朝の「おはよう」並にナチュラルな感じで。
夏だってことを忘れるほどにとてもクールな顔で。
俺の親父、高崎陸道は言う。
「京一よ・・・今日からお前が神主をやれ」
「――は?」
深夜におはようを言われた気分だった。
○
「は?いくら神主の息子だからってオレは何もしたことがないんだぞ。そんなやつに任せてもいいのか!?」
京一は訳がわからないと言わんばかり。
高崎京一の家は先祖代々神主をやっており、現在は京一の父である陸道が神主だ。
ただ、その筋骨隆々な風体は神主というよりは修行僧と表現したほうがいいだろう。
いかにも無骨そうなのに、趣味は習字というから驚きだ。
いつの間にかハンカチを取り出して、目に当てる仕草をした。驚くほど似合っていない。
「これも行き先不安な日本を担う我が息子を思ってだなぁ・・・うう・・・」
「棒読みとウソ泣きは良いから、でどうしてそんな唐突なことになるんだ」
「ちっ、母さんの考えた策じゃ通用しないか」
当てていたハンカチを妻目掛けてスロウした。見事に地面へ一直線。お構い無しに続けた。
「うむ、実はこの歳になって初めて海外というのを知ったのだ。それで海外には「キリスト教」なる宗教が台頭しているらしくての、それの調査に行こうと思ってたところじゃ」
「はあ・・・」
学校に行けば必ず習う事なのに、と京一は呆れた。
「それだけではない。お前に常日頃神主の仕事を教えているがどうも聴いていない。いい機会だと思って体験してみるのもいいだろうと思ってな。俺が戻ってくるまでの間にいろいろと成長するだろう」
「そう・・・か」
確かに京一は陸道から耳にタコが出来るくらい神社や神主としてのあり方について聞かされていた。
しかしその1割も思い出せるだろうか、と不安になった。
「じゃあ母さん、参ろうか」
「はいはい、じゃ京ちゃん任せたわよ」
そこで京一は母さんも荷物を持っているのに気付いた。
「母さんも行くのかよ!俺一人!?」
母は京一に人差し指を向けた。
「修行とは一人で行う物なのですよ、京ちゃん!」
「そうだそうだー」
1対2。数的不利な京一は何も言う事が出来なかった。
それを見た陸道は少し考えた後に、迷う京一に念を押すように言う。とても強く、意志を含んだ声。
「本当にお前の為になる夏になるだろうから、決して手を抜くんじゃないぞ」
陸道の顔は冗談を言う時の顔ではないと即座に分かった。先程までとは真逆の雰囲気である。
「お、おう」
京一が戸惑い気味に頷くとその顔は一瞬にして元に戻った。
「まあ、わからない事があったら適当にやってみろ。いつも来ているバイトの巫女さんに訊くってのもありだがな。あの天然さがたまらなくてな・・・」
――ああ、やってしまったな。
京一はそう思うと、神様に陸道の無事をお祈りした。ヤオロズの神様、どなたでも宜しいので我が父が生きていられますように。
それもむなしく、般若の形相をした母が耳を引っ張っている光景が現れた。
「あーいたいって!とれるとれる!ちぎれるってぇえ!!」
「京ちゃん、大変だろうけど頑張ってね」
「わかった・・・」
コントをやっているかのような二人は仲良く去っていった。
――こうして、高崎京一は神主としての第一歩を踏み出した。彼には様々な困難がついて回る。彼はそれを乗り越え、高名な神主になるのかはたまた・・・果たして彼の運命はいかに―――
「ナレーターうるせえよ!今後どうすればいいんだよ!」
その声は樹木を揺らし、迷惑そうに鳥たちが飛び立っていった。
――京一、17歳の夏である。