Neetel Inside 文芸新都
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短編
ひまわり

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 僕には毎年、夏の間だけお気に入りの場所ができる。


 視界の範囲を超える向日葵畑の真ん中に、コンクリートで作られた円形の台がある。僕はそこに座って向日葵を眺めたり、台の上で伸び伸びと大の字になって寝るのが好きだし、それが日課でもある。
 田舎といえば田舎だ。この町で一番高い丘から町並みを見渡しても、都会とはかけ離れた風景であるのがわかる。住宅街、アパートないしマンション、ましてやデパートなど、そんなものは1つもない。一軒家ばかりだが、それ程大したものでもなく、それぞれが畑や田んぼを挟んで点在している。
 それでも唯一目新しい建物があるとしたら、最近開設されたばかりのコンビニエンスストアであろうか。夏の昼間は小中学生が多用し、夜中は田舎特有のヤンキーが屯をしている。
 こんな町だから、僕は遊ぶ所もないし、そんなに友達がいるわけでもないので、僕はいつも一人でココにいる。
 自分の町を卑下しているように聞こえるかもしれないが、誤解しないでほしい。僕は決してこの町が嫌いではない。
 こんな町だからこそ、好きなのだ。願わくは僕が死ぬまで、このままで、この景色のままで――


 ――しかし、人の夢は儚いもので、僕はこの愛した田舎とお別れをしなければならなかった。親の都合で引っ越す事になった……引越し先は田舎とは正反対の大都会だ。
 それはあまりにも突然で、学校の少ない友達にも十分にお別れを言うことができなかった。
 青空の下で、向日葵が立派に咲き誇る、暑い夏の日の事だった。

 
 初めての引越しだったから、僕はとても不安だった。友達は出来るのか、話についていけるのか、クラスで独りになるかもしれない、僕には訛りがあるのかもしれない、などと色々思い倦んでいた。
 でも実際は、そんな不安に思ってたのが馬鹿らしいくらい、引越し先の学校では良い友達に恵まれていたので、楽しい学校生活を過ごすことができた。


 そして数年が経ち、都会の暮らしにも少し落ち着いた頃、僕にも彼女ができた。彼女は好奇心旺盛で、何事にも非常に興味を持ちやすい性格だ。それと、やると言ったら絶対に行動する子である。

 ある日、僕は彼女と電話で話していた。
 僕が以前、田舎に住んでいたことを初めて彼女に言ったら、彼女の反応はまた興味深々な感じだった。
「そうそう、何にもない所でさ、あるとしたらコンビニだけ」
 その場で思い出した事を素直にそのまま話したのだが、僕はすぐにまさか、と思った。
「本当に?行ってみたいな」
 僕の勘は鋭かったようだ。こうなった時には、彼女に全てを話す事が正解であり、それしかないのだ。
 そして僕はためらいもなく、あたかもふと思い出したかのように、僕のお気に入りの場所を教えた。
 ……思っていた通り、彼女は彼女だ。向日葵と聞いて、一層彼女の好奇心はそそられたようだ。
 それでも、無理を承知で僕は一応聞いてみた。
「嫌だって言っても絶対行くよな?」
 勿論、という言葉と、電話越しに思い浮かぶ彼女の笑顔が、僕をどうでも良くさせた。

 次の日曜日、僕と彼女は僕の生まれ育った故郷へと足を踏み入れた。
 僕はここを離れて長い間、今日まで一度も帰郷したことが無かったので、そこで見るもの全てがまた新鮮であった。以前とは町並みが少し変わったが、そんな大差は無い。少し目立つ建物ができたぐらいだろうか。
 そんな事を逐一彼女に説明していると、僕はあるものを目にして立ち止まった。
「あ、ここだよ。前に言ってたコンビニ」  
 僕が指を差した方向には、昔と変わらない位置で営業しているコンビニエンスストア。外壁は塗装し直したのか、他の建物とは比較的綺麗だ。
 少し眺めていると、コンビニエンスストアの中から小学生であろう2人組みが出てきた。2人とも手にはレジ袋をぶら提げて、楽しそうに何か喋っていた。
 そしてまた少しすると、彼らは自転車に跨り、何処かへ行ってしまった。僕はその光景が、前にどこかで見たことがあるように思えた。
「やっぱり変わってないなー」
 と、僕は自然と口からこぼした。
 彼女は本当に何も無いんだねと呟いていたが、彼女の言う通りだ。
 都会を経験し過ぎた僕には、自分でも何故こんな田舎のことが好きであったのかが分からなくなっていた。
 僕は彼女の独り言に軽く相槌を打ち、そろそろお気に入りの場所でも行かないかという提案をした。
 彼女は頗る元気な返事をした。僕は何かが引っかかる感じのままだったが、それでも彼女はなんとなく楽しんでいる気がしたので、僕達は僕のお気に入りの場所へと向かった。

 僕は断続的に昔の事を思い出しては語り、また昔見たことある建物を見つけては語りつつ、確実にお気に入りの場所に一歩一歩、僕達は近づいていく。
 目敏い僕の目が再度前を確認すると、僕は急に立ち止まり、前を指差した。
「あの角を曲がると、一面中向日葵畑だよ」
 その言葉に続いて、彼女は俄かに気持ちが高揚したように見えた。
 彼女が本当に楽しみに見えるのは一目瞭然だが、平然を装っている僕の方が楽しみなのではないか。
 というのも、何故僕はこれから見るであろうお気に入りの場所を愛したのか、に対しての答えが分かるかもしれない、という言葉では上手く表せられない感情がだんだんと増してくるのが身をもって分かっていたからだ。
 そう思いながら、曲がり角が近くなればなるほど、鼓動が激しくなる。

 僕達は曲がり角の少し手前で止まった。
 もし彼女が先に僕の答えを見たら嫌な気がしたし、逆に僕が先に見ても嫌な気がしたので、僕は一つ提案をした。
「それじゃあ、いっせいのせで見ようか」
 彼女は何の疑いも無く頷いた。


 その場の流れで、合図は2人一緒に言うことになった。
「いっせいのー」
 もう準備はできた。


「せっ!」














 そこには……




 そこには、向日葵畑ではなく、僕の目に映ったのは、アスファルトで綺麗に舗装された、大きめの駐車場だった。
 良く見たら、駐車場の向こう側にある建物は、二階建てのスーパーマーケットであった。その時は不意に、なるほどと思ってしまった。
 僕も彼女も呆気にとられていた。彼女もすぐに察したのだろうか、少しの間黙っていた。
 その間、僕はおそらく驚きも哀しみも表に出さなかったが、何か胸の真ん中に大きめの穴が一つ空いた感じになった。

 そして僕達は一言も喋らず、何かを背負ったまま、その場を去った。

 青空の下で、セミがうるさく思えるほど鳴いていた、暑い夏の日の事だった。




 おわり。

       

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