行です。どうぞよろしくお願いします」
「これはまたずいぶん若い区長さんですね」
「はい、当年数えで35歳になります!」
「その昔「ボーイ大統領」と呼ばれていたケネディを思い出すなあ。
ラスク国務長官に岸君の時代だった・・・」
「先生!ご用件をお伺いする前にひとつお願いが」
「何かね?」
すると鳩山区長は色紙を取り出すなり「サインください!」と叫んだ。
「これはまた他愛ないこと、うちの弟子が二人もお世話になっていますからね」
「弟子とは?」「この若い二人ですよ、今日お話ししたいのはこの二人のことですよ」
「君たちが高梨先生の弟子とはすごいなあ!」
「それではお話をおうかがいしましょう」
区長のこの声に続いて高梨先生が静かに語りだした。
・・・わしがどうしてもラーメンが食べたくなってな、横浜の桜木町に行ったとき
一軒のラーメン屋から家の中でけんかしているような怒号が聞こえたのじゃ。
すると何やら黒服を着た男が二人、いや歴史を知らぬ者にわしの名はわからぬ。
わしは何が起こったのか知りたくてのぞき見ると、小柄なメガネをかけた男が
わしを突き飛ばしたんじゃ、見世物じゃないって。
残された家族は泣いておった。
わしは夕方まで待ってなんとか事情を聴くことができた。
小柄な男は篠田秀彦といって「幸せの輪」の主宰だそうな。
あいつが求めていたのは年間1万2千円の会費と投稿料とやらだが
期日を過ぎて支払いがないと10日で1割の利息がつくそうな。
その親子は半年前に生活が困窮して退会すると篠田に告げたのに
篠田はいったん入会したら死亡しても退会を認めずに
会費を家族にまで請求するそうな。
おかげで1万2千円の会費が一年で6倍になって請求が来て
とても払えるわけがない。そこへ篠田が俺の言うこときかないやつは排除と
言うから家財道具を持って行かれた。
種村と木下が立ち向かっているのはこういう連中じゃ。
これを退治しないといずれ同人世界どころか日本のためにならんよ。
二人を専属でこの問題の調査と解決に役立ててほしい。老人のお願いです・・・
「先生、分かりました。その願い、すぐには無理ですが、今週中に・・・いや今すぐこの場で
二人を専属とします。それで異論ないですね」
「ありがとう、わしももう還暦を超えた。じゃがこの日本は悪いやつらがはびこっておる。
いつもまだ死ねんとおもっとる」
「君たち!直ちに「幸せの輪」特別調査を命じる!」
「はい!」
「先生、後で辞令を二人に渡します、これでいいですね」
「おお、ありがとう」
一週間後、二人は区長室にいた。
「どうだ、まさかとは思うが」
「先生の言ったことはすべて裏が取れました。
それどころか篠田秀彦というやつはとんでもない男でした!」
「報告してくれ」
「話は終戦直後の話にさかのぼりますが、今もアメリカで発行されている
「RD」という総合雑誌があります」
「私もよくアメリカから取り寄せているが」
「区長はご存じないでしょうが、RDはかつて日本版もありました」
「おお、母が竹橋にあったパレスサイドビルにある編集部にいたよ」
「パレスサイドビルは別名「祟りのビル」とも呼ばれていまして
このビルに入った会社はもれなく経営危機や倒産に至るといわれるビルです。
RD社もその例にもれなかったのですが、つぶれるべくしてつぶれました。
通信販売の広告が普通の雑誌と比較して多く、紙面の7割が通信販売の広告でした。
しかも編集長は後に悪徳商法を行った宗教団体の幹部にまでなりました。
そんな人が経営する会社ですから当然上納金やノルマも厳しく
社員は通信販売に追われて仕事にならなかったのです」
「で、その話と何か関係があるのか?」
「RD社の通信販売の被害は1985年当時で分かっているだけで1万5千人から52億円
その年に提訴の準備が始まっていました。
ところが翌年2月にRD社は97億円の負債を抱えて事業停止、債務超過額は46億円に上りました」
「そうか、で、この話との関連は?」
「経営破たん当時、RD社の通信販売事業部長だったのが篠田の父親、篠田紘一だったのです。
そして話は1993年に飛びます。この年に篠田秀彦が「幸せの輪」を創刊しました。
強引な手法は当時から非難の的でしたが、社会的地位が高い父親のもとで何不自由なく
育ってきた彼のことですから、自分の意のままにならない人間の存在などいらなかったのでしょう。
しかしその見識のなさが彼を破滅に向かわせるのです。
93年当時は会費を徴収して本を発行するサークルという存在はビジネスモデルとして成り立ちました。
しかし95年に一大革命が起こります。Windows95とインターネットです。
インターネットにより、それまで書き手たちはお金を払って小説などを書いてきましたが
それを書き手たちが自由にネット上に発表して読むことができるようになりました。
こうなると彼のようなお金を取って原稿を印刷するというビジネスモデルが成り立たなくなります。
ネット接続料がまだ高い99年ごろには「幸せの輪」は500人の会員がいたようですが
携帯でも小説が書けるようになった今となっては実勢は200人以下、
それでも彼はまだこのビジネスモデルをあきらめきれず、それゆえに強引に引っ張る手法を使います」
「実際「幸せの輪」はホームページもありません。また郵便振替以外の入金方法を認めていません
これは彼が95年に受けた第三種郵便の取り扱いを廃止してしまえば多大なコストになることを知っています。
このため第三種郵便の認可基準である会員500人の登録がどうしても必要となります。
それゆえに架空名義を使ったりキャッシュバックまで行って会員を増やしています」
「驚くのはそれだけではありません。86年のRD社破たん以降、日本ではRD社の名称を
誰も使わなかったため、2005年に彼が日本におけるRD社の商標権を取得しました。
しかしそれは本来ニューヨークにあるRD社の世界本部が行使すべきものでしたが
彼がRD社の世界本部とその時期接触した形跡はありません。
彼はオーストラリアのメルボルンにあるRDオーストラリア社の子会社を口説いて
さらに自分は一文も出さずに高松市の通販会社に出資させて、
2007年に「RDジャパン」を立ち上げて自分の雑誌の通販拠点にする目論見でした。
しかしその実態は本の発行どころか懸賞にばかり熱中させて射幸心をあおり
一冊の本も発行することなく、それどころか名称使用を訴えてきたRD社世界本部を
逆に商標権の侵害と訴え、70億円の和解金を受け取って商標権を保持した揚句
RD社世界本部を経営破たんに追い込み、100億円余りを闇に消しました」
「聞けば聞くほどひどい話だな」
「そこで、私どもは消費者契約法から攻めます、
幸い「幸せの輪」の勧誘ペーパーには会費一切については何の記述もありません。
それどころか入会案内にも3カ月3000円の会費を取ると記載されていて
半年一年の会費の額や別に投稿料がかかることも記載されておらず
本誌を見て初めて投稿料の事実に気付く、しかも1ページ1800円というのは
最低金額でもっとよこせとも書いてあります。
これは明らかに契約の事実を明示するよう定めた消費者契約法に違反します!」
「問題は消費者契約法が個人の趣味である、ましてや法人化されていない団体に及ぶかということだな」
「及びますよ、個人対個人でも契約の主要な部分を隠して契約したら
それだけで民法が定める契約の取り消しに該当しますよ」
月曜日、いきなり文京区役所に老人が現れた。
「区長はいるかな?」
その騒ぎを見た明と陽二は驚いた。
「高梨太一先生!」
「何?どういうことだ?」
「都築課長、これは少なくとも取次ぎを行いませんと
雑誌に何書かれるかわかりませんよ」
「うむ」
二人はとりあえず高梨先生を会議室へ通した。
「先生、私が入れた特上の宇治茶です」
「そういえば種村君はお茶のブレンダーでもあったな、いや、まことに結構なお手前で」
するとドアを開けて都築課長が入ってきた。
「おーい、整理整頓終わったか」
「はい、なんとか」
「最終チェックしておけよ、区長が間もなく来られる」
「ん、そうか」
「先生、失礼しました。間もなく区長がお越しになられます」
間もなくノックとともに会議室のドアが開いた。
「高梨先生、本日はようこそ当文京区役所にお越しくださいました。
私が文京区長の鳩山成行です。どうぞよろしくお願いします」
「これはまたずいぶん若い区長さんですね」
「はい、当年数えで35歳になります!」
「その昔「ボーイ大統領」と呼ばれていたケネディを思い出すなあ。
ラスク国務長官に岸君の時代だった・・・」
「先生!ご用件をお伺いする前にひとつお願いが」
「何かね?」
すると鳩山区長は色紙を取り出すなり「サインください!」と叫んだ。
「これはまた他愛ないこと、うちの弟子が二人もお世話になっていますからね」
「弟子とは?」「この若い二人ですよ、今日お話ししたいのはこの二人のことですよ」
「君たちが高梨先生の弟子とはすごいなあ!」
「それではお話をおうかがいしましょう」
区長のこの声に続いて高梨先生が静かに語りだした。
・・・わしがどうしてもラーメンが食べたくなってな、横浜の桜木町に行ったとき
一軒のラーメン屋から家の中でけんかしているような怒号が聞こえたのじゃ。
すると何やら黒服を着た男が二人、いや歴史を知らぬ者にわしの名はわからぬ。
わしは何が起こったのか知りたくてのぞき見ると、小柄なメガネをかけた男が
わしを突き飛ばしたんじゃ、見世物じゃないって。
残された家族は泣いておった。
わしは夕方まで待ってなんとか事情を聴くことができた。
小柄な男は篠田秀彦といって「幸せの輪」の主宰だそうな。
あいつが求めていたのは年間1万2千円の会費と投稿料とやらだが
期日を過ぎて支払いがないと10日で1割の利息がつくそうな。
その親子は半年前に生活が困窮して退会すると篠田に告げたのに
篠田はいったん入会したら死亡しても退会を認めずに
会費を家族にまで請求するそうな。
おかげで1万2千円の会費が一年で6倍になって請求が来て
とても払えるわけがない。そこへ篠田が俺の言うこときかないやつは排除と
言うから家財道具を持って行かれた。
種村と木下が立ち向かっているのはこういう連中じゃ。
これを退治しないといずれ同人世界どころか日本のためにならんよ。
二人を専属でこの問題の調査と解決に役立ててほしい。老人のお願いです・・・
「先生、分かりました。その願い、すぐには無理ですが、今週中に・・・いや今すぐこの場で
二人を専属とします。それで異論ないですね」
「ありがとう、わしももう還暦を超えた。じゃがこの日本は悪いやつらがはびこっておる。
いつもまだ死ねんとおもっとる」
「君たち!直ちに「幸せの輪」特別調査を命じる!」
「はい!」
「先生、後で辞令を二人に渡します、これでいいですね」
「おお、ありがとう」
一週間後、二人は区長室にいた。
「どうだ、まさかとは思うが」
「先生の言ったことはすべて裏が取れました。
それどころか篠田秀彦というやつはとんでもない男でした!」
「報告してくれ」
「話は終戦直後の話にさかのぼりますが、今もアメリカで発行されている
「RD」という総合雑誌があります」
「私もよくアメリカから取り寄せているが」
「区長はご存じないでしょうが、RDはかつて日本版もありました」
「おお、母が竹橋にあったパレスサイドビルにある編集部にいたよ」
「パレスサイドビルは別名「祟りのビル」とも呼ばれていまして
このビルに入った会社はもれなく経営危機や倒産に至るといわれるビルです。
RD社もその例にもれなかったのですが、つぶれるべくしてつぶれました。
通信販売の広告が普通の雑誌と比較して多く、紙面の7割が通信販売の広告でした。
しかも編集長は後に悪徳商法を行った宗教団体の幹部にまでなりました。
そんな人が経営する会社ですから当然上納金やノルマも厳しく
社員は通信販売に追われて仕事にならなかったのです」
「で、その話と何か関係があるのか?」
「RD社の通信販売の被害は1985年当時で分かっているだけで1万5千人から52億円
その年に提訴の準備が始まっていました。
ところが翌年2月にRD社は97億円の負債を抱えて事業停止、債務超過額は46億円に上りました」
「そうか、で、この話との関連は?」
「経営破たん当時、RD社の通信販売事業部長だったのが篠田の父親、篠田紘一だったのです。
そして話は1993年に飛びます。この年に篠田秀彦が「幸せの輪」を創刊しました。
強引な手法は当時から非難の的でしたが、社会的地位が高い父親のもとで何不自由なく
育ってきた彼のことですから、自分の意のままにならない人間の存在などいらなかったのでしょう。
しかしその見識のなさが彼を破滅に向かわせるのです。
93年当時は会費を徴収して本を発行するサークルという存在はビジネスモデルとして成り立ちました。
しかし95年に一大革命が起こります。Windows95とインターネットです。
インターネットにより、それまで書き手たちはお金を払って小説などを書いてきましたが
それを書き手たちが自由にネット上に発表して読むことができるようになりました。
こうなると彼のようなお金を取って原稿を印刷するというビジネスモデルが成り立たなくなります。
ネット接続料がまだ高い99年ごろには「幸せの輪」は500人の会員がいたようですが
携帯でも小説が書けるようになった今となっては実勢は200人以下、
それでも彼はまだこのビジネスモデルをあきらめきれず、それゆえに強引に引っ張る手法を使います」
「実際「幸せの輪」はホームページもありません。また郵便振替以外の入金方法を認めていません
これは彼が95年に受けた第三種郵便の取り扱いを廃止してしまえば多大なコストになることを知っています。
このため第三種郵便の認可基準である会員500人の登録がどうしても必要となります。
それゆえに架空名義を使ったりキャッシュバックまで行って会員を増やしています」
「驚くのはそれだけではありません。86年のRD社破たん以降、日本ではRD社の名称を
誰も使わなかったため、2005年に彼が日本におけるRD社の商標権を取得しました。
しかしそれは本来ニューヨークにあるRD社の世界本部が行使すべきものでしたが
彼がRD社の世界本部とその時期接触した形跡はありません。
彼はオーストラリアのメルボルンにあるRDオーストラリア社の子会社を口説いて
さらに自分は一文も出さずに高松市の通販会社に出資させて、
2007年に「RDジャパン」を立ち上げて自分の雑誌の通販拠点にする目論見でした。
しかしその実態は本の発行どころか懸賞にばかり熱中させて射幸心をあおり
一冊の本も発行することなく、それどころか名称使用を訴えてきたRD社世界本部を
逆に商標権の侵害と訴え、70億円の和解金を受け取って商標権を保持した揚句
RD社世界本部を経営破たんに追い込み、100億円余りを闇に消しました」
「聞けば聞くほどひどい話だな」
「そこで、私どもは消費者契約法から攻めます、
幸い「幸せの輪」の勧誘ペーパーには会費一切については何の記述もありません。
それどころか入会案内にも3カ月3000円の会費を取ると記載されていて
半年一年の会費の額や別に投稿料がかかることも記載されておらず
本誌を見て初めて投稿料の事実に気付く、しかも1ページ1800円というのは
最低金額でもっとよこせとも書いてあります。
これは明らかに契約の事実を明示するよう定めた消費者契約法に違反します!」
「問題は消費者契約法が個人の趣味である、ましてや法人化されていない団体に及ぶかということだな」
「及びますよ、個人対個人でも契約の主要な部分を隠して契約したら
それだけで民法が定める契約の取り消しに該当しますよ」
3.参宮橋のコンサート
篠田秀彦はもともと音楽家である。「幸せの輪」も、もともとは精神論が発展し
バンド活動の資金源となったのだ。
「だからと言って久里浜に家を建てるまで生活費を稼げるものか?」
彼はもともとは清瀬市を拠点にしていたのだが、強引な集金方法は問題になり
久里浜に家を建てたのだが、資金の出所はもちろん「幸せの輪」の会費である。
そのため彼は「幸せの輪」は自分の個人の活動と言い張る、しかし
「他人を巻き込んで金をださせりゃ立派にサークルじゃねえか!
会員は自分らが振り込んだ金の使途を知りたいはずだよな
それが明らかにならないなんて町工場ならいざ知らず
200人規模の会社で社長の交際費が分からないなんて許されるか?」
加えて会員の住所録が清瀬市の図書館に保管されている事実が明らかになり
図書館は公開を中止した。秀彦はもともとその図書館の司書だったのだ。
「本好きで頭のいいやつがやりそうなことだ、俺でもわかる」
明も叔母が有名な漫画家ということと病気がちなことがあって
本好きで全国あちこちの図書館に通っていたのだ。
明も何気ない顔して清瀬市の図書館の目録を調べていたのだ。
司書に不審な顔をされれば名刺をそっと見せながら「館長かその代理者をお願いしたい」と
告げて責任者に面会を迫った。幸い館長から話を聞くことができたが
その内容は篠田は結構手癖が悪くて評判は最悪、すぐ追い出したと迫る。
蔵書についてはここにはないと突っぱねた。
「大した収穫じゃあなかったな」」
「先日報告しただけで十分区長も震えあがっていることだろう
後は篠田に接触したいが」
「明、そりゃ危ないんじゃねえか?」
「やってみるしかねえだろが」
「おまえのその性格は叔母さん譲りだな」
すると「幸せの輪」のページの中に広告を見つけた。
「篠田秀彦コンサート、記念すべき100回目、於 国立青少年センター」
「これだ!」
「これに行くのか?」
「インチキ音楽家篠田秀彦の曲がいったいどういうのか値踏みしてやろーじゃねえの!」
数日後、代々木の青少年センターの一室にスーツで身を固めた二人がいた。
コンサートにしては異質で、名簿に名前を書くコンサートは異質だった。
二人は何食わぬ顔でまともな住所を書いていた。
しかも二人はわざと眠たそうな顔をして最前列に座っては眠っていた。
「あのお、起きてください」
「失礼、つい暗い曲で眠くなってね」
「これはフォークですので」
「もっと明るい曲やろうよ」
「ずうずうしい奴らだな、何者だ?」
「それが、会員名簿にのっていないんですよ」
「何だと?このコンサートは非会員に知られることはないはずだが」
「何者だ!」
すると明と陽二は笑みを浮かべて動き出した。
「幸せの輪主宰、篠田秀彦殿とお見受けした!」
「あいや~篠田殿、暫く~暫く~」
二人が立ちあがった。
「これ!悪徳同人誌の主宰者よ!明治神宮を恐れぬ不届き者!今に天罰が下るぞ!」
「貴様ら、何者だ!」
「当年とってここに筋熊の彩りを見る寒牡丹
日本きっての豪傑は家の都合で御免なせえとほほわって白す!」
「問われて名乗るもおこがましいが、文京区消費生活相談員、種村明とは俺のことだ!」
「同じく木下陽二、篠田に尋問の筋これあり!」
しかし篠田はすぐに逃げ出し、とりまきたちと明と陽二は大騒ぎになった。
「やる気、ようし、かかってこい!」
実は明も由紀も剣の達人である。
「抜けば玉散る氷の刃!受けてみよ!」
明は舞台にあった棒だけを頼りに10人ほど一気に倒した。
「種村明をなめんじゃねえぞ!おい!篠田はどこにいる?」
「それが我々も久里浜としか」
「家はわからねえのか?」
「詳しい場所は・・・」
袖から見ていた篠田はただただ驚くばかりであった。
「あんな奴は見たことない」
「主宰、あの二人の情報が手に入りました。
種村明、文京区職員、特技趣味多数。
52もの資格を持つなんでも屋。普段は温厚だが
剣道3段の使い手、パソコンから将棋まで通じている男です。
危険物取扱免許も持っていて爆薬や石油の使い手ですよ」
「ある意味厄介な相手を敵にしたもんだ」
「もう一人は木下陽二、種村の幼馴染で
こちらもかなりの知識を持っています」
二人はすぐさま文京区役所に呼ばれたが、区長のおかげで不問とされた。
「あの様子では久里浜の篠田の家を見つければ俺たち二人で十分だ」
「あんなちっぽけなメガネ野郎、俺達でかたをつけるぜ!」
もちろん二人とも無鉄砲ではない、明には計画があったのだ。
篠田秀彦はもともと音楽家である。「幸せの輪」も、もともとは精神論が発展し
バンド活動の資金源となったのだ。
「だからと言って久里浜に家を建てるまで生活費を稼げるものか?」
彼はもともとは清瀬市を拠点にしていたのだが、強引な集金方法は問題になり
久里浜に家を建てたのだが、資金の出所はもちろん「幸せの輪」の会費である。
そのため彼は「幸せの輪」は自分の個人の活動と言い張る、しかし
「他人を巻き込んで金をださせりゃ立派にサークルじゃねえか!
会員は自分らが振り込んだ金の使途を知りたいはずだよな
それが明らかにならないなんて町工場ならいざ知らず
200人規模の会社で社長の交際費が分からないなんて許されるか?」
加えて会員の住所録が清瀬市の図書館に保管されている事実が明らかになり
図書館は公開を中止した。秀彦はもともとその図書館の司書だったのだ。
「本好きで頭のいいやつがやりそうなことだ、俺でもわかる」
明も叔母が有名な漫画家ということと病気がちなことがあって
本好きで全国あちこちの図書館に通っていたのだ。
明も何気ない顔して清瀬市の図書館の目録を調べていたのだ。
司書に不審な顔をされれば名刺をそっと見せながら「館長かその代理者をお願いしたい」と
告げて責任者に面会を迫った。幸い館長から話を聞くことができたが
その内容は篠田は結構手癖が悪くて評判は最悪、すぐ追い出したと迫る。
蔵書についてはここにはないと突っぱねた。
「大した収穫じゃあなかったな」」
「先日報告しただけで十分区長も震えあがっていることだろう
後は篠田に接触したいが」
「明、そりゃ危ないんじゃねえか?」
「やってみるしかねえだろが」
「おまえのその性格は叔母さん譲りだな」
すると「幸せの輪」のページの中に広告を見つけた。
「篠田秀彦コンサート、記念すべき100回目、於 国立青少年センター」
「これだ!」
「これに行くのか?」
「インチキ音楽家篠田秀彦の曲がいったいどういうのか値踏みしてやろーじゃねえの!」
数日後、代々木の青少年センターの一室にスーツで身を固めた二人がいた。
コンサートにしては異質で、名簿に名前を書くコンサートは異質だった。
二人は何食わぬ顔でまともな住所を書いていた。
しかも二人はわざと眠たそうな顔をして最前列に座っては眠っていた。
「あのお、起きてください」
「失礼、つい暗い曲で眠くなってね」
「これはフォークですので」
「もっと明るい曲やろうよ」
「ずうずうしい奴らだな、何者だ?」
「それが、会員名簿にのっていないんですよ」
「何だと?このコンサートは非会員に知られることはないはずだが」
「何者だ!」
すると明と陽二は笑みを浮かべて動き出した。
「幸せの輪主宰、篠田秀彦殿とお見受けした!」
「あいや~篠田殿、暫く~暫く~」
二人が立ちあがった。
「これ!悪徳同人誌の主宰者よ!明治神宮を恐れぬ不届き者!今に天罰が下るぞ!」
「貴様ら、何者だ!」
「当年とってここに筋熊の彩りを見る寒牡丹
日本きっての豪傑は家の都合で御免なせえとほほわって白す!」
「問われて名乗るもおこがましいが、文京区消費生活相談員、種村明とは俺のことだ!」
「同じく木下陽二、篠田に尋問の筋これあり!」
しかし篠田はすぐに逃げ出し、とりまきたちと明と陽二は大騒ぎになった。
「やる気、ようし、かかってこい!」
実は明も由紀も剣の達人である。
「抜けば玉散る氷の刃!受けてみよ!」
明は舞台にあった棒だけを頼りに10人ほど一気に倒した。
「種村明をなめんじゃねえぞ!おい!篠田はどこにいる?」
「それが我々も久里浜としか」
「家はわからねえのか?」
「詳しい場所は・・・」
袖から見ていた篠田はただただ驚くばかりであった。
「あんな奴は見たことない」
「主宰、あの二人の情報が手に入りました。
種村明、文京区職員、特技趣味多数。
52もの資格を持つなんでも屋。普段は温厚だが
剣道3段の使い手、パソコンから将棋まで通じている男です。
危険物取扱免許も持っていて爆薬や石油の使い手ですよ」
「ある意味厄介な相手を敵にしたもんだ」
「もう一人は木下陽二、種村の幼馴染で
こちらもかなりの知識を持っています」
二人はすぐさま文京区役所に呼ばれたが、区長のおかげで不問とされた。
「あの様子では久里浜の篠田の家を見つければ俺たち二人で十分だ」
「あんなちっぽけなメガネ野郎、俺達でかたをつけるぜ!」
もちろん二人とも無鉄砲ではない、明には計画があったのだ。
4.恋の花咲く飯田橋
昼過ぎに飯田橋の病院で由紀は車いすに座りながら語った。
「由紀ちゃん、女の子なのにシャツとネクタイをしてまるで制服みたいね」
「女の子だからおしゃれしたいですよ」
「でもレディースにそんなのある?」
「これ、兄さんのお古」
由紀は明の服で古くなったり破れたりして着られなくなった服を
高校の先輩に頼んで女性用に改造してもらった服に
明のお気に入りのネクタイをつけていた。
「彼氏の制服を着て原宿を歩くというのはあるけど・・・」
「私にとって一番身近な男性が兄さんでしたから…。」
その時、服を持ってくるキャリア風の女性がやってきた。
「はい、由紀ちゃん、できたわよ」
「水瀬先輩、ありがとうございます」
彼女の名は、水瀬可奈。中学高校と先輩として明と由紀の面倒を見てきた女性だ。
「水瀬先輩、先輩は将来どうするつもりですか?」
「ふふ~、この腕生かしてお針子さんにでもなろうかしら」
「いいですね、私なんかなりたいものになれないのがわかっているから?
「あら?どうして?」
「私、兄さんの妹に生まれてこなければよかったと思っています」
「どうして?あんなにやさしくて面倒を見てくれるのに?」
「それが嫌なんです。なんで兄と妹では結婚できないんですか?」
「由紀ちゃん、何言い出すの?」
「ははあ、分かった。由紀ちゃんは明くんのお嫁さんになりたいんだ」
由紀の顔が真っ赤になった。
「分かるわよ、でもお嫁さんというのは家事をこなさないといけないし
旦那さんのお相手も・・・あら、由紀ちゃんにはまだ早かったかしら」
由紀の顔はさらに真っ赤になり、身動きとれないありさまだった。
「そっか、でも兄と妹では結婚できない…。ん、そうだ!
ねえ、由紀ちゃん、明くん私がもらっちゃっていい?」
「ええ?!」
「ねえお願い、由紀ちゃん、明くん私にちょうだい!」
由紀はいきなり言われたことにパニックになっていた。
だがしばらくしてから由紀の口から意外な言葉が出た。
「先輩だったら・・・いい・・・ですよ・・・。」
「なあに?まるでいやいや持っていかれるみたい」
「いいんです。いきなりよその人に兄さんを持っていかれるくらいなら
先輩に持っていかれたほうがましです。兄さんをよろしくお願いします」
「はいはい」
次の瞬間、可奈はその場から消えた。
1時間後、可奈はシビックホールの玄関前で待ち伏せしていた。
「明くん!」
「可奈さん!」
明が呼びかける間もなく、次の瞬間可奈は明に抱きつき自らキスをしていた。
「明くん、今すぐこの場で私をお嫁さんにしなさい!いやとは言わせないわよ!」
「ちょっと、いきなりなんですか?」
「由紀ちゃんが結婚していいって、今日から私は種村可奈ね!」
明は一体何が何だか分からなかった。
「ねえねえ、届け出はどこ?すぐ届け出て帰るんだから」
「種村君?どういうことかね?」
「都築課長、私も何がなんだかさっぱり」
「課長さんですか、はじめまして、私本日から種村の家内となりました可奈と申します」
「なに?種村君結婚したのか、おめでとう」
「さっそく届け出をしたいのですが、窓口はどちらですか?」
「戸籍は三番窓口だが」
「課長!」
「種村君、ついに年貢の納め時だな、あきらめたまえ」
「課長、そりゃないでしょう」
こうして明は何が何だかわからぬままに可奈と結婚してしまった。
「可奈さん、本気ですか?」
「本気じゃなきゃこんなことできないわよ。今日から私が明くんのお嫁さんだからね!」
「覚悟はできているのか?一生添い遂げる」
「あたりまえでしょう!あ、新婚初夜がまだだったわね」
「本気でやる気?」
「当然でしょう!明日の支度がすんだらさっさとやる!」
そういうと可奈は寝室に明を連れ込んだ。
翌日の文京区役所は女子職員を中心に大騒ぎだった。
「種村さん結婚したんですって?「うわー、信じられない」
明は行く先々でうわさになった。
「おはようございます」
「おはよう、種村君、奥さんが寝かせてくれなかったか?」
「何を言っているんですか」
「種村が結婚したんですか?」
「ああ、昨日届け出を出しに来たが、キャリア風の美人だったぞ」
全員が「意外~」と驚いた。
幸いだったのは明は女性についてはほとんど接触したことはなく
明が話せる女性は職場を別とすれば由紀と可奈くらいだった。
それだけに女性の好みなどあまり考えたことがなかったが
ただ一人思いを寄せる女性がいた。由紀でも可奈でもなかったが。
昼過ぎに飯田橋の病院で由紀は車いすに座りながら語った。
「由紀ちゃん、女の子なのにシャツとネクタイをしてまるで制服みたいね」
「女の子だからおしゃれしたいですよ」
「でもレディースにそんなのある?」
「これ、兄さんのお古」
由紀は明の服で古くなったり破れたりして着られなくなった服を
高校の先輩に頼んで女性用に改造してもらった服に
明のお気に入りのネクタイをつけていた。
「彼氏の制服を着て原宿を歩くというのはあるけど・・・」
「私にとって一番身近な男性が兄さんでしたから…。」
その時、服を持ってくるキャリア風の女性がやってきた。
「はい、由紀ちゃん、できたわよ」
「水瀬先輩、ありがとうございます」
彼女の名は、水瀬可奈。中学高校と先輩として明と由紀の面倒を見てきた女性だ。
「水瀬先輩、先輩は将来どうするつもりですか?」
「ふふ~、この腕生かしてお針子さんにでもなろうかしら」
「いいですね、私なんかなりたいものになれないのがわかっているから?
「あら?どうして?」
「私、兄さんの妹に生まれてこなければよかったと思っています」
「どうして?あんなにやさしくて面倒を見てくれるのに?」
「それが嫌なんです。なんで兄と妹では結婚できないんですか?」
「由紀ちゃん、何言い出すの?」
「ははあ、分かった。由紀ちゃんは明くんのお嫁さんになりたいんだ」
由紀の顔が真っ赤になった。
「分かるわよ、でもお嫁さんというのは家事をこなさないといけないし
旦那さんのお相手も・・・あら、由紀ちゃんにはまだ早かったかしら」
由紀の顔はさらに真っ赤になり、身動きとれないありさまだった。
「そっか、でも兄と妹では結婚できない…。ん、そうだ!
ねえ、由紀ちゃん、明くん私がもらっちゃっていい?」
「ええ?!」
「ねえお願い、由紀ちゃん、明くん私にちょうだい!」
由紀はいきなり言われたことにパニックになっていた。
だがしばらくしてから由紀の口から意外な言葉が出た。
「先輩だったら・・・いい・・・ですよ・・・。」
「なあに?まるでいやいや持っていかれるみたい」
「いいんです。いきなりよその人に兄さんを持っていかれるくらいなら
先輩に持っていかれたほうがましです。兄さんをよろしくお願いします」
「はいはい」
次の瞬間、可奈はその場から消えた。
1時間後、可奈はシビックホールの玄関前で待ち伏せしていた。
「明くん!」
「可奈さん!」
明が呼びかける間もなく、次の瞬間可奈は明に抱きつき自らキスをしていた。
「明くん、今すぐこの場で私をお嫁さんにしなさい!いやとは言わせないわよ!」
「ちょっと、いきなりなんですか?」
「由紀ちゃんが結婚していいって、今日から私は種村可奈ね!」
明は一体何が何だか分からなかった。
「ねえねえ、届け出はどこ?すぐ届け出て帰るんだから」
「種村君?どういうことかね?」
「都築課長、私も何がなんだかさっぱり」
「課長さんですか、はじめまして、私本日から種村の家内となりました可奈と申します」
「なに?種村君結婚したのか、おめでとう」
「さっそく届け出をしたいのですが、窓口はどちらですか?」
「戸籍は三番窓口だが」
「課長!」
「種村君、ついに年貢の納め時だな、あきらめたまえ」
「課長、そりゃないでしょう」
こうして明は何が何だかわからぬままに可奈と結婚してしまった。
「可奈さん、本気ですか?」
「本気じゃなきゃこんなことできないわよ。今日から私が明くんのお嫁さんだからね!」
「覚悟はできているのか?一生添い遂げる」
「あたりまえでしょう!あ、新婚初夜がまだだったわね」
「本気でやる気?」
「当然でしょう!明日の支度がすんだらさっさとやる!」
そういうと可奈は寝室に明を連れ込んだ。
翌日の文京区役所は女子職員を中心に大騒ぎだった。
「種村さん結婚したんですって?「うわー、信じられない」
明は行く先々でうわさになった。
「おはようございます」
「おはよう、種村君、奥さんが寝かせてくれなかったか?」
「何を言っているんですか」
「種村が結婚したんですか?」
「ああ、昨日届け出を出しに来たが、キャリア風の美人だったぞ」
全員が「意外~」と驚いた。
幸いだったのは明は女性についてはほとんど接触したことはなく
明が話せる女性は職場を別とすれば由紀と可奈くらいだった。
それだけに女性の好みなどあまり考えたことがなかったが
ただ一人思いを寄せる女性がいた。由紀でも可奈でもなかったが。
5.東京防災計画書
間もなく明は鳩山区長に呼ばれた。
「種村、お前何かやったのか?」
「いえ、何か?」
「実はな、お前に呼び出し状が来てる」
「どこからですか?」
「聞いて驚くな、東京都知事、秋山俊作だ!」
「ひえっ、「御前会議」ですか?」
「お前いったい何をやった?」
「いえ、自分には身に覚えがありませんが」
次の週、明は新宿都庁に行った。
「知事、お呼びにより参りました]
すると秋山知事はゆっくりと身を起して
「ようこそ」
「知事、いったいなぜ私を?」
「君は三か月前に懸賞論文を書いたことを覚えているかね?」
「すっかり忘れていました」
「この「東京防災計画」私は驚いたよ、役人にもこんな目のある奴がいるんだなあと」
「はあ」
「いわく、東京で防災の弱点が4か所ある、
4か所とはすなわち、渋谷、目黒、高輪、本郷の4か所、
この4か所に重点的に防災対策を施すべきであり、もしこの4か所のうちの
2か所以上で災害が発生した場合、東京は壊滅的な被害を受ける。
こんなことに気づかなかった私が恥ずかしい。
龍は決してその姿を隠すことができないというが」
「そういうもんでしょうか?」
「そこでだ、ぜひ君に私のブレーンをやってもらいたいんだが、どうかな?」
「お断りいたします」
「転勤はだめか?」
「いえ、今抱えている大きな案件がありまして」
明は秋山知事に自分の抱えている「幸せの輪」について話した。すると知事は言った。
「そうか、あの事件は実は都庁でも内偵捜査をしているんだ。
調べてみたら清瀬市長や22人の市議会議員の全員に裏金が渡っているほか
芸能界にまで手が回っているとか」
「えらい案件引き受けたもんですな」
「すでに都庁でも極秘プロジェクトチームが組まれているが、どうだろう
そこに入る気はないか?」
「やらせていただきます」
夕方、真砂町のマンションには普段は一人しかいないはずの家に
二人の女性がいた、由紀と浅野さんである。
由紀は症状が改善した時に月に何回か外泊が許されるが
それは由紀にとっては何よりの楽しみでもあったのだ。
程なく浅野さんが帰ると、由紀は大好物のうどんをねだる。
実はうどんをゆでるのは明の大得意であった。
由紀を待たせていると、そこに可奈が帰ってきた。
「あ、いいにおい~」
「お帰り、可奈さんまた飲んできたね」
「しょうがないでしょ、由紀ちゃんのお通夜だったんだから」
可奈はこう言って二人をからかうのが大好きであった。
「できたよ」
「わ~兄さんのうどん大好き」
明が作るのはもちろんカップめんではない、それどころかうどんは乾麺からゆでて
つゆもかえしから自分で作るこだわりようだ。
「おい由紀。可奈さんと私がくっつくいていいと言ったそうだな」
「うん、ちょっとつらいけど。でもよそから誰かが来るなら
先輩にくっついてもらったほうが、兄さんだけでも幸せになってほしくて」
「由紀!私がだれのために頑張っているのか分かっているのか?
いくら出世してもお前がいなきゃ何の価値もないんだ!」
「明くんって本当にいいお兄さんね、奥さんになってよかった」
「勝手に無理やり話を進めて…」
「じゃあ明くんは他に好きな人がいるの?いるんだったら教えて!
但し由紀ちゃんとあたし以外で答えて!」
「え?そ、それは・・・」
「大丈夫よ、明くんは由紀ちゃんとあたししかいないんだから」
「勝手なことを言うな!」
すると、外からけたたましいサイレンが鳴り響き、消防車が行きかう音が聞こえた。
「何だろう?」
すると講道館のほうに火の手が見えた。
「何事だ?」
間もなく明は鳩山区長に呼ばれた。
「種村、お前何かやったのか?」
「いえ、何か?」
「実はな、お前に呼び出し状が来てる」
「どこからですか?」
「聞いて驚くな、東京都知事、秋山俊作だ!」
「ひえっ、「御前会議」ですか?」
「お前いったい何をやった?」
「いえ、自分には身に覚えがありませんが」
次の週、明は新宿都庁に行った。
「知事、お呼びにより参りました]
すると秋山知事はゆっくりと身を起して
「ようこそ」
「知事、いったいなぜ私を?」
「君は三か月前に懸賞論文を書いたことを覚えているかね?」
「すっかり忘れていました」
「この「東京防災計画」私は驚いたよ、役人にもこんな目のある奴がいるんだなあと」
「はあ」
「いわく、東京で防災の弱点が4か所ある、
4か所とはすなわち、渋谷、目黒、高輪、本郷の4か所、
この4か所に重点的に防災対策を施すべきであり、もしこの4か所のうちの
2か所以上で災害が発生した場合、東京は壊滅的な被害を受ける。
こんなことに気づかなかった私が恥ずかしい。
龍は決してその姿を隠すことができないというが」
「そういうもんでしょうか?」
「そこでだ、ぜひ君に私のブレーンをやってもらいたいんだが、どうかな?」
「お断りいたします」
「転勤はだめか?」
「いえ、今抱えている大きな案件がありまして」
明は秋山知事に自分の抱えている「幸せの輪」について話した。すると知事は言った。
「そうか、あの事件は実は都庁でも内偵捜査をしているんだ。
調べてみたら清瀬市長や22人の市議会議員の全員に裏金が渡っているほか
芸能界にまで手が回っているとか」
「えらい案件引き受けたもんですな」
「すでに都庁でも極秘プロジェクトチームが組まれているが、どうだろう
そこに入る気はないか?」
「やらせていただきます」
夕方、真砂町のマンションには普段は一人しかいないはずの家に
二人の女性がいた、由紀と浅野さんである。
由紀は症状が改善した時に月に何回か外泊が許されるが
それは由紀にとっては何よりの楽しみでもあったのだ。
程なく浅野さんが帰ると、由紀は大好物のうどんをねだる。
実はうどんをゆでるのは明の大得意であった。
由紀を待たせていると、そこに可奈が帰ってきた。
「あ、いいにおい~」
「お帰り、可奈さんまた飲んできたね」
「しょうがないでしょ、由紀ちゃんのお通夜だったんだから」
可奈はこう言って二人をからかうのが大好きであった。
「できたよ」
「わ~兄さんのうどん大好き」
明が作るのはもちろんカップめんではない、それどころかうどんは乾麺からゆでて
つゆもかえしから自分で作るこだわりようだ。
「おい由紀。可奈さんと私がくっつくいていいと言ったそうだな」
「うん、ちょっとつらいけど。でもよそから誰かが来るなら
先輩にくっついてもらったほうが、兄さんだけでも幸せになってほしくて」
「由紀!私がだれのために頑張っているのか分かっているのか?
いくら出世してもお前がいなきゃ何の価値もないんだ!」
「明くんって本当にいいお兄さんね、奥さんになってよかった」
「勝手に無理やり話を進めて…」
「じゃあ明くんは他に好きな人がいるの?いるんだったら教えて!
但し由紀ちゃんとあたし以外で答えて!」
「え?そ、それは・・・」
「大丈夫よ、明くんは由紀ちゃんとあたししかいないんだから」
「勝手なことを言うな!」
すると、外からけたたましいサイレンが鳴り響き、消防車が行きかう音が聞こえた。
「何だろう?」
すると講道館のほうに火の手が見えた。
「何事だ?」
6.本郷大火
あわてて明が窓の外を見ると、目の前に見える文京シビックセンターや
講道館などが火の海に包まれていた。
「可奈!ありったけのシーツを風呂場で水につけろ!」
明はたっぷり水を含んだシーツを窓際に張ると
「よし、これで時間が稼げる」
「兄さん、怖い」
「安心しろ、私がいる限り大丈夫だ」
その時陽二がやってきた。
「おい!種村!無事か、逃げるぞ!」
「兄さんは窓際にいます」
「あんたたちもすぐ逃げな!」
「陽二!ちょっと待ちな!」
「明…」
「だいたい読めてきた。みんな持てるだけの荷物はまとめて
ここから脱出だ。取りあえず預金通帳と印鑑と位牌に下着、それとペットボトルに水をくんどきな!」
「明、お前どういうつもりだ?火が迫っているんだぞ!」
「陽二、私が気象予報士の資格を持っていることを忘れてないだろ?」
資格の総合商社と言われた明は、役に立つかは別として様々な資格と知識を持っていた。
「そうか・・・お前、風の動きを読んでたな」
「風は本郷三丁目から真砂坂を経て本郷へ吹いている、従って谷底の本郷交差点が被害がひどくなるが
真砂坂を越えたら火は当分来ない」
「さすがだ・・・」
「というわけで、支度ができたら戸締りしてみんな行くぞ!」
「由紀ちゃんは?」
「取りあえず濡れたシーツを用意しろ!戸締りがすんだら私が担ぐ」
そうして4人は戸締りを済ませて外に出た。そしてみんなが濡れたシーツをかぶっていた。
「兄さん」
「由紀、私がいいというまで目をあけるんじゃないぞ!」
一瞬風が弱まったすきを見て。
「みんな!今だ!一気に湯島天神まで突っ走るぞ!」
距離が短いので本郷三丁目までたどりつけば助かると明は読んだのだ。
10分ほどで本郷三丁目を抜けて、さらに5分で湯島天神に着くと
もはや火の色も見えなくなっていた。
「明、これからどうする気だ?」
「町屋に叔母の家があるからそこへ身を寄せようかと」
するとその叔母はなぜか湯島天神の門前の向かい側でおにぎりと甘酒がおかれたテーブルの前にいた。
「満月叔母上・・・」
「よかった~心配したのよ~」
彼女の名は種村満月、荒川区町屋に住んでいる明と由紀の叔母であり、売れっ子漫画家でもあった。
叔母といっても明とは6つだけ年上なので、小さいころからお姉さんの代わりでもあった。
そのせいかはたまた売れっ子漫画家の宿命か、満月はいまだに結婚もしないでいた。
実は明がひそかに思いを寄せているのも満月であった。叔母とは言えやさしく頭もよく
スタイルも抜群で、アラサーでバスト95センチFカップのスタイルも見事で
化粧をすれば、漫画家やめてタレントでも通用しそうな叔母であった。
事実、満月は様々な男性とのうわさや話があるのだが、みんな断っている。
満月が湯島天神にいたのは、明と由紀を心配して、つてのあった地元の婦人会の炊き出し名義で
明たちの消息を探すつもりだった。
満月も気の利いた料理はできる。明たちは炊き出しのおにぎりと甘酒を頂いた。
するとある事に気付いた。おにぎりを食べた瞬間、なぜか体の中から疲れがスーッと抜けていくのだ。
「これはいったい?」
「これはね、広小路のお寿司屋さんに頼んですし飯を分けてもらって握ったの」
なんと満月はすし飯を使って、お新香やたくあんを具にしておにぎりを握っていた。
さらに甘酒とくればこれは疲れが取れないわけはない。
「それにしても誰が一体こんなことを・・・」
一方、東京ドームシティミーツポート前には都築課長がいた。
そこへ一人の青年がぶつかってきた。
「なんだ!貴様!」
しかし青年はなおも逃げようとしたため、都築課長は胸ぐらをつかんだ。
「おい!人にぶつかってごめんなさいの一言もないのか?」
すると服のわきからペットボトル2本とライターが5,6個出てきた。
「貴様これはいったいなんだ!白状しろ!」
あわてて明が窓の外を見ると、目の前に見える文京シビックセンターや
講道館などが火の海に包まれていた。
「可奈!ありったけのシーツを風呂場で水につけろ!」
明はたっぷり水を含んだシーツを窓際に張ると
「よし、これで時間が稼げる」
「兄さん、怖い」
「安心しろ、私がいる限り大丈夫だ」
その時陽二がやってきた。
「おい!種村!無事か、逃げるぞ!」
「兄さんは窓際にいます」
「あんたたちもすぐ逃げな!」
「陽二!ちょっと待ちな!」
「明…」
「だいたい読めてきた。みんな持てるだけの荷物はまとめて
ここから脱出だ。取りあえず預金通帳と印鑑と位牌に下着、それとペットボトルに水をくんどきな!」
「明、お前どういうつもりだ?火が迫っているんだぞ!」
「陽二、私が気象予報士の資格を持っていることを忘れてないだろ?」
資格の総合商社と言われた明は、役に立つかは別として様々な資格と知識を持っていた。
「そうか・・・お前、風の動きを読んでたな」
「風は本郷三丁目から真砂坂を経て本郷へ吹いている、従って谷底の本郷交差点が被害がひどくなるが
真砂坂を越えたら火は当分来ない」
「さすがだ・・・」
「というわけで、支度ができたら戸締りしてみんな行くぞ!」
「由紀ちゃんは?」
「取りあえず濡れたシーツを用意しろ!戸締りがすんだら私が担ぐ」
そうして4人は戸締りを済ませて外に出た。そしてみんなが濡れたシーツをかぶっていた。
「兄さん」
「由紀、私がいいというまで目をあけるんじゃないぞ!」
一瞬風が弱まったすきを見て。
「みんな!今だ!一気に湯島天神まで突っ走るぞ!」
距離が短いので本郷三丁目までたどりつけば助かると明は読んだのだ。
10分ほどで本郷三丁目を抜けて、さらに5分で湯島天神に着くと
もはや火の色も見えなくなっていた。
「明、これからどうする気だ?」
「町屋に叔母の家があるからそこへ身を寄せようかと」
するとその叔母はなぜか湯島天神の門前の向かい側でおにぎりと甘酒がおかれたテーブルの前にいた。
「満月叔母上・・・」
「よかった~心配したのよ~」
彼女の名は種村満月、荒川区町屋に住んでいる明と由紀の叔母であり、売れっ子漫画家でもあった。
叔母といっても明とは6つだけ年上なので、小さいころからお姉さんの代わりでもあった。
そのせいかはたまた売れっ子漫画家の宿命か、満月はいまだに結婚もしないでいた。
実は明がひそかに思いを寄せているのも満月であった。叔母とは言えやさしく頭もよく
スタイルも抜群で、アラサーでバスト95センチFカップのスタイルも見事で
化粧をすれば、漫画家やめてタレントでも通用しそうな叔母であった。
事実、満月は様々な男性とのうわさや話があるのだが、みんな断っている。
満月が湯島天神にいたのは、明と由紀を心配して、つてのあった地元の婦人会の炊き出し名義で
明たちの消息を探すつもりだった。
満月も気の利いた料理はできる。明たちは炊き出しのおにぎりと甘酒を頂いた。
するとある事に気付いた。おにぎりを食べた瞬間、なぜか体の中から疲れがスーッと抜けていくのだ。
「これはいったい?」
「これはね、広小路のお寿司屋さんに頼んですし飯を分けてもらって握ったの」
なんと満月はすし飯を使って、お新香やたくあんを具にしておにぎりを握っていた。
さらに甘酒とくればこれは疲れが取れないわけはない。
「それにしても誰が一体こんなことを・・・」
一方、東京ドームシティミーツポート前には都築課長がいた。
そこへ一人の青年がぶつかってきた。
「なんだ!貴様!」
しかし青年はなおも逃げようとしたため、都築課長は胸ぐらをつかんだ。
「おい!人にぶつかってごめんなさいの一言もないのか?」
すると服のわきからペットボトル2本とライターが5,6個出てきた。
「貴様これはいったいなんだ!白状しろ!」
7.大火の原因
都築課長は青年を富阪警察署に連行した。
「貴様!なんだこれは!」
「見ての通りのシンナーですよ」
「だから何に使ったんだ、それにこのライターは?」
「シンナーやライターを持っていたって罪になんないでしょ?」
「バカ!ライターはともかくシンナーを所持して街中を歩いていたら
それだけで立派な犯罪だぞ」
そこへ陽二がやってきた。
「あのう・・・都築課長、報告なんですけど・・・」
「ちょっと待て!今こいつに・・・」
すると陽二は驚いた。
「お前!この間参宮橋のコンサートで篠田の下手な歌を最前列で応援していた・・・」
「ばれたか!」
「なんだと?」
「そう、確かに俺は篠田様の下僕の水野だ、「幸せの輪」では「Nothing Cash」と呼ばれてるがね」
「貴様!まさか・・」
「そうよ、これ以上文京区に俺たちを嗅ぎまわってくれては困るのよ」
「貴様というやつは…」
「お待ちください、こいつを殴るよりもっといい使い方があります」
「何?」
「こうしたほうがいいですよ・・・」
数時間後、ニュースでは一大速報が流れた。
「臨時ニュースを申し上げます。先ほどの本郷地区の大火ですが、先ほど犯人が捕らえられました。
犯人の名は西東京市に住む「Nothing Cash」こと水野恒和、49歳で
この男は清瀬市の文芸サークル「幸せの輪」の幹部で、自供によりますと
文京区が計画していた「幸せの輪」に対する強制捜査を逃れる目的で
文京区役所を焼き払ったと供述しております」
これを見た篠田は唖然とした。
「バカな・・・彼が供述するなどとは…」
もちろんこれは陽二の策で、水野には写真と名前と年齢を聞くだけで
後の供述云々は陽二がでっちあげたものだった。
そうすることで他から証言を引き出そうというのが目的だった。
ところが、これが意外な方向に向かった。
まず警視庁は直ちに清瀬市に強制捜査を開始した。
清瀬市長以下市議会議員は全員逮捕された。
しかし「幸せの輪」の本部はもぬけの殻だった。
都築課長は青年を富阪警察署に連行した。
「貴様!なんだこれは!」
「見ての通りのシンナーですよ」
「だから何に使ったんだ、それにこのライターは?」
「シンナーやライターを持っていたって罪になんないでしょ?」
「バカ!ライターはともかくシンナーを所持して街中を歩いていたら
それだけで立派な犯罪だぞ」
そこへ陽二がやってきた。
「あのう・・・都築課長、報告なんですけど・・・」
「ちょっと待て!今こいつに・・・」
すると陽二は驚いた。
「お前!この間参宮橋のコンサートで篠田の下手な歌を最前列で応援していた・・・」
「ばれたか!」
「なんだと?」
「そう、確かに俺は篠田様の下僕の水野だ、「幸せの輪」では「Nothing Cash」と呼ばれてるがね」
「貴様!まさか・・」
「そうよ、これ以上文京区に俺たちを嗅ぎまわってくれては困るのよ」
「貴様というやつは…」
「お待ちください、こいつを殴るよりもっといい使い方があります」
「何?」
「こうしたほうがいいですよ・・・」
数時間後、ニュースでは一大速報が流れた。
「臨時ニュースを申し上げます。先ほどの本郷地区の大火ですが、先ほど犯人が捕らえられました。
犯人の名は西東京市に住む「Nothing Cash」こと水野恒和、49歳で
この男は清瀬市の文芸サークル「幸せの輪」の幹部で、自供によりますと
文京区が計画していた「幸せの輪」に対する強制捜査を逃れる目的で
文京区役所を焼き払ったと供述しております」
これを見た篠田は唖然とした。
「バカな・・・彼が供述するなどとは…」
もちろんこれは陽二の策で、水野には写真と名前と年齢を聞くだけで
後の供述云々は陽二がでっちあげたものだった。
そうすることで他から証言を引き出そうというのが目的だった。
ところが、これが意外な方向に向かった。
まず警視庁は直ちに清瀬市に強制捜査を開始した。
清瀬市長以下市議会議員は全員逮捕された。
しかし「幸せの輪」の本部はもぬけの殻だった。
8.新宿の陽明学
本郷大火により多くの人々が家を失って道にあふれていた、
明たちは叔母である満月のもとに身を寄せることができたが
大半の文京区の住民は家を失い、新宿区へ流れてきていた。
新宿御苑のはずれにある高梨邸では、若者たちが集っていた。
「先生、町の人の苦しみ、何とか救う方法はありませんか?」
「新宿区役所に請願書を提出してある」
高梨先生は新宿区長にこういった災害のために積極的に財政出動し
民衆を助けることこそ政治だと説いたのだ。
しかし新宿区長はそれを認めず、文京区のことは文京区でなんとかしろの一点張りだった。
高梨先生は若者に直接歴史を解かず、「陽明学」を説いていた。
その教えは「知行合一」学問は行動に移して初めて完成するというものだった。
すなわち「世の中のために良いと思うことは、実行して世のために役立てる」のが
高梨先生の陽明学であった。
高梨先生は主だった弟子たちを集めてこう言った。
「諸君!私に力を貸してくれないか!
幸せの輪なる連中をこのままにしておいたら日本の出版界には
必ず良い影響は与えない」
「先生、それじゃやつらと戦うと」
「我々だけでできますかね?」
「私も成功するとは思っていない、しかし誰かがやらねばならぬことだ。
同人世界の不祥事は同人世界で解決する。
日ごろ私が教える陽明学、ひいては歴史学というのは・・・。
過去の失敗を繰り返させないために歴史を伝えていくのが歴史学者の責務である。
同人の名のもとに多額の利益をあげてしかもそれが同人世界では当然と思わせるような
連中は必ず最後に天誅が下る。みんなやってくれるか?」
「あいや!しばらく!」
そこに明がやってきた。
「種村君か…。本来は君がこういうことに真っ先に取り組まねばならないんだぞ!」
「高梨先生、これはもはや同人世界だけの話ではありませんよ」
「どういうことだ?」
「これは「幸せの輪」だけで、同人世界だけで終わることではありません。
私が調べたところ、「幸せの輪」にはオーストラリアやニューヨークから資金が渡っていることが判明しました」
「何だと?」
「彼らはニューヨークに本部を持つ雑誌社「RD」から資金提供を受けています。
このままでは「幸せの輪」をつぶしたところで、「RD」が攻撃してくれば
我ら一門もろとも吹き飛びます」
「それは一大事だ」
「とにかく、調査と切り崩し戦略を綿密に行うべきと考えます」
「世界相手に戦争をやるとなると大変じゃ、同人世界だけならいいが
RD相手では「無関係」と言われればそれまで。また新たな被害者が出るだけじゃ。
その場合の常とう手段はやはり権謀術数じゃな・・・」
そして高梨先生が立ち上がって静かに告げた。
「わかった、この件はしばらく種村に任せる」
「ははっ」
本郷大火により多くの人々が家を失って道にあふれていた、
明たちは叔母である満月のもとに身を寄せることができたが
大半の文京区の住民は家を失い、新宿区へ流れてきていた。
新宿御苑のはずれにある高梨邸では、若者たちが集っていた。
「先生、町の人の苦しみ、何とか救う方法はありませんか?」
「新宿区役所に請願書を提出してある」
高梨先生は新宿区長にこういった災害のために積極的に財政出動し
民衆を助けることこそ政治だと説いたのだ。
しかし新宿区長はそれを認めず、文京区のことは文京区でなんとかしろの一点張りだった。
高梨先生は若者に直接歴史を解かず、「陽明学」を説いていた。
その教えは「知行合一」学問は行動に移して初めて完成するというものだった。
すなわち「世の中のために良いと思うことは、実行して世のために役立てる」のが
高梨先生の陽明学であった。
高梨先生は主だった弟子たちを集めてこう言った。
「諸君!私に力を貸してくれないか!
幸せの輪なる連中をこのままにしておいたら日本の出版界には
必ず良い影響は与えない」
「先生、それじゃやつらと戦うと」
「我々だけでできますかね?」
「私も成功するとは思っていない、しかし誰かがやらねばならぬことだ。
同人世界の不祥事は同人世界で解決する。
日ごろ私が教える陽明学、ひいては歴史学というのは・・・。
過去の失敗を繰り返させないために歴史を伝えていくのが歴史学者の責務である。
同人の名のもとに多額の利益をあげてしかもそれが同人世界では当然と思わせるような
連中は必ず最後に天誅が下る。みんなやってくれるか?」
「あいや!しばらく!」
そこに明がやってきた。
「種村君か…。本来は君がこういうことに真っ先に取り組まねばならないんだぞ!」
「高梨先生、これはもはや同人世界だけの話ではありませんよ」
「どういうことだ?」
「これは「幸せの輪」だけで、同人世界だけで終わることではありません。
私が調べたところ、「幸せの輪」にはオーストラリアやニューヨークから資金が渡っていることが判明しました」
「何だと?」
「彼らはニューヨークに本部を持つ雑誌社「RD」から資金提供を受けています。
このままでは「幸せの輪」をつぶしたところで、「RD」が攻撃してくれば
我ら一門もろとも吹き飛びます」
「それは一大事だ」
「とにかく、調査と切り崩し戦略を綿密に行うべきと考えます」
「世界相手に戦争をやるとなると大変じゃ、同人世界だけならいいが
RD相手では「無関係」と言われればそれまで。また新たな被害者が出るだけじゃ。
その場合の常とう手段はやはり権謀術数じゃな・・・」
そして高梨先生が立ち上がって静かに告げた。
「わかった、この件はしばらく種村に任せる」
「ははっ」
9.パレスサイドの思い出
明はそのまま歌舞伎町に来てクレープを食べていた。
歌舞伎町でクレープというのは不思議な気もするが、実は原宿よりも
歌舞伎町やゴールデン街などの方がクレープ屋が多い。
明は男性にしては珍しい甘党で、中でもカスタードチョコ入りが大のお気に入りだった。
「で、明、これからどうするんだ?」
「すでに考えはあるんだが、その前に竹橋にいかないか?」
竹橋、それは皇居前に立つパレスサイドビルである。
このビルに入居した会社は、必ず経営破たんするとまで恐れられた
「祟りのビル」なのだ。
「もう10年もたったんだなあ・・・」
「あの頃はおれたち高校生だったしなあ…」
今からおよそ10年前の暮れのことだった。
経営危機に陥っていたRD社に大勢の被害者が詰めかけていたのだ。
「篠田編集長を出せ!」「RDは被害者に弁償しろ!」
しかし編集長は雲隠れし、弁償などできるはずがなかった。
すでにRD社の売り上げは実質3万部を下回っており、おまけに40億円以上の
債務超過に陥っていたため、弁償どころの話ではなかった。
そのためRD社は自己破産を計画していたのだが、これに起こった被害者たち数千人が
RD社の本部があったパレスサイドビルに集まっていたのだ。
何を叫んでも回答がなかったため、一部の被害者がビル内に乱入した。
この騒ぎに明と陽二がいた、二人も親共々被害者である。
RD社の手口はこうであった、まず雑誌で希望者を募ってRD社の販売するグッズの
代理販売店を開業させる、商売をやるわけだから当然RD社の指定する銀行から金を借り
しかもその銀行は東京都内しか支店がない地方銀行だった。
商品を仕入れて友人などを誘って会員を増やし売り上げを増やす、うまく売り上げが増えればいいが
大半は売り上げなどないに等しくなるばかりか、友人関係まで破たんさせた例がほとんどであった。
しかも代理販売店は応募した人個人が銀行から金を借りてRD社から商品を仕入れるといったやり方なので
RD社は在庫の買い取りに応じなければ、借金と商品が残る仕組みだった。
しかもこの商品はRD社の息のかかった「バッタ屋」が突然現れてただ同然で買っていく
つまり販売代理店側には借金だけが残る構造である、しかもRD社は必ず代理店に有限会社を設立させる
仕組みなので、「商行為」となり、消費者契約法による被害には該当しないので
どこからも救済の手が及ばない。
明と陽二の父親もそれぞれRD社に騙されて無一文になってしまったのである。
乱入した暴徒は一気に7階にあるRD社の事務所へ急いだ、しかしそこは書類こそもぬけの殻だったが
まだ数人が書類を片付けていた。そこへ二人が襲いかかった。
明が木刀で背中をたたくと、いかにも背が低くメガネをかけた醜い男が倒れた。
するとそばにきた老人が叫んだ。
「お若いの、大手柄じゃ!そいつがRDの親玉、篠田じゃ!」
これを聞いた二人はこの男を滅多打ちにしたが、男は這いつくばった後素早い速度で逃げた。
「あの時被害者が名乗り出なかったうえ、高校生ということもあって無罪放免になったんだよな」
「1か月の停学は食らったけどね、ところで明、なぜここに」
実は明はパレスサイドビルの地下にあるレストラン「ニュートーキョー」で数少ない
同志を集めて秘密会議を計画していたのだ。
「君たちに集まってもらったのはほかでもない、みんな!ニューヨークへ行きたいか!」
「明、何を血迷っているんだ」
「ここはかつてのRDの日本支社、そしてRDの世界本部はニューヨークの北50キロにある
ニューヨーク州プレザントビル、最後にはここに突入する!」
「まさか、明、すべて計算済みでは?
明はにやりと笑った。
明はそのまま歌舞伎町に来てクレープを食べていた。
歌舞伎町でクレープというのは不思議な気もするが、実は原宿よりも
歌舞伎町やゴールデン街などの方がクレープ屋が多い。
明は男性にしては珍しい甘党で、中でもカスタードチョコ入りが大のお気に入りだった。
「で、明、これからどうするんだ?」
「すでに考えはあるんだが、その前に竹橋にいかないか?」
竹橋、それは皇居前に立つパレスサイドビルである。
このビルに入居した会社は、必ず経営破たんするとまで恐れられた
「祟りのビル」なのだ。
「もう10年もたったんだなあ・・・」
「あの頃はおれたち高校生だったしなあ…」
今からおよそ10年前の暮れのことだった。
経営危機に陥っていたRD社に大勢の被害者が詰めかけていたのだ。
「篠田編集長を出せ!」「RDは被害者に弁償しろ!」
しかし編集長は雲隠れし、弁償などできるはずがなかった。
すでにRD社の売り上げは実質3万部を下回っており、おまけに40億円以上の
債務超過に陥っていたため、弁償どころの話ではなかった。
そのためRD社は自己破産を計画していたのだが、これに起こった被害者たち数千人が
RD社の本部があったパレスサイドビルに集まっていたのだ。
何を叫んでも回答がなかったため、一部の被害者がビル内に乱入した。
この騒ぎに明と陽二がいた、二人も親共々被害者である。
RD社の手口はこうであった、まず雑誌で希望者を募ってRD社の販売するグッズの
代理販売店を開業させる、商売をやるわけだから当然RD社の指定する銀行から金を借り
しかもその銀行は東京都内しか支店がない地方銀行だった。
商品を仕入れて友人などを誘って会員を増やし売り上げを増やす、うまく売り上げが増えればいいが
大半は売り上げなどないに等しくなるばかりか、友人関係まで破たんさせた例がほとんどであった。
しかも代理販売店は応募した人個人が銀行から金を借りてRD社から商品を仕入れるといったやり方なので
RD社は在庫の買い取りに応じなければ、借金と商品が残る仕組みだった。
しかもこの商品はRD社の息のかかった「バッタ屋」が突然現れてただ同然で買っていく
つまり販売代理店側には借金だけが残る構造である、しかもRD社は必ず代理店に有限会社を設立させる
仕組みなので、「商行為」となり、消費者契約法による被害には該当しないので
どこからも救済の手が及ばない。
明と陽二の父親もそれぞれRD社に騙されて無一文になってしまったのである。
乱入した暴徒は一気に7階にあるRD社の事務所へ急いだ、しかしそこは書類こそもぬけの殻だったが
まだ数人が書類を片付けていた。そこへ二人が襲いかかった。
明が木刀で背中をたたくと、いかにも背が低くメガネをかけた醜い男が倒れた。
するとそばにきた老人が叫んだ。
「お若いの、大手柄じゃ!そいつがRDの親玉、篠田じゃ!」
これを聞いた二人はこの男を滅多打ちにしたが、男は這いつくばった後素早い速度で逃げた。
「あの時被害者が名乗り出なかったうえ、高校生ということもあって無罪放免になったんだよな」
「1か月の停学は食らったけどね、ところで明、なぜここに」
実は明はパレスサイドビルの地下にあるレストラン「ニュートーキョー」で数少ない
同志を集めて秘密会議を計画していたのだ。
「君たちに集まってもらったのはほかでもない、みんな!ニューヨークへ行きたいか!」
「明、何を血迷っているんだ」
「ここはかつてのRDの日本支社、そしてRDの世界本部はニューヨークの北50キロにある
ニューヨーク州プレザントビル、最後にはここに突入する!」
「まさか、明、すべて計算済みでは?
明はにやりと笑った。
10.本郷計画始動!
次の日、明は真砂坂上にあるトーア文京マンションの3階に借りた一室にいた。
明となじみの町内会長の井上さんが貸してくれたのだ。
文京区役所が焼けたのをいいことに、ここを「文京区役所真砂坂上臨時分室」と称し
明の作戦本部にしたのだ。
明が始めたことは「2ちゃんねる」に「幸せの輪」のスレを立てることだった。
スレを立てる明は偽名で「幸せの輪」についての書き込みを誘った。
「種村君、それで何か情報が集まるのかね?」
「不満を持っている連中が書き込んでくれれば、なあに、早くて2週間かそれ以降に
制限数である1000個の書き込みがあるでしょう。
まさかそれ以前に1000も書き込みがあるわけが・・・。まあ大船に乗った気でいてください」
すると明の携帯に電話がかかってきた。
「陽二か?」
「明!今すぐ2ちゃんねるのスレを見ろ!大変なことになっているぞ!」
めんどくさそうにパソコンに向かう明は眼を疑った。まだ開設して10分もたっていないというのに
2チャンネルのスレが150を超えていたのだ。
「種村君、これは…」
「井上さん、落ち着いてください!これは私でも経験したことのない現象です」
スレはどんどん増えていって、わずか2時間足らずで制限の1000を超えてしまった。
驚いた明は次の板を立てたが、次々と書き込みがあってまた次の板を立てるありさまで
結局夕方には板が5枚目になっていた。
明は板の内容をコピーして印刷することだけで精いっぱいで、しまいにはプリンタのインクまで
なくなってしまった。
夜8時を過ぎても書き込みの勢いは止まらず、板はすでに8枚目になっていた。
そこへ陽二が帰ってきた。
「明、池袋でご注文の品を買ってきたぞ」
それは明の好物でもある崎陽軒のシウマイ弁当だった。
「こんなに反応があるとは思わなかった・・・」
「それにしてもすごいな、何枚あるんだ?」
「メモ帳にコピーしただけでも1000枚超えるだろう、紙の追加は買ってきたか?」
「ビックカメラで買ってきたが、これで足りるか?」
「2000枚じゃちょっと心細いな、また明日朝買ってこよう」
明が期待していたのは、「2ちゃんねる」をきっかけにして世論を起こして
「幸せの輪」に圧力をかけることだった。
だがこれがネット世界での「幸せの輪」の評判を一挙に落としめる事になったのである。
次の日、明は真砂坂上にあるトーア文京マンションの3階に借りた一室にいた。
明となじみの町内会長の井上さんが貸してくれたのだ。
文京区役所が焼けたのをいいことに、ここを「文京区役所真砂坂上臨時分室」と称し
明の作戦本部にしたのだ。
明が始めたことは「2ちゃんねる」に「幸せの輪」のスレを立てることだった。
スレを立てる明は偽名で「幸せの輪」についての書き込みを誘った。
「種村君、それで何か情報が集まるのかね?」
「不満を持っている連中が書き込んでくれれば、なあに、早くて2週間かそれ以降に
制限数である1000個の書き込みがあるでしょう。
まさかそれ以前に1000も書き込みがあるわけが・・・。まあ大船に乗った気でいてください」
すると明の携帯に電話がかかってきた。
「陽二か?」
「明!今すぐ2ちゃんねるのスレを見ろ!大変なことになっているぞ!」
めんどくさそうにパソコンに向かう明は眼を疑った。まだ開設して10分もたっていないというのに
2チャンネルのスレが150を超えていたのだ。
「種村君、これは…」
「井上さん、落ち着いてください!これは私でも経験したことのない現象です」
スレはどんどん増えていって、わずか2時間足らずで制限の1000を超えてしまった。
驚いた明は次の板を立てたが、次々と書き込みがあってまた次の板を立てるありさまで
結局夕方には板が5枚目になっていた。
明は板の内容をコピーして印刷することだけで精いっぱいで、しまいにはプリンタのインクまで
なくなってしまった。
夜8時を過ぎても書き込みの勢いは止まらず、板はすでに8枚目になっていた。
そこへ陽二が帰ってきた。
「明、池袋でご注文の品を買ってきたぞ」
それは明の好物でもある崎陽軒のシウマイ弁当だった。
「こんなに反応があるとは思わなかった・・・」
「それにしてもすごいな、何枚あるんだ?」
「メモ帳にコピーしただけでも1000枚超えるだろう、紙の追加は買ってきたか?」
「ビックカメラで買ってきたが、これで足りるか?」
「2000枚じゃちょっと心細いな、また明日朝買ってこよう」
明が期待していたのは、「2ちゃんねる」をきっかけにして世論を起こして
「幸せの輪」に圧力をかけることだった。
だがこれがネット世界での「幸せの輪」の評判を一挙に落としめる事になったのである。
・11 星条旗よ永遠なれ
次の日曜日、池袋東口に行列が現れた。
その集団を見たとき、誰もがギョッとした。
「あら?この曲は?」
「ちょっと、まさか、この曲は?」
マーチングバンドを連れた一団の中心にいたのは
明の叔母で人気漫画家の種村満月である
普段ほとんど表に出ない満月が現れたことで池袋の街は騒然となった。
なにしろ95F-80-90のウルトラナイスバディである。
一人で街を歩いていても目立つ。ましてや大勢引き連れての登場である。
やがて満月はサンシャインの文化会館に到着すると、会場に入り、
同人誌即売会に入った。
「え?種村先生?」
誰もが驚いた。満月はその中央に入り
「この中で誰か「幸せの輪」にかかわっている人はいない?」
場は一瞬静まり返った。
「種村先生、それはコミケを探しても無理ですよ。あまりに会費集めすぎて
コミケをはじめどこのイベントでも立ち入り禁止になってますよ」
「先日も2ちゃんねるであれほどスレッドが立ちましたし」
「そんなにひどい連中なの?」
「ひどいもひどい、あれは同人誌の癌だな」
「ほとんどの同人誌即売会から締め出されているよ」
「ところで、種村先生はなぜ「幸せの輪」を?」
「よくぞ聞いてくれました!私の甥が消費者相談員で、彼らを追及しているのです!」
その場はいきなりどよめきたった。
「すでにお話は高梨太一先生のお耳に達しています!高梨先生もこの問題には大層怒っていて
大勢のお弟子さんが動いています」
「何だって?」「それは本当ですか?」
「私も高梨先生と甥に協力することにしました!高梨先生の教え陽明学「知行合一」
すなわち世の中のために良いと思うことは、実行して世のために役立てる!
高梨先生は「あんなのをそのままにしておくと絶対に同人世界のためにならんよ」とおっしゃっています。
皆さんにお願いします!私に力を貸してください、みんなで「幸せの輪」を終わりにしましょう!」
歓声が上がったのは言うまでもない。
これを聞いた高梨先生は愕然とした
「種村君も早まった事をしたものだ、明君が余程可愛いのかなあ
もっとあの二人に高梨一門の掟を唱和させるべきだったか・・・」
一門の掟とはこのようなものである
一、漫画家は常に清潔を旨とし、毎日手と体を洗うべし
一、人形は顔が命、漫画は直線が現金たるべし、ゆえに漫画家は直線を重んずべし
一、漫画家は犯罪者たるべし、決して指紋残すべからず
一、漫画家は健康第一たるべし、早寝早起きを旨とし、決して徹夜するべ からず
一、漫画家は信義を重んずべし、担当者と二人三脚で作品があることを忘 れるべからず
一、漫画家は質素を旨とすべし、決しておごって贅沢をするべからず
これに背きたる時は自ら災いを招いて必ずや滅び去るべし
一、漫画家は礼儀を正しくすべし、自らの地位をわきまえよ
一、漫画家はレントゲン医師たるべし、服の上から骨を見よ
一、漫画は人物と共に生きているものと心得るべし
一、漫画家は天地神仏と皇室を敬い、ファンに対し報恩感謝の心を持つべし
一、漫画家は水割りを飲むべし、水割りの氷を大き目から
小さめに割り水割りのグラスに入れたとき氷の大小が程よく入って
調和が取れる、これすなわち漫画のコマ割に通じるべし
一、漫画家の絵には大成はあっても完成はなき物と心得よ
芸と歴史に完成あるべからず、常に精進おこたるべからず
一方、明は満月の行動については意に介さぬようであった
来月はコミケだ、そこを叩けば決着する、そう考えていたのだ。
次の日曜日、池袋東口に行列が現れた。
その集団を見たとき、誰もがギョッとした。
「あら?この曲は?」
「ちょっと、まさか、この曲は?」
マーチングバンドを連れた一団の中心にいたのは
明の叔母で人気漫画家の種村満月である
普段ほとんど表に出ない満月が現れたことで池袋の街は騒然となった。
なにしろ95F-80-90のウルトラナイスバディである。
一人で街を歩いていても目立つ。ましてや大勢引き連れての登場である。
やがて満月はサンシャインの文化会館に到着すると、会場に入り、
同人誌即売会に入った。
「え?種村先生?」
誰もが驚いた。満月はその中央に入り
「この中で誰か「幸せの輪」にかかわっている人はいない?」
場は一瞬静まり返った。
「種村先生、それはコミケを探しても無理ですよ。あまりに会費集めすぎて
コミケをはじめどこのイベントでも立ち入り禁止になってますよ」
「先日も2ちゃんねるであれほどスレッドが立ちましたし」
「そんなにひどい連中なの?」
「ひどいもひどい、あれは同人誌の癌だな」
「ほとんどの同人誌即売会から締め出されているよ」
「ところで、種村先生はなぜ「幸せの輪」を?」
「よくぞ聞いてくれました!私の甥が消費者相談員で、彼らを追及しているのです!」
その場はいきなりどよめきたった。
「すでにお話は高梨太一先生のお耳に達しています!高梨先生もこの問題には大層怒っていて
大勢のお弟子さんが動いています」
「何だって?」「それは本当ですか?」
「私も高梨先生と甥に協力することにしました!高梨先生の教え陽明学「知行合一」
すなわち世の中のために良いと思うことは、実行して世のために役立てる!
高梨先生は「あんなのをそのままにしておくと絶対に同人世界のためにならんよ」とおっしゃっています。
皆さんにお願いします!私に力を貸してください、みんなで「幸せの輪」を終わりにしましょう!」
歓声が上がったのは言うまでもない。
これを聞いた高梨先生は愕然とした
「種村君も早まった事をしたものだ、明君が余程可愛いのかなあ
もっとあの二人に高梨一門の掟を唱和させるべきだったか・・・」
一門の掟とはこのようなものである
一、漫画家は常に清潔を旨とし、毎日手と体を洗うべし
一、人形は顔が命、漫画は直線が現金たるべし、ゆえに漫画家は直線を重んずべし
一、漫画家は犯罪者たるべし、決して指紋残すべからず
一、漫画家は健康第一たるべし、早寝早起きを旨とし、決して徹夜するべ からず
一、漫画家は信義を重んずべし、担当者と二人三脚で作品があることを忘 れるべからず
一、漫画家は質素を旨とすべし、決しておごって贅沢をするべからず
これに背きたる時は自ら災いを招いて必ずや滅び去るべし
一、漫画家は礼儀を正しくすべし、自らの地位をわきまえよ
一、漫画家はレントゲン医師たるべし、服の上から骨を見よ
一、漫画は人物と共に生きているものと心得るべし
一、漫画家は天地神仏と皇室を敬い、ファンに対し報恩感謝の心を持つべし
一、漫画家は水割りを飲むべし、水割りの氷を大き目から
小さめに割り水割りのグラスに入れたとき氷の大小が程よく入って
調和が取れる、これすなわち漫画のコマ割に通じるべし
一、漫画家の絵には大成はあっても完成はなき物と心得よ
芸と歴史に完成あるべからず、常に精進おこたるべからず
一方、明は満月の行動については意に介さぬようであった
来月はコミケだ、そこを叩けば決着する、そう考えていたのだ。
12 桜木町暴動
翌日、鳩山区長が記者会見を開いた。
「これはあるやり取りのテープです」
「種村さん、おたくらの調査を即刻中止して私らに自由な活動をやらせてください」
「で、改善計画はあるの?」
「そんなものない!」
「そちらが変わらないのにこちらに手を引けというのは承知できませんな」
「ふざけるな!行政が同人誌に介入していいのか!」
「無論まともな運営ならば、私らも介入はしない」
「だったら手を引きなさい」
「だめだ、理由はあんたらの行為が消費者契約法に違反するということだ。
いいかね、あんたらの同人誌は毎年12000円の定期購読料のほか
1ページ1800円もの投稿料を取っている。
しかもそのことを一切告げずに勧誘をしたということはこれは立派な消費者契約法違反であり
我々は公務員としてそれを追及し、消費者を守る責任がある」
「我々は会社が商品を提供するという観点とは全く違う」
「消費者契約法は金品の支払いを受けた相手が活動を行う限りは、支払いを受けた相手が
たとえ個人であっても適用される。
よって我々は、
1、高額の費用がかかることを勧誘時にペーパーで告知する
2、会員向けに予算決算の報告を必ず行う
この二つの条件をのまない限りは我々が手を引くことはない!」
「いいかげんにしろ!すべての決定権は篠田主宰の命令により決定される!」
その日の夕方、明と陽二は桜木町の「川村屋」にいた。
「ここは横浜で一番のだし汁を使う蕎麦屋なんだ。おでんならうまいんだが」
「お、うまい。さすが日本最古の駅のそばだな」
日本で最初に開通した新橋横浜間の鉄道のうち、現在も現在地に残っているのは
品川、川崎、鶴見の3駅だけで、新橋は汐留駅を経て現在は博物館新橋停車場になっている。
そして鉄道開通時の「横浜駅」が、現在の桜木町駅なのだ。
現在の横浜駅ができたのが昭和3年、それまでは桜木町が横浜駅だった。
この時、新しい横浜駅の完成を祝って売り出されたのが、現在まで横浜の名物として高い人気を得ている
横浜駅名物「崎陽軒のシウマイ」である。
駅の名前は変われども、桜木町の駅は120年にわたる歴史を見続けてきた。
すると、駅の東側、ランドマークタワーのほうの広場で声がした。
見ると、制服を着た高校生たちが叫び声をあげている。
「みんな若いな・・・」
「ああ、あの世代なら一発で共産主義に染まる」
「でもちょっと変だぞ、共産主義にしては赤旗がない」
その時陽二が叫び声をあげた。
「明!見てみろ!あのプラカード!」
「あ、ありゃ・・・」
プラカードには「高額勧誘をする幸せの輪を許すな」と書いてあった。
「こりゃ大変だ!すぐ鳩山区長に…。区役所まだ開いてるかな・・・」
「明!区長より警察のほうが先だろ!」
「ええと、本富士署は何番だったけな・・」
「ばか!110番で神奈川県警を呼ぶんだ!」
その時二人は和服姿の男にぶつかった。
「あいた・・・」
「すみません・・・え?三遊亭光丸師匠!」
「種村君?」
この男は落語家にして文京区議会議員の三遊亭光丸師匠であった。
総務区民委員会委員長でもあることから、明とも顔見知りだった。
「師匠、それよりどこか交番はありませんか?非常事態で」
「ああ、東口の目の前にあるよ、なにかあったのかい?」
「向こうに高校生たちが騒ぎを起こしていて」
「ほう、これはいかんね。」
「師匠こそなぜ桜木町に?」
「僕はほれ、横浜賑わい座の高座」
間もなく桜木町駅に警官隊が突入し、デモ隊といざこざを起こした。
「デモ隊はただちに解散しなさい」
しかし高校生たちは聞き入れもせず、機動隊と衝突事件を起こした。
翌日、鳩山区長が記者会見を開いた。
「これはあるやり取りのテープです」
「種村さん、おたくらの調査を即刻中止して私らに自由な活動をやらせてください」
「で、改善計画はあるの?」
「そんなものない!」
「そちらが変わらないのにこちらに手を引けというのは承知できませんな」
「ふざけるな!行政が同人誌に介入していいのか!」
「無論まともな運営ならば、私らも介入はしない」
「だったら手を引きなさい」
「だめだ、理由はあんたらの行為が消費者契約法に違反するということだ。
いいかね、あんたらの同人誌は毎年12000円の定期購読料のほか
1ページ1800円もの投稿料を取っている。
しかもそのことを一切告げずに勧誘をしたということはこれは立派な消費者契約法違反であり
我々は公務員としてそれを追及し、消費者を守る責任がある」
「我々は会社が商品を提供するという観点とは全く違う」
「消費者契約法は金品の支払いを受けた相手が活動を行う限りは、支払いを受けた相手が
たとえ個人であっても適用される。
よって我々は、
1、高額の費用がかかることを勧誘時にペーパーで告知する
2、会員向けに予算決算の報告を必ず行う
この二つの条件をのまない限りは我々が手を引くことはない!」
「いいかげんにしろ!すべての決定権は篠田主宰の命令により決定される!」
その日の夕方、明と陽二は桜木町の「川村屋」にいた。
「ここは横浜で一番のだし汁を使う蕎麦屋なんだ。おでんならうまいんだが」
「お、うまい。さすが日本最古の駅のそばだな」
日本で最初に開通した新橋横浜間の鉄道のうち、現在も現在地に残っているのは
品川、川崎、鶴見の3駅だけで、新橋は汐留駅を経て現在は博物館新橋停車場になっている。
そして鉄道開通時の「横浜駅」が、現在の桜木町駅なのだ。
現在の横浜駅ができたのが昭和3年、それまでは桜木町が横浜駅だった。
この時、新しい横浜駅の完成を祝って売り出されたのが、現在まで横浜の名物として高い人気を得ている
横浜駅名物「崎陽軒のシウマイ」である。
駅の名前は変われども、桜木町の駅は120年にわたる歴史を見続けてきた。
すると、駅の東側、ランドマークタワーのほうの広場で声がした。
見ると、制服を着た高校生たちが叫び声をあげている。
「みんな若いな・・・」
「ああ、あの世代なら一発で共産主義に染まる」
「でもちょっと変だぞ、共産主義にしては赤旗がない」
その時陽二が叫び声をあげた。
「明!見てみろ!あのプラカード!」
「あ、ありゃ・・・」
プラカードには「高額勧誘をする幸せの輪を許すな」と書いてあった。
「こりゃ大変だ!すぐ鳩山区長に…。区役所まだ開いてるかな・・・」
「明!区長より警察のほうが先だろ!」
「ええと、本富士署は何番だったけな・・」
「ばか!110番で神奈川県警を呼ぶんだ!」
その時二人は和服姿の男にぶつかった。
「あいた・・・」
「すみません・・・え?三遊亭光丸師匠!」
「種村君?」
この男は落語家にして文京区議会議員の三遊亭光丸師匠であった。
総務区民委員会委員長でもあることから、明とも顔見知りだった。
「師匠、それよりどこか交番はありませんか?非常事態で」
「ああ、東口の目の前にあるよ、なにかあったのかい?」
「向こうに高校生たちが騒ぎを起こしていて」
「ほう、これはいかんね。」
「師匠こそなぜ桜木町に?」
「僕はほれ、横浜賑わい座の高座」
間もなく桜木町駅に警官隊が突入し、デモ隊といざこざを起こした。
「デモ隊はただちに解散しなさい」
しかし高校生たちは聞き入れもせず、機動隊と衝突事件を起こした。
13.アジテーター満月
一晩明けて明たちは驚くべき事実を知ることになる。
なんと桜木町で演説していた女子高生の正体は、明の叔母、満月だったのである。
「それにしても驚いたな・・・」
「いくらウルトラナイスバディでも顔が童顔だからセーラー服着ていてもばれない」
「あら、明君知らないの?今は「なんちゃって女子高生」といって
OLが休日に制服を着て原宿や渋谷をうろつくのが流行りなのよ」
「それにしても叔母上、いったい何を考えているんですか?」
「だって、いつまでたっても明君動かないんだもん、叔母として見てられないわよ」
「しかしこういうときは根回しが大切で…」
「そんなのやっていたらいつまでたっても「幸せの輪」はつぶれないわよ!
ここは私が一肌脱ぐわ」
翌日朝、満月たちは日本橋三越前に街宣車を用意した。
日本橋の中央には「日本国道路元標」が埋め込まれており、そこから日本国中の道路の距離が計算される。
ちなみに橋の北側は青森まで続く国道4号線、南側は大阪堂島まで続く国道1号線となる。
また国道1号線は大阪堂島からそのまま国道2号線(阪神国道)となり、関門国道トンネルを経て
北九州市門司で国道3号線となり、そのまま鹿児島まで続く。
橋の北側、三越の門前には「日本国道路元標」の複製と各都市までの距離を記した石板が置かれている。
「さあて、ここから久里浜まで60キロ、やるわよ!」
そこへ明が戻ってきた。日本橋の南側にある「山本山」で明のお気に入りの煎茶「長門」を買ってきたのだ。
やがて車は日本橋の南側の空きスペースに止まり、「Baby The Star ShineBright」の服を着た
満月が現れて演説を始めた。
「みなさん!この篠田という男は通販会社をだまくらかして100億円も不正に手に入れたほか
それをニューヨークの出版会社、RD社に渡した極悪非道な男です。
こんな男を許しておいていいのでしょうか!」
「ナイスバディの叔母上はさすがに目立つな」
「ああ、周りには人だかりだ」
午後には街宣車は銀座まで進んだ。
「私は本日、日本橋を出発して、60キロの行程を経て久里浜にある「幸せの輪」
本部に至るまでアジテーションを続けます!」
人気漫画家種村満月が突如現れて街頭演説をやっているという評判はたちまちマスコミの耳に入り
3時のワイドショーで生中継となった。
「みなさん!私は漫画家の種村満月です!同人世界の代表としてアジテーションに参りました!
久里浜の「幸せの輪」は、高校生からも年間12000円の会費を取り
しかもそれが払えないと一切の相談に応じずに、相手が未成年であろうと強制執行します。
こうして同人活動と称しながら年間400万円の利益をあげて黒字の個人事業主として税務申告しています!
みなさん!こんなことが許されていいのでしょうか?
金をどんどん貢げと言っておきながら、その金で堀之内で遊びまくっているのがこの男
篠田秀彦なのです!これを極悪非道と言わずになんというのですか!
さらにこの男は通販会社をだまくらかしてダミー会社を作って倒産させておいて
100億円も持ち逃げし、ニューヨークの出版社に貢いだ男です!
まさにこの男こそ国賊とか売国奴とかいうに値します!」
この行動に驚愕したのが篠田本人である。
「まずい!これは評判が悪くなる」
夕方には新橋、浜松町、品川で演説を行った。
「労働者諸君!我々がいくら汗水たらして働いても、その利益はアメリカにもっていかれるばかりだ!
その利益を吸い上げた最たるものが、米軍と「幸せの輪」とRD社だ!我々は断固闘う!
欧米の労働者は何カ月もバカンスをとっているのに、なぜ日本は汗水たらして働かなければならないのか?
それが労働行政のやりかたか!休みを取ってもええじゃないか!」
するとあちこちで「そうだ!ええじゃないか!」の声が起こった。
翌日から「ええじゃないか」の声が広がり、職場は一斉に休む人が続出した。
「叔母上、方向が間違っていないか?」
しかし満月はその日も大井町、大森、蒲田、川崎、鶴見の順でアジ演説を行い、
その日のうちには横浜駅前まで来てしまった。
一晩明けて明たちは驚くべき事実を知ることになる。
なんと桜木町で演説していた女子高生の正体は、明の叔母、満月だったのである。
「それにしても驚いたな・・・」
「いくらウルトラナイスバディでも顔が童顔だからセーラー服着ていてもばれない」
「あら、明君知らないの?今は「なんちゃって女子高生」といって
OLが休日に制服を着て原宿や渋谷をうろつくのが流行りなのよ」
「それにしても叔母上、いったい何を考えているんですか?」
「だって、いつまでたっても明君動かないんだもん、叔母として見てられないわよ」
「しかしこういうときは根回しが大切で…」
「そんなのやっていたらいつまでたっても「幸せの輪」はつぶれないわよ!
ここは私が一肌脱ぐわ」
翌日朝、満月たちは日本橋三越前に街宣車を用意した。
日本橋の中央には「日本国道路元標」が埋め込まれており、そこから日本国中の道路の距離が計算される。
ちなみに橋の北側は青森まで続く国道4号線、南側は大阪堂島まで続く国道1号線となる。
また国道1号線は大阪堂島からそのまま国道2号線(阪神国道)となり、関門国道トンネルを経て
北九州市門司で国道3号線となり、そのまま鹿児島まで続く。
橋の北側、三越の門前には「日本国道路元標」の複製と各都市までの距離を記した石板が置かれている。
「さあて、ここから久里浜まで60キロ、やるわよ!」
そこへ明が戻ってきた。日本橋の南側にある「山本山」で明のお気に入りの煎茶「長門」を買ってきたのだ。
やがて車は日本橋の南側の空きスペースに止まり、「Baby The Star ShineBright」の服を着た
満月が現れて演説を始めた。
「みなさん!この篠田という男は通販会社をだまくらかして100億円も不正に手に入れたほか
それをニューヨークの出版会社、RD社に渡した極悪非道な男です。
こんな男を許しておいていいのでしょうか!」
「ナイスバディの叔母上はさすがに目立つな」
「ああ、周りには人だかりだ」
午後には街宣車は銀座まで進んだ。
「私は本日、日本橋を出発して、60キロの行程を経て久里浜にある「幸せの輪」
本部に至るまでアジテーションを続けます!」
人気漫画家種村満月が突如現れて街頭演説をやっているという評判はたちまちマスコミの耳に入り
3時のワイドショーで生中継となった。
「みなさん!私は漫画家の種村満月です!同人世界の代表としてアジテーションに参りました!
久里浜の「幸せの輪」は、高校生からも年間12000円の会費を取り
しかもそれが払えないと一切の相談に応じずに、相手が未成年であろうと強制執行します。
こうして同人活動と称しながら年間400万円の利益をあげて黒字の個人事業主として税務申告しています!
みなさん!こんなことが許されていいのでしょうか?
金をどんどん貢げと言っておきながら、その金で堀之内で遊びまくっているのがこの男
篠田秀彦なのです!これを極悪非道と言わずになんというのですか!
さらにこの男は通販会社をだまくらかしてダミー会社を作って倒産させておいて
100億円も持ち逃げし、ニューヨークの出版社に貢いだ男です!
まさにこの男こそ国賊とか売国奴とかいうに値します!」
この行動に驚愕したのが篠田本人である。
「まずい!これは評判が悪くなる」
夕方には新橋、浜松町、品川で演説を行った。
「労働者諸君!我々がいくら汗水たらして働いても、その利益はアメリカにもっていかれるばかりだ!
その利益を吸い上げた最たるものが、米軍と「幸せの輪」とRD社だ!我々は断固闘う!
欧米の労働者は何カ月もバカンスをとっているのに、なぜ日本は汗水たらして働かなければならないのか?
それが労働行政のやりかたか!休みを取ってもええじゃないか!」
するとあちこちで「そうだ!ええじゃないか!」の声が起こった。
翌日から「ええじゃないか」の声が広がり、職場は一斉に休む人が続出した。
「叔母上、方向が間違っていないか?」
しかし満月はその日も大井町、大森、蒲田、川崎、鶴見の順でアジ演説を行い、
その日のうちには横浜駅前まで来てしまった。